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[ 警察小説 ]
極夜 カーモス
カリ・ヴァーラ警部シリーズ
ジェイムズ・トンプソン 出版月: 2013年02月 平均: 7.00点 書評数: 2件

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集英社
2013年02月

No.2 7点 Tetchy 2021/06/24 00:04
2010年代のミステリ界の最大の収穫の1つとして質の高い北欧ミステリが次々と刊行されてきたことが挙げられる。
そして私もとうとうこのジャンルに手を出すこととなった。しかし本書が他の北欧ミステリと一線を画すのはフィンランドを舞台にしながら作者はアメリカ人であることだ。
ジェイムズ・トンプソン。彼はフィンランドの妻を持つヘルシンキ在住のアメリカ人作家。数ある北欧ミステリの書き手の中でも異色の存在だ。

まず本書の目新しさはなんといってもそれまで日本人には馴染みの薄いフィンランドを舞台にしており、その風土や気候、文化に国民性が詳しく書かれていることだ。
人口は約550万人だが、暴力犯罪は多く、一人当たりの殺人件数はアメリカの大都市とほぼ同じで近親者による犯行が多い。殺人事件の検挙率95%とかなり高く、犯罪は多いのに死刑制度はない。そのくせ100年以上の中で有罪になった連続殺人犯はたった1人しかいない。
隠れ人種差別者で声高に明らさまに差別用語をまくし立てることはせず、暗黙的に差別する。わざと昇進させず、無関心を装い、蔑視する。そしてアメリカ人ほど政治について語らない割には投票率は80%と関心は高い。

本書の主人公カリ・ヴァーラはフィンランド人で妻のケイトはアメリカ人でスキーリゾートの経営者をしていたが、フィンランドの会社にスカウトされ、<レヴィセンター>の総支配人となった。そしてそこで出会った警察署長カリと結婚したのだ。そして今彼女は双子の赤ん坊を身ごもっている。
翻って作者ジェイムズ・トンプソンはアメリカ人でフィンランド人の妻を持ち、ヘルシンキに住んでいる。つまり本書の主人公夫婦と作者は表裏一体なのだ。
そしてケイトのフィンランドについてのイメージギャップは我々日本人の読者が抱くものと同じだろう。

さて黒人映画女優の死を発端にした本書は彼女の死を巡り色んなテーマが立ち上ってくる。
例えば本書メインの事件であるソマリア人の黒人映画女優スーフィア・エルミの目を覆うばかりにひどく拷問された死体はアメリカのエリザベス・ショートという娼婦が惨殺された事件、通称“ブラック・ダリア”事件を擬えていることでフィンランドの“ブラック・ダリア”としてマスコミに報道されることになる。
もしかしたら作者はこのカリ・ヴァーラシリーズをエルロイの「暗黒のLAシリーズ」に擬えて猟奇的殺人事件を扱った「暗黒のフィンランドシリーズ」にしようとしているのではないかと思った。

極寒の氷点下の土地では人が凍死するのは珍しくない。つまり彼らにとって死は珍しいものではなく、ありふれたものなのだ。
おまけに日が差さない極夜は人の心を凍てつかせる。話せば吐息が凍り付くので自然沈黙が多くなる。彼らは察することでコミュニケーションをとるが、それでは十分ではなく、話さないからこそ鬱憤も溜まり、そして死も身近であることから暴力が起き、そして人が死ぬ。
本書の悲劇は終わりなき夜、極夜が招いた悲劇なのだ。

そんな鬱屈した町キッティラ、いやフィンランドを舞台にカリ・ヴァーラとケイト夫婦は今後どうなるのか?
49歳という若さで夭折したトンプソンの描くヴァーラ・サーガはわずかに4作。この4作でこの夫妻と彼らを取り巻くフィンランドの事件は何を我々に語るのか。
じっくり味わっていこうではないか。

No.1 7点 tider-tiger 2018/09/02 21:39
2010年ノルウェー作品
ソマリア移民の映画女優が惨殺された。彼女は雪原に放置され、Snow Angelを形作っていた。損壊酷く、さらに差別的な言葉が遺体に刻まれている。人種差別主義者による犯行か、はたまた快楽殺人なのか。村の警察署長カリ・ヴァーラ警部はかつて自分から妻を奪った男を容疑者として逮捕するのだったが……カリ・ヴァーラ警部のデビュー作~

夏の盛りに北欧ミステリをと思っていたが、いつのまにか八月ももう終わっていた。そんなわけでややタイミングを外してのフィンランドミステリ。フィンランド在住のアメリカ人作家ジェイムズ・トンプソン。名前負けが心配だったが、なかなかの良作。
人物造型は水準。愉しく読んだが、採点となるとプロットも水準よりやや上といったところか。「俺」を用いた一人称でテンポよく話が進むが、そこにフィンランドの国柄をうまく溶け込ませている。背景(フィンランド)が物語にうまく活かされている。
田舎とはいえブラック・ダリア事件を彷彿とさせるような本件をたった4、5人で捜査することに驚いた。まあ小さな村なので捜査はどんどん進む。あっという間に容疑者が割り出され、早々に逮捕。だが、次々に新事実が浮かび上がり、意外な展開もあり、そして暗澹とさせるような結末を迎える。
カリ・ヴァーラの断定的な思考、事を性急に運びすぎる点が気になった。このような人物設定であれば別によいのだが、カリはそういう人物ではないような。プロットに人物が引き摺られている印象。
そして、最大の問題はラスト。どうにも納得がいかない。
このラストがうまく決まっていれば8点をつけていた。
詳細は末尾ネタバレにて。

本作は純然たるフィンランドミステリとはいえないと思う。
作者はアメリカ人である。
私が言いたいのは、例えば日本人作家は「きんぴらごぼう」の説明など書かない。だが、日本在住のフランス人作家なら「牛蒡や人参、蓮根などを甘辛く炒めた日本の代表的な家庭料理」などと説明したくなるだろう。それを書いてしまっては日本のミステリとはいえないのではなかろうか。
要するに本作がフィンランドミステリではないからこそ、フィンランドをよりよく知ることができたということ。
フィンランド人はあまり英語を話そうとしないらしい。彼らはミスを怖れ、完璧にできないことはやりたがらないという。この他にも随所に日本人との共通点があって親近感がわいた。
本作でもっとも印象深かったのは「フィンランド人の沈黙」だった。日本人のそれと似ているようで、少し異なっている。多くの場面で沈黙がはっきりと、もしくはさりげなく顔を出す。
本筋とは関係のない殺人事件が一件発生するのだが、本作の最良の部分の一つだと思った。ピルッコという登場人物一覧表にも載っていない端役の女性の哀しみに胸を衝かれた。本作は点数化はしづらいが、心に残るなにかがある。
この作者は絶対に追いかけようと思ったのだが、衝撃のオチが待っていた。2014年に49歳の若さで亡くなっている……邦訳されているのは本作を入れて四冊。哀しい。 

原題は『Snow Angels』~新雪の上に付けた人型。寝転んだ状態で両腕を上下に動かすと、起き上がったときに天使の形のように見えることから~英辞郎webより
本作は「女たち」の物語だったのだと思う。
邦題『極夜』もいい。甲乙つけ難い。

以下ネタバレ


カピ・バーラもとい、カリ・ヴァーラ警部はその人物が犯人である根拠がろくにない(と私は思った)のに罠にかけようとするが、かなり危険な賭けだったのでは。自分はむしろ犯人は別の人物だと思った。動機の面でも機会の面でもその方が自然だし、おそらく読者の多くもそう考えるのでは。事実そのとおりだったし。
それから、個人的にはほのぼのとしたラストに違和感あり。


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