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[ 本格 ]
二輪馬車の秘密
ファーガス・ヒューム 出版月: 1964年01月 平均: 7.00点 書評数: 2件

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新潮社
1964年01月

扶桑社
2018年06月

扶桑社
2019年06月

No.2 8点 人並由真 2020/04/13 02:02
(ネタバレなし)
 19世紀末のオーストラリアのメルボルン。その年の7月28日の夜、辻馬車である二輪馬車の馭者マルコム・ロイストンは、通りすがりの男に介抱された酔漢を乗客とする。だが同乗の男が先に降りたのち、あとには薬物で殺害された身許不明の酔漢の死体が残されていた。野心家の探偵サミュエル・コービイはこの事件に関心を抱き、帰らない下宿人オリヴァ・ホワイトに呼びかける新聞記事を手がかりに、謎の被害者の素性を見事に探知。さらにホワイトの関係者の証言から、牧場主の青年ブライアン・フィッツジェラルドが殺人容疑者だとつきとめる。しかし、逮捕されたブライアンの無実を信じる婚約者の令嬢マーガレット(マッジ)・フレトルビイは、ブライアンの友人でもある弁護士ダンカン・カルトンの協力を得て、恋人の潔白を明かそうとした。だが獄中のブライアンはなぜか、事件当夜のアリバイの開陳を言い淀む。埒があかないカルトンは、探偵コービィの長年のライバルであるメルボルンのもうひとりの名探偵キルシップを雇用。キルシップは、メルボルン中が賞賛する、敵対するコービィの主張<ブライアン真犯人説>を覆そうとするが。

 1886年の英国作品で、当時50万部以上を売った大ベストセラー。
  ターゲ・ラ・クール&ハラルド・モーゲンセンによる世界ミステリ史の研究文献「殺人読本」(1970年代にミステリマガジンに連載。ほんっとうに素晴らしい研究資料読み物だが、惜しくも書籍化されていない)の記述で、大英図書館は基本的に大半の蔵書を初版で収めるが、この作品『二輪馬車の秘密』に限ってはあまりの売れ行きのために初版を確保できず、十数刷めの版で妥協するしかなかったのだ、とかなんとか読んだ記憶がある。おお、聞くからになんか凄そう! まあ、売れればいいというものでもないけれど(笑)。

 それで実際の現物を読んでみて(昨年、新訳も出たのだけど、今回は旧版の新潮文庫版で読了)、うん、これはいい。
 もちろん19世紀のクラシック作品として、賞味するこちらの心持ちで下駄を履かせている部分もないではないが、不可解な事件の発生、独特のロジックで動く探偵の捜査といった前半がまず、すこぶる快調。キーパーソンである青年ブライアンが捕縛されてはおなじみのタイムサスペンスの興味に加え、なぜブライアンは沈黙を続けるかの、ある種のホワイダニットの謎が際立ってくる。さらに熱いプロ意識とプライドからライバル探偵コービィの功績を瓦解させようとする二人目の探偵キルシップが動き出す頃には、物語は白熱化の一途で、いやー、一世紀半もの歳月を経た旧作ながら、メチャクチャに面白いではないの! と血湧き肉躍る思い(笑)。
 もしブライアンが真犯人でないのなら、本当の殺人者は誰かというフーダニット。そんな興味も物語後半まで堅守され、謎解きのプロセスはさすがに近代パズラーのようなロジカルな興趣に迫るものではないにせよ、意外な筋立てでゾクゾクさせる。
 ストーリーの終盤は、物語の山場ギリギリまで大きく広げた風呂敷をたたんでいく収束感というか「ああ、ついに幕引きか……」的なさびしげな感慨もあるんだけど、その辺は読後の余韻にも転換されるので、まあよろしい。

 ヒュームの作品は、この数年間でマトモに翻訳された3冊全部を読了。それぞれがなかなか~実に面白かった。百数十冊も著作があり、なかにはあえて21世紀に発掘する価値もない作品もたぶんあるんだろうけど、一方でまだまだ楽しめる作品が残っているんじゃないかとも思う。できたら数年に一冊ずつくらいは、しばらく発掘紹介してほしい。

No.1 6点 nukkam 2016/08/06 16:10
(ネタバレなしです) ファーガス・ヒューム(1859-1932)はニュージーランド人の医師の息子として英国に生まれた作家で、一時期オーストラリアで暮らしたこともあります。本書はオーストラリア時代の1886年に発表されたデビュー作で(作品舞台もメルボルンです)、ミステリー史上50万部を突破した最初の作品として知られています(後には劇や映画にもなったほど成功しました)。本書の翌年にあのコナン・ドイルが「緋色の研究」(1887年)を出版していますがそちらがあまり売れなかったのとは対照的です。もっともヒュームもその後はミステリーとノン・ミステリー合わせて実に130冊以上も書いたのですが現在でも名を残しているのは本書ぐらいですが。書かれた時代が時代なのでロマンス小説の香りが強いのは仕方のないところで、ドイルの「緋色の研究」よりむしろウィルキー・コリンズの「月長石」(1868年)との共通点が多いと思います。本格派推理小説としての完成度は高くありませんが巧妙なミスディレクションによるどんでん返しはなかなか印象的ですし、物語としての構成もしっかりしているので今読んでもなかなか面白いです。


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ファーガス・ヒューム
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