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[ サスペンス ]
死の匂い
カトリーヌ・アルレー 出版月: 1963年10月 平均: 6.00点 書評数: 3件

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東京創元社
1963年10月


1963年10月

No.3 7点 蟷螂の斧 2024/02/01 07:13
ウィキによれば、アルレー氏は1922年生まれと判明したとあります。よって31才でのデビュー作となりますね。登場人物の3人は、皆、一途な人間で善人なはずなのですが、環境によって悪人になってしまうということなんでしょう。夫婦の心理的葛藤が中心に描かれていますが、私的には看護婦が一番怖かった。その行為の一文が非常に印象に残っています。

No.2 6点 2022/10/23 16:46
まだ死んではいないし頭もはっきりしているけれど、動くことが全くできない状態になったステラの一人称形式で回想されるサスペンス。ただ、謎の要素はほとんどなく、あまりミステリ的な感じはしませんでした。ラスト近くになって、冒頭部分とほとんど同じ文章が、2ページ以上出てきます。夫のスペンサーが、彼女はもうすぐ死ぬけれど、自分は生きながらえて行かなければならないという意味のことを語るのですが、その中に原題の "Tu vas mourir!"(You are going to die)という言葉が出て来るのかどうかは、よくわかりません。
登場人物表では、この主人公はステラ・フォールディングとなっていますが、実際にはすぐにスペンサーと結婚してブリッグスに改姓します。彼女は、享楽的なところの全くない真面目な医者と結婚したからこそ、悪女にならざるを得なかったのではないかという感じがしました。

No.1 5点 おっさん 2016/02/20 09:52
長編第2作『わらの女』で国際的な評価を受けた、フランス女流サスペンスの名手カトリーヌ・アルレーが、それに先立つ3年前、1953年に発表していた、全編アメリカが舞台のデビュー作です。
このサイトへの投稿で、折にふれ『わらの女』に言及してきながら、じつは当の作者アルレーに関しては、昔々、その『わらの女』を読んだきりという、情けない読書歴しかなく……急に、これではイカンと思い立ち、ネットを介し古本で本書を購入してみました。
それにしても、筆者の学生時代、1970年代から80年代にかけて、アルレーは創元推理文庫の人気作家のひとりで、新作が続々と訳され、著作の多くが――TVのサスペンス・ドラマの原作に使われる頻度も高く――書店の棚で“現役”を続けていました。パトリシア・ハイスミスやマーガレット・ミラーなどに比べても、当時の日本では遥かにメジャーな存在で、ミステリ・ファン以外の固定読者が、相当ついていたと思われます。それがいまや、版元に在庫が残っている著作は『わらの女』のみ。栄枯盛衰の感慨を禁じえません。

さて。
ではまず、『死の匂い』の登場人物リストを見てみましょう。

 ステラ・フォールディング…大富豪の一人娘
 スペンサー・ブリッグス……医者、ステラの夫
 ミス・ベルモント……………看護婦

と、載っているのは、この三人だけ。うん、いかにもフランス・ミステリですねw たちどころに、少数精鋭の心理劇が予想されます。
実際には、序盤でステラの父親も登場するわけですが、彼はすぐに退場(病死)します。卒中で倒れ、他の医者から見放されたこの父親を、独自の療法で一度は快方に向かわせたのが、気鋭のスペンサー医師であり、それがきっかけで、ステラとスペンサーは結婚することになるのです。しかし、独占欲の塊のようなステラは、専門の研究に従事したいという夫の願いを認めず(結婚のエサとして、研究施設への資金提供を約束していたにもかかわらず、はなから、そんな慈善的なことに金を使う気はなく)、女王のように彼を支配しようとするため、たちまち結婚生活には暗雲が――創元推理文庫の、おなじみの、扉のストーリー紹介の文章の表現を借りれば“死の匂い”が――漂いだします。

本書の原題はTu Vas Mourir ! ですから、そのまま訳せば「あなたは死ぬでしょう!」といった感じでしょうか。
冒頭、半身不随になった「私」ことステラの絶望的な“現在”が描かれ、そこからストーリーは回想形式で進行し、終盤、またステラの“現在”の意識に戻るという構成がとられています(ふと、同趣向の、栗本薫の短編「真夜中の切裂きジャック」を連想しました。文章を断絶させる印象的なエンディングといい、栗本センセ、『死の匂い』を意識してたことは、まず間違いない)。どうしてステラはこういう羽目になったんだろう? という疑問を読者にいだかせ、たちどころに小説世界に惹きこむ効果が大きい半面、次作『わらの女』のような、逆転のサプライズには欠けます。
そして、この現代版グラン・ギニョルの最大の弱点は、「どうしてステラはこういう羽目になったんだろう?」という、さきの疑問に対する答えに、およそ医学的な説得力がない事です。ある前提は用意されていますが、その病気のことを、作者がきちんと調べたうえでの嘘でないため、お話全体が、魔法の薬をめぐるファンタジーになってしまいました。
未知のことを書くなら、調べる。そしてディテールを詰める――そんな、プロ作家として当然の姿勢が、まだこのときのアルレーには出来ていなかった、とまで言うのは酷でしょうか。しかし、寝たきりになったステラの介護の模様を描くにあたって、食事の不便さに筆をさきながら、排泄行為のほうはまったく無視するというあたりを見ても、作品に真実味をもたせることに、作者が心を砕いていたとは思えないのです。徹頭徹尾、頭の中だけでこねまわした、猫と鼠のゲーム、そのシミュレーションにすぎません。
そんな、およそリアリティのない、観念的な小説が、面白いわけはないのです――本当なら。
ところが。
困ったことに、読ませるw 
もうねえ、筆力というものはどうしようもない。およそ感情移入などできるはずもない、自業自得のダメ女の内面描写が、しかし病的な興奮を喚起し、夢の中の出来事のようなドラマに迫真性をあたえてしまっているのですね。
それまでずっと“ツン”だった彼女が、恐ろしい体験をへて変貌をとげ、最後の最後に“デレ”る――くだりの、意識の洪水は、圧巻です。

それにしても、アルレーは本書を書いたとき、何歳だったのでしょう? 作者が言明を避けているため、その生年については、1920年から、24年、35年まで諸説ありますが、もし1935年生まれだとすれば……刊行時、18歳 !? いくらなんでもそれは無いだろう、と思いつつ、作品の、前記のようなリアリティの欠如を考えれば、あるいは、という気も。だとすれば、しかし、この才気、パワー、テクニックは、桁外れの化け物ですわ。


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