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平均点:6.73点 | 書評数:1603件 |
No.1043 | 7点 | 写楽 閉じた国の幻 島田荘司 |
(2013/02/16 22:12登録) 島田荘司が今まで数多の研究家や作家がテーマに取り上げた写楽の正体の謎に挑んだ意欲作。構想20年の悲願が結実したのが本書。 物語は現代編と江戸編が交互に語られる。しかしとにかく本編に行くまでが長い!冒頭の現代編で語られるのは東大卒で某会社の社長令嬢と結婚しながらも美術大学の教授から美術館の学芸員、そして塾の講師へと転落の人生を送っている在野の浮世絵研究家の話が延々と語られる。 江戸編では現代編の論考を裏付けるような蔦屋重三郎と写楽との邂逅の話が語られる。これが実に写実的で素晴らしい。江戸っ子のちゃきちゃきの江戸弁で繰り広げられる物語は実に映像的で、眼前に当時の江戸が浮かび上がるようだ。ここは物語作家島田のまさに独壇場。実に面白い。 私は写楽に纏わる作品は本書以外には泡坂妻夫の『写楽百面相』しか読んだことがないので、ほとんど門外漢なのだが、数多ある写楽の正体を探った作品や探究書の中でも本書が特徴的だと思われるのは、なぜこれほどまでに記録が遺されなかったのかに着眼している点だと思う。記録そのものに書かれた文章の行間を読み解くのが専らであるこのような研究に対してまずその背景からアプローチしていったのが斬新だったのではないか。 私は写楽の正体の謎へ迫る面白さがそれを小説とするための在野の研究家佐藤貞三が写楽の正体を探るまでのサイドストーリーがまだるっこしくて半減してしまった感がある。転落するばかりの人生の男の愚痴が長々と続く件は、本書は本当に『このミス』2位の作品か?と思ったりもした。写楽の正体が斬新だっただけに勿体ない思いが強い。しかし本書はそれも含めて島田の特徴が色濃く表れた作品だろう。 |
No.1042 | 7点 | この警察小説がすごい!ALL THE BEST 事典・ガイド |
(2013/02/10 22:09登録) 古今の警察小説について言及されており、古くは山田風太郎氏から近年では今話題の誉田哲也までランキングされているのが特徴的。オール・タイム・ベストの選出とはえてして各選出者の初期体験が脳内で美化されがちなため、昔の傑作が挙げられがちだが今回のベスト選出では横山秀夫氏の作品が多く選出されることになった。これは横山氏の作品がいかにエポックメイキングだったかを証明している。 しかし警察小説と云っても選者の価値観によってその定義は様々。先に述べた横山氏のD県警シリーズに代表される警察機構の泥臭い人間劇から本格ミステリ作家が刑事を主人公にしたシリーズ物まで幅広く語られている。確かに一概に警察小説と云ってもその定義は原則的に主人公を警察官もしくは刑事に設定した小説という曖昧さを備えているから、その解釈は千差万別だろう。 さらに巻末には警察組織と捜査本部の構成など、実際の警察小説の構成が一目で解るガイドが添えられている。これはミステリ、警察小説を書く作家志望の方々には実に有益な資料となることだろう。 しかし国内警察小説だけに触れられているのはいささか解せない。やはり海外警察小説についても均等に語られるべきであろう。もし次があるならばぜひとも海外作品についてもオール・タイム・ベストを選出してほしいものだ。 |
No.1041 | 7点 | 悲劇のクラブ アーロン&シャーロット・エルキンズ |
(2013/02/08 00:23登録) シリーズ第5作にして最終巻。 前作のエンディングで述べられていたグレアムとの結婚式を兼ねたハワイでのゴルフイベントの参加が本書の物語。つまりリーはスチュワート・カップで起きた殺人事件に続いてすぐのイベントで殺人事件に巻き込まれたことになる。一介のプロゴルファーが訪れる先々でこんなに頻繁に殺人事件に出くわすなんて、いやあ、これは何でも無理があるでしょ。とはいえこんなのはシリーズ物には付き物の設定。そこら辺は気にせず読むのが吉。 いつものエルキンズのユーモア溢れる舞台設定の中に織り込まれた謎はクラブの会長ハミッシュの殺人事件の真相とその犯人捜しに加え、クラブに伝わる誓いの詞の意味、そして“母なる火山の女神ペレの平和会”(<フイ・マル・マクアヒネ・ペレ>)なる団体が探しているカンバーランド・メモリアル・カップの在処だ。しかも誓いの詞がメモリアル・カップの在処を示す暗号になっているという宝探しの趣向が織り込まれている。 この暗号解読の過程はなかなかに面白い。単なる伝統あるクラブの古式ゆかしい呪文のような詩かと思いきや、きちんと意味が通じる暗号になっているのには驚いた。 しかもエルキンズが得意とする時制のずれを利用したトリックが実に有機的に働いている。実は眼前にそれを示されているのに暗号解読のその時までその齟齬に気付かなかった。実に素晴らしい手際だ。 たった280ページの作品の分量にミステリ興趣をくすぐるネタをふんだんに盛り込んでいる。その読みやすさと親しみやすいキャラクターゆえにコージーミステリと軽んじられているエルキンズだが、そのミステリマインドと本格スピリットは筋金入りだ。 |
No.1040 | 8点 | 廃墟ホテル デイヴィッド・マレル |
(2013/01/31 22:49登録) バングラデシュの密林など世界の自然を舞台に冒険・スパイ小説を繰り広げていたマレルが21世紀に選んだ冒険の舞台はなんと廃墟。資金難で打ち捨てられたホテルやオフィスビル、デパートに忍び込む。 まさか廃墟探索がこれほどスリリングだとは思わなかった。暗闇に巣食う動物たち。不衛生的な環境で育ったそれらは攻撃的でもあり、傷つけられると病原菌に感染してしまう。さらに長年風雨に曝され、老朽化が進み、床が突然抜けたり、階段が崩落したり、思いもかけない危難が待ち受けているのだ。そんな状況で機転を働かせて仲間の救出を行うところなど、手に汗握るスペクタクルになっている。機能を失った建物が未知なるジャングルの如き迷宮に見えてくる。 そんな危険を冒してまでも廃墟侵入を止めないのはそこに魅力があるからだ。当時の時間を体験することが出来るからだ。原作者のあとがきによれば彼らのようなグループは世界中に実在するとのこと。いやあ、マレルは実に面白い題材を見つけたものだ。 そして挿入されるかつての宿泊客たちのエピソードも興味深い。亡き夫と思い出のために訪れ、自殺する者。ホテルに荷物を残して失踪したまま行方知れずになった者。不治の病に侵され、最後の記念にホテルに泊まり、自害する者。 そして物語は暗闇の中の廃墟探索という冒険物から不測の訪問者である窃盗グループによる拘束を受けるというサスペンス物に変わり、さらに廃墟のホテルに住まう異常殺人鬼の登場で次々と仲間が殺されていくホラーへと転調していく。 『ダブルイメージ』ではあまりに物語の転調が激しく、読後はなんといったらいいか解らないほど戸惑いを覚えたが、本作では舞台設定が廃墟と固定されており、その不気味なムードが冒険、サスペンス、ホラーを包含しているため、上に書いた物語の転調が非常にスムーズで、逆に先の展開に好奇心が募る思いがした。 正直云って本書は私が今まで読んだマレル作品で一番面白い長編となった。作家生活30年以上も経って物語力の感じる作品を生みだす、まさに円熟味のなせる業か。前回読んだ短編集『真夜中に捨てられる靴』でも感じたが、マレルは21世紀になって作風がガラリと、しかもいい方に変わった。これほど味が出るとは思わなかった。 こうなると近年発表されたマレルの作品が実に気になる。マレルの未訳作を訳出してくれる寛大な出版社はないだろうか? |
No.1039 | 7点 | 最後の女 エラリイ・クイーン |
(2013/01/26 22:16登録) なんとその舞台はライツヴィル。そして本書は『顔』で語られたグローリー・ギルド事件の続きから始まる。 『真鍮の家』でリチャード・クイーンはジェシイ・シャーウッドと結婚したが、本書ではそれは無かったことになっているらしい。同書の事件を飛び越して『顔』の事件の後、しかもエラリイの復調のためにクイーン警視はライツヴィルの保養所にて一緒に過ごす。しかもそれについて妻に断りを入れる云々の件はない。その後自宅に戻ってもジェシイの影など少しも見かけられない。確かにあの作品はエイブラハム・デイヴィッドスンの手になる物だからそれも致し方ないのだろう。 限られた登場人物の中で状況的に容疑者が絞られるのは3人の元妻。そんな状況で異質な存在なのが元妻たちが盗まれたイヴニング・ドレス、緑のかつら、手袋。それらが見事に論理的に解明されるラストは実に鮮やか。たった1つの解で全てがピタリと収まるべきところに収まる鮮やかな手際にやはり本家クイーンは凄いと唸らされた。 正直に云えばクイーン全盛期の作品と比べれば地味な物語でありサプライズの度合い、地味な物語などやや落ちるのは否めないものの、他作家のクイーン名義を読んだ後ではこの作品がやけに眩しく感じてしまった。 |
No.1038 | 7点 | 生誕祭 馳星周 |
(2013/01/23 17:42登録) 狂乱の時代バブル絶頂期を舞台に億単位の金が躍る世界を描いた作品。金を動かし、金の魔力に憑りつかれ、金に溺れる人々の虚構のダンスが繰り広げられる。 一癖も二癖もある人物たちの関係が複雑に絡み合い、欺瞞と憎悪と裏切りの黒いゲームが繰り広げられる。 それは人心操作のヒエラルキーとでも云おうか。麻美は波潟を操り、美千隆に操られる。美千隆は麻美と彰洋を操り、波潟に真意を悟らせない。波潟は美千隆に大いに疑念を抱きながら彰洋を受け入れ、利用する。その3人に翻弄される彰洋。わずかに残っていた純粋さはすり減り、自己嫌悪の沼にずぶずぶと嵌っていく。自我崩壊が進んでいく。 上下巻合わせて1,050ページ強の大作。しかし果たしてこれだけのページを費やす必要があったのかとも思う。巨万の富を得ながら、金のために金を遣い、金を稼ぐ男たちの終わりなき修羅の道行。全てが破滅へと収束していくように紡いだ物語はしかし、いつもながらの呪詛の連続で途中だれてしまったのは否めない。恐らくこの半分の分量で同様の物語を紡ぐことはできたのではないか。 もう金と暴力とセックスまみれの話は読み飽きた。もっと違う一面の馳作品を期待したい。 |
No.1037 | 8点 | 真夜中に捨てられる靴 デイヴィッド・マレル |
(2013/01/12 23:07登録) マレルといえば数々のアクション、スパイ物が有名で、その派手派手しい演出はあざといまでに映像化を狙ったような作品が多いが、短編では趣を変えた奇妙な味と云える不思議な味わいを持った作品が多い。 さて収録された物語は歴史物、ホラーにSFとヴァラエティに富んでいるが、共通するのは自失と狂気の物語だろうか。しかもライナーノーツのように全編の冒頭にマレル自身による作品に関する説明が施されており、そのどれもが実際に彼の身の回りで見聞きし、経験したことがその作品のアイデアに繋がっているという中身となっている。 ここに書かれた作品に登場する不屈の精神を持つ主人公たちはその執着心の強さゆえにどこか壊れた印象を受ける。 アクション物の長編では短い章立てでテンポよく物語を展開する作品であるが、短編ではじっくり書き込んで読み応えを促す真逆の作風であるのが特徴的だ。そして長編のイメージを持っていた私はマレルがこれほどヴァラエティに富んだアイデアを持ち、濃密な話を書けるとは思えなかった。恐らく誰もが思うようにマレルは長編よりも短編の方が面白い。 |
No.1036 | 8点 | 超・殺人事件―推理作家の苦悩 東野圭吾 |
(2013/01/06 19:26登録) 各編には「作家はつらいよ」と云わんばかりのアイロニーに満ちている。「推理作家の苦悩」と副題にあるように本書を読めば文筆業に携わる方々の苦労が偲ばれる。物語を生みだし、創作するということがいかに大変か、そして日夜いかに苦しんでいるかが本書を読めば解る。本書の内容はかなりユーモアに満ちているがその8割は作家が日常に孕んでいる苦労や苦悩であるに違いない。 つまりこれらには実際の作家たち、評論家たち、編集者たちの生の声が収められている業界裏話でもある。そして作家たちの心からの悲痛な叫びであろう。恐らく一般読者は面白く読めたが、作家たちの多くは身につまされるエピソードや共感し、快哉を挙げた話が多く、単純に笑って済まされない物語が多いに違いない。 果たしてこれは東野氏からの作家を目指す全ての作家予備軍たちに対する警鐘の書ではないだろうか?該当する方々にとって本書は必読の書と云えよう。 一番笑ったのは「超長編~」。特に本筋とは全く関係のない情報を織り込んで水増ししているのを作中作で過剰に実践しているところは笑いが止まらなかった。また本作では実作家の名前や作品名のパロディが多いのも特徴的だ。 しかし「超税金対策~」を書くことで実際に作者がハワイ旅行とか経費で落としていたら、スゴイな…。 |
No.1035 | 8点 | サトリ ドン・ウィンズロウ |
(2013/01/05 00:24登録) トレヴェニアンの傑作『シブミ』を現代きってのストーリーテラー、ドン・ウィンズロウが受け継ぎ、続編を書く。このニュースを聞いた時に私の嬉しさと云ったらなかった。『シブミ』は私が現代ミステリを読み始めた頃に読んで驚きとスリルを味わった作品。そしてウィンズロウは2年前から読み出した作家でとにかく発表される作品すべてが痛快で外れなしの作家だ。 これはまさに私に読むべしと告げているようなものではないか! そんな期待の中、繙いた本書は一読して一気に『シブミ』の世界に舞い戻らされた。ここにはいつもの軽妙でポップなウィンズロウ節はなく、あるのはトレヴェニアンが築いたニコライ・ヘルの物語があるだけだ。日本の侘び寂びを筆頭に中国などの東洋文化に深く分け入った描写。『シブミ』を読んだ時に感じた「これは本当にアメリカ人が書いたのか?」という驚嘆の世界が次々に繰り広げられる。 さてそんな東洋文化を織り交ぜ、日本、中国、ヴェトナムへと舞台を展開し、スパイ小説のみならず冒険小説のスリル―ニコライがギベールとしてヴェトナムまでロケットランチャーを届けにジャングルや急流を渡るシーンのスリリングなこと!―も味わうことの出来る、まさにエンタテインメントのごった煮のような贅沢な作品だが、一つ納得のいかないのは本書の題名にもなっているサトリの内容だ。 いわゆる高僧が開く悟りの境地とはいささか異なるように思える。これからの道行きの全てが見えることを“サトリを得る”と書いてようだが、悟りとは日蓮や親鸞などの話からすれば、いわゆる“真理”を悟るということだと私は認識している。 従ってニコライが本書で得ているサトリとはいわゆる“見切り”であり、囲碁や将棋で何手先まで見通す“見極め”のことではないだろうか?その点を日本人が認識する“悟り”と誤認しているように思えたのが大きなマイナスとして私には働いた。 とはいえ、34年も前の作品を前日譚を描いて見事甦らせたウィンズロウの功績は大きい。 恐らく今後長らく『シブミ』は古典の名作として数ある巨匠の作品と共に並び続けるだろう。それは本書が一役買っているのは間違いない。そして本書もまたその横に共に並び、いつまでも誰もが手に取れ、ニコライ・ヘルの世界に浸れるようになるよう、望んで止まない。 |
No.1034 | 4点 | 孤独の島 エラリイ・クイーン |
(2012/12/26 22:00登録) エラリー・クイーンのノンシリーズ物。舞台は人口約16,000人の小さな町ニュー・ブラッドフォードで主人公はそこの警察署に勤めるウェズリー・マローン。物語は彼が製紙会社の給料強奪殺人事件を起こしたギャングたちに犯罪の片棒を担ぐよう強要されるところから始まる。 物語は娘の救出、金の紛失、強盗一味の自宅占拠に失った金の在処の捜索、そして再び娘の誘拐と一転二転三転とする。 全く従来のクイーン作品とは趣も文体も味わいも違う作品だ。テイストとしてはハメットやチャンドラーが書いた冷酷無比な悪党の登場するハードボイルドを感じさせる。本書はクイーン作家生活40周年を記念して書かれた作品だが、晩年のクイーン作品の多くがそうであったように、本書もまた他の作家の手によるクイーン名義の作品だと思っていた。 しかし調べてみるにどうも本書は実際にクイーン自身が著した作品のようだ。しかし逆にそれが本書の魅力を減じていると私は思う。 なぜならクイーン=本格という図式が強く根付いているため、本書でもそれを期待してしまうからだ。その先入観が強すぎて本書の世界に浸れない自分がいた。 |
No.1033 | 8点 | ソウル・コレクター ジェフリー・ディーヴァー |
(2012/12/23 19:42登録) リンカーン・ライムシリーズ8作目は他人の情報を自在に操るソウル・コレクター。彼は他人の趣味趣向を調べ上げ、その人の持ち物と日々の行動範囲などから証拠を捏造し、犯人に仕立て上げる連続殺人鬼だ。 リンカーン・ライムのシリーズではしばしば「ロカールの原則」というのが引用される。すなわち犯罪が発生した際、犯人と犯行現場と被害者との間には例外なく証拠物件が移動するという原則だ。本書の連続強姦殺人鬼ソウル・コレクターはこの「ロカールの原則」を逆手に取って捜査を誘導する、まさに鑑識にとって天敵なのだ。 しかし情報と云うのがこれほど脅威になろうとは思わなかった。知らないうちに我々も番号化され、趣味嗜好、思想や人間関係の繋がりなどがどこかでデータ化され蓄積されているのだろう。いわば見知らぬ誰かに丸裸の自分を把握されている状況だ。 だからこそこのような個人情報を扱う会社はセキュリティを絶対無比の物にしなければならないし、また情報を扱う社員も人格者でなければならない。情報化社会と一口に云うが、その重大性や脅威について本書でその本質を知らされた次第だ。 本書は真犯人が誰かとかウォッチメイカーは捕まったのかよりも情報の持つ恐ろしさをまざまざと思い知らされたことが大きい。便利になった現代社会の歪みを見事エンタテインメント小説の題材に昇華したディーヴァー。まだまだその勢いは止まらないようだ。 |
No.1032 | 7点 | ダブルイメージ デイヴィッド・マレル |
(2012/12/11 23:00登録) 一言では云い表せない作品だ。 狂える大量虐殺者との戦い、伝説のカメラマンの過去の捜索、その最中に巡り合う絶世の美女とのロマンスに、その女性に付き纏うストーカーの正体の謎、さらにその美女と伝説のカメラマンとの奇妙な関係、そして突然失踪する美女の行方、最後に男を狂わす悪女の物語と、実に多彩な展開を見せる本書。題名はダブルイメージ、つまり二重像と云う意味で、恐らくこれは後半物語の中心となる絶世の美女ターシャ・アドラーの二面性を指しているのだろうが、物語としては二重三重、いやそれ以上の像を浮かび上がらせる。いやあ、こんな物語だったとは全く予想がつかなかった。 しかし本作はコルトレーンというカメラマンが尊敬する伝説のカメラマンの足跡を追う人生の物語に仕上げればこの作品は印象深いものになっただろう。 物語としてはヴァラエティに富んでいて一種忘れられない何かを残す。それだけに物語の方向性を読み誤った感が否めない。実に惜しい作品だ。 |
No.1031 | 7点 | 片想い 東野圭吾 |
(2012/12/02 18:35登録) 男と女。 二つの性があるからこそ愛が生まれ、またお互いの考え方が違い、文化が生まれる。男には男の、女には女の世界があり、価値観がある。 だからこそ世界は面白いのだが、一方でその狭間で苦しむ人間たちもいる。 男の身体に宿る女の心を持つ者。女の身体に男の心を宿す者。遺伝子は女なのに両方の生殖器を持つ者。 そんな彼ら彼女らに男と女の定義は空しい限りだ。しかしその定義が彼ら彼女らの世界を縛り付けている。それ故彼ら彼女らは過去を消し去り、新たな自分を、真になりたかった自分の人生を生きようとする。 物語に幾度となく登場する、知らない方がいい、そっとしておいてやれ、という言葉はまさに本来取るべき方法だろう。 しかし本書はミステリ。謎は解かれなければならない。読んでいる最中、行き着く結末は決してカタルシスをもたらすものではなく、寧ろやはり知るべきではなかったという思いが去来する結末に向かうだろうことは予想できた。毎回東野作品の結末は何とも云えない切なさを感じてしまうが本書もまたそうだった。 そして男だからこうだとか、女だからこうだとか、また男の心を持っているから女を好きになるだとか、その逆もまたそうだとか、単純に二元化できないのも事実。男が男らしさに憧れ、理想に近い同性に惚れるように性同一性障害の人々もまたそうなのだ。本書で男と思っていたら実は女だった、または女だと思っていたら実は男だったというジェンダーが反転する趣向が繰り返されるにつれ、一体男とは女とは何なのだろうと思わざるを得ない。 さらに東野が上手いのはこの男と女の話を、すれ違いを繰り返して夫婦生活が冷え切った主人公西脇夫妻のサイドストーリーと絡めていることだ。 最後まで読むに至り、この物語は帝都大アメフト部たちの物語なのだと解る。だからこそこの物語は始まりも終わりもOBたちの飲み会なのだ。 得た物の代償として喪った物は大きく、そして喪っただけの者もいる。男と女の幸せとは一体何なのだろうか?そんな他愛もないことを読後考えてしまった。 |
No.1030 | 7点 | 真鍮の家 エラリイ・クイーン |
(2012/11/26 19:58登録) まず驚きなのがリチャード・クイーン警視が結婚したという幕開けだ。退職した警視のお相手は『クイーン警視自身の事件』で慕うようになったジェシイ・シャーウッド!いやあ、あの結末から7作目で結婚だとはまさに想定外。その間の作品でジェッシイとの付き合いが書かれていなかっただけに驚きだ。 さてこのリチャード・クイーン警視とその仲間たちが挑む謎は3つ。 1つはヘンドリック・ブラス氏は何故面識のない6人の人物に遺産を相続しようと決めたのか? 2つ目はブラス氏が云った600万ドルの遺産とはいったい何処にあるのか? 3つ目は一体誰がブラス氏を殺したのか? 今回鳴りを潜めていたエラリイは最終章で登場し、一気に事件の真相と真犯人を突き止める。『クイーン警視自身の事件』ではエラリイの登場無しで警視のみで解決していただけに今回も同趣向だと思っていただけにこれには驚いた。つまり作者はシリーズそのものをミスディレクションに用いたとも云える。そう思うと本当にクイーンは本格ミステリの鬼だな。 ただ識者による情報によれば本書もまた代作者の手による物らしい。『第八の日』、『三角形の第四辺』を手掛けたエイブラハム・デイヴィッドスンが書いたとのことだが、全く違和感を覚えなかった。プロットはダネイを纏めているとはいえ、リチャード・クイーン警視を主役に物語を進める技量はよほどクイーンの諸作に精通していないと書けないだろう。特に『クイーン警視自身の事件』のエピソードを膨らませてクイーン警視が本作で結婚をするという長きシリーズの中でも大きなイベントがあり、しかも終章でようやくエラリイが登場して事件の真相を解き明かすという憎い演出など晩年期のクイーン作品の中でも非常に特徴ある作品だと思う。また5Wで表現される各章の章題もまさにクイーンならではではないか。 もはやライツヴィルシリーズを読み終えてこれからの作品は前作読破に向けて、消化試合的読書になるかと思っていたが、こんな佳作があるからクイーンは全くもって侮れないと思いを新たにした作品だ。 |
No.1029 | 7点 | 夏と花火と私の死体 乙一 |
(2012/11/19 21:58登録) そのあまりに鮮烈なデビューとなった表題作は一言、上手い!いわゆるアンファンテリブル物だが、ことさらに恐ろしさを強調するわけでもなく、あくまで静かに淡々と語ることで恐ろしさを助長しているのがすごい。わずか16歳でこの文体で子供による死体遺棄事件の顛末を語る着想に至った乙氏の才能に戦慄する。 しかし語り手である犠牲者の五月とその母親が何とも浮かばれないなぁ。 もう1編の「優子」はありがちな作品と思わせておいてひっくり返すという読者の先入観を逆手に取った趣向が見せ所だろう。相変わらずその筆致は時間の流れをゆっくりと感じさせる独特の雰囲気に満ちている。 しかし本書では逆にそれが物語の深さを減じているように感じた。最後に明かされる政義の業深き出生の秘密などはやはり情念を滾らせるような濃い文体で書いてこそ深みを増す。坂東眞砂子ならばもっと土着的な濃厚な物語を繰り広げただろう。主題と文体が結びつかなかった、そんな印象を受けた。 しかし久々に語るべき物語を持った作家に出逢った思いがした。次に我々に見せてくれる物語が楽しみだ。 |
No.1028 | 7点 | マンゴー・レイン 馳星周 |
(2012/11/17 20:36登録) 女を陸路でバンコクからシンガポールへ連れて行く、この設定を読んだ時にこれは馳版『深夜プラスワン』かと思った。しかし物語はそんな風に簡単にはいかず、主人公の十河将人とメイはバンコク内を迷走する。 やがてメイの持つ仏像に隠された地図の正体を探るにあたって、本作のメイン・テーマは女をシンガポールに送ることではなく、実は仏像に隠された日本軍が遺した莫大なお宝を探し当てるというものであることが解る。 つまりこれは馳版『マルタの鷹』なのだ。歴史に残る冒険小説2作を相手にするあたり、馳氏のしたり顔が目に浮かぶようだ。 さて冒険小説の名作のモチーフを国産ノワールの雄が料理するとどうなるかというのが専ら私のこの作品を読む上での焦点であった。つまり舞台と登場人物を変えただけで、いつも物語は破滅に向かうという構成がこの味付けでどう変わるのかを注目していた。 しかしやはり馳氏は馳氏。変わらない。一度落ちぶれた人間がどうにか安楽の地を、生活を求めるために大金を手に入れようと足掻き、這いつくばる物語。人生の落伍者と貧困の犠牲者、2人の男女が日本軍の遺した宝を求める道行きに屍が転がっていく。こんな2人だから出てくる台詞は怨嗟の連続。セックス、金、暴力、そして時々ドラッグ。馳作品の諸要素が今回も織り込まれている。 今までの作品と違うのはこれまで馳作品ではろくでもない男どもに翻弄され、人生を狂わせていく存在にすぎなかった女性が、強くたくましく、最後まで生き残るところか。つまりこの作品はメイの物語だったのだ。 今回も次々と死人が生まれた。またもや遣り切れなさが残る作品であった。 |
No.1027 | 6点 | 犯罪は詩人の楽しみ アンソロジー(海外編集者) |
(2012/11/11 00:44登録) エラリー・クイーンが詩人たちが創作したミステリ短編を集めたアンソロジー。最も古いのがチョーサーの作品でなんと1300年代の作品!日本の歴史で云えば鎌倉時代の頃で中国では明王朝の頃と、まさに隔世の感がある。 とにかく最初は読みにくいことこの上なく、また見開き2ページに小さなフォントでぎっしりと文字が詰まった体裁を久しぶりに読んだのでかなり時間を要した。先に進むにつれて、時代が下ってくるので読みやすくはなったが、久々に古典を読んでいるという気分にさせられた。個人的にはこの古式ゆかしい体裁は大好き。 しかし詩人と云うのはどこか通常の作家と視座が違うのか、収録されている作品は奇妙な後味が残る物が多く、いわゆるミステリと呼べる作品はそれほどあるわけではない。何か事件が起こってその不可解事を解決する、といった定型を取る作品はほとんどといって無い。意外な結末という意味合いでクイーンは有名詩人諸氏の作品を集めたのではないだろうか。 この詩人たちが書いた小説の意味が全て理解できたかとは云えないが、雰囲気はどこか通ずるものがあった。先にも書いたがどこか超越した視座で綴られた諸作品。これらを集めたクイーンの偉業をこのたび復刊して確認することが出来た。東京創元社の志の高さに改めて拍手を贈りたい。 |
No.1026 | 10点 | 紳士の黙約 ドン・ウィンズロウ |
(2012/11/04 20:05登録) あの“ドーン・パトロール”のメンバーが帰ってきた!いや、我々がまた彼らの許へ訪れたというのが正しいのかもしれない。“ドーン・パトロール”、そして彼らが住んでいるサンディエゴのパシフィック・ビーチは読んでいる我々が再びその地を訪れたかのような懐かしい思いを抱かせる、不思議な雰囲気を備えている(ちなみにシリーズ名を冠しなかったのは小生が登録した『夜明けのパトロール』に何も書いていなかったからです><)。 今回彼らが関わる事件は3つ。メインはブーンがペトラから依頼される伝説のサーファーK2殺しの容疑者サーファー・ギャングの未成年コーリー・ブレイシンガムの、事件当夜の調査。そして彼が請け負うもう一つの依頼が“紳士の時間”仲間のダン・ニコルズの妻の浮気調査。そしてもう一つはジョニー・バンザイが関わる麻薬組織バハ・カルテル(『野蛮なやつら』!)の抗争。 この3つの事件がなんと複雑に絡み合って驚くべき事件の構図を描き出す。この辺のプロットが上手く組み合わさる味付けと云うか手捌きは見事としかいいようがない。 さてウィンズロウの描く物語は常々何らかの喪失感を伴うものだと感じていた。前作のブーンも変わらなく続く生活や仲間たちの関係が実は危ういバランスの上で成り立っていることを知らされた。今回もブーンは色んな物を喪う。 ウィンズロウは読者が永遠に続いてほしいと願う仲間たちとの付き合いや心から通じ合える恋人といった関係に躊躇わらずメスを入れる。前作もそうだったが南国のお気楽ムードで始まった物語は次第にブーンの周囲に不穏な影を差していく。特に残り100ページから始まる殺戮や拷問の数々は作品のイメージをガラッと変えるものだった。 しかし今回はまさに再生を予兆させる終わり方である。喧嘩のいいところはその後に仲直りできるところだ、そして喧嘩をするほど仲のいいというのは喧嘩をする前よりも本音で語り合える関係になるからだ。まさに本書はそんな爽やかな読後感を残してくれる。 それぞれに変化が訪れ、ドーン・パトロールのメンバーも以前のような関係にはならないかもしれないが、今回の苦境を乗り越えたその先が実に楽しみで今仕方がない。また必ず彼らの住まうパシフィック・ビーチを訪れよう。 |
No.1025 | 5点 | ランボー3/怒りのアフガン デイヴィッド・マレル |
(2012/10/29 22:29登録) 当時この映画でアフガニスタンのことをアフガンと呼ぶということを初めて知ったなぁ。作者マレルによるランボーシリーズは本書までで2008年の映画『ランボー/最後の戦場』は関与していない。 2作目の『~怒りの脱出』同様、ランボーは孤独な戦いをするわけではなく、今回も仲間と共に戦う。 本書ではなんと彼の師であるトラウトマン大佐が捕えられ、ソ連軍から過酷な拷問を受ける。この拷問が半端なく、肉体的だけでなく精神的にも過酷な仕打ちが事細かに書かれており、老齢のイメージがあったトラウトマンは果たして大丈夫なのだろうかといらぬ心配をしてしまった。文庫カバーの袖につけられた映画のシーンのスナップショットで見られるトラウトマンは本書で描かれているほど手酷い傷を負っているようには見えないので、映画ではソフトに抑えられたようだが。 そして本書では宗教観が色濃く出ている。仏陀の教えにある人生は苦悩に満ちているという思想のために自分を責めるランボーに、今回彼に協力するアフガンたちのイスラム教の思想、全てはアラーの神の思し召しなのだという、運命論に次第にランボーは傾いていく様が語られる。彼が任務を拒んだことでトラウトマンが捕虜となり、彼が師を救出するためにアフガニスタンの地を踏み、ソ連軍と戦うこと、それら全てが定められたことだというアフガンたちの言葉でランボーは物語の最後に自分の人生の意味を悟る。 しかし映画は確かに観たが1作目、2作目に比べてイメージの想起がなく、こんな話だったかなぁと首を傾げることが多かった。アクションもあるが、宗教観を絡めたランボーの内面を語ることにウェイトが置かれていたのも映画との結びつかなかった原因の一つかもしれない。映画を既に観ていたことが今回は逆に仇になったようだ。やはり映画は映画、小説は小説と全く別物として捉えて読まなければならないのだが、いやはや難しいものだ。 |
No.1024 | 7点 | 予知夢 東野圭吾 |
(2012/10/24 21:07登録) お馴染みガリレオこと物理学者湯川学が活躍する短編集第2弾。 本書に収められている不思議は予知夢、虫の報せ、ポルターガイスト現象、予知視といったオカルト風味の不可解な現象であるのが特徴的だ。 そんな謎に湯川学は少ない証拠から閃いて真相を推理する。その様子はシャーロック・ホームズやブラウン神父といった古典本格ミステリ時代の探偵諸氏を髣髴させる。現代ならば東野版御手洗潔というのが妥当か。 今気付いたが、湯川学も御手洗潔も両方とも大学教授である。しかも御手洗シリーズの作者島田荘司も吉敷竹史という刑事のシリーズがあり、東野圭吾も刑事加賀恭一郎のシリーズがある。しかも両者に共通するのは刑事物とは思えないほど本格ミステリ風味に満ちているところだ。なんだか合わせ鏡のような両者だ。 話が逸れたが、本書では謎の強さで云えば、冒頭の「夢想る」が強烈。なんせ女子高生の許へ家宅侵入した27歳の男がその娘が生まれる前からの小学生の頃から運命の人だと名前まで触れ回っていたという謎だ。これを東野氏は危ういながらも論理的に解き明かす。非常にアクロバティックだが一応納得はできる。 逆にシンプルながらも余韻が残るのが最後の「予知る」だ。隣の自殺を3日前に見たという娘の謎が逆に単純だと思われた事件の真相を明らかにするという、今までの構成とは逆のパターンを取っているのが面白い。しかし何よりもラストの余韻が抜群だろう。 ここから『容疑者Xの献身』に繋がり、今の東野人気のきっかけとなるとは、当時は誰も思わなかったからなぁ。 |