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ミステリの祭典

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雪さんの登録情報
平均点:6.24点 書評数:586件

プロフィール| 書評

No.6 7点 明日訪ねてくるがいい
マーガレット・ミラー
(2018/05/28 08:48登録)
 所属する法律事務所の上得意である老婦人から、失踪した前夫探しを頼まれた新米弁護士トム・アラゴン。単身メキシコに渡り、事業に失敗して逮捕されたB・Jなる人物の足取りを洗っていくが・・・
 たいして長くもない話の半分はのんびりとした追跡調査。しかし多少なりとも彼の行方を知るであろう人物に行き当たったが最後殺人、殺人、また殺人。
残10ページ余りでも殺人ですが、主人公アラゴンは軽口は叩くものの瓶底眼鏡のペーペーでただ状況に振り回されるばかり。碌でもない話の一服の清涼剤として配置されてるだけで全くアテになりません。
(ボーイスカウトだの鈍重な青年だのと言われております。まあ25歳ですから無理もありませんが)
 どう決着を付けるんだと思ってましたらそう来ましたか。
でもアレですね、それだけじゃないですよ。これは怖い話です。20章の後に21章のアレが来ますからね。で、22章のあの結末。
 20章のエピソードはこの作品の山場ですが、あれがなかったらひょっとすると最後の殺人は起きなかったかもしれません。アラゴンの調査はその前に終わってる筈でしたからね。そう考えると益々怖い。
「まるで天使のような」「これよりさき怪物領域」と来て、次がこれというのも各作品のプロットを追っていくとアレですね。「なんぼ逃げよとしても絶対逃がさへんでえ」という、非常にアレなイヤ成分が感じられます。
たぶんこの作品はミラーによる夫マクドナルドの最高作「さむけ」の変奏版でしょう。
 それが夫婦の実体験に裏付けられてるというのがねえ・・・マーガレット・ミラーは自分自身を生きたまま解剖できる作家なんですねえ・・・怖い人です。

 追記:サイトが検索に引っ掛かったので興味のある方はアクセスどうぞ
ラノベ作家の秋田禎信さんがマーガレット・ミラー作品の愛読者だそうで(「魔術士オーフェンシリーズ」等の作者)
禎信ファンの方によるミラー作品の概要が挙げられております。
「秋田禎信ファンによるマーガレット・ミラー作品紹介」
https://togetter.com/li/907981


No.5 6点 清里高原殺人別荘
梶龍雄
(2018/05/28 07:05登録)
 高評価かつ入手難度A級の本作、なぜか近隣の図書館に梶龍雄作品が軒並み揃っていてカモネギ状態。さあアタックだ!
 ・・・と読み始めたのはいいんですが、「自分はトリックだけではダメな人間なんだ」というのが判明しただけでした。「龍神池」はこんな事なかったんですが。
 ちょっと人物設定や会話が不味過ぎるんですよね・・・著者と登場人物の世代がアレなのか、それとも自分が神経質過ぎるだけなのかは分かりませんが。
トリックはホント素晴らしいです。この世代の作家が時代を先取りする構成の作品を晩年に書くというのは特筆に価します。
でもそれだけではちょっと・・・ノベルス形式で出したのが良くないのかな・・・もっと枚数があれば何とかなったかもしれませんが。
 トリックで1点プラスしましたが、本来なら5点作品ですかねえ。梶龍雄は自分には合わないのかもしれません。
 あとあんなに死体がゴロゴロ転がってる殺人現場から、ヤバいタイミングで名乗っての通話2回はどうなんでしょうかね。親父に掛けた方は黒電話の時代でも場所まで知られちゃってると思うんですけど。しかもBMWに乗ってっちゃってるし。
ランデブーとは行かないような気がするんですが。男はともかく女の方はそんな事どうでもいいのかもしれないですけど。


No.4 10点 スマイリーと仲間たち
ジョン・ル・カレ
(2018/05/26 19:23登録)
 文句無しの10点、というかミステリのマスターピースの一つでしょう。
 一般的には「寒い国から帰ってきたスパイ」、文学性の高い自伝的作品としては「パーフェクト・スパイ」ですが、最もエンターテイメントと筆力のバランスの取れた代表作と言えば「リトル・ドラマー・ガール」かいわゆる「スマイリー三部作」。
その棹尾を飾るのがこの作品です。
 主人公ジョージ・スマイリーの年が年ですのでどうしても辛気臭く、その点では壮年の工作員ジェリー・ウェスタビーを主役に据えた「スクールボーイ閣下」に劣りますが、読み易さは断然こっち。
 ただまあ功績無視の上引退した身を再三再四引っ張り出され(三部作都合二回目)、度々後始末を押し付けられるとなれば彼の愛国心も冷めようというものです。おまけに年齢はとうに70才を越えています。
 元亡命者殺害事件の処理を依頼され気乗りしないスマイリーでしたが、失脚後の亡命者たちのあしらい、加えて公私含めた現役時代の宿敵・KGB第十三局局長カーラの名前が出るにつけ俄然様相が変わってきます。
私立探偵もどきにロンドン、東ベルリン、パリ、ジュネーヴと、全ヨーロッパを舞台に追跡を続けるうちに徐々に姿を現すカーラの秘密、そして失われる命。
 ラストは冷戦を象徴するベルリンの壁を跨いでの、人生最後の賭け。
その時スマイリーの胸をよぎる思いは果たして何だったのか?
 丹念かつ重厚な筆致で決して読み易いとは言えない作品ですが、できれば三部作通して読んでほしいと思います。


No.3 6点 ドーヴァー6/逆襲
ジョイス・ポーター
(2018/05/26 15:36登録)
 ドーヴァー警部シリーズ第6弾。
「余震に遭ってくたばってくれりゃいいのに」と副総監が思ったかどうか知りませんが、今回は被災地での殺人事件に駆り出されたドーヴァーとマグレガー。酒場も土砂崩れで崖下で、意地悪ぶりも5割増し。
しょっぱなから泥塗れにされた腹いせに妊婦までいびっております。
 登場する村人もいつもに増して強烈ですが、容疑者が極端に絞られるせいか(地震によるクローズドサークルの上、後半に起こるドーヴァー殺し未遂でさらに絞られます)
それが祟って同時に読んだ「誤算」に比べると余裕が無い感じですかねえ。
 戯画化された登場人物ばかりですから、雲を掴むような展開でときたまギャグを挟むぐらいで丁度いい。どう転んでもサスペンスが売りにはならないんですから。
 あときちんと複線は張ってあるんですが、なんぼドーヴァーでも最後の追い込みはどうなんでしょうか。真相自体かなりブラックなのはともかく、後味がよろしくないのは加点できません。一応6点にしましたが、5.5点くらいの出来かな。


No.2 7点 黄金
ディック・フランシス
(2018/05/26 07:38登録)
 しがないアマチュア騎手の元に突然尋ねて来た大富豪の実父。数年前に喧嘩別れした筈なのに一体何故・・・
と思う矢先に二人は轢き逃げされ、父を助けた主人公は謎の襲撃者の存在を知る。
既に義母を殺した犯人は、父の元妻たちと異母兄姉弟9人の中にいる筈なのだが・・・
 フランシス円熟期の筆致を味わえる佳作。作者ベストを選んでも7、8位には来ます。
再婚を繰り返す大金持ちと来るとどんないけ好かない狒々親父かと思いますが、この人は金投資の腕一本と自身の魅力だけを武器にのし上がった実力者。
 金銭や子供たちに対する考え方もしっかりしており、ともするとやや地味目な主人公より魅力的なくらいです。
「彼は好きにならずにはいられない男なのよ」とは、離婚した元妻の弁。
(別シーンでは「五流のケーキ職人のような恰好」とか言ってますが)
事件の骨格はフランシスにしては結構陰惨なものですが、この父親のキャラクターがそれを救っています。
 その父の財産独占を異母兄弟たちに疑われながら、誠意と意思の強さで一族の絆を結び直す主人公もいい。
 初フランシスだと「直線」あたりを勧めますが、ある程度代表作を読み込んだ後ならば本作か「標的」等が良いでしょう。


No.1 8点 メグレと謎のピクピュス
ジョルジュ・シムノン
(2018/05/15 01:25登録)
 ちょこちょこメグレ物を集めて80編程読んでいるのですが、これは当たり。雑誌「EQ」に載ったまま単行本化されていない6つの作品の一つです。そのうち長編の数は5本、その中で最初に掲載されたもの。
 冒頭から謎の署名と殺人予告、女占い師の死、殺害現場に閉じ込められた老人と、後期メグレを読みつけていると大丈夫かいなという気にさせられますが、このへんのメグレ物はマンネリ打破で意欲的に新機軸を試みていた時期なので問題ありません。
この作品のネタを転用すると、マジに枯れた年代のヤツが三本くらい書けます。
 といっても一部は過去の短編の転用なのですが、それを単なる焼き直しに終わらせず脇筋にして本筋と交差させて膨らませているのは流石です。
 犯人の遣り口にメグレは結構憤激するのですが、そこには皮肉な結末が待っていて、
最後にはもうどうでもええわとばかりに奥さんの元に帰ってゆくのでした。
 いやあ、いいなあ。
 個人的にメグレ物のベスト10には入ると思います。
と言っても「シムノンを読む(瀬名秀明さんのやつ)」お勧めの「オランダの犯罪」は読んでないですけどね。
 もっと面白い未読のメグレがあるといいなあ。楽しみ楽しみ。

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