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ミステリの祭典

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黄金
競馬シリーズ

作家 ディック・フランシス
出版日1988年11月
平均点6.50点
書評数4人

No.4 5点 ことは
(2021/08/28 21:15登録)
フランシスのイメージとは違い、これも家庭内ミステリだった。
HM文庫の解説によると、本作以降(解説執筆当時で30作まで)、冒険小説敵要素が薄まり、心理的葛藤の要素が強まるとのこと。
なるほど、「標的」も同じ流れなんだ。
前半、家族の群像劇を描いていく部分は、ヒッチコックのコミカルな作に似た雰囲気がある。ドタバタ喜劇の感じだ。中盤の事件から、喜劇感はなくなるが、強烈なサスペンスというわけにはいかず、ウェルメイドなフーダニットという感じ。
ううん、これは違うな。悪くはないんだけど、これでは、たくさんいる優良作家のひとりになってしまう。以前の作にはあった「フランシスだけの味わい」が消えてしまった。
これ以降の作を読むのは後回しだな。フランシスの未読作を読むのは、これより前を優先するとしようか。

No.3 7点 人並由真
(2020/12/06 06:45登録)
(ネタバレなし)
「私」こと33歳のアマチュア騎手イアン・ベンブロックは、3年前に仲違いした実父マルカムの呼び出しを受け、護衛を頼まれる。68歳になるマルカムは「ミダス(王)」の異名をとる英国財界の超大物だが、イアンの母ジョイスをふくめてこれまで5人の妻をめとり、のべ9人の子供をなしていた。だが少し前にその5人目の妻で若い美女のモイラが自宅で何者かに殺され、さらにマルカムもまたいつのまにか殺されかけていた。イアン自身も危険に見舞われるが、かたや十数人に及ぶマルカムの親族や別れた妻たちは、大半がその莫大な財産の生前分与を希望。親族たちは、仲違いしたはずなのに結局は最も頼れる息子としてマルカムの信任を得たイアンに嫉妬の念を抱く一方、父からの利益が得られるように仲介を願う。だが事件はさらに危険な事態へと加速していった。

 1987年の英国作品。競馬シリーズの長編第26弾。
 このところ翻訳ものは少しアメリカ作品が続いたので、そろそろ今度はイギリスものを……と思って、これを読み出す。
 本サイトの先行のお二人の評価がよさげなのは、なんとなく頭にはあった。だいぶ前に古書で購入した、HM文庫版で読了。

 本文500ページ近くの束(つか)で、しっかり確認したわけじゃないけれどフランシスの作品中でもトップクラスに厚いんじゃないかと思ったが、一日ほぼ250ページずつ二日間でいっきに読んでしまった。

 とはいえこの<富豪マルカムの歴代の妻とその子供たち、さらにはその子供の配偶者たち>がのべ22人。そのうち4人は殺人事件の被害者モイラをふくめて物語開幕時点で実質的にリタイアしているが、それでも残りのキャラの認知がちと大変である。おかげで今回はたぶん生まれて初めて、(恒例の)人物一覧リストと同時に、家系図まで自作した。

 さすがにそこまで手間をかけた分だけあって、丁寧に書き分けられた一族の面々の把握はスムーズに進み、イアン視点でとっかえひっかえ物語の表に登場してくる各キャラの人間模様がすんごく楽しめる。
 一方で物語の緩急もかなり巧妙に組み立てられ、中盤の山場を契機に過去のとあるエピソードが振り返られていく流れなんかも小気味よい。
(といいつつ、(中略)に関しては、いくら言い訳しようと警察が見つけられなかったんかい? とも思ったが。)

 しかし、とにもかくにも各キャラがしっかりと細かく描かれているので、終盤には誰が真犯人であっても、作者の筆力で「ほら、あの印象的な××……が犯人だったんですよ~」と、納得させられてしまいそうな気配もあったりして?
 そういう意味では、あまり意外性は期待できないな……と思っていたら、いやそれでも、動機の真相もふくめて結構、オドロかされた。

 まあ、犯人の内面的な造形については、ちょっと作者の筆が走りすぎたきらいもあるが、その辺は英国ミステリ界の作劇の伝統めいたものを感じないでもない。実際、半世紀くらい前の某作品の某シーンに似た<人間の(中略)>を、ちょっと思い出したりもした。

 しかしイアンの(中略)って、結局は(中略)だったんだね? 私やてっきり(中略)。
 評点はかなり8点に近いこの点数、ということで。

No.2 7点 tider-tiger
(2019/04/18 00:31登録)
平成最後の年の三月一日。衆院本会議の最中、河野外相はペーパーバックを熱心にめくっていた。その背表紙にはDICK FRA……の7文字が見えていた。この『DICK FRA』なる文字列が意味するものははたして。解答は後ほど。

1987年イギリス作品。『再起』以来久々に未読フランシスに挑戦しました。
~私は父の五番目の妻を心底から嫌っていたが、殺すことを考えるほどではなかった。~本作の書き出し
おっと、来た来た来た。いかにもフランシスな書き出しで幕を開けます。
父親に危害を加えようとしている人物は誰なのか。父親の五人目の妻を殺害したのは誰なのか。主人公は父親を守りつつも家族の絆を再構築できないものかと悩みます。
フランシス作品としては冒険小説からはやや遠く、心理ミステリに寄った作品です。主人公イアン・ペンブロゥクの父親は大富豪であり、また五回の離婚歴あります。元妻や子供たち、十名ほどの親族がいて、当然金やらなにやらと揉め事も多くなります。こんな状況下にあって父親は高価な競走馬を買い付けたり、いきなり寄付をしたりと金を派手に使います。
彼ら一族は父親の信頼厚いイアンに「父の浪費をやめさせてくれ」と懇願するくせに、同時にイアンが父親の信頼を利用して財産を独り占めしようとしていると信じています。
当人たちは必死ですが、こちらからすればいささかバカらしくも思える家族間の会話はなかなか楽しいですし、楽しいだけではなく謎解きにも関係してくるのです。
本作では複数の視点で一族の心理分析のようなことも行われます。心理分析とはいっても仰々しいものではありません。
最後に主人公が提示した消去法推理は賛否ありそうですが、個人的には納得がいきました。
今回のフランシスは当たりですね。設定とそれを活かす筆力、父親のキャラ、さらにミステリとしてもなかなか楽しめました。
ただ、最後のひねりは、必要だったろうけど、あまり好きではありませんでした。
有能なんだかマヌケなんだかよくわからない父親はキャラが立っています。今回ばかりは主人公の影が薄い。ですが、私はイアンの方が好きですね。『写像』………あれ? 『反射』だったかな? のフィリップ・ノアを思い出します。
※『写像』は一般的には『反射』という邦題の方が有名かもしれません。
詳しくは空さんの『反射』の御書評を参照してくださいませ。

フランシスは大雑把に『利腕』までを前期、『反射』以降を後期と考えております。切れ味の前期、円熟味のある後期といったところでしょうか。
後期は未読が多いのですが、少ない既読の中では『名門』『標的』『決着』あたりがお気に入りです。今回の『黄金』は『名門』『決着』よりは上ですが、『標的』と比べるとどうかなといったところ。本作を読んで私の中で第何次だかのフランシスブームが再燃しまして、ここしばらくフランシスの書評ばかりになってしまいました。

冒頭の謎 正解は『Dick Francis(ディック・フランシス)』でした。


以下 雪さんへ
『再起』についてはちょっと採点が辛すぎたかなと少し反省しておりました。私の酷評を薄めて下さってありがとうございます。雪さんの御推察はおおむね当たっているようです(と、悔しいので他人事のように言ってみました)。
『大穴』はいつか再読してみて下さい。自分があれを好きな理由はキャラと会話かな。少なくともミステリ的な部分ではありませんね。
後期フランシスの未読を今後もボチボチ読んでいこうかと思っております。あとマクベインの後期も。
では、失礼致します。

No.1 7点
(2018/05/26 07:38登録)
 しがないアマチュア騎手の元に突然尋ねて来た大富豪の実父。数年前に喧嘩別れした筈なのに一体何故・・・
と思う矢先に二人は轢き逃げされ、父を助けた主人公は謎の襲撃者の存在を知る。
既に義母を殺した犯人は、父の元妻たちと異母兄姉弟9人の中にいる筈なのだが・・・
 フランシス円熟期の筆致を味わえる佳作。作者ベストを選んでも7、8位には来ます。
再婚を繰り返す大金持ちと来るとどんないけ好かない狒々親父かと思いますが、この人は金投資の腕一本と自身の魅力だけを武器にのし上がった実力者。
 金銭や子供たちに対する考え方もしっかりしており、ともするとやや地味目な主人公より魅力的なくらいです。
「彼は好きにならずにはいられない男なのよ」とは、離婚した元妻の弁。
(別シーンでは「五流のケーキ職人のような恰好」とか言ってますが)
事件の骨格はフランシスにしては結構陰惨なものですが、この父親のキャラクターがそれを救っています。
 その父の財産独占を異母兄弟たちに疑われながら、誠意と意思の強さで一族の絆を結び直す主人公もいい。
 初フランシスだと「直線」あたりを勧めますが、ある程度代表作を読み込んだ後ならば本作か「標的」等が良いでしょう。

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