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ミステリの祭典

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応家の人々

作家 日影丈吉
出版日1961年01月
平均点6.25点
書評数4人

No.4 7点 斎藤警部
(2021/10/20 06:40登録)
“あの童女のおもかげのほかに、この陰惨な事件の連続から、守るべき思い出の何ものもないのをさとった。”

作中作の斬れ味、作中作中作の濃艶さ。現実(作中)世界とのリンクも闊達(ところが構成の妙はそこだけじゃない)。作中の現実とは、一人の女性の周囲に、新旧夫の二人を含み、あまりにも短期間に連続して起こる夥しい不審死。ストーリー途上にはまさかの匂わせミステリかと危惧させる展開もあり、捨て置けないトラベル&タイムトラベルミステリーの趣もあり。多種多様なルビの氾濫も手伝い、言い逃せない読み辛さはある。だが、こりゃあ短かめの長篇ながらも贅沢にゆっくりと味わいたい作品。とか言ってると最終コーナーにかかり唐突に一気に燃え盛る本格ミステリ魂の火炎放射が凄い。まさかの鮮烈物理トリック、それも明瞭伏線付きだった! … 造形にちょっと靄がかかった探偵役の主人公が最後になって急に閃きまくるのは、読者一般には見えなくとも、当時のディープ台湾に浸っておればこそ嗅ぎ出すことの出来たアレに対する機微がそこに遍在していたから、って事でしょうか。。その事実が最後に浮かび上がる、歴史がかった重めの捲り感こそがミソなのかも。 それにしたってこの終結! これを■■だと騒ぎ立てる人もあろうが、意外過ぎて粋で、何と言ったものですかね。

南十字星の見える南台湾 .. 日本領だったころの .. を舞台とした、苦くも起伏に満ちた回想と、現在の..    の物語です。 題名のちょっとした違和感も、最後には切なく茫洋と解消。 主人公がファム・ファタールに傾き過ぎないのも頼もしく、また良い意味で逆に歯がゆく、素晴らしいバランス。 旅をしたな、という粗く爽やかな感慨が残る。 作者による、その品格と裏表のとぼけたあとがきもよろしい。

No.3 7点
(2019/09/01 13:25登録)
 昭和十四年九月、まだ日本の領土だった台湾。治安任務専門の久我中尉は初対面の安土少佐に呼び出され、台南の大耳降街で起きた殺人事件の調査を命じられた。町の中心部にある氷屋で、街役場の吏員が警察署の書記を毒殺した後、移送前に留置場から脱走したのだ。逃亡した黄利財も被害者の鄭用器も二人とも本島人で、現場に居合わせた未亡人・坂西ユリの存在が犯行の原因になったと思われた。
 ユリと日本風の名を名乗っているが、彼女の本名は応氏珊希。台南市にある清朝の名門一族の出である。珊希は前夫の死後まもなく大耳降署の保安係長・坂西警部と再婚したのだが、その坂西もまた毒殺事件の二カ月前、街のはずれにあるマンゴの並木道で刺殺されていた。安土は現場に居合わせたたったひとりの内地人である公学校教師・品木渡の存在に注意するよう言い含め、久我を台南へ送り出す。
 有能者と見なされながら任務になじめぬ久我は、かすかな反抗心を抱きながら本島人の巡査部長・馮次忠の助力を得て調査を続けるが、北回帰線下の台南地方を旅する彼の脳裏に浮かぶのは、いくつもの死に彩られた珊希の妖しい面影だった・・・
 「非常階段」に続く長編第5作。台北が舞台の「内部の真実」と対を為す台湾もので、1961年の発表。スリラーめいた導入部で始まるものの早々にそれをほっぽらかして二十数年前の回想に突入し、エピローグでまた現在の事件に立ち戻るという構成。過去の事件との関連については最後に軽く触れられます。
 大耳降の事件を調査するうちに逃亡した黄の死体が発見され、未亡人珊希も品木に謎の五言絶句をことづけた後失踪。絶句の謎を解いた久我は、珊希の後を追ってさらに南部の高雄州や潮州各地を経廻ります。中盤には品木が台北の雑誌に応募したモデル小説が挟まれるなど、作中の一部は入れ子構造。ただしあくまでも味付け程度です。
 台南の風俗描写や熱帯の空気感などは素晴らしいものの、その本質は本格味の強い「内部の真実」と真逆。本サイトの分類だと実は 冒険/スリラー/スパイ小説 に近い作品で、冒頭部のいきなり展開は作者の親切な忠告でしょう。唐突な展開や伏線の少なさも、そう解釈すれば納得できます。まあ、普通の人は怒るでしょうけど。
 氷屋での毒殺トリックは軽業風できわどいもののかなり面白く及第点。好みだとむしろ「内部の・・・」よりもこっちですが、同意してくれる人は少ないかな。

No.2 5点 nukkam
(2016/02/26 09:01登録)
(ネタバレなしです) 「内部の真実」(1959年)と同じく台湾を舞台にした1961年発表の長編第5作で初期代表作と評価されている本格派推理小説ですが個人的にはいまひとつな感じでした。死亡事件や失踪事件が相次ぐのですが、主人公の久我に伝聞でもたらされる情報が多く、事件との間に微妙な距離感があって謎解きのサスペンスが盛り上がりません。「人々」というタイトルながら人物描写も十分でないように思います。幻想的作風で有名な作者ですが本書に関しては幻想風というよりも書き込み不足ではないでしょうか。しかも序章で起きた事件の終章での扱いといったら、これは中途半端レベルにさえ至ってないです(最後は作者の確信犯的コメントで締め括られます)。

No.1 6点 kanamori
(2011/09/16 22:59登録)
日本統治下の台湾を舞台背景にした異国情緒あふれるミステリ。
主人公で探偵役の元中尉の回想の形で、台湾の名家の出で美貌の未亡人・珊希を軸にした複数の不審死事件が語られていくが、物語が何重もの入れ子構造になっているので中盤読んでいてちょっと混乱しそうになった。
真相はこの時代この国ならではという感じはするが、伏線が不足気味で唐突感もある。

手掛かりを求めて中尉が亜熱帯の台湾南部の町を巡る場面など情景描写が印象的だが、ミステリとしての完成度では同じ台湾ものの傑作「内部の真実」にはやや及ばないかな。

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