home

ミステリの祭典

login
ビッグ・ヒート

作家 ウィリアム・P・マッギヴァーン
出版日1960年01月
平均点7.00点
書評数3人

No.3 8点 人並由真
(2020/06/30 04:51登録)
(途中のアイコン以降、ストーリーの筋運びに際してややネタバレあり)

 1940年代後半~1950年代初頭のフィラデルフィア。地元の警察署で書記の業務に従事する中年刑事トム(トーマス・フランクリン)・ディアリーが、ある夜、自宅で動機も不明のピストル自殺を遂げる。同僚の34歳の警部補デイヴ・バニオンはディアリーが死に至った背景を探るが、故人の妻メリーからは特に有益な証言は得られない。だが一方で、ディアリーとかつて恋人(不倫)関係だったと自称する酒場の女ルーシイ・キャロウェイがバニオンに接触。ルーシイは気になる未確定の情報をバニオンに提供するが、その直後、何者かに拷問を受けて惨殺された。彼女の殺害がディアリーの自殺に関連すると見たバニオンは捜査を続行するが、バニオンの上司で暗黒街との交流も噂される刑事課長ウィルクスがこれ以上の捜査を継続しないように進言してきた。それでもひそかに捜査を続行するバニオンだが……。

1953年のアメリカ作品。
 うーん。先行してレビューを書かれたお二人が、ある程度まで物語のなかでの小規模なツイストというか、ストーリー面でのうまみについて触れているので、自分もそれに倣ってもいいかとも思った。
 しかし自分自身、この作品に関しては、ああ、こういう方向で来るのか、と軽く驚いた部分もあるので、一応、以下の部分は、前もってネタバレ告知した上での記述ということに。 
 


【以下、その意味において、ややネタバレ】


 物語の大枠は、地方警察や法曹界の一部とも癒着する暗黒街のワルどもに、正義漢の一匹狼刑事が闘いを挑む、直球のスモールタウンもの。
 主人公バニオンは敵の攻撃に晒されて絶大な犠牲を払うが、それでも闘いを止めない。孤軍奮闘、さぞバニオンは最後までいたぶられるんだろうなあ、とも予想するが、あにはからんや、本作の場合は、
・かつて署内で取り調べを受けたとき、バニオンが自分を公正に扱ってくれたことに恩義を感じている黒人青年
・いまは閑職に追われているが、古武士的な正義漢でバニオンを後見する老警視
・上からの圧力を警戒しながらも、その上役の目を盗んでこっそりと協力してくれる警察官としてのギリギリの矜持を守ろうとする同僚たち
・100%善人で、暗黒街の嫌がらせなんかものともしないバニオンの妹とその旦那
・さらにはそのバニオンの義弟の元戦友で、自警団として集合してくる腕に覚えのある市民たち
……etc ともう、主人公バニオンを応援してくれる「いい人たち」のオンパレードである(笑・汗・感涙・嬉)。

 特にサイコーなのは、物語の中盤、復讐や腕力ずくに走りかけるバニオンを諫めながらも、のちの山場の場面でバニオンの近親者がピンチになった際に、暗黒街の連中と戦う味方の一助になろうと自分から応援に出向いてきてくれるマスターソン神父(人名表では「牧師」とあるが、本文では神父)!
 こういう「おいしいもうけ役」キャラクターの運用で泣かせ&胸熱に盛り上げるあたり、やっぱりマッギヴァーン、本物のエンターテイナーだと実感! 

 まあ21世紀の新作だったら、こんなダイレクトなヒューマニズム、よほどの天然か、あるいは逆に最大級の胆力がなければ書けないんじゃないかという感じだけれど、こういうのをごく自然に物語の流れに乗せられたんだから、やっぱ1950年代って良かったんだよとも思う(いや、100%、過去肯定の旧作信者じゃ、決してないつもりだけど~笑~)。

 なんつーか「主人公がいいヤツだから、その分、味方もできるのだ」という、あまりにも直球の倫理ドラマを極上のエンターテインメントとして読ませてもらった思い。
 たとえるならボガート主演の映画『デッドラインU・S・A』の鑑賞直後に、西村寿行の「あの」初期長編をイッキ読みしたような気分である。
 さもなくば、旧作テレビシリーズ『逃亡者』で3週に2週は登場した、それぞれの状況で各自の葛藤の果て、理性と良心をまっすぐに見つめてリチャード・キンブルを逃がしてくれた数多くのメインゲストキャラたち。あの人達に出会ったときの思い出に通じる心地良さが全開。

 ただしこういう作品は「いい人がいっぱい出てくる泣けるヒューマンミステリがここにあります!」と叫んで他の人に紹介するのはなんか気ハズカシイよね(笑)。こういった作品は、ほかのミステリファンに向けてそっと縁を作って、実際に読んでみた人たちに心のどっかに自然に引っ掛かってもらうのが一番ベストだと思う。
 その意味でも、やっぱりこのレビューは途中から、ネタバレ警戒を謳っておいた方がいいだろうな?
 
 なお「そっちの方」のことばっかり長々と書いたけれど、全体的には曲のないプロットながら、それでもじっくりと読ませる作者の手腕は、もちろんステキ。
 最後の方の、バニオンと某メインキャラの行動の対比で見せる文芸もとてもいい。終盤のバニオンの決断には、父親として、娘ブリジットのことも考える責任もあった、という意味合いも込められていると思うし。

No.2 6点 クリスティ再読
(2017/10/09 21:01登録)
評者の見るところ、本作は同じ元刑事復讐譚である「最悪のとき」とネタがカブるようで、「最悪のとき」は本作のやや甘めなところを激ニガに書き直したバージョンみたいに感じる。それでも本作の一番イイところというのは、そのいささか「甘い」ところのかもしれないな。
警官が自殺した。その経緯に不審を抱いたバニオン警部補が捜査を継続すると、証人の死や不可解な圧力が上司からかかるなど、どうも市政の影のボスたちの逆鱗に触れているようだ。バニオンの身代わりとなって愛妻が車に仕掛けられた爆弾によって殺されると、バニオンは腐敗した市警察を辞職し単身謎を暴いて黒幕に復讐することを誓った...
という話だが、実はそれほどハードじゃない。ギャングたちがバニオンの娘を脅かそうとするが、バニオンのために戦友たちが娘のガードを買って出てくれるし、神父や正義派の幹部警官なども陰に日向に助けてくれる。意外にここらのみんなに「支えてもらってる」あたりが、何かイイ感じである。神父なんぞ戦友たちのアリバイ作りに「一緒にポーカーしてた」と証言してくれるくらいだよ(笑)。
しかしね、男は見栄や気取りもあってなかなかハードに徹しきれないものなのだが、女は実に煮え切ってハードボイルドだ。バニオンは諸悪の根源である女を撃てばある意味問題が解決するのだが、それでも撃てない。

とにかく、わたしはタフな人間よ。あなたにもできなかったことをしたんですもの。

...オトコなんぞより、女の方がずっとタフでハードボイルドなんだよ。この小説はホントにそういうオチである(苦笑)

No.1 7点 tider-tiger
(2017/07/18 20:57登録)
刑事がピストル自殺を遂げた。警部補バニアンは不審に思い独自に捜査を開始するが、上層部より捜査の中止命令が。シカトするバニアン。馘首されるバニアン。それでも諦めないバニアン。さらには狙われるバニアン。ところが、バニアンを狙った罠で妻が身代わりとなって命を落としてしまう。

マッギヴァーン初期の秀作だと思います。とにかく面白い。期待通りに話が進む。マッギヴァーンは悪徳警官ものの印象が強いのですが、その狭間にこんな熱血ヒーローものも書いていたようです。てか、私が知らないだけで、この人は意外と芸の幅が広いのか。
プロットはとにかく一直線。シングルセル、シングルセル、鈴が鳴るという感じ。
とてもよくできています。ややこしいことをしていないので、話が自然に流れて大きな瑕疵はありません。まあ、もう少し主人公を追い込んでもよかったかも。この手の話では主人公が孤独な戦いを強いられそうなものですが、ぜんぜん孤立してない。都合よく味方が現れる。
ちょっと単調な気もしますが、痛快だったので7点としておきます。

3レコード表示中です 書評