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ミステリの祭典

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海の牙
別題「不知火海沿岸」

作家 水上勉
出版日1960年01月
平均点6.00点
書評数4人

No.4 5点 クリスティ再読
(2022/10/14 21:50登録)
今の若い人たちって「水俣病」を知らない人もいる?どうだろうか。

この本とその評価って、水俣病というものの実態を知らしめて、さらにその原因がチッソの工場廃液にあることを断定してその非を鳴らしたこと、その先駆性に強く影響されているようにも感じるんだ。「社会派ミステリ」が即物的に社会の「お役に立った」代表的な作品にもなる。アンガージュマンとかそういう文脈で評価すべき作品なのだ。

しかし、ミステリとしては....何かつまらないんだよね。人妻と動機の件は、それまでの前振りだったら、どんなドラマを持ってこれるようなものだし。オリジナルなドラマの部分では、成功しているとは言い難い。医師と刑事の狂言回しコンビも全然魅力的でもないしなあ。警察嘱託医であそこまで積極的に捜査しちゃうのは違和感が強いしね。

もちろん、死体発見シーンの凄惨さが直接水俣病の悲惨さを訴えるものだったり、冒頭の初の患者の発生シーン、エピローグなど、陰鬱な美しさがあるシーンがあることも確か。こういう箇所には水上勉らしい良さがある。あと、漁民と工場労働者が対立する水俣という都市の現実もしっかり描いているしね。

まあだけど結局のところ、水俣病の文学だったら「苦海浄土」を読んだ方がずっといい。時の流れを越えきれなかった作品だろう。

No.3 5点 人並由真
(2018/05/29 02:36登録)
(ネタバレなし)
 ああ、やっと読んだ、読んだ。少年時代に手に取った中島河太郎の『推理小説の読み方』の日本推理小説史のなかでの本書に関する記述が心にひっかっかってからウン十年、ついに読んだ。
 とはいえもちろん作品の主題そのものは事前に知っていたから、読むのに気後れしてきた部分は確かにあった。いくらケーハクな自分でも、きっとこの一冊だけは軽佻浮薄に読み始めてはいけないはずなんだろうって。

 それで今回は、読売新聞社の1990年代の叢書「戦後ニッポンを読む」シリーズの一冊で読んだけれど、この本の巻末に叢書の監修も務めた佐高信の、全部で10ページにも満たないけれど、とても丁寧な解説がついていて、これが読解に非常に役に立った。
 それによると本作はモデルとなった水俣病公害が世に広まる以前に、作者の主体的な取材によって書かれたものだそうで、それだけにその迫真ぶりはあまりある。
(とはいえ本当に水俣病公害事件を探求するにはこの社会派ミステリ一冊ではなく、もっともっときちんとした心構えと覚悟が必要だろうけれど。)
 
 ただしミステリ&小説としては、うーん、どうなんだろ…。
 事件の真相、真犯人の動機、ほとんどの要素が後出しで事実を知るものの説明で明かされるばかりで読者が介入して推理する余地があまりない。
 最後にひとひねりある社会悪への言及も、当時としては新鮮な作劇だったんだろうが、21世紀の今読むと特に目新しくもないし。

 あとね、主人公が公害病の患者のために奔走する民間の外科医(といっても医者が少ない漁村だからいろんな分野の診察や治療も、ある程度するみたいだけど)で警察の嘱託医、警部補の友人がいるという設定は良いのだが、その友達の刑事の便宜とはいえ、捜査に不自然に介入しすぎ。
 特に専門知識を必要とされる立場でもないのに、所轄を越えた警察関係者の対話の場や捜査の現場に当たり前顔で参列する描写を読むと、これって、ナンだかなあ…と思ったり。
 清水一行の『動脈列島』なんか同じように公害に義憤を持った良心的な医者でも、その善意や憤りだけでは大局の事態を変えることも問題を解決することもできず、しかしそれでも居ても立ってもいられない切実な葛藤の末にテロに走った訳でしょ(テロという行為は絶対に肯定できんが、そういうぎりぎりの心情そのものにはすごく共感する)。
 それに比べてこの『海の牙』の主人公は行動も立場も、ほかの劇中人物や作者から、優遇されすぎていないだろうかって。
 つーわけで(期待値が高すぎたこともあって)評価はきびしくなってしまう。すいません。

 ただまあ、リフレインになるけれど、公害病(作中では「奇病」と総称される)の惨状と悲痛さの描写は、正にこの作品の核なのね。いや21世紀の現在の作品ならもっといくらでもどきつく、刺激的な筆致もアリなんだろうけど、何よりこれが実話をもとにしたという現実の訴求力にだけは、どうにも抗いようがない。
 もちろん、当時の罹病された方々へも、凄惨な事態にまともに向かい合った医療関係や行政の方々にも、この場から今の自分なりの思いを馳せさせていただく。この災禍のなかで、狂死したり実験動物の被検体になった猫たちや、ほかの動物たちへも。
 昨日、読み終えました。ウン十年前の自分へ。

No.2 7点 斎藤警部
(2015/07/23 12:02登録)
昭和30年代ド真ん中、社会派推理小説全盛期の良作。
未だ原因が世に知らしめられる前(!)の水俣病に関する告発こそが前面に立ちますが、なお文芸としてもミステリとしても良質な硬派作品。たぁ言え気負いが強すぎるのか、アンバランスな点も数あるんだけどね。。そんな構成美の破綻も気にならないほど憤りのエネルギーに圧倒されます。
探偵役とワトソン役の遣り取りが意外とお茶目で、重苦しい物語の中でなかなかの息抜きとなっていたような記憶が。。

No.1 7点
(2009/12/08 20:52登録)
熊本県不知火海岸の、作中では「水潟奇病」とされている、注目されだしてから50年以上たつ今なお、現在進行中の問題として新聞に載ることもある公害病を背景にした殺人事件が描かれます。
「潟」の字は、新潟県にも別の会社の似たような工場があったことから作者が思いついたということは、今回WEBで調べてみて初めて知りました。実際に同じような病気が新潟でも発生して社会問題になったのは、本作発表の数年後のことです。
その背景の描写、特に序章「猫踊り」や第13章「怒りの街」等の強烈なインパクトはまさに圧巻なのですが、殺人事件との関連がうまくいっていないように思います。犯人の動機の大きな部分が公害とは関係ない個人的な問題であったこと、またその犯人の人物像が意外に不鮮明なことが不満でした。

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