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ミステリの祭典

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女王陛下のユリシーズ号

作家 アリステア・マクリーン
出版日1967年01月
平均点7.60点
書評数5人

No.5 8点 斎藤警部
(2022/08/11 12:45登録)
終盤~ラストシーンの物寂しさが堪らない。。。。 あれほどスペクタクルな戦闘場面、灼熱の男気が刻まれる里程標を経、人も艦も次々と姿を消し、このわびしい終わりは他の名シーン以上に記憶に残る。疲れを伴うこの感覚は、作者の「机上の感動パチパチでは済ませない、戦争の悲惨をリアリティごってりと読者に背負わせてやる」という意思が働いた結果かも知れません。

第二次世界大戦、英国海軍の巡洋艦ユリシーズは、宿敵ドイツの敵、イコール味方、であるソ連への援助物資を運ぶ「輸送船団FR77」の護衛部隊”旗艦”。スコットランド北端からアイスランドを経てロシアのコラ半島は不凍港ムルマンスクへと向かう途上、過酷な自然が常襲する北極圏を主戦場に、獰猛で狡猾なドイツ軍と闘わざるを得ない護衛部隊。更には本土の海軍本部との軋む確執。あまつさえ、旗艦ユリシーズの船長は、出航前から重い肺病に侵されている。

「達者でな、大航海家(ヴァスコ)」

数多の登場人物群の中に、お気に入りだったり、自分と似た要素を見出したり、自分にとっての理想の人間像だったり、そんな対象を見つけた人も多いのではないでしょうか。私の場合は特に愛着あるのが一名、彼を含めて特に気に入ったのが三名いて、内二名は生き残りました。もう一人は残念だったけど、亡くなったからこその、あの寂しいラストシーン、ラストカンバセーションなんですよね。

全体的にミステリ性は希薄ですが、ちょっと意外な人間関係(トリックではない)が劇的に明かされたり、ドイツ軍との激烈な駆け引きやら、艦や艦隊を守るためのトリッキーな頭脳プレー等、ミステリ的興味に寄り添うような部分も少なからず見られます。 出オチネタバレ的なアレも、若干ミステリの方向を見ているとは言えましょう。

筆致の素晴らしさ、それがもたらす自然や戦闘の襲い掛かる凄まじいリアリティは、言うまでも無いでしょう。 何より、「土曜日」の言説花吹雪は、沁みわたりました。

No.4 9点 人並由真
(2020/10/26 22:36登録)
(ネタバレなし)
 第二次世界大戦ただ中の1942~43年。ドイツは4万2千トンの巨大戦艦ティルビッツを軸とする主力艦隊を、ノルウェー海域に配備。一方で英米海軍は独ソ開戦に際してソ連の支援を図り、北太平洋輸送船団を編成する。だがその船団を牽制していたのが、くだんのドイツ北洋艦隊だった。本国艦隊を維持する傍らで北洋輸送船団に大きな戦力を回せない英米海軍は、やりくりに苦慮。英国海軍は世界で初めてレーダー装置を完備したことで知られる老朽の軽巡洋艦ユリシーズを北洋輸送船団に配備。しかしユリシーズたちの艦隊「FR77」の本当の任務とはドイツ北洋艦隊をおびきだし、後続の主力艦隊で殲滅するための囮役だった。そしてこの囮作戦開始の直前、ユリシーズ艦内ではあまりにも過酷なこれまでの任務の連続から、一部の乗員の反乱事件が発生。反乱者への処罰の軽重をめぐって海軍本部との軋轢を抱えたまま、リチャード・ヴァレリー艦長と司令官ジョン・ティンドル少将率いるユリシーズの数百名の乗員は、僚艦とともに極寒の北洋に向かう。

 1955年の英国作品。はい、何を今さらながら、大傑作。
 いわゆる狭義の意味でのミステリ味はほとんどないが、評者は冒険小説もモダンホラーの一部も<ミステリ>として受け入れるストライクゾーンの人間なので、戦争海洋冒険小説としてこれもあり。
(ただしそんな柔軟なつもりの自分があえて言うけれど、これはもう正統派戦争海洋小説としての側面が一番強いような気がするけれどね。)

 大昔に購入したHN文庫の初版を書庫から引っ張り出してきたが、知ってる人は知ってる通り、初期のハヤカワノベルスやHN文庫には登場人物一覧が設けられていないので、いつものように自分で劇中人物のメモリストを作りながら読む。
 本当の主人公的なキャラクターはヴァレリー艦長と副長のビル・ターナー、それに青年軍医のジョニー・ニコルスあたりだが、そのほかにも物語に関わる名前のあるキャラクターは60~70人。しかもそのほとんどがユリシーズ内の乗員たちで、カメラアイがほぼ一貫して船内から移動しない。その辺りの徹底ぶりは、ある種の物語の力強さに転化している(僚艦の活躍や最期なども一部挿入されるが)。

 それでもってその登場人物たちが(ごくごく一部のメインキャラを除き)あえて立場のわかりやすい記号的なポジションを要求していないのは、それはひとえに、これがそういう小説ではないから。これに尽きる。
 ユリシーズに乗艦した乗員たち、それぞれがおのおのの責を負い、大半の者は最後までその使命をまっとうし、ごく一部の者は道を踏み外す。これはそういう群像を積み重ねていくことで形成される、海洋戦争海小説であった。
 評者的には、出番こそ少ないが印象に残る挙動を見せてくれたキャラクター、彼らひとりひとりの織りなした心に残る場面、もうそれがこの一冊のなかにはいくらでも見出せる。
 とはいえ本当に魂を顫わされ、心の中で号泣した場面といえば、ここはもうNV文庫版の447ページだな。
 マクリーン(初期の)、あなたはやっぱり本物の物書きだったよ。

 全編にみなぎる緊張感とか、戦争の過酷さの容赦なさとか、極寒の北洋の自然描写の迫力とかいくらでも語れるのだけれど、その辺はできるなら全部、自分の目で読んで確かめてほしい。
 いずれにしろマクリーンという作家は最初で最高・最強の作品を書いてしまっていたのではないかとあらためて痛感。
 これは冒険小説ジャンルにおける『月長石』みたいな一冊で、世の中の冒険小説ファンは本作を読んでいる人とそうでない人に二分されてもいいんじゃないの、という感じである。
(妄言多謝、ではあります~汗~。)

 ちなみにきわめて個人的な述懐になるが、実はこの本(NV文庫版)、宿泊先で読もうと思って高校の修学旅行のカバンに詰めたんだよな。実際には友人との付き合いなんかもあったし、こんな大部の作品(文庫版で500ページ弱)を旅先で読もうとか、今から思うと随分と「絶対に無理」な計画をしていた気がする。事実、ほとんど読めなかった(汗)。
(と言いつつ、もう一冊持っていった、クリスティーの『忘られぬ死』(ポケミス版)は、なんとか読了した。そちらが当時、かなり面白かった記憶はある。)

 何はともあれ、名作はやっぱり、名前負けしない名作であった。
 まあとりあえず、この一冊に限った話ではあるのだが。

No.3 6点 makomako
(2013/11/23 17:26登録)
 まあ海洋冒険小説として素晴らしいのでしょうが、たくさんの登場人物がきちんと描ききれていない上に人を呼ぶのに本名だったり愛称で呼んだりして(これがイギリスでは当然なのでしょうが)とても分かり難かった。
 それにしてもイギリス海軍は統制が取れていないことはなはだしい。イギリス軍は最悪の気象条件でぼろぼろ。しかるにどういうわけかドイツ軍は同様の気象条件で戦っているのに(そんな風には書かれていないがきっとそうでしょう)実に有能で勇敢。Uボートなんか遅くてちっちゃくてユリシーズよりきっと大変だよ。
 もちろん有名な作品なので面白いところも多々あったのだが、期待したほどのことはなかったというのがわたしの印象です。

No.2 9点 Tetchy
(2013/10/19 00:31登録)
ここにあるのは極限状態に置かれた人々の群像劇。筆舌に尽くしがたいほどの自然の猛威と狡猾なまでに船団を削り取るドイツ軍のUボートとの戦いもさながら、それによって苦渋の決断を迫られる人々の人間ドラマの集積だ。

総勢25名にも上る登場人物一覧表の面々についてマクリーンはそれぞれにドラマを持たせ、性格付けをしている。
それら数多く語られる各登場人物の痛切なエピソードの中でとりわけ強烈な印象を残すのは一介の水雷兵ラルストンだ。
物語半ば過ぎで訪れる輸送船団の1つヴァイチュラ号の撃墜を躊躇う理由が明かされた時の衝撃は今まで読書歴の中でも胸にずっしりと圧し掛かるほど重いものだった。

正直このような物語の結末は開巻した時から読者にはもう解っているようなものである。とりわけ精緻を極めた実に印象的なイラストが施された表紙画が饒舌に先行きを物語っている。しかしその来たるべき結末に至るまでの道行きが実に読み応えがあるのだ。

涙が無しでは読めぬとまではいかないまでも目頭は熱くなるであろう本書は確かに傑作であった。海洋冒険物だから、戦争物だからと苦手意識で本書を手に取らないのではなく、昔の男どもの生き様と死に様を存分に描いたこの物語にぜひ触れてみてほしい。

No.1 6点 kanamori
(2010/07/17 21:13登録)
この作品が「東西ミステリーベスト100」の第11位に入ったのは意外です。
マクリーンの作品は、冒険小説ながら最後にドンデン返しを持ってくるものが多いのですが、本書は真っ当な海洋冒険小説で、たしかに海の男たちの戦いは感涙ものではあるものの、船内状況描写がいまいち頭に入ってこず、物語に惹きこまれなかった記憶があります。
それより、このサイトにマクリーンが10作品登録されていながら、これが最初のコメントとはさびしい。

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