深夜の密使 |
---|
作家 | ジョン・ディクスン・カー |
---|---|
出版日 | 1988年05月 |
平均点 | 5.80点 |
書評数 | 5人 |
No.5 | 5点 | クリスティ再読 | |
(2024/05/23 11:39登録) カーの事実上の歴史ロマン第一作になる。大名作「ビロードの悪魔」が王政復古期を舞台にしているが、本作も王政復古期(1666年)で、1675年が舞台の「ビロードの悪魔」より少し古く、カーでも舞台が最古になるだろう。 というか、最初に出版されたタイトルが "Devil Kinsmere" で「悪魔キンズミア」。主人公を悪魔呼ばわりしているわけだが、実は「ビロードの悪魔」だって主人公の異名である(悪魔は別途登場してもね)。そうしてみると、結構この2作の縁は深いようにも感じる。 で本作も「ビロードの悪魔」同様に「伝奇冒険ロマン」のカラーが強いんだよね。ちょっとだけだがチャンバラもあり。そうしてみれば本当の元ネタである「三銃士」とも時代背景が気になるあたり。第三部の「ブランジェロンヌ子爵(鉄仮面)」が名誉革命を背景にしているから、第二作「二十年後」と第三作の中間にあたる時代になるわけだ。さらには冒険の最後の場面はフランスになるから、ダルタニャンと主人公が遭遇するのも可能ではある。いや実際、田舎から上京して有力者の元に挨拶に...という導入がまさに「三銃士」の冒頭と一緒の設定だったから、オマージュだよね。 なんだけども、どうも話の展開が遅いんだよね。しっかりと時代考証が書き込まれていて、それはホント凄い。ビールのジョッキが革製とかへ~~となるトリビアもある。しかし、冒険の内容が意外なくらい小粒なんだ。朝に有力者の元を訪れて深夜にチャールズ二世の依頼で密使に旅立ち、朝にはドーヴァーで船に乗り込んで海賊騒ぎ、翌夕にカレーで結末と2日間の出来事。カーのミステリと同じで事件がやたらと詰め込まれた、妙に急ぎ過ぎの展開。デテールに凝った文章だから、話がリアルタイムで急展開するようなもの。いろいろと語り口にはまだまだ工夫の余地があるようも思うよ。食わせ物なチャールズ二世のキャラはナイスだが、ヒロインの女優が全然活躍しないとか、いきなりヤられるライバル剣士とか、もう少し扱いようがあったのでは...「ビロードの悪魔」には遠く及ばない出来なので、あまり期待すべきではないな。 まあ「ミステリ」としての謎は簡単に気が付くようなもので、期待しちゃいけない。カーは国教会びいきでガチガチの国王派だが、保守派の「ピューリタン嫌い」があからさまに描かれていて、敵役のサルヴェイション・ゲインズのキャラの嫌らしさが印象的。そりゃ清教徒革命が破綻してチャールズ二世が復辟した後の時代背景だから、ピューリタンが悪者なのは当然というものだ。名誉革命の原因ともなったカトリックの問題も少し言及があるが、ややこしいイギリスの宗教問題が保守視点ではあるがリアルに感じられるのも面白い点である。 |
No.4 | 6点 | レッドキング | |
(2022/02/08 17:37登録) 今より二世紀(カー執筆時から数えて一世紀)前の19世紀に、齢九十老人が物語る、更にそこから遡る事150年前17世紀英国のお話。王党派・清教徒派・カトリックが複雑に絡む内憂と、プロテスタント・カトリック諸国間で複雑に揉める外患の最中、対仏国際陰謀に己の地位保全を模索する亡命帰国王チャールズ2世。国王と使わされた密使達と妨害者達、それぞれの思惑と裏切りが錯綜する冒険サスペンス&ラスボスWho及びHowツイストミステリ。ロマンスも少しつく。 SF異世界なみの時代考証描写が魅力的で、これまた点数オマケ付き。 |
No.3 | 7点 | 雪 | |
(2019/07/22 22:06登録) 一六七〇年五月、王政復古によりチャールズ二世がイギリスに帰還し、スチュアート朝が復活してから十日後のこと。ブラックソーンの郷紳ロデリック・キンズミアは、母マティルダの遺産を支度金に再び王に仕えるため、亡父バックが書いてくれたバッキンガム公殿下宛の手紙と見事な形見のサファイアの指輪を身に着け、はるばるロンドンに赴いた。 バッキンガム公の朝見の場ヨーク・ハウスで首尾よく父の親友である金融業者ロジャー・ステインレーに出会い、彼の預かる信託財産九万ポンドを受け取る手筈を付けたものの、行く先々で竜騎兵近衛連隊隊長ぺムブローク・ハーカーと名乗る男に絡まれ、深夜のレスター・フィールズで決闘を行う破目になってしまう。 だが王宮の中庭での二人の会話に耳を澄ます人物がいた。ロデリックの前に現れたバイゴンズ・エイブラハムと名乗る好漢は陛下の勅書送達吏だと名乗り、自分もハーカーに喧嘩を売られ、同じ場所・同じ時刻に決闘することになっているのだと語る。どうやらハーカーの目的は、国王チャールズの機密文書にあるらしい。 バイゴンズの他に送達吏はもう一人おり、二人はそれぞれ暗号で書かれ半分に引き裂かれた外交文書をフランスのルイ十四世、かの太陽王のもとに届けるのだ。父の指輪は送達吏の身分を示すもので、先代の殉教王チャールズ一世の所持品。失われたと思われていた第三の指輪なのだ。ハーカーはロデリックが填めていた指輪に目を付け、決闘をふっかけたのだった。 二人は協力してハーカーの身柄を押さえ、密書によって国王を思い通りに操ろうとする反体制グループ首領の正体を暴こうとするが・・・ カーがミステリ作家としてデビュー直後の1934年、旺盛な活動のかたわら Roger Fairbairn 名義で発表した"Devil Kinsmere"の改作版であり、歴史物の出発点に位置付けられる作品。この年には「プレーグ・コートの殺人」「白い僧院の殺人」「盲目の理髪師」など、他に5作を刊行しています。 完全別名義での発表が示すようにデュマ系統の波乱万丈剣戟作品ではあるのですが、物語全体の構図はむしろそれとは逆。これ絶対王様の方が酷いよねえ。殺人事件や小粒のトリックよりも、真相がミステリ寄り。フェル博士やHM卿をバリバリ発表してた頃なので、変化球というかある意味アンチというか、後年の歴史物よりずっとタチが悪いです。 原点だけあって風俗描写、特に当時のロンドン市街や王宮関係のあれこれには若々しい意気込みが窺えます。それを生き生きと活写した吉田誠一氏の翻訳が素晴らしい。訳者の遺稿でもあります。享年五十六歳。病床でも最後まで本書の校正を気にしておられたそうで、訳業への感謝と共に、ここでご冥福を祈らせていただきます。 |
No.2 | 4点 | nukkam | |
(2016/01/15 18:23登録) (ネタバレなしです) 1934年にロジャー・フェアベーン名義で発表した「Devil Kinsmere」を改訂して1964年にカー名義で出版された歴史冒険小説です(英語原題は「Most secret」)。原典版の方は私は未読ですがもともと別名義での作品からの改訂だからでしょう、一般的にイメージされるカーの作品とは異質の作品です。創元推理文庫版の巻末解説では「謎解きの興味は疎かにしていない」と弁護していますが個人的には本書はミステリーに分類するのは無理筋かと思います。ある「秘密」について物語の中で伏線が張られてたことが説明されていますが、読者に対して解くべき謎として提示されていたわけではありません。殺人事件もありますが推理の余地もなく場当たり的に犯人がわかります。ミステリーを期待するとがっかりするかと思いますが、もともとが初めて書いた歴史物だからでしょうか時代風俗の描写に並々ならぬ力が入っており、原典版を書いた当時の若き作者の熱意のようなものがこの改訂版でも伝わってきます。 |
No.1 | 7点 | Tetchy | |
(2008/12/27 20:47登録) 最初は読みづらくて、難儀したが、やはりカーの歴史物は名作が多い。 一般的にはあまり知られていない作品だが、実に痛快な読み物になっている。 ただカーの作品だとイメージして読むと、期待外れになるだろう。 どちらかといえば、冒険活劇物に近いので、大掛かりなトリックや怪奇性はほとんどないので、ご用心を。 |