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びーじぇーさん
平均点: 6.26点 書評数: 73件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.33 7点 イヴリン嬢は七回殺される- スチュアート・タートン 2020/11/09 20:55
主人公の人格転移とタイムスリープという奇想と、黄金期を思わせる館ものミステリというクラシックな舞台を融合させた意欲作。
医師セバスチャンとして目覚めた記憶喪失の男が持つ最後の記憶は、森の中で何者かからアナという女性を守れなかったという苦いものだった。男はブラックヒース館の仮面舞踏会に招待され、館の主人の娘イヴリン嬢と親交を深めるが、何者かの仕業で意識を失う。そして目覚めた瞬間、男の意識はセバスチャンではなく、館の執事の体に乗り移っていた。
気絶から殺害されるたびに他の人間として物語の「一日目」からくり返しブラックヒース館の数日、館を経験するようになった主人公は謎の男からイヴリン嬢の死の謎を解くことが館のタイムリープから脱出する鍵だと告げられる。
緻密な設定と積極的な小道具の使い方によって、複数の登場人物の視点からブラックヒース館の数日間の様々な意味での「すべて」を描き出す腕はお見事。

No.32 6点 最悪の館- ローリー・レーダー=デイ 2020/10/12 20:06
夫を亡くした女性が偶然に若者たちと宿で一晩を過ごすことになり、彼らの一人が殺されたことから事件に巻き込まれるフーダニットの作品。
作者は別作品でメアリー・ヒギンズ・クラーク賞の受賞歴もあるが、本作も「さよならを言う前に」などクラークが得意としたトラウマを持つ女性が事件を通してトラウマを克服するまでを描くサスペンスの延長線上にある作品と考えると理解しやすい。殺人事件の謎を追う作品であるが、それ以上に主人公となる女性が事件を通して肉体的にも精神的にも何度も追い詰められながら、自分の過去を直視することが出来るようになるまでを描く作品なのだ。クラークのように視覚的な描写が得意というタイプの作品ではないが、その分、心理描写が深掘りされている。

No.31 6点 隠れ家の女- ダン・フェスパーマン 2020/09/12 20:10
殺人事件を発端に素がエスピオナージに巻き込まれる形のスパイ小説。
主人公の女性アンナの現代アメリカを描くパートと、彼女の母親ヘレンが若かりし日にCIA職員として過ごした冷戦下のベルリンが交互にに描かれる。アンナのパートでは障害をもつ弟が両親を銃殺したという事件の謎を追うのだが、これが隠れ家で起きた事件を目撃する母親のパートとどのようにリンクするのかという興味で最後まで引っ張られる。
アイデアに対して物語が長大すぎる点は否めないが、諜報史の忠実を交えた作りもあいまってスパイ活動の真実が、どこにあるのかが見えてこない奥深さを感じられる。

No.30 5点 浮かんだ男- シャーロット・マクラウド 2020/07/20 20:21
ボストンの名士、ケリング一族のセーラは、夫マックスの甥の結婚式を仕切ることになった。その式の最中、マックスは新郎新婦への贈り物の中にセーラと因縁のある宝石セットを見つけてしまう。セットの出所を探るために会場内を捜索し始めたマックスは、ビニール袋に入った人体らしきものを発見する。
次々と発生する事件をコミカルに描きつつ、シリーズを貫くテーマとなっているセーラとケリング一族の過去に完全な決着をつけようとする、まさに集大成というべき物語だ。これまでシリーズを彩ってきたキャラクターも続々と登場し、大団円を盛り上げている。

No.29 6点 喪失のブルース- シーナ・カマル 2020/06/01 20:44
主人公のノラ・ワッパはバンクーバーで人捜しを生業とする探偵。ある日、ノラはエヴァレットという男性からの電話を受けて呼び出される。エヴァレットの娘であるボニーが行方不明なので、探し出してほしいというのだ。
探す相手が生き別れた娘、という設定が失踪人捜しのプロットにひねりを与えている。事件に探偵自身の家族や過去が絡まってくる女性PIものという意味で、スー・グラフトンの<キンジー・ミルホーン>シリーズを思い起こす面もあるが、ノラはキンジーよりも破滅的で型破り。このキャラクターが暴れ出す後半の展開が、最大の見せ場といってよいだろう。
積極的な移民政策を進めるカナダでは、様々な出自の人間が街を行き交う。そうした多様性を持った社会の在り方を知る小説としても、本書を読む価値はある。

No.28 5点 帰郷戦線―爆走―- ニコラス・ペトリ 2020/04/29 20:39
主人公は帰還兵のピーター。登場人物の大半が退役軍人とその家族が占める本作は、帰国後、苦悩を続ける帰還兵たちに焦点を当てた社会派ハードボイルドだ。
決して主人公がスーパーマンではないがゆえにアクション小説としても秀逸。類まれなる戦闘力を持つ主人公ながら閉所恐怖症というハンデゆえに緊張感あるアクションが続く。そして実は本作、犬好きにもお薦めだ。なぜかジミーの家のポーチに巣食っていたピッドブルの雑種犬を相棒に、ピーターは事件を戦い抜くことになる。凶暴な彼の意外な正体も本作の読みどころのひとつだ。

No.27 5点 人形は指をさす- ダニエル・コール 2020/04/23 19:37
そんなに犯人の意図どおりに動くだろうか、警察の動きとしておかしいだろう、等々、ご都合主義で荒唐無稽なところも見えるのだが、次々と場面を転換させ章ごとに何かを起こしてくれる過剰なまでのサービス精神は実にお見事。
このあたりはテレビドラマからの影響も強そうだが、実は本作、主人公ウルフと事件のみを描く小説ではない。ウルフの元相棒で彼と精神的に深い絆があるエミリー・バクスターや、その現相棒で詐欺捜査課から異動してきた若者エドマンズ。彼らが互いを認め成長していく様子をはじめ、様々な脇役が英国人らしい皮肉とユーモアを交えて生き生きと描かれている。

No.26 7点 角の生えた帽子- 宇佐美まこと 2020/04/08 21:08
一読してノスタルジアをおぼえる作品が多いことに気付く。日常の断片を切り取った内容よりも、過去から現在へ連綿と続く時間の中で、得体の知れない闇が醸成され、「今」の肩を叩くような作品が多いからだろう。
いわゆるショッカー型のホラーとは異なり、読み手は自分を取り巻く世界が次第に妖しく変容していく気分に陥るはずだ。闇を覗き込む恐ろしくも甘美な体験がそこに生まれる。
筆力と幻視の力の双方が高いレベルで融合した、国産怪談/ホラー短篇集の一大収穫に違いない。

No.25 6点 生か、死か- マイケル・ロボサム 2020/03/21 13:44
物語の中心はオーディ、モス、デジレーの三人。主にこの三者の視点から語られる。特にオーディのパートは味わい深い。追跡から逃れながらも、ある目的のために静かに突き進んでいく姿を描く現在。そして、家族との、恋人との思い出が語られる回想シーン。現在は冷徹に、過去は温かく、両者の対比が印象に残る。
彼の目的がどこにあるのかは、物語の結末近くまで明かされることはない。だが、その行動と回想から、茫洋としていた人物像がやがてはっきりと見えてくる。十年の歳月にも、獄中の苦境に屈することなく、自らの信念を貫く人物として。過去のさまざまな出会いと別れから、多くを学んだ人物として。
モスとデジレーの二人がそれぞれにオーディを追う過程で、意外な真相が徐々に浮上する。ストーリーの根幹にあるのは、あくまでも脱獄したオーディの行動と回想だ。しかし、脇を固める二人の追跡と真相解明もまた、物語に厚みをもたらしている。二人以外の脇役もまた、それぞれに印象深い。
巧みな視点の切り替えで、精緻なストーリーをスピーディに読ませる。土台を支えるのは確かな人物描写。重厚な物語で読者を打ちのめし、そして緩やかに結末へと着地する。手堅く組み立てられた、骨太の小説だ。

No.24 7点 傷だらけのカミーユ- ピエール・ルメートル 2020/03/06 20:19
章の頭に時刻を掲げ、強盗、逃走、仲間割れという犯人たちと、監視カメラの再生、情報の収集、一斉捜査という捜査人の動きが交互に描かれ、事態の推移を克明にしていく。
物語を牽引するのは、強力なホワイ。なぜ犯人は目撃者を執拗に痛めつけ、危険をおかして搬送先の病院まで追ってきたのか?一方で、自分に好意的な親友のジャンや部下のルイも欺き、独断専行の捜査を進めるカミーユへのプレッシャーは、上司ミシャールとの摩擦でマックスに達する。事件の謎と主人公の内面の双方から、物語の緊張感は増していく。
現代という時代を映す鏡の役割を果たしている暴力描写は、先の二作にくらべ、その過激さがやや薄まった印象がある。しかし、本作が三部作の締めくくりであることを思い起こさせる怒涛の展開が待ち受ける。
本作では、過去の登場人物たちが、思いもかけなかった形で帰ってくる。読者の意表をつくどころではない大胆不敵なケレン味は、先の二作に決して見劣りしない。

No.23 7点 放たれた虎- ミック・ヘロン 2020/02/19 20:08
<泥沼の家>の一員、キャサリンが何者かに誘拐された。同僚のリヴァーは、犯人からの連絡を受ける。彼女の身の安全と引き換えに、保安局の本部に保管されている極秘ファイルを盗み出せ。それが犯人の要求だった。
物語の全貌がなかなか見えないまま進む五里霧中の展開は、第一作、第二作と同じ。主人公たちの属する<泥沼の家>を脅かす誘拐犯たちは必ずしも一枚岩ではない。また、保安局の内部で繰り広げられる密やかな権力抗争のせいで、<泥沼の家>から見れば保安局本部もある種の「敵」。やがて事態の構図が明らかになっても、先の見えない展開は続く。また、一癖も二癖もある登場人物もこの翻弄する物語を支えている。
読み終えてから振り返ってみると、極めて緻密に構築された物語であることが分かる。何の関係もなさそうなエピソードが、忘れたころになって大きな意味を持つ。仕掛けられたいくつもの伏線が、次から次へと鮮やかに回収される。
ぜひ過去の二作と合わせて、本書を楽しんでいただきたい。作者に手玉に取られる快楽を、堪能できるはず。

No.22 7点 熊と踊れ- アンデシュ・ルースルンド&ステファン・トゥンベリ 2020/02/01 09:24
暴力に対する憎しみ。暴力に絡めとられた生き方しかできない悲しみ。その交点を描き、興奮必至の力強いエンターテイメントとして結実させた小説。
武器庫襲撃から始まる兄弟たちの襲撃シーンは、躍動的なアクションと、小道具一つ一つの細部までこだわり抜いた描写のアンサンブルによって、リアリティと昂揚感に溢れた名場面となった。これに彼ら兄弟を執念で追い詰めようとする刑事ブロンクスのドラマも加わり、襲撃小説として申し分ない熱量を持った小説に仕上がっている。
だがこの小説の魅力はそれだけではない。物語にはレオ達兄弟の幼い日々のエピソードが挿入される。そこではなぜ彼らが大胆かつ暴力的な犯罪を起こすようになったのか、その起源を紐解くかのように家族の姿が映し出されていく。暴力は忌むべき存在である。だが一方で、暴力によってしか生を歩むことが出来なくなってしまった人間もいる。作者はそうした悲しい現実を克明に、そして真摯に捉えようとするのだ。
本作は1990年代にスウェーデンで起こった実際の事件をモデルにしている。作者の一人、ステファン・トゥンベリは犯人たちの実の兄弟であり、社会性と娯楽性に富んだ(エーヴェルト・グレーンス警部)シリーズの作者コンビの片割れであるアンデシュ・ルースルンドと、事件に近しい人物であるトゥンベリがコンビを組むことによって本作は迫真の犯罪小説として完成した。トリッキーな趣向で読ませる(グレーンス警部)シリーズとはまた違う、リアルな魅力を放つミステリを生み出す作家コンビの誕生だ。

No.21 7点 数字を一つ思い浮かべろ- ジョン・ヴァードン 2020/01/25 11:28
相手が思い浮かべた数字を、当ててみせる手品。子供でもできる簡単なものから、本格的なものまで、そのトリックは様々なようだが、この作品の犯人が被害者を眩惑する手口も、それらを応用したものといっていいだろう。
思い浮かべた数字を的中させるだけでなく、犯人の足跡が雪中で途絶える殺人現場など、本作の謎の数々は古典ミステリの不可能犯罪ものを思わせる。一見、黄金時代への回帰を思わせるが、これらの謎は解き明かされていく過程で、鮮やかに二十一世紀の今と同期していく。本作の真価は、安易な先祖返りではなく、古き良き探偵小説の魅力を、現代にアップデートしてみせたところにあると言えるだろう。

No.20 5点 ノース・ガンソン・ストリートの虐殺- S・クレイグ・ザラー 2020/01/11 11:33
メイン・ストーリーは警官に対する連続殺人だ。それは単独犯によるものではなく、ページの早めの段階で、警察に強い憎しみを持つ、ある犯罪者が首謀者ではないかと見当がついてくる。
刑事ベティンガーは確かに主役なのだけれど、殺されていく者のキャラクター、日々の生活も丁寧に描かれる。どうしてこんな魅力ある警官たちが次々と殺されていくのか、と怒りが湧いてくる。しかも非情で無残、猟奇的要素もある殺人シーンだ。
暴力を描く際、終盤のクライマックス・シーンで一気に爆発する、というパターンを選ぶ作家は多い。しかし本書は違う。一つ一つの殺人が詳細に描かれ、じわじわと確実にクライマックスへ向かうのだ。
本作の警官たちは品など保つ気持ちはさらさらなく、自ら犯罪者のような行動に出ることも辞さない。仲間を殺した首謀者たちに復讐心を抱き、全面戦争へ向かっていく。愛する者が殺されても、暴力で復讐するのは愚かである、と耐えるのが私たちの現実とするならば、本作はその悲しみをダイレクトに代弁、解放してくれている小説と言えよう。

No.19 5点 灯台- P・D・ジェイムズ 2019/12/20 20:53
孤島での殺人という、いかにも謎解きミステリらしいシチュエーションの物語である。とはいえ、作者が力を注いでいるのは論理的なパズルの解決部分ではない。緻密な人物描写を通じて、二重にも三重にも入り組んだ密度の高い物語を組み立てる。その構築物の精緻さこそ堪能すべき作品だろう。作者の至芸はプロローグからすでに始まっている。ダルグリッシュと二人の部下がカム島に向かう前の日常風景を切り取って、それぞれの人物像を鮮やかに提示してみせる。本編篇に入れば、島の滞在客やスタッフの一人一人についても、同じように密度の高い描写が用意されている。荘重さととっつきやすさとのバランスを備えた小説である。そして何より、ジェイムズならではの冷徹な視点が生み出す、心地よい重さを満喫できる小説である。

No.18 5点 相棒- 五十嵐貴久 2019/12/12 20:30
ウォルター・ヒル監督の名作「48時間」にインスパイアされた側面を持つ作品。
刑事と囚人のコンビが脱獄犯を追う二日間を描いた映画であり、本書のタイムリミットはそこから来ている。コンビの立場の違いも映画になぞらえたもので、龍馬が浅黒い肌の男、土方が色白として対比されているのも、黒人の囚人(エディ・マーフィ)と白人刑事(ニック・ノルティ)を暗示させるためだ。
バディ(相棒)映画の代表作の設定を拝借しながら、江戸時代末期を舞台にしているところが本書の最大のオリジナリティである。当時、大政奉還という幕府にとっての安全策をとらせることを嫌う人間は、薩長同盟はもとより、幕府方にも少なからずいた。要は、大政奉還の是非については敵味方の境さえ曖昧であり、誰が事件を引き起こしたとしても不思議ではなかったということ。そのような状況で、佐幕派に知られた土方と勤皇側に顔のきく龍馬という二名を探偵役にすることは、あらゆる容疑者との対面を可能にする。それにより本書は、西郷隆盛から岩倉具視まで、幕末オールスターキャストが容疑者という豪華な犯人捜しが楽しめる贅沢なミステリとなっているのである。実在する事件と真相を絡めた点は、歴史ミステリとして大いに評価できるところだろう。同時に対立する二人がやがてお互いを認め合う凸凹コンビもののお約束の展開もきっちりと描かれているエンターテインメント小説。

No.17 7点 死者は語らずとも- フィリップ・カー 2019/12/06 20:12
ナチス政権下のドイツを舞台のメインに、元警察官のベルンハルト・グンターを主人公にしたシリーズの第六作。
本書は二部構成になっており、第一部は一九三四年のベルリンが舞台。警察を辞めてホテルの警備員となったグンターが、水死体で発見されたユダヤ人がボクサーに関する調査をはじめ様々な厄介事に関わっていく。第一作「偽りの街」の前日譚であり、正統的な私立探偵小説として第一部は楽しめる。
しかし、この小説の真価は第二部にある。なんと舞台は一九五四年のキューバへと飛び、それまでのプライベートアイ小説の雰囲気を打ち砕くような展開が待っているのだ。ジャンルの定型よりも、歴史に翻弄される人間を壮大に描くことを第一義とする著者だからこそできる技、と言おうか。CWAヒストリカル・ダガー賞を受賞したのも納得の出来栄え。

No.16 8点 チャイルド44- トム・ロブ・スミス 2019/11/30 20:02
ナチス・ドイツや共産主義国家のような特異な社会体制での犯罪捜査を描いた、「ゴーリキー・パーク」などの系譜に連なる作品。
体制に忠実だった主人公が地位を失って、どん底から現実を見据えて再起を目指す。それはレオ個人の再生であると同時に、レオの家族の再生でもある。また、三〇年代の飢餓の様子を描いたプロローグと連続殺人の犯人像との呼応をはじめ、プロットの組み立ても巧妙。ミステリとしての驚きを十分に味わえる物語である。
そして何より、単なる捜査小説に終わることなく、不条理な全体主義社会でのサバイバルを描いた冒険小説としてもスリリングな作品である。特に終盤、夫婦そろって生命の危機に遭遇しながらも犯人に迫る過程は、舞台の寒さとは正反対の熱気に満ちている。
本書に描かれる連続殺人は、五十二人を殺害したアンドレイ・チカチーロの事件をモデルにしている。チカチーロの逮捕が遅れた理由のひとつに「ソ連に連続殺人は存在しない」という建前の存在があり、これが本書の執筆の原動力になったと作者は語っている。
デビュー作とは思えない水準の高さ、またロシア政府からは発禁という形でお墨付きをもらっている

No.15 5点 タンゴステップ- ヘニング・マンケル 2019/11/19 17:15
田舎町で起きた事件の背後に、海外にまで及ぶ広がりをもつ真相が潜んでいた・・・というのはヴァランダー警部シリーズではおなじみの展開。本書でも同じ趣向を堪能できる。地理的な広がりに加えて、歴史的な広がりも加わるのが本書の特色。
リンドマンの捜査がたどり着くのは、一九三〇年代に端を発する一連の出来事。彼は、第二次大戦下で中立を守り抜いたスウェーデンの意外な史実に向かい合うことになる。作者は単に知られざる歴史を発掘するだけでなく、それを現代にも通じる普遍的なテーマにしてみせる。中盤以降、関係者が次々と「信仰告白」を始める奇怪きわまりない展開は、本書のテーマを直接表すものとして鮮烈な印象を残す。
とはいえ、深刻なテーマを深刻に語るような面倒くささとは無縁。ところどころに殺人犯の視点による叙述が挿入されるストーリーテリングは、作者が手札を一枚見せるたびに、一段ずつ謎が深まり、最後まで緊張が途切れることはない。

No.14 6点 運命の日- デニス・ルヘイン 2019/10/12 20:58
物語は、本書で狂言まわしをするベーブ・ルースが、オクラホマで黒人たちと野球に興じる場面からはじまる。そこでベーブは腕のいい投手ルーサーと出会うのだが、ルーサーは黒人であり、多少心を痛めても、判定を有利に進めて勝利をつかむ。
そんな挿話のあと、第一次世界大戦後のボストンを舞台にうつし、警官たちのストライキに焦点があわさる。戦争後の財政の悪化から低賃金を強いられ、さらに低保証のために警官たちの我慢も限界に達していた。
ボストン市警の巡査ダニーは、警部である父トマスの命令で、そんなストライキを計画する急進派のグループに潜り込む。しかしダニーはやがて待遇改善を呼びかける警官たちの先頭に立ち、父親と対立を深めていく。
一方ルーサーは、ギャングとトラブルををおこし、オクラホマを追われてボストンにやってきて、トマスとダニーのコグリン家で働くことになる。こうしたダニーとルーサー、そしてダニーが密かに思いを寄せる使用人のノラの三人が心を通わせるようになるが、騒然とした時代の中で、三人はさまざまな苦悩に直面する。
当時の史実を折り込んだ歴史小説であり、親子の確執を捉えた警察小説でもある。また、愛と家族と許しを巡る物語が深く豊かに織り上げられて圧倒的。ルヘイン作品の特徴でもある、やるせない哀しみとそこはかとない孤独感がここにもあり、それが逆に不安と絶望を生きる現代人の心を慰撫する。

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