皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
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びーじぇーさん |
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平均点: 6.24点 | 書評数: 93件 |
No.93 | 5点 | 心霊探偵八雲 INITIAL FILE 幽霊の定理- 神永学 | 2025/03/28 22:08 |
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霊が見える大学生・八雲と数学の天才である准教授・御子柴がタッグを組んで謎を解き明かす。霊視と数学、専門分野が違えば当然事件解決までの道筋も分かれてくる。感情に寄り添った八雲と、確立に重きを置く御子柴の謎解きは対照的である。
霊視能力の謎解きは、数学と比べると不確かな能力に思える。しかし数学的な解決だけでは死者や事件関係者の隠れた意図をすべて汲み取ることは難しい。だからこそ、この二人が同じ結論にたどり着いた時、安心してその結末を見届けられる。幽霊が出るマンション、女子寮のポルターガイスト現象、教授宅のひとりでに鳴るピアノ。どれも心霊現象の絡んだ魅力的な事件を完全犯罪ならぬ完全推理を目の当たりすることになる。 |
No.92 | 6点 | 鵜頭川村事件- 櫛木理宇 | 2025/03/06 21:52 |
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舞台は一九七九年六月のX県の鵜頭川村。岩森明は、幼い娘の愛子を連れて亡き妻の墓参りのためにこの村を訪れていた。長雨に包まれていた村は、さらなる豪雨で発生した土砂崩れによって孤立してしまう。そんな状況下で、ある若者の死体で発見された。村の有力者の息子の犯行が疑われるも、うやむやなまま幕引きが図られ、村に息苦しさが立ち込める。その村に異物として取り残された岩森と愛子は、村が歪み、秩序が壊れていく様を目撃することになる。
男尊女卑が当然。土建の仕事の力で村の秩序が決まる。そんな一昔前の閉鎖的な村を舞台装置として活用した圧倒的な迫力のパニック・サスペンス。力への陶酔、殺さねば殺されるという恐怖、日ごろの恨み。それらがお互いを触媒として密閉された環境の中で増殖し、正気を失われていく様を、読者にも当事者意識を持たせながら描いている。それに加えて、斧が腕に食い込み、トラバサミが足首をとらえる。そのような肉弾戦の刺激も圧倒的な描写力。さらに終盤では、この事態が発生したメカニズムも解き明かされ、人の心の歪みを深く思い知らされる。 |
No.91 | 5点 | ピザ宅配探偵の事件簿 謎と推理をあなたのもとに- 猫森夏希 | 2025/03/06 21:35 |
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宅配ピザ「ピッツァコスタ」の店舗では、ホールスタッフの谷田部愛菜の財布から三千円が抜き取られるという事件が起きていた。スタッフの誰にでも盗む機会があり、犯人は不明の状態である。そんな中、配達員の由良隆弘は、一週間前に配達員として雇われた橋口昇の挙動を不審に感じていた。
第一話「車輪の上で」を読むだけで、本書の狙いが一筋縄ではいかないものであることが分かる。その後、ある女をたぶらかせて彼女の資産を乗っ取ろうとする男の策謀が進行する第二話「十一月のサンタクロース」、マンションの廊下で起きた殺人事件の犯人当てを主眼とする第三話「ノーマスク殺人事件」と進んでいくが、第二話ではオンライン通話が絡んでくるし、第三話では被害者の遺体からなぜか犯人がマスクを持ち去ったという謎を扱うなど、物語の背景である二〇二〇年~二〇二一年の世相が謎解きと密接に関連しているのが特徴である。 そして最後の第四話「五月の太陽とまかいもの」では、第一話のピッツァコスタの従業員たちが再び登場し、連作を通しての大円団を迎える。コロナ禍の時代を背景に、さまざまな世相を取り入れつつトリッキーな趣向を凝らした連作集。 |
No.90 | 9点 | 真珠湾の冬- ジェイムズ・ケストレル | 2025/02/14 20:31 |
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ホノルル署の刑事・マグレディは上司の呼び出しを受け、事件現場に向かう。酪農家が所有する山中にある納屋で彼が見たのは、豚の解体処理に使うフックで逆さ吊りにされ、腹部を切り裂かれた若い男の死体だった。その後、納屋を燃やそうとした男と遭遇、銃を向けられたマグレディは、やむなく男を射殺する。納屋の中には日系と思われる女性の刺殺死体も残されていた。
刑事のキャリアは浅いマグレディだが、手堅い捜査で手掛かりを掴んでいくのが警察小説としての第一部。捕虜となり香港から東京へと移送される彼の転変が中心となる第二部は、恋愛の要素も加味されたロマンス小説の趣が濃い。そして日本の敗戦の後も、ただ一人再び事件と対峙するマグレディの執念を描く第三部へと続いていく。ハワイ、香港、東京。三つの国で十二月を五度過ごしたマグレディが、新たに根を下ろす地は。彼が行き着くところまで、共に歩み進めたくなる歴史ミステリ大作。 |
No.89 | 7点 | 嘘の木- フランシス・ハーディング | 2025/01/24 19:40 |
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十九世紀半ば、ダーウィンの「進化論」によってそれまで盤石だと思っていた世界の全てが変わり世間が震撼する中、旧約聖書に出てきた翼ある民の化石が発見される。だがそれは牧師で高名な博物学者のエスラム師が捏造したものだった。スキャンダルから逃げるようにドーバー海峡の孤島に移住してきた牧師一家。けれど噂はたちまち島内に広まり、尊敬する父が詐欺師と罵られ、自殺するというキリスト教徒にとって最大の罪を犯したと決めつけられたことに納得できないフェイスは、父の汚名を返上すべく、家族すら理解してくれないという四面楚歌の状況下、真相究明に孤軍奮闘する。観察力と論理的思考、そして父親が残した禁断の植物の不思議な力を駆使して。
博物学者になりたいと夢見る十四歳の少女が、女性に対する偏見や差別、因習に追い詰められた末に、反撃へと転じるシーンがかっこいい。謎と陰謀を推理して真相を解明する論理展開の隙の無さ、真犯人を指摘する手際の鮮やかさと、正統派の謎解きミステリとして、とても精緻でシャープに仕上がっている。知性と魂を押し込められた若者が世界に抗う成長小説であり、端正な謎解きミステリであり、不穏な空気が全編を覆うサスペンスあふれる冒険小説である。 |
No.88 | 6点 | 君といた日の続き- 辻堂ゆめ | 2025/01/05 20:21 |
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八〇年代から二〇二二年にタイムスリップしてきた少女ちぃ子を、中年男性の友永譲が保護し、一時同居する物語である。
友永の一人称で進む本作のポイントは、友永が幼い娘を亡くして妻とも離婚し、引きこもり気味の孤独な生活を送っていることである。彼は明らかに、娘の死を契機に虚無感を抱えている。仕事はして日々の糧は得ているものの、妙に達観した一人称叙述には、世捨ての雰囲気が色濃い。そんな彼の生活に、亡き娘と近い年頃の少女が加わり、色褪せた暮らしが急に色鮮やかになったかのような空気の変化が見事に活写される。 楽しい生活の描写は、どうしようもない切なさや儚さを堪えていて素敵である。そして中盤で、ちぃ子と友永の意外な関係が判明し、物語は更に深化する。だが作者は終盤でさらにもう一段、ダメ押しの展開も用意している。相当量の伏線に支えられた意外な真相が提示された時、タイトルの真の意味が明らかになる。物語の余韻も美しい。 |
No.87 | 6点 | サイケデリック・マウンテン- 榎本憲男 | 2024/12/11 19:03 |
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国家総合安全保障委員会(NCSC)兵器研究開発セレクションの井潤紗理奈は、テロ対策セレクションの弓削啓史から新種の自白剤がないかと聞かれる。国際的な投資家を刺殺した容疑者は新興宗教「一真行」の元信者で、マインドコントロール下にあると疑われていた。だが自白剤も決定的なところで効果がなく、二人は和歌山の「一真行」本部の近くに住む脱洗脳のスペシャリストである心理学者の元へと向かう。
新しいエネルギー問題を中心にした国際的紛争を政治的・経済的な側面から徹底的に捉えていく。何よりも面白いのは、宗教と心と脳の深層に分け入り、テロ対策の新しい手法として提示している点。終盤は思いもよらない展開を辿り、それが愛国の議論にもつながり、テロを容認するか否かになる。日本の今を見据えた骨太のサスペンスである。 |
No.86 | 7点 | まず牛を球とします。- 柞刈湯葉 | 2024/11/22 21:35 |
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表題作は、有名な物理ジョークを元ネタにした遺伝子改変もの。命を奪わず肉を食べたい、という人の根本的な傲慢さをシニカルに描いている。特に培養肉を命の定義から外すためのロジックが秀逸。中盤以降に明かされる深刻な状況と、それを日常の延長として受け入れる主人公の他人事な空気が、生命の設計図であること以外の遺伝子の意味を考えさせる。
「ルナティック・オン・ザ・ヒル」は地球と戦う月軍兵士を描いている。未来の月ならではの空気も泥臭さもない戦場が、モノローグの抑えたトーンとマッチしている。地球の映像作品を見て育ったために、空気抵抗のない戦場に作り物感を覚えるなど、月で生まれ育った人々の世界観が絶妙。 「改暦」は宋の天文学者が、元の皇帝の下で日蝕を予言する話。日蝕の予言が天子の権威を表す重要な指標であった時代。統治者の変化によって重用されるようになった天文学者の後ろ暗い喜びの描写がうまい。学者にとって時代に自我に等しい重みも持ち得る自説との付き合い法についても、カリカチュアされすぎずに描かれている。 「沈黙のリトルボーイ」はリトルボーイが起爆しなかった広島で、米国の原子物理学者と爆発物処理屋が不発原発解体ミッションに挑む話。歴史改変のエッセンスが鮮やか。 共通のテーマを別アプローチで描く作品が複数あり、短編集ならではの比較が楽しめる。 |
No.85 | 7点 | 君のクイズ- 小川哲 | 2024/11/01 21:08 |
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クイズ番組に出演した三島玲央は、決勝まで進出したものの敗れる。対戦相手の本庄は、最後の一問を問題文がまだ一文字も読まれる前に、早押しで回答したのだった。やらせか、それとも不正なしで正答し得る理由があったのか。三島は本庄のこれまでの足跡を調べる一方、番組での記憶をたどり直す。
題材は、多くの人からただの知識競争、単なるゲームと思われているクイズだが、クイズプレイヤーである三島の推理や考察を追ううちに、この競技の奥深さだけでなく、併せ持つ怖さのようなものに触れることになる。 クイズの問題には途中で「~ですが」と入るパターンがあり、何について答えるべきかが決まる「確定ポイント」がある。ポイントが示されてから回答ボタンを押すのでは遅く、いかに先回りするかが勝負の鍵になる。だが、どこまで先回り可能なのか。本作はミステリとして、この謎を魅力的に描いている。 クイズは世界の全てを対象とするため、世界が変化すればクイズも変化するのだという。主人公が競技クイズのテクニックについて考えることは、人間が自分のいる世界をどのように知り、生きているかを考えることに繋がっていく。クイズを通して世界や人生が描かれるのだ。そのため「確定ポイント」が示される前に判断しなければならない。賭けざるを得ない場面を読むと、人生にも同様の局面はあると思い当たり、緊張に襲われるのだ。 |
No.84 | 5点 | 第二開国- 藤井太洋 | 2024/10/14 21:43 |
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奄美大島を舞台にした国際謀略サスペンス。主人公の昇雄太は、父が認知症になり半年前に帰郷し地元のスーパーの社長に乞われてスタッフとなり、忙しい日々を過ごしていた。
というと、いかにも島民の帰郷譚、第二の人生ものっぽい出だしだが、そこへ警視庁公安部の刑事二人が町に潜入していることが明かされ、話が急にきな臭くなる。奄美大島の現状から自然風物に至るまで細部描写が行き届き、シリアスなテーマを突き付けながらも、海洋活劇もたっぷり楽しめるエンタメに仕上がっている。 |
No.83 | 6点 | 英雄- 真保裕一 | 2024/10/14 21:34 |
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大企業である山藤グループ創業者で総帥でもあった南郷英雄の射殺事件。青天の霹靂のような惨劇の一報から主人公・植松英美の運命の歯車が激しく動き出す。
実父の死から植松英美は、否応なく自分のルーツと己自身とも真正面から向き合うこととなる。父のことは一切語らずに七年前に亡くなった母・秋子と英雄の出会いの秘密。なぜ母はたった一人で英美を産む決意をしたのか。切っても切れない血脈は時代を貫き、闇を容赦なく切り裂いていく。真実を追いかけるほどに闇が深まるスリリングなサスペンスであり、深いメッセージ性を堪えたミステリであり、抗えない運命を背負った者たちが築き上げた壮絶な人間ドラマである。 |
No.82 | 7点 | アンデッドガール・マーダーファルス3- 青崎有吾 | 2024/09/22 21:38 |
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吸血鬼や人造人間といった怪物や、ホームズやルパンなどの名探偵・怪盗が実在するパラレルワールドの十九世紀末のヨーロッパを舞台に、頭部だけの姿で生き続ける輪堂鴉夜、半人半鬼の青年・真打津軽、メイドの馳井静句のトリオから成る怪物事件専門の探偵が活躍するシリーズの第三弾。
今回、鴉夜たちが向かったのはドイツ南部の山間の村。そこでは少女連続殺人事件が起きており、村人たちは人狼の仕業だと主張していた。一方、怪物根絶のために手段を選ばない保険機構諮問警備部のエージェントたちや、モリアーティ教授を首領と仰ぐ面々もそれぞれの思惑を秘めて村に潜入し、鴉夜たちと三つ巴のバトルを繰り広げることになる。 このシリーズの特色である古典作品へのオマージュに満ちたホラー的要素、超人的な能力を持つキャラクターたちによるアクション、そして作者元来の持ち味である謎解きの技巧が、極めてバランス良く組み合わされた一冊と言える。特に猟師の娘が部屋からさらわれた件の解明は、登場人物の誰がどこにいて誰がいなかったかという一見微細な情報が、真相を成立させるための実にデリケートな条件となっていて感嘆させられた。 |
No.81 | 6点 | 名もなき星の哀歌- 結城真一郎 | 2024/09/22 21:27 |
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記憶の取引というファンタジー設定を軸に意外性に富んだ物語が楽しめる。銀行員の良平と漫画家を目指す健太は、あるきっかけから記憶の売買を商売とする「店」の従業員として働くことになる。お客から記憶を買い取り、別の客に転売することで「店」は利益を得る仕組みとなっている。
三年以内に一千万円の報酬を手にすることをノルマとして課せられ裏稼業に奔走する日々の中で、健太が良平に店に内緒で探偵業をすることを持ち掛けることから物語が動き出す。彼らは手始めに神出鬼没の女性ストリートシンガー星名の代表曲に登場する探し人「ナイト」を実在の人物であると察し、それを見つけることを目指す。良平と健太は店にある記憶のデータから彼女の過去を探り、続いて星名と接触をすることに成功し、少しずつ「ナイト」に迫っていくのだが、良平のもとに警告文が届く。 まさに謎が謎を呼ぶ物語。オーソドックスな人捜しが記憶の操作という不安定な条件の投下によって複雑化し、サスペンスと謎の度合いが増していく。記憶の断片の数々が繋がり、さらに作者が用意した一捻りによって、あらゆる真実が明らかになる最終局面の美しさが強い余韻となって心に残る。 |
No.80 | 6点 | 邪宗館の惨劇- 阿泉来堂 | 2024/09/03 22:11 |
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バスの事故によって山奥で立ち往生した耕平は、他の乗客たちと共に近くの廃墟へと逃れた。そこはある宗教団体の施設で、かつて大量死事件が起きた場所だった。その夜、乗客たちを惨劇が襲う。そして気が付くと、耕平は事故を起こす前のバスに乗っていた。全く同じ事件が繰り返され、耕平は自分が同じ一日を反復し続けていることを確信する。
作中で起きる怪異は紛れもなくホラー。一方で、序盤から見えていた小さな疑問が、意外な真相の手掛かりとなる構成と、怪異の背後に潜むロジックを解き明かす手つきはミステリといってもいい。 感動に満ちた決着をみせるクライマックスから、さらに一捻りしたラスト。宿敵ともいうべき存在も浮上し、シリーズのこれからへの期待も高まる。 |
No.79 | 5点 | 紙鑑定士の事件ファイル 偽りの刃の断罪- 歌田年 | 2024/08/10 21:39 |
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殺人事件絡みの依頼を受ける一編、日常の謎ともいえる二編で構成された連作短編集。
「猫と子供の円舞曲」は動物虐待の犯人捜し。小学三年生の少女が猫の毛と血の付着した紙粘土が、学校で使われているものかどうか、鑑定を依頼する。紙に関する知見はもちろんのこと、フィギュアに関する蘊蓄も語られるのが嬉しい。謎解きのレッドへリングも、伏線の回収も巧みで、そこから導かれる真相も鮮やか。 フィギア絡みの犯人捜し、アメコミと印刷が関わるホワイダニット、コスプレイヤーの生態と凶器の行方と趣向も多彩。盛り沢山な蘊蓄と、その蘊蓄を有機的に結びつけた謎解きもまずまず。 |
No.78 | 6点 | 夜の声を聴く- 宇佐美まこと | 2024/07/21 21:56 |
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十八歳の引きこもり堤隆太は、目の前で自分の手首を切った女に惹かれ、彼女の通う定時制高校に入る。そこで老女が営む風変わりなリサイクルショップ「月世界」で働く同級生・重松大吾と知り合い、彼らは月世界の客の隣家で起きた事件の真相に迫ることに。
この事件の解明がメインストーリーなのかと思っていると、あっさりと解決してしまうが、隆太たちは街の名家の当主の身に起きた変事や、亡き父の遺した絵画の処分をめぐって争う姉妹の仲裁等、その後も変わった案件を処することになる。しかも連作スタイルで描かれていくそれらの事件は、一見何のつながりもなさそうで終盤に思いも寄らない形で結びついていく。 そうした展開の妙に加えて、様々な痛みを背負った月世界の三人が織り成す絡みが素晴らしい。むろん各事件においては、謎解き趣向も凝らされている。主人公の成長を核とし、前半は日常謎を挑み、後半は十一年前に起きた殺人事件を追っていくといった多重性が物語に深みを与えている。 |
No.77 | 6点 | カインは言わなかった- 芦沢央 | 2024/07/21 21:46 |
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世界的な芸術監督が率いるダンスカンパニーの新作は「カインとアベル」が題材。その主役に抜擢された藤谷誠が、舞台の三日前に姿を消した。失踪直前と思われるタイミングで、誠から「カインに出られなくなった」とのメッセージを受けたあゆ子は、誠の行方を懸命に追い始める。
芸術監督、ダンサー、その弟の画家。いずれもデモニッシュで圧倒的な才能を示す個性派の芸術家たちを、そうでない人物たちの視点から描いている。 芸術家たちもそれ以外もピリピリとした極度の緊張感の中で動き、不安に囚われ、ともすれば悪しき方向に転落しそうになりながらもがく。そんな人々を様々に動かして、焦燥感に満ちた人間ドラマを紡ぎ出している。 終盤において強烈なサプライズを感じたその果てに、もう一つの衝撃が待っている。最後の四行に胸を打たれる。 |
No.76 | 7点 | レッドクローバー- まさきとしか | 2024/07/01 23:09 |
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豊洲のバーベキュー場で、ヒ素を使った無差別殺人が発生。犯人の丸江田はSNSで知り合い、その日初対面となる富裕層の人々を集めて、そのパーティを主催していた。具体的な動機は語らず、「ざまあみろって思ってます」という供述から、社会への鬱屈した恨みが丸江田を犯行に走らせたと見られていた。
この事件を追う雑誌記者の勝木が思い出したのは十二年前、北海道の片田舎で起きた赤井家一家殺人事件。助かったのは当時高校一年生だった長女・三葉だけ。供述が二転三転したこともあり、三葉の犯人説も根強かったが、決め手がなく結局迷宮入りしていた。 東京と北海道、過去と現在を行き来しつつ、真相に辿り着く。その過程はとても息苦しい。三葉の過去や彼女を取り巻く社会の現実。人間の生々しさ、個としての人間よりも手に負えない「社会」や「集団」の怖さを思い知らされた。 |
No.75 | 6点 | ファズイーター- 深町秋生 | 2024/06/08 20:09 |
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組織犯罪対策課・八神瑛子シリーズの第五作。時にヤクザやマフィアと手を組み、同僚の警察官を金で飼い慣らし、癒着と暴力を駆使しながら犯罪に立ち向かう、苛烈な女性刑事の活躍を描く。
腐敗と暴力と策略が渦巻く作品世界は、決してただ苛烈なだけの物語ではない。八神はもちろん、彼女が対決する犯罪者たちも含めて、ぞれぞれの思惑を積み重ねて、その激烈な内容に説得力を持たせている。 ストーリーを駆動しているのは、人物の造形に仕掛けられた意外な落差だ。ろくでもない生き方をしてきた人物が見せる意外な矜持。譲れない一線を守るための思わぬ行動。それらが重要な瞬間に現れることで、劇的な展開を生み出している。 |
No.74 | 5点 | 帝都争乱 サーベル警視庁2- 今野敏 | 2024/05/18 20:23 |
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前作から予想された通り、日比谷焼打事件を背景に物語が展開され、鳥居部長をはじめ、個性豊かな「賊軍」出身の巡査たちが再び大活躍を見せる。彼らの働きにより、被害者は玄洋社と関わりの深い黒龍会に所属する人物と判明する。
彼らは「騒擾による死亡」として事件に蓋をすることも、国家権力と結びついた団体に忖度することもなく捜査を進めていく。そして黒龍会主幹の内田良平と対峙するのは警視庁に協力する藤田五郎老人である。彼の正体は元新選組の斎藤一。あまたの死地をかいくぐってきた、剣の達人の名場面が再び用意されている。 事件の背後から、藩閥政治の弊害と、帝国主義的な国家政策が炙りだされる。それは重税にあえぐ庶民の犠牲の上に成り立っており、昭和二十年の敗戦に至るまでの道筋を垣間見ることもでき、史実を巧みに取り入れている。 |