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雪さん |
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平均点: 6.24点 | 書評数: 586件 |
No.19 | 6点 | 忍法八犬伝- 山田風太郎 | 2021/10/02 16:56 |
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忠勇無双の八犬士の活躍から百五十年余りのちの慶長十八(1613)年九月初旬、佞臣の口車に乗せられた安房九万二千石の若き太守・里見忠義が快楽を貪った代償に、家宝の "忠孝悌仁義礼智信" の八顆の珠が八人の女かぶきによって、似ても似つかぬ "淫戯乱盗狂惑悦弄" の偽物にすり替えられた。これぞ、重臣・大久保相模の一族につながる里見家取潰しを狙う本多正信―二代目服部半蔵ラインの会心の策謀。
対するは甲賀卍谷での忍法修行すら放り出し、おのおの勝手に自由を満喫する八犬士の末孫八人。彼らと半蔵麾下からえらびぬかれた伊賀の女忍者八人の、熾烈果敢な宝玉争奪戦の結果やいかに? 『伊賀忍法帖』及び『忍法相伝73』とほぼ並行する形で、「週刊アサヒ芸能」昭和三十九(1964)年5月3日号~同年11月29日号まで連載された、忍法帖シリーズ第十二作。『伊賀~』や本書の後続作品『自来也忍法帖』『魔天忍法帖』、さらには満を持して登場した大作『魔界転生(おぼろ忍法帖)』と、それまで年一、二作ペースだった発表数が計六作と飛躍的に増えているが、年末開始の『魔界~』を除けばやや粗製乱造気味で、顔ぶれを見てもあまり推奨できる長篇は並んでいない。 それは比較的出来の良い本作についても言えること。軽業師や盗賊、軍学者や狂言師に乞食など、てんでばらばらに放埒な生き方を楽しんできた里見八犬士の子孫が、主君の奥方たる美少女・村雨姫に惚れた弱みで里見家お取りつぶしを賭け、徳川伊賀組の女忍者たちと凄絶な死闘を繰り広げる『風来忍法帖』系の筋立てだが、用いられる忍法自体二番煎じが多く、アイデアの練りも浅い。 だが物語も2/3を過ぎて、身分を隠し伊賀の一党にさらわれた村雨のおん方を救うため八犬士の一人・犬塚信乃が、〈忍法肉彫り〉により村雨そっくりの顔に変えられる辺りからやっと面白くなってくる。軍師・犬村角太郎をも騙す、著者得意のヌケヌケとした人間入れ替えが二重三重に炸裂。さらに家宝献上の期限も一年から半年と一方的に縮められ、結局江戸城中で大立ち回りをする羽目に。この場面〈肉彫り〉の設定を思う存分使った最後の殺陣は絢爛そのもので、数ある忍法帖の中でもこの長篇ほど変装系能力を上手く活用した作品はまず無いだろう。 ただしシリーズとして見ればトータル二線級。後の『八犬傳』とは異なり本歌取りに拘らず好き勝手に書いてはいるが、使用される忍法が少ないせいか中盤ややダレ気味で、後半の巻き返しでやっと6点といったところ。刊行回数の多さではトップクラスだが、佳作までには至らないか。 |
No.18 | 6点 | 悪霊の群- 山田風太郎 | 2021/09/22 19:54 |
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昭和二十×年も末、ときどき不安そうにうしろをふりかえりながら、東洋新聞社の玄関へかけこんでいく軍服姿の男がいた。彼は元参謀・相馬利秋と名乗り、中日両国人の秘密結社に関する情報の代償として自身の保護を求めてくる。だがこの春にも同じ調子で情報料二万円をまきあげられた社会部の土屋部長と記者の真鍋雄吉は、狼狽する元参謀をけんもほろろに叩き出した。
だがその直後、珈琲喫茶「ライラック」で恋人・丹羽素子との逢瀬を楽しむ真鍋の元に、またもや中国人に毒をのまされた相馬元参謀が駆け込んでくる。処置が早かったため幸い命はとりとめたが、東洋新聞に不信感を抱く相馬は「八時に経堂駅で会う人がいる」と言い残し、色あせた軍服をひらめかしながらヨロヨロと店を出てゆくのだった。彼を追おうとうしろをふりかえった真鍋は、素子もまた外へ駈け出していったのを知る。 恋人の言動に不安を抱き、経堂の洋館まで彼女をつけてゆく雄吉。そのなかで素子と話し合っていた男は真鍋に気付くと風のように突進し、往来へとび出すとそのまま自動車で逃走した。恋人に銃口をつきつけ、「この家へ入らないで」「あたしを殺さないで」と訴える丹羽素子。真鍋雄吉はなすすべもなく、その場を立ち去る事にする。そして男がはねあけていったくぐり戸のそばには水に洗われたような、人間のふたつの眼球がころがっていた・・・ 現職国務大臣・杉村芳樹の惨死を皮切りに次々と眼球をくりぬかれて殺される、戦前の熱海で起きた、伯爵・天城一彦襲撃事件の関係者。一人一殺、怪事件の直後自ら指輪の毒を呷り散ってゆく、落魄した旧華族の四人の令嬢たち。チンプン館の酔いどれ医者・茨木歓喜と白面少壮の名探偵・神津恭介が共演をはたす、豪華絢爛ミステリ! 雑誌「講談倶楽部」昭和二十六(1951)年十月号~昭和二十七(1952)年九月号まで、ちょうど一年間に渡って連載されたスリラー風合作長篇。風太郎の場合は「赤い蠟人形」「恋罪」などの短篇、高木でいくと「ぎやまん姫」や「輓歌」といった作品を執筆していた時期にあたる。本作終了後には横溝正史『悪魔が来たりて笛を吹く』の連載も間を置かず「宝石」誌で始まっており、以前評した『白妖鬼』ともども斜陽族や赤色テロといった題材が、この頃はホットであったと思われる。なお「○○族」ブームは1960年代に至って全盛期を迎え、その総決算として山風は変格ミステリ『太陽黒点』(1963)を物している。 さて本書だが、仕掛人の編集者・原田裕によると分担は「アイディアを高木さんが出して、山田さんが書く」というもの。複数のアリバイトリックと車中の不可能犯罪を扱っているが、肝心の解決は二重底で上部を歓喜が担当し、より突っ込んだ下部を満を持して登場した神津がおもむろに解いてゆく。探偵対決で割を食った格好の歓喜先生だが、連作慣れした山田の方は特に拘りも無かったろう。ストーリーはもっぱら真鍋と丹羽(天城)素子の恋と疑惑を軸に通俗風で進むが、トリックはなかなか凝っており馬鹿にしたものではない。また解決部分のどんでん返しには風太郎テイストが感じられるので、プロットが全て高木謹製という訳でもないだろう。 若干構成が悪く『十三角関係』には及ばないが、この形式としては十分合格点。臆せず一読する価値はある。 |
No.17 | 7点 | 外道忍法帖- 山田風太郎 | 2021/08/22 10:48 |
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島原の乱から十二年のちの慶安三(1650)年春、〈山屋敷〉と通称される江戸小日向茗荷谷の切支丹牢に、三つの軍鶏籠が運びこまれた。この処置はおよそ六十五年前の天正十三(1585)年三月十三日、大友宗麟・大村純忠・有馬晴信らキリシタン大名の名代たる四人の遣欧少年使節に下賜された、大画家チントレット描くところのマリア十五玄義図と教会建立・宗門弘布のための資金を見つけだすため、最悪の背教者・沢野忠庵こと元イエズス会長崎管区長、クリストファ・フェレイラが幕府に懇請したものであった。
切支丹がこの国に公然満ちひろがる日まで、十五玄義図のマリア様と百万エクーの金貨を三百十三年間護りつづけてゆくという聖なる十五童女。その体内には秘宝の手がかりとなる純金の鈴が秘められ、四使節の最後のひとりジュリアン中浦からフェレイラにわたされた青銅の十字架をうちふれば、それと共鳴りを発するのだという。 大友宗麟の曾孫・天姫を奉じ、切支丹忍法を使うという十五人の童女はどこに隠れているのか? 老中・松平伊豆守信綱が選びぬいた幕府の探索隊は侍臣・天草扇千代を頭領とする天草党伊賀忍者十五人、早くも青銅の十字架を奪い金貨奪取を狙う、牛込榎町の大道場張孔堂のあるじ由比民部之介正雪が繰り出す甲賀卍谷忍者も十五人、長崎と島原を舞台に三つの集団の壮絶な死闘を描く、風太郎忍法帖の極地! 『忍者月影抄』に続くシリーズ第六作で、雑誌「週刊新潮」に昭和36(1961)年8月28日号~翌昭和37(1962)年1月1日号まで連載。年譜によれば前作および『忍法忠臣蔵』、加えて現代ミステリ『棺の中の悦楽』もコレと並行する形で進めており、本書のキ○ガイ趣向を考え併せれば正気を疑う他は無い(前昭和35(1960)年は割と控えめなので、この間にアイデアを蓄積していたのかもしれないが)。大友忍者+天草衆+張孔堂隠密組各15名×3に沢野忠庵や大友天姫も加わり、さして長くもない紙幅の中50名近くの異能者たちが殺し合うというとんでもない小説。無茶もいいところで、風太郎フォロワー数ある中にも本書のオマージュを試みた作家は当然皆無である。 そういう訳で正直不安だったのだが、読み進めるとなかなかのもの。風頭山の紙鳶揚げからはじまって松森天神からペーロン船、唐人屋敷に出島、雲仙に舞台を移して千々岩の浜辺に地獄谷山中、おくんち祭りに切支丹牢、原城の廃墟にクライマックスの有明海と巧みに長崎の風物を取り込みつつ、十五童女たち各々の正体にも細かな工夫を凝らし健闘している。登場人物の多さゆえある程度のパターン化は否めないが、全篇に初期忍法帖特有の熱気が横溢しており水準以上の出来。メインの扇千代と天姫を巡る悲恋の物語として、作品に太い筋が通っているのも大きいだろう。最後の一節により前代未聞の殺戮劇に深い意味を持たせているのも心憎い。 |
No.16 | 6点 | いだ天百里- 山田風太郎 | 2021/08/03 16:22 |
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この著者には珍しく山窩を主人公に据えた、プレ忍法帖とでも言うべき連作短篇集。昭和三十(1955)年六月から昭和三十二(1957)年六月にかけて、雑誌「小説倶楽部」を中心に掲載された五つの中短篇から成っており、慶長十二(1607)年から翌十三年にかけて、夫婦の契りを交わした武田家の遺臣・関半兵衛と自由闊達な山の姫君・お狩を中心にした撫衆(なでし)たちを主人公に、すでに天下を手中にし着々と幕藩体制の基盤を固める徳川方と、紀州九度山の草蘆にわだかまる豊臣方の大軍師・月叟真田左衛門佐との暗闘を描く作品である。
この頃は長篇『十三角関係』ほか茨木歓喜ものの諸作や、『女人国伝奇』、『妖異金瓶梅』後半部分、『青春探偵団』、及び『妖説忠臣蔵』などの連作集を執筆していた時期で、『甲賀忍法帖』を始めとする風太郎忍法シリーズも開幕寸前。収録作は年代順の並びもほぼ同じで、死の谷の巻(鳴け鳴け雲雀)/狂天狗の巻(飛び散る天狗)/六連銭の巻(どろん六連銭)/地雷火の巻(地雷火百里)/地獄蔵の巻(お江戸山脈)となる。どこから資料を漁ってきたのか知らないが、例によって綿密至極。ポンポン飛び出す撫衆言葉を彩りに生き生きとした講談調の美文で、彼らを取り込もうとする里者や大道芸人たちの悪意や陰謀と、飽くまでそれを撥ねつけ己の正義に徹する山嶽の子らの姿が躍動的に活写されてゆく。 ゲストは大久保長安、滝川一益、猿飛佐助、三好清海入道、穴山小助、小西行長の娘・呉葉姫、出雲の阿国、名古屋山三郎など。三・四話の「六連銭~」「地雷火~」にはミステリ的趣向が用意されているが、これが人里中心の道中記となってくると、当初の新鮮味やテンポの良さが薄れてくるのは是非もない。第二話「狂天狗~」までは7~8点クラスの手応えだったのだが、それ以降はややパワーダウンしてトータル6点。とは言え変幻自在の忍法抜きですら、高難度の素材を格調高く読ませるのは山風ならではか。 |
No.15 | 5点 | くノ一忍法勝負- 山田風太郎 | 2021/06/07 21:03 |
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昭和42(1967)年11月から昭和43(1968)年7月まで、雑誌「オール読物」ほか各誌に掲載された短篇を収めた、忍法帖後期の作品集。年代順に並べると 倒の忍法帖(忍法倒蓮華)/妻の忍法帖(奥様は忍者)/叛の忍法帖(忍びの死環)/呂の忍法帖/淫の忍法帖/蟲の忍法帖(忍法虫) となり、長篇では『笑い陰陽師』の終盤や、『銀河忍法帖』『秘戯書争奪』などと被る。翌昭和44(1969)年には最後の忍法長篇となる『忍法創世記』が刊行されている事から、そろそろアイデアを捻り出すのも苦しくなってきた頃の作品と思われる。それ故か切れ味はやや鈍い反面、苦し紛れの発想から出た山風短篇中一、二を争う怪作「呂の忍法帖」も含まれている。
忍法短篇はこれ以降も書き継がれるがそれも約四年後の昭和47(1972)年11月まで。「オール読物」掲載の「伊賀の聴恋器」を最後に打ち止めとなり、著者五十歳を機に幕末ものや明治ものにシフトしていく。 お家断絶の習いを避ける為、江戸家老に御世子作りのたねつけ代行を命ぜられた五人の若侍。お役目以後十ヵ月の禁欲の誓いを守らせる代償として、かれらに許嫁のお志摩を輪姦させる羽目に陥った忍者・からすき直八。彼の壮絶な復讐とその皮肉な成り行きを描く「淫の~」はまあマトモだが、歴史物でも捨て童子・松平忠輝を題材にした「倒の~」になるともうよく分からない。殺生関白・秀次の忍法に賭ける淀君への飽くなき執念「蟲の~」も似たようなモノ。発表順だと逆になるがこの甲賀相伝「虫壺の術」によるループの概念は、「叛の~」における羽柴・徳川・明智・毛利の怪奇な四忍者輪舞を経て、一気に問題作「呂の忍法帖」へとなだれ込む。 これが実に悪ふざけとも何とも言いようのない怪篇で(オチは確実にそう)、怪僧・赤法華輪天の唱える「輪の哲学」なるものに従い、七人の愛妾と六人の小姓たち、それに痴呆の兄君・大膳どのを用いた藩主・波切志摩守改造のための肉輪構造式に、波切藩忍び組のカップルが巻き込まれる話。いちいち図面が入るのが凄い。2010年公開のホラームービー『ムカデ人間』と言えば分かるだろうか。映画の方はまさか風太郎オマージュでもなかろうが、まあとんでもない小説である。 これもよく分からないながらに怖い「妻の~」を入れて全六本。統一タイトルなのに角川文庫版では『くノ一紅騎兵』『忍法女郎屋戦争』『忍法流水抄』『伊賀の聴恋器』『忍法陽炎抄』『忍法行雲抄』と、態々全篇バラしてある所にそのヤバ加減が窺える。あまりお薦め出来る短篇集ではないが、ゲテモノ好きの方はどうぞ。 |
No.14 | 6点 | 江戸忍法帖- 山田風太郎 | 2021/05/03 04:03 |
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徳川五代将軍綱吉のもと権勢をふるう側用人にして大老格・柳沢吉保は、前将軍家綱の遺子・葵悠太郎の出現に驚愕した。彼はただちに子飼いの忍者「甲賀七忍」に密命を下し、四代さま御落胤の存在が世に知れ渡る前にその抹殺を謀ろうとする。果たして変幻自在の忍法を駆使する七人の妖忍と、一刀流の達人悠太郎の対決はいかに? そして悠太郎を慕う越後獅子の娘・お縫と、吉保の愛妾おさめの方の妹にして柳沢家の養女・鮎姫との恋の鞘当ての行方は? 鬼才・山田風太郎が描く会心の忍法小説。
雑誌「漫画サンデー」に、昭和34(1959)年8月25日号~昭和35(1960)年2月22日号まで連載された、『甲賀忍法帖』に続く風太郎忍法帖第二作。この年前半には代表作の一つ『妖異金瓶梅』を完結させているが、それも含めて長編一本に短編五本と、37歳の壮年期にしては比較的少ない。次作が『飛騨忍法帖』である事を考え併せるとシリーズの方向性を探っていたという見方も出来、本書の貴種流離譚風な人物造形や物語展開もそれを裏付けている。だが流石にこの作者だけあって、つまらぬ作品には仕上がっていない。 冒頭数章でいきなり葵悠太郎を守る三剣士が斃され、越後獅子のかたわれであるお縫の弟・丹吉も七忍の手に掛かる疾風怒濤の展開だが、これはストーリーを整理するため。お縫と鮎姫、二人のヒロインが目まぐるしく悠太郎と七忍サイドを行き来し、これに甲賀一族からの脱出を願う頭領服部玄斎の娘・お志乃も絡むその機微で、超人的な能力を持つ忍者たちが次々屠られてゆく。『甲賀~』とは趣を変えた常人の手になる忍者退治だが、相当以上に活躍するお縫を始め時の氏神的な助けもかなり入るので、〈悠太郎が強すぎる〉との指摘は当たらない。 風太郎本人は「少年小説みたい」と称してあまり評価しなかったようだが、クライマックスとなる小塚原刑場での大殺陣は絵になるし、何度もお縫と入れ替わる鮎姫の清冽さや真摯さもベタだが良い。忍法帖にしては爽やかな結末もこれはこれで悪くなく、本サイト基準の採点では6.5点。お馴染み水戸黄門や助さん格さんも、準お助け役で出てくる。 |
No.13 | 5点 | 柳生十兵衛死す- 山田風太郎 | 2021/02/14 15:25 |
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大和と伊賀との接点にちかい山城国大河原、茫々と薄墨に染まる木津川のほとりの砂州の上に、一人の男があおむけに倒れていた。「こんなことが! 我らの殿をかくも見事に斬るとは!」そこに転がっていたのは天下無敵の剣豪・柳生十兵衛の骸。が、かれの目は、なぜか開かぬはずの方がかっと見開いていた! 室町と慶安を舞台に250年の時空を超えて飛び交うふたりの柳生十兵衛・満厳と三厳。剣の奥義と能を媒介とする、壮絶無比の大幻魔戦。傑作『魔界転生』より三十年余りの時を経て今描かれる、十兵衛三部作堂々の完結編!
一九九一年四月一日~一九九二年三月二十五日まで、毎日新聞朝刊に約一年に渡って連載された、著者最後の長篇小説。ただし「うおお燃えるぜ~!」というアオリの割には、あまり出来が良くありません。綺羅星の如き剣豪同士の取り組みを見せた剛球一直線の前作と比べると、内容的には大きくパワーダウン。タイムトラベルという魔球を繰り出して対抗してますが、『八犬傳』なぞと並べると明らかに物語のバランスが悪いです。まあ脂の乗り切った頃に匹敵する色気を、七十近いヒトに出せ、と言うのが無理な注文なのですが。 「誰が十兵衛を斬ったのか?」を冒頭に置いて、慶安三(江戸1650)年と応永十五(室町1408)年、二つの時代を交互に語る構成。慶安の十兵衛三厳の相手は108代後水尾法皇・紀州大納言徳川頼宣・張孔堂由比正雪に加え長宗我部乗親・丸橋忠弥の兄弟。室町の十兵衛光厳の相手は三代将軍足利義満・義円ことのちの六代将軍足利義教・100代後小松天皇、そして陰流の祖・愛洲移香斎など。この争いに月ノ輪の宮こと109代明正天皇を始め三厳の弟子・金春七郎やその妹りんどう、齢十五歳の一休禅師やその母伊予の方などが絡むストーリー展開。さらに過去を語る夢幻能を能楽師・観世座世阿弥と竹阿弥が操る事により、二人の十兵衛がそれぞれ異なる時代の十兵衛に成り変わります。 二つの筋にいずれも天皇家が絡んでスケールは大きいんですが、慶安サイドの狙いはイマイチ不明。大物大集合で「これで勝つる!」みたいな感じで、具体的に何する気だったのか最後まであやふや。我らの十兵衛三厳も前二作とは全くの別人で、剣だけのカリカチュアみたいな人になっちゃってます。最低限の常識は持ちながら、いざとなれば徳川家をも吹き飛ばす啖呵と、ニヒルな諧謔味を併せ持つキャラだったと思うんですけど。少なくとも評者の知ってる十兵衛は「ぐわはははは!」とかそーいう笑い方はしません。 三十年ぶりの登場で江戸十兵衛がちょっとおかしくなってるんで、相対的にマトモな室町十兵衛に話のウェイトが掛かってくるのはもうしょうがない。義満の狙いもハッキリしてるし、こっち側には最後の大ネタも控えてるんで余計そう。今回『柳生~』や『魔界~』と異なり、「剣で全てを押し通す!」ってなってるのも不味いですね。本書の十兵衛たちはホントに剣だけなんでそれじゃダメ。千姫とか父宗矩とか老中智恵伊豆とかの、政治的な後始末をする人間がいないといけない。 このまま行くとタイムパラドックスに抵触するんじゃないの? とか考えてたら、やっぱりそういう結末でした。風太郎ワールドは今まででも十分奇想なんで、ヘタにSF要素とか持ち込まない方が良かったんじゃないかなあ。腐っても山風だし酷くはないけど、そういう意味で採点は4点寄りの5点。 |
No.12 | 7点 | 婆沙羅(ばさら)- 山田風太郎 | 2020/05/28 13:56 |
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元弘二/正慶元(1332)年二月末日、鎌倉倒幕の挙兵に失敗した後醍醐天皇は、幕府軍に笠置山で捕えられ、隠岐島への遠流を間近に控えていた。その宰領役に選ばれた近江半国の守護大名・佐々木道誉は、魔風のごときものを放つ妖天皇に魅せられ、牢中での側妾えらびの秘儀に立ち会うことになる。それはかれに百獣横行の乱世の訪れと、魔星たちの到来とを予感させた! 混沌の時代を綺羅をかざり放埓狼藉をきわめ、したたかに生きぬいた稀代の婆沙羅大名の生涯を描く、絢爛妖美の時代絵巻。
『室町少年倶楽部』所収の各中編とほぼ並行して連載された、作者晩年の時代長編。雑誌「小説現代」平成二(1990)年一、二月号掲載。忍法帖シリーズ⇔『妖説太閤記』の関係性に習えば、室町ものの帝王本記(平岡正明に拠る)に位置付けられ、長編としては短めながらその密度は高い。 京極氏は鎌倉~室町時代のみならず、安土桃山から江戸~明治期に至るまで、時の権力に食い込みながらしぶとく生き残ってきた一族だが、これ以前に中興の祖としての佐々木道誉(京極高氏)を取り上げた時代小説は無く、本編はその嚆矢に当たるもの。『妖説~』の藤吉郎同様、妖帝・後醍醐の影響を受けてこの世を食うか食われるかの魔界と喝破し、神将・楠木正成や『徒然草』の兼好法師と戯れながら、〈己のやりたいことをやる〉ためにあらゆるものを踏みつぶしてゆく、主人公・道誉の権謀術数が活写される。ただし晩年の作だけに、ギトギトぶりは薄め。あと省略が効率的なので、『八犬傳』と同じく『太平記』のダイジェスト版としても読める。 薄味とはいえ将軍兄弟に対する遣り口はかなりエグい(特に尊氏)。秀吉もそうだが道誉も平穏には縁の無い人間なので、世が治まりかけると逆に、食うか食われるかの過酷さは増してくる。 だがいかに足掻こうとも安定した治世の訪れとともに、彼らは確実に排除されてしまう。『妖説太閤記』よりも物語の肉付けが薄いだけに、ラストではそうした無常観を強く感じた。 |
No.11 | 6点 | ラスプーチンが来た- 山田風太郎 | 2020/05/13 20:08 |
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明治二十二(1889)年二月十一日、新政府の文部大臣・森有礼は憲法発布の式典に向かう直前、凶漢に襲われ非業の死を遂げた。その同じ日の夕暮、のちの日露戦争勝利の立役者の一人・明石元二郎陸軍中尉は参謀本部次長・川上操六に、近衛旅団長を勤める乃木少将宅で起こった幽霊事件の解決を依頼される。その真相を見抜き半ば希典を脅すようにして事を収めた元二郎だったが、今度は彼を見込んだ乃木家付きの馬丁・津田七蔵に、大恩ある伊勢神宮の神官竜岡左京の娘・雪香を救ってくれと頼まれた。
美少女雪香はとかくの噂のある伊勢神道占・稲城黄天なる人物に、巫女となりその身を捧げるよう強要されていたのだ。稲城は幽霊事件にも一枚噛んでおり、さらに森有礼暗殺事件を利用して竜岡神官の弱みを作ったらしい。じつに容易ならぬ曲者のようだ。 元二郎は七蔵の依頼をも快諾するが、それは彼の前に現れるさまざまな明治の化物と戦うことを意味していた。そしてその化物たちの中には、実に驚倒すべき大化物もいた―― 「週刊読売」昭和54(1979)年12月2日号より掲載。後述の理由により翌昭和55(1980)年6月15日号にて、結末まで2/3余りの段階で中絶。そののち四年の歳月を経て部分訂正及び加筆の末、昭和59(1984)年12月に文藝春秋社より刊行。明治もの第五作『明治波濤歌』とは、ほぼ並行連載されました。 中絶理由は関係者の抗議。山縣有朋・桂太郎・松方正義・犬養毅・原敬・後藤新平・頭山満など明治の政界に食い込み"日本のラスプーチン"と言われた「穏田の行者」飯野吉三郎と、かれの愛人で他にもとかく醜聞のあった女性教育者・下田歌子。明治ものには珍しい濃厚な濡れ場シーンや完全な悪役扱いもあって、めでたく連載中止に。それぞれ稲城黄天、下山宇多子の仮名を用いることにより、なんとか許可されています。 現行本はそれに第十一章「ラスプーチン来る」以降の章を書き加えたもの。とはいえラスプーチンが文豪チェーホフから病死した雪香の母・水香の手紙を託されるのは連載中のことであり、構想に大きな狂いは無いでしょう。下山宇多子の影は後半いささか薄くなっていますが。 風太郎得意の短編連鎖形式ではなく、どちらかというと長編に近いもの。型破りの快男児・明石元二郎が前半では稲城黄天と、後半では密かに来日したラスプーチンと対決する趣向。最初は緩めの展開ですが、徐々に大津事件を背景にしたロシアの怪僧の狙いが明らかに。人間入れ替えにプラスしての操りで、さらに水香の運命や宇多子の狂態、加えて黄天の予言を重ねることにより、ラストでの雪香の凄艶さやそれを引き出した妖僧の魔力を際立たせています。最後付近は釣瓶撃ちでしたね。 とはいえ明治物名物のクロスオーバーで他に光るとこが冒頭部、ニコライ堂の屋根シーンくらいしかないので6点。ただ稲城が弱みを拵える手口は、しょせん口先三寸とはいえ興味深いです。実際の詐欺師も多分こんなんなんでしょうね。 |
No.10 | 7点 | 幻燈辻馬車- 山田風太郎 | 2020/04/30 20:24 |
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「父(とと)!」「きて、たすけて、父(とと)!」
少女が必死に助けを求めて叫ぶとき、娘を守るため冥府から、血まみれの白刃をひっさげた軍服姿の幽霊が現れる。二頭立ての老馬・玄武と青龍に引かれた〈親子馬車〉を駆る元会津藩同心・干潟干兵衛とその孫娘・お雛の哀切な物語を軸に、自由民権運動の嵐が吹き荒れる開花期の東京を、一台の辻馬車を狂言回しに使い活写する風太郎版・明治秘史。 雑誌「週刊新潮」昭和五十(1975)年1月2日号~同年12月25日号まで掲載。ラスト付近は雑誌「日刊ゲンダイ」掲載の『御用侠』冒頭部分と被る形。ほぼ丸々一年に渡っての連載で、明治ものとしては前年12月まで連載の『警視庁草紙』の後を受けた二作目にあたります。 大枠は一作目の流れを受けた、連作形式での藩閥政府VS自由民権運動の暗闘。四十そこそこながら元会津藩出身の〈負け組〉である干兵衛は、ふとした縁で知り合った勃興期の自由党壮士たちに漠然とした好意を持ち、幾度か陰に日向にと協力しますが、彼らの運動が最終的に踏み潰されることも洞察しており、そのために孫娘との平和な日々を失いたいとは思っていません。 ですがこの小説の時代設定は明治十五(1882)年から明治十七(1884)年。旧士族の反乱は五年前の西南戦争を最後に終息したものの、福島事件・加波山事件・秩父事件など激化した自由党シンパと官憲との武力衝突が頻発した時期。紆余曲折の末一時的に夢のように穏やかな日々が訪れるものの、願いも虚しく結末では半ば幽明の存在と化した干潟干兵衛が、夜の武蔵野を辻馬車で、加波山に向かいまっしぐらに翔けてゆくシーンで終わります。 ミステリ的には"自由党に潜入した政府の密偵は誰か?"と、後半にクローズアップされる〈刑法第百二十六条〉の真意が焦点。そして主人公たちを彩るのは三遊亭円朝・出淵朝太郎父子、橘屋円太郎、山川健次郎、大山巌・大山(山川)捨松夫妻、大山信子、三島通庸、三島弥太郎、中江兆民、河野広中、来島恒喜、赤井景韶、花井お梅、八杉峰吉、松旭斎天一、川上音二郎、伊藤博文、マダム貞奴、徳富蘇峰、田山花袋、坪内逍遥、松のや露八、嘉納治五郎・西郷四郎師弟、斎藤新太郎・歓之助兄弟などの面々。 文化人が多いのは、ガラガラだった銀座煉瓦街にも店舗が入り始めたご時勢故でしょうか。ほぼ同時期を扱った明治もの第七作「エドの舞踏会」とも、かなり登場人物が重なっています。 その中で異彩を放つのは人斬り以蔵の実弟・岡田緒蔵こと柿ノ木義康。フェンシングを使う山高帽にフロックコート姿の剣鬼で、「鹿鳴館前夜」で講道館柔道の創始者・嘉納治五郎を破る半身不随の老門番・鬼歓こと斎藤歓之助と共に、強い印象を残します。 編中ベストはその「鹿鳴館前夜」で、幽霊を使った〆も上々。次点は風太郎には珍しくマジックを扱った「開花の手品師」。ストーリー優先ながら時代小説人気投票ではともすると、『警視庁草紙』をも上回る作品ですが、その理由はお雛ちゃんの愛らしさに尽きるでしょう。 |
No.9 | 9点 | 妖説太閤記- 山田風太郎 | 2020/02/06 11:40 |
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300冊目は山田風太郎。雑誌「週間大衆」昭和40(1965)年10月28日号~翌年12月29日号まで連載。これまでの書評は後期作品中心だったんですが、本作の発表は四十三歳の壮年時。その前年は『伊賀忍法帖』を皮切りに『忍法八犬伝』『おぼろ忍法帖(のち『魔界転生』に改題)』など6本もの長編を世に送り出した作家活動旺盛期。複数作品を同時進行させることの多い風太郎ですが、この年は長編連載をこれ一本に絞っただけあって気合が入りまくってます。後期の渋さもいいですが、全盛期の迸るような筆致はまた格別のもの。
欲望の充足に向け一片の迷いもなくひた走る主人公・猿ことのちの太閤秀吉。蜂須賀党時代に見初めた織田信長の妹・お市の方の面影をひたすら追い求めながら、弓頭浅野又右衛門の姪・ねねとの結婚を皮切りに邪魔者は陥れ、障害物は嵌め、くったくのない陽気な笑い声をはりあげながら出世街道を駆け登ってゆく。 大軍師・竹中半兵衛に見込まれ、彼を家来に迎えたことで野望は加速。〈憎悪の矢弾を浴びる人間を作り出す〉という天下取りの基本形を伝授され、この謀略とかれ生来の女性への執着が自身の運命のみならず、いつしか天正期の戦国時代そのものを形作ることに。金角銀角のひょうたんではないですが、「ともぐいのかたち」「度外れた女好き」という二要素の中に物語と歴史そのものを封じ込めてしまうのが、この作品において風太郎が発揮した力業。そのくせキャラが死ぬどころか、信長を葬る前後からは背筋がそそけ立つほどの凄味を見せつけます。 ――では、じぶんの一生のあの悪戦苦闘はなんであったか? あの脳漿をしぼりつくした権謀の数々、血と汗にまみれた戦陣の星霜はなんであったか? その言葉通り本能寺の変すら演出して天下を握り、待望のお市の方の娘・淀君を始めとする高貴な女たちを得て痴戯の限りを尽くすも、貧弱な身体は思うに任せず、女秀吉ともいうべきねねこと北政所との関係も、彼女の目標であった信長の死をきっかけに歪み始め、やがて北政所は次の天下を狙う徳川家康に取り込まれてゆき、運命の歯車もまた狂い始める。 「ともぐいのかたち」を極限まで拡大した朝鮮出兵も無惨な失敗に終わる中、老耄した頭脳と荒廃した肉体を抱え、もはや人間の残骸と化してなお、名状すべからざる妖風ですべてのものを慴伏させる魔王・秀吉。読者の胸に残るのは大伽藍を焼き尽くす炎の黄金の色か、それともかれの脳髄の奥底深くしぶく血か。天愁い地惨たるなか迎える最終章「あらんかぎりの」の虚しさと、大独裁者の鬼気迫る断末魔を見よ! 〈極悪人秀吉〉という視点で書かれた唯一無二の太閤記。英雄・豊臣秀吉を、日本史上最大の悪漢として描いたピカレスク小説です。 |
No.8 | 7点 | エドの舞踏会- 山田風太郎 | 2020/02/01 06:57 |
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明治十八(1885)年十一月五日のこと、帝国海軍少佐・山本権兵衛は陸軍中将・西郷従道(隆盛の実弟)に見込まれ、妻の登喜を伴う鹿鳴館舞踏会への出席を懇請される。けれど元品川遊郭のお女郎だった彼女は前身を恥じて拒否し、権兵衛は従道を大喝した。
だが、事はそれでは収まらなかった。従道はその翌月海軍大臣となったのだ。さらに権兵衛は西郷直属の「伝令使(大臣秘書官)」を命じられる。 舞踏会への上流婦人の集まりの悪さを嘆く従道はある策を講じ、以前の行き掛かりから権兵衛にその実行を押し付けてきた。それを切っ掛けに、彼は心ならずも貴婦人たちの秘話に触れることとなる。それは維新元勲の妻を巡る〈舞踏会の手帖〉の始まりだった―― 雑誌「週刊文春」昭和57(1982)年1月7日号~同年10月4日号まで掲載。『明治波濤歌』に続く明治もの七作目。後半部分は朝日夕刊『八犬傳』の連載とかぶります。 登場するのは伊藤博文・井上馨・山県有朋の三元勲に加え黒田清隆(例のごとく血腥くなります)・大隈重信その他八名の夫人連。序盤に井上伊藤妻のちょっといい話を並べ(伊藤梅子こと芸者のお梅の痛烈な啖呵は痺れます)、中盤に山県黒田妻の怖い話を持ってくる。特に鬼気迫るのは西洋かぶれの文部大臣森有礼の妻・常子のエピソードで、ホントかよと調べたら間違い無しの実話でした。〆のル・ジャンドル夫人池田絲(幕末四賢候の一人・松平春獄の庶子)といい、風太郎作品の考証はハンパ無い。この天覧歌舞伎により、業界の地位が格段に向上したそうです。 ワキを固めるのはマダム貞奴、加納治五郎、西郷四郎、頭山満(サナダ虫)、伊庭八郎、九代目市川團十郎、など。この作者にしては珍しい女性群像メインの作品で、他の明治もののような大仕掛けはない代わりに纏まりが良い。女性陣のかっこよさやエンディングの美しさはかなりのもの。シリーズの四、五番目くらいには入るんじゃないかな。 反面夫である元勲たちにはコケますね。伊藤博文みたいに一周回って妙な味の出てる人もいますが。大久保利通―川路利良のラインを最後に、英雄の時代は終わったということでしょうか。最後の内戦である西南戦争も十年余り前の話なので。 タイトルの〈エド〉とは江戸のこと。あまり取り上げられることはありませんが、中身の割にくどくなくしっかりした作品です。 |
No.7 | 6点 | 室町少年倶楽部- 山田風太郎 | 2019/12/03 16:15 |
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「室町少年倶楽部」「室町の大予言」以上2作収録の中編集。雑誌「オール読物」「小説新潮」の一九八九年一月号増刊、三月号にそれぞれ掲載。この次に来る十兵衛三部作のラスト「柳生十兵衛死す」が最後の室町物にして最終長編と言えなくもないので、いずれにせよ山風の小説としては最後期にあたるもの。この後著作家としては「半身棺桶」などのエッセイやインタビューに傾斜してゆきます。
「薄桜記」の清冽さとはうってかわってイヤテイスト満載。まあ山風ですし。特にアレなのが表題作で、少年探偵団風ですます調のほのぼのから一転してのドロドロ展開。齢八歳の幼き将軍候補・三春丸(後の足利義政)をお忍びで連れ歩き、理想の将軍たらしめんと帝王教育を試みる十六歳の少年管領・細川勝元。下々の生活をつぶさに見せて、さてその結果はどうなったか? という作品。まあ父親がアレだもの、どう教育したってマトモに育つわきゃ無いよねえ。言っちゃ何ですが最初からムダだったと思います。 「序の章」「破の章」「狂の章」の三部構成で、純真無垢な幼年期が四分の一ほど。あとは破局と責任放棄の果てのでろでろ状態。この小説自体は応仁の乱に突入したとこで終わりますが、乱は山名宗全・細川勝元の二巨頭死後もなお続きここでやっと半分といったところ。勝元の息子の妖管領・細川政元(幸田露伴『魔法修行者』に詳しい)が十代将軍・足利義稙を追放し、以後幕府自体がグチャグチャになってなし崩しに戦国期に突入していきます。このころ日野富子・足利義視の二人が半ばフィクサー化してるのが救われない。 「序の章」を「さあ、これらの人々の未来には、何が待っているのでしょう?」と結んでいるのがまたイヤらしい。〈これらの人々〉の争闘がいかに室町幕府に祟ったか。風太郎の笑い声が聞こえるようです。 足利の太陽王たる魔童子・三代将軍義満没後の黄昏に向かう時代を描いた作品集。このころ作者も七十代に近く、巧緻さは磨かれても全盛期の艶が文章から失われてゆくのは如何ともし難い。それを生かす境地を求めて辿り着いたのが室町ものであり、「幽玄」というキーワードだったと思われます。 各サイトの評価は高いですが、その意味で点数は6点でも下の方。とは言えなかなか良く出来た中編集です。ところで「大予言」の方の各未来記って、どこまでがウソッパチなんでしょうね。 |
No.6 | 6点 | 忍法創世記- 山田風太郎 | 2019/11/24 05:09 |
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明徳元(1390)年三月、時は南北朝争乱時。長きにわたり角逐を続けてきた大和の柳生と伊賀の服部は悪因縁を断ち切るため、柳生三兄弟と伊賀三姉妹の婚礼という形で和合を成し遂げようとしていた。両者の境にある月ヶ瀬の南岸桃香野で、梅花あふれるなか合一の儀式を行うのだ。
ところがこれに待ったを掛ける者が現れた。いずれも南朝に組する大塔衆と菊水党だ。将軍家指南役中条兵庫頭に率いられる前者は柳生に、寵愛の能役者世阿弥につれられた後者は伊賀に肩入れし、それぞれ剣術と忍法とをもって南朝方の持つ〈三種の神器〉を北朝方に渡る前に争奪・護持しようとしていたのだ。南朝の右大臣・吉田宗房と北朝の柱石・管領細川頼之の談合により、南北合一が成ろうというまさにその折りのことだった。 彼らの到着前に桃香野の儀に敗れた柳生の次兄・七兵衛と伊賀の末娘・お鏡は、それぞれ婿と嫁として敵地に迎えられ、七兵衛は忍法、お鏡は剣術を学ぶこととなる。大塔の宮・護良親王の命脈を守り、剣術の祖・中条兵庫の弟子たる七人の大塔衆と、楠公・楠正成から伝承された忍法を操る七名の菊水党、そして彼らに鍛えられた柳生三兄弟と伊賀三姉妹、果たしてこの神器争奪戦の行方は? 雑誌『週刊文春』に、昭和44年4月28日号~昭和45年2月2日号まで連載。二十六作ある風太郎忍法帖の最終作にして、最後に単行本化された作品。年代順に並べると次に来る「伊賀忍法帖」が百七十二年後の戦国期ですから、時代的にはかなり間が開くことになります。 十名VS十名の変則トーナメントですが、序盤から中盤にかけてはやや単調。柳生兄弟も伊賀の姉妹も未熟な上、いちいち忍法を考えるのがめんどくさかったのか、花の御所や五条大橋での対決で大塔衆・菊水党の約半数がふるい落とされます。 ただ本命の神器争奪に入ると雰囲気は一変。南朝の本拠地・吉野の奥地に舞台を移し、八咫鏡・八坂瓊勾玉・天叢雲剣を巡って夫婦となるはずだった三兄弟と三姉妹の個別対決に。半数以下となった大塔菊水も執念を燃やし、残念気味だった剣術忍法決戦にもがぜん力が入ってきます。 特筆すべきはこの後半に登場する妖剣士〈牢の姫君〉こと幸姫。大塔衆を統べる十五歳の天才少女剣士で、憤死した護良親王のおん曾孫姫。曽祖父の怨念の籠もった凶刃「牢の御剣」を操り、大剣士中条兵庫すら怖れる剣の天稟を秘めています。 風太郎作品は剣聖最強ですが、その嚆矢たる存在を圧倒し去る実力、天皇家に連なる血筋、妖艶にして残酷可憐な天性とほぼ無敵で、本作のみならず忍法帖シリーズ有数のキャラクターと言えるでしょう。彼女が中盤付近でチラチラ登場していれば、出来栄えはもっと上がったかもしれません。 それに対するに室町の魔童子ことトリックスター足利義満を配し、花の御所での世阿弥演ずる薪能をバックに結末を付ける豪華さ。作者評価の低さゆえ危惧されていましたが、忍法がアレな以外はかなりの作品でした。ただ「八犬傳」と同格とまでは言えないなあ。6.5点。 |
No.5 | 8点 | 魔群の通過- 山田風太郎 | 2019/08/23 04:52 |
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元和元(1864)年11月、禁門の変に相前後し筑波山で挙兵した水戸天狗党は内部分裂の結果、敗北した。第一次長州征伐に平行して那珂湊と戦闘を続けてきた六万の幕府連合軍に、那珂湊勢が主将と仰ぐ藩主名代・松平大炊頭が突如単独降伏したのだ。あまつさえ大炊頭率いる大発勢は他の二軍、筑波勢と武田勢に攻撃しようとし、党は完全に継戦能力を失った。
だが大炊頭は一言の弁明も許されず賊魁として切腹を命じられる。大炊同様心ならずも戦争に巻き込まれた天狗党総大将・武田耕雲斎は、藤田小四郎率いる筑波勢を合わせてはるばる京都へ上洛し、時の天子に自らの苦衷を訴える事を決断した。四男源五郎と嫡孫の金次郎が、幕軍大将の妾・おゆんと、水戸佐幕派重鎮の娘・お登世の二人を人質として連れ帰ったことも、彼の判断を後押ししていた。 「京には、故斉昭公のご子息慶喜さまが禁裏守衛総督としておわす。人質がいれば、まさか赤沼牢の家族にも手は出すまい」 耕雲斎を戴く千人余の大武装集団は常陸と下野の外縁部を抜け、はるばる信濃から美濃へと、道なき道を、大山脈を踏破し行軍する。凍りつくような初冬の星空の下、ものものしい大軍は巨大な爬虫類のように動き出した・・・ 1976年11月~1977年5月まで雑誌「カッパまがじん」掲載。明治もの「地の果ての獄」の「オール読物」連載とほぼかぶる形。「天狗党? ああそーいうのもあったね」ぐらいの認識しかない人間を瞬時に物語世界に連れ去り、濃密な情報を叩き込みつつ疾風怒濤のドラマの中に放り出す練達の手腕は、さすが山風。白紙に近いアタマの中に、哀切極まりない人間像を刻み込む。 耕雲斎の一子源五郎・初孫金次郎の二人、十五歳と十七歳の少年をあえて主人公に据え、少年戦士野村丑之助や豪僧全海入道・大軍師山国兵部などの魅力的な登場人物を配置。かれらにも勝る印象を残す幕府若年寄・田沼玄蕃の愛妾おゆんと、薄倖の少女お登世を対置。「修羅維新牢」に引き続き登場する後の豪商・天下の糸平こと田中平八も復讐劇の〆に一役買います。 「天狗行列には数挺のおんな駕籠がまじっていた」との沿道の目撃者の記録から、一気に奇想を羽ばたかせた作品。並みいる風太郎作品群の中でもとりわけ救いの無い展開です。というか不勉強でして、大陸なら知らず国内でこれほどまでの大殺戮があったのを改めて知りました。 天狗党進軍後も終わらず、さらに執拗に繰り返される誅戮。 あの懸軍万里の大行軍は何のためであったか。あの超人的なエネルギーの燃焼の報酬は何であったのか。 語り手である源五郎少年ことのちの福井地裁判事・武田猛は、果たしてその先に何を見たのか? 結末の解釈は読んだ方それぞれの胸に委ねたいと思います。 |
No.4 | 6点 | 修羅維新牢- 山田風太郎 | 2019/07/19 06:31 |
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慶応四(1868)年四月、西郷隆盛と勝海舟の談判により、江戸は無血開城され、百万を超える町民たちは戦火を免れた。だが焼け野原にならなかっただけに住民の反発は根強く、新たに進駐してきた官軍の兵士たちは、どこへいっても面従腹背といった態度に逢わなければならなかった。
そんな折、占領軍を逆上させずにはおかない事件が相次いで起こる。官軍の、しかも隊長クラスの人間がつづけざまに殺されたのだ。騎馬の者も含め、すべてただ一太刀か二太刀で、恐ろしく腕の冴えた人間のしわざであることは明らかであった。しかも彼らはことごとく鼻を削がれていた。 むろん徳川方の侍のしわざに相違ない。同じ下手人によると思われる犠牲者が、四月半ばまでに二十数人に上った。勝者を嘲弄するような犯行に、江戸じゅうに大総督府からの布告が貼り出される。 同じころ、かつて海舟の弟子だった千石取りの旗本戸祭隼人は榎本武揚の幕府艦隊に合流し、母や許婚者のお縫と共に、蝦夷に渡ろうとしていた。だが番町の屋敷に官兵がなだれ込んだことにより、彼の運命は狂い出す。中間に重傷を負わせ母とお縫をなぶらんとした薩軍隊長を叩き斬った隼人は激高し、神田小川町の屯所前に木札を立て、鼻を削いだ三つの生首を晒したのだ。彼の行為は占領軍の怒りに火を点けた。 総督府参謀中村半次郎こと桐野利秋は憤怒のあまり、手当たり次第に旗本たちをひっ捕らえ伝馬町の揚屋牢に叩き込む。そして門前にはくろぐろとした字で高札が立てられた。 「これより下手人の身代わりとして旗本十人を馘(くびき)らんとす。一日一殺。下手人名乗り出ずればすなわちやむ。その惨に己の罪を悔ゆれば名乗り出よ――」 1974年4月~1975年1月まで「小説サンデー」誌上に掲載。同時期「オール読物」平行連載の明治もの第一作「警視庁草紙」とは、下巻部分がほぼかぶった形。 『GQ Japan』1995年3月号の風太郎作品ABC自己評価では最低ラインのランクC格ですが、そこまで酷いとは思いません。あんま知名度無いけどむしろ面白いんじゃねえのと。勿論トップグループには食い込めませんが、少なくとも佳作未満には位置付けられます。一応Bランクの『柳生十兵衛死す』なんかはこれより下かな。 (参考HP:https://seesaawiki.jp/w/yamafu/d/%BC%AB%B8%CA%C9%BE%B2%C1) 風太郎作品ではおなじみの短編数珠繋ぎ形式ですが、一話につき二人あるいは三人というのもあるので、必ずしも各人一話という訳ではありません。官軍にひっくくられる侍たちは底抜けの善人から凛々しい若侍、とことん商人向きの好色な楽天家から豪傑や虚無主義者、歌舞伎の色悪もどきから死にたがり、果ては半白痴や殺人鬼まで十人十色。各人各様悲喜こもごもの物語がある日突然、無常な刃でズンバラリと断ち切られます。 全滅エンドではありませんが、結末はある意味それよりも無情無慈悲。相当なもんですねこりゃ。処刑シーンとかかなり読み応えがありますが、傑作群に並ぶには隼人の決心を引き出すエピソードがやや類型的なのが難でしょうか。結構好きなんですが、前回「八犬傳」を7点評価してるんで6.5点。本当はもうちょっと付けたい所。 |
No.3 | 7点 | 八犬傳- 山田風太郎 | 2019/06/03 08:30 |
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一人の作家が、一人の画家に語り出した――。
作家の名は曲亭こと滝沢馬琴、画家の名は葛飾北斎。江戸文化が爛熟期を迎えた文化・文政年間を舞台に「虚の世界」と題して大長編「南総里見八犬伝」を的確に纏め、「実の世界」と題してそれを書き終えるまでの馬琴の実生活と江戸末期の世の転変を交互に配置し、「語ること」に憑かれた卑小にして偉大な人間の姿を描ききった作品。昭和五十七年八月三十日~昭和五十八年四月一日まで「朝日新聞」夕刊紙上に連載。 古川日出男の「アラビアの夜の種族」を登録したので、合わせ鏡のような存在のコレについてもやらんといかんかなと。あっちは「読むこと」に憑かれた人々についての話ですけどね。書かれた年代のせいか山風にしてはアッサリ加減。しかし物語としては非常にバランスが良い。 読後感は忍法帖+明治物といった感じ。前半部分は「虚の世界」である里見八犬伝のストーリーが主体。八犬伝面白いですね。幼少期に児童版で読んだだけですが、配置された脇役や伏線が思わぬところにピタピタと嵌り込んでいくところはデュマの「モンテ=クリスト伯」を思わせる。馬琴当人の偏執的な性格もあって、こればっかりが繰り返される後半ではお腹一杯になっちゃうんですが、前半の山場である「芳流閣の決闘」あたりまでは感心するばかり。作者も承知の上で、ここには十分筆を割いています。 これが後半になると、馬琴を馬琴たらしめた業とも言える彼自身の性格と、どうしようもない運命が積み重なり崩壊に向かう滝沢家の姿、それと重なり揺れる時代に押し潰される人々の描写が多くなる。対してクドさの増した八犬伝の記述は簡略化されてゆく。ブッキッシュで複雑な構成なのにきちんと手綱を取ってるところは、さすが山風。 そして「虚実冥合」と題された最終章。曲亭馬琴はもうホント融通の利かないクソ爺で、偉大なのは分かるけど絶対に身内には持ちたくねーな、という人物なんですが、その彼が名利も欲得もなく、何物をも欲せず、ただ一心に「語ること」のみに専心する。「語る」という行為そのものがいつしか"聖性"を帯びてゆく。このラストには感動させられます。山田芳裕「へうげもの」的な、物欲の徹底による爽やかさにもどこか通じるなあ。締め括りの美しさは風太郎作品でも最上のものでしょう。これを書き下ろしでなく、新聞連載の形でやったのが凄い。 ただ欲を言えば、明治物的なクロスオーバーがもう少し欲しかったですね。中盤に馬琴・北斎・鶴屋南北が「東海道四谷怪談」上演後の中村座奈落で顔合わせするところは圧巻ですが。馬琴の交際範囲が極度に狭いんで仕方ないんだけど、ちょっと触れられてる十返舎一九、できれば河鍋暁斎なども絡めて欲しかった。山田風太郎のベストに推す声もありますが、そこまでには至らないかな。7点作品。 |
No.2 | 10点 | 警視庁草紙- 山田風太郎 | 2019/01/23 08:25 |
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「魔界転生」「妖説太閤記」とともに、作者が自選ベスト3に選ぶ力作。とんでもない密度の娯楽小説です(特に上巻)。
たとえば第一話「明治牡丹灯籠」ではオリキャラの主人公たちがある事件の嫌疑をかけられた三遊亭円朝(実在の落語家)を助けるのですが、その事件が円朝作品の「怪談牡丹灯龍」をなぞった密室殺人であり、さらにその疑いを円朝自身が寄席で「怪談牡丹灯籠」を発表することによって晴らすという趣向になっています。 つまり、山風作品が円朝作品に取り込まれ、さらに円朝作品の元ネタになっているという、ウロボロスの蛇のような構造になっているわけです。 さらに第一話を読んでいくと、しれっと三河町の半七が実在人物として登場します。このお話では実在の人物だけでなく他人様の作品のキャラも出て来ますよ、という作者の合図です。 一話ごとにこのような趣向を凝らした短編、全十八話で構成されています。 この作品は独立して読める短編を数珠つなぎにした連作短編ですが、ある話のチョイ役が別の話では意外な役割を努めたり、モブかと思われた人間が歴史上の人物だったり、二百人を超えるであろう実在架空の人物たちが入り乱れる中、縦横に複線が張り巡らしてあるので全く油断出来ません。 さらに前述のように短編自体が三遊亭円朝のパロディだったり、森鴎外のパロディだったりします。架空の事件を解くだけでなく中には歴史推理、明治維新史上の未解決事件を解決するものもあったりします。 これだけのアイデアを一作にぶち込んだのは、明治時代を舞台とした時代小説が発表前までほとんど無かったからでしょう。全く新しい分野を自分が開拓する、読者に受け入れられなければこの一作で打ち止めになるかもしれない、そんな気持ちで書かれたものだと思います。 幸い、山風の明治物はこの後も書き継がれますが、ここまでの密度の作品はこれ以後にもありません。 問題があるとすれば、溢れんばかりの趣向を読み解く力が読者にあるかどうかでしょう。噛めば噛むほど味が出る、スルメのような小説です。 |
No.1 | 7点 | 明治波濤歌- 山田風太郎 | 2018/09/30 09:26 |
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「波濤〈なみ〉は運び来たり 波濤〈なみ〉は運び去る 明治の歌・・・。」
激動の明治期、「港」を基点に日本を訪れたり、逆に旅立っていった人たちの物語。中短編取り混ぜて全6篇収録。知名度は低いですが、山田風太郎の明治ものの中では質量共に圧倒的な『警視庁草紙』に次ぐ位置にある作品だと思います(世評の高い『明治断頭台』は、実在の人物や歴史事実とのクロスオーバーが少ないのであまり好みではない)。 集中でミステリ味の強いのは明治ものレギュラー格の川路利良登場の「巴里に雪の降るごとく」と、日本にやって来た森鴎外の恋人エリスが三度に渡って探偵役を務める「築地西洋軒」。中でも「巴里・・・」は川路の他にもヴェルレーヌやポール・ゴーギャン、マイナーですが成島柳北らに加え、〆としてヴィクトル・ユゴーを決闘の見届け人に指名するという贅沢さ。 挿話としてマリー・セレスト号事件や、有名な川路のうんこエピソードも(パリ行きの列車内で催し、トイレがある事を知らずそのまま新聞に包んで車外に投げ捨てたが、日本語の新聞だった為後でバレた。アッチの保線夫の方に命中したそうです)。風太郎自選ベスト短編の一つ。 これに次ぐのは自由民権運動を背景に、北村透谷や南方熊楠を絡ませた哀切なる群像劇「風の中の蝶」。これには女性剣士が登場。タイトルは透谷の詩の一節と、最後に自由党員たちを逃がすため散ってゆく彼女の姿とを重ねています。アメリカに逃亡したまま生涯を終える、透谷の義弟石坂公歴の望郷の歌で終わるラストの切なさは編中随一。 あとは樋口一葉が意外な銭ゲバぶりを見せる「からゆき草紙」がちょっとミステリ入ってるかな。でもこの作品の一葉といい「横浜オッペケペ」の野口英世といい、明治期はこのくらいのバイタリティが無ければ後世に名を残せなかったのかもしれませんね。 |