皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
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猫サーカスさん |
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平均点: 6.18点 | 書評数: 433件 |
No.133 | 6点 | 怪談稼業 侵蝕- 松村進吉 | 2018/11/14 18:41 |
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ミステリに私小説を持ち込む実話怪談の作家。建設業に従事しながら怪異体験談を採集するという。自分の人生と生活を中心に物語り、自嘲、業界への批判、怪談における恐怖分析などを脱力したユーモアでくるむ。ここには途中で投げ出したような作品もあるが、それは「怪異を、体験者の人生の一場面を表す象徴として、なぞらえる」からだ。いささかマニア向けでミステリとしての要素は濃くないが独特の魅力をもつ。 |
No.132 | 9点 | 異邦人- アルベール・カミュ | 2018/11/14 18:41 |
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「今日母さんが死んだ」。青年ムルソーは母を預けた老人養護施設に向かう。埋葬に立ち会った翌日、女と海水浴と映画を楽しみ、夜には男女の関係を結ぶ。数日後、友人の女性関係に絡み一人の男を銃殺。刑事裁判の被告になった彼は、動機について「太陽のせい」と答える。ムルソーの殺害場面の「偶然」性、法廷での息詰まる心理劇、彼が裁判所を出て郷愁と安らぎに包まれる夏の夕べの匂いなどが、迫真性をもった巧みなタッチで描かれる。妥協しない時代の証言者でもあり、世の不条理から目をそらさないカミュ自身のまなざしまでもが感じられるようだ。 |
No.131 | 7点 | 旋舞の千年都市- イアン・マクドナルド | 2018/10/29 21:24 |
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近未来のイスタンブールを舞台にしたスリリングな迷宮都市SF。作中のイスタンブールは、欧州連合(EU)に加盟し、天然ガスとナノテク景気に沸いている。古来、諸民族が出会い、多様な宗教文化が対立と融合を繰り返してきた街に、さらなる繁栄と混乱が押し寄せていた。そこに犠牲者ゼロの奇妙な自爆テロが発生する。テロ以降、”精霊”が見えるようになった青年、テロの謎を追う少年、老経済学者やガス市場詐欺でもくろむトレーダー、伝説のミイラ「蜜人」を探し求める美術商、ナノテク企業の売り込みと家宝のコーラン捜しに奔走する新米のマーケティング・ガール。彼らを軸に、宗教と経済、国家と企業、民族の歴史と個人史が複雑に絡み合ったドラマが展開する。重層的な物語がスピーディーに展開し、読者を飽きさせない。 |
No.130 | 6点 | しゃばけ- 畠中恵 | 2018/10/29 21:24 |
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主人公は廻船問屋の大店「長崎屋」のひとり息子、17歳の一太郎。薬種問屋を任されているが、外出もままならないほど病弱。両親からはいつも心配され、甘やかされている。この若旦那には、常に寄り添っている佐助と仁吉という手代がいる。実はこの2人、犬神と白沢というあやかしだ。他にも一太郎の周囲には妖怪がうじゃうじゃいる。物語は、一太郎が佐助たちの目を盗んで外出した夜に人殺しを目撃し、命からがら逃げるところから始まる。下手人が捕まらないまま数日が過ぎた後、一太郎のもとにその下手人が現れる。やがて薬種問屋ばかりを狙った殺人事件が次々と起きる。犯人はそれぞれ違うのだが奇妙な共通点がある。妖怪たちはみな個性的。犬神は顔がごつく手背が高い偉丈夫で、白沢は目が切れ長の色男。2人は主人を守るためなら何だってするし、一太郎本人も容赦なくしかる。鈴彦姫は臆病で、屏風のぞきはニヒルな皮肉屋。家の中からぞろぞろ出てくる鳴家はすねることもあるけれど、頭をなでてやると目を細める。キュートな妖怪たちの力を借りて一太郎は難局を乗り切り、事件を解決する。だが、いざという時本当に強いのは誰か。「自分が不運などと嘆いて、逃げていいはずがなかった」。そう決意する一太郎。体の弱さを気に病み、将来に不安を感じていた一太郎が、自身の存在をかけた勝負に出る。夜の闇が今よりずっと深かった江戸時代には妖怪も身近だったに違いない。この作品は、妖怪がわんさか登場する。時代小説でありファンタジーでもありミステリでもあるが、妖怪小説と呼ぶのが最もふさわしいかもしれない。 |
No.129 | 6点 | IQ- ジョー・イデ | 2018/10/12 19:16 |
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悪と対決する、ヒーローとしての探偵。そんな存在を軽妙に、そしてかっこよく描いてみせている。アイゼイア・クィンターベイ、通称「IQ]。ロサンゼルスに住む黒人の若者で、金にならない探偵仕事を続けている。彼は旧知の仲の元ギャング、ドッドソンの紹介で、大きな仕事を引き受ける。依頼の内容は、大物ラッパーの命を狙う者を突き止めること。彼は厄介な相棒のドッドソンとともに、殺し屋を追跡することに・・・。そんな現代の事件と並行して、アイゼイアの過去が語られる。家族を失い、追い詰められた境遇でのドッドソンとの出会い。兄の命を奪ったひき逃げ犯の追跡。過去と現在が響きあい、アイゼイアというキャラクターがしっかりと引き立っている。推進力、そして正義感で引きつける存在だ。身勝手な小悪党にして、切っても切れない相棒であるドッドソンの姿も印象に残る。登場人物の魅力で読ませる、クールな探偵の物語。 |
No.128 | 7点 | 泥濘- 黒川博行 | 2018/10/12 19:16 |
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極道の桑原と建設コンサルタントの二宮が活躍する「疫病神シリーズ」の第7作。第5作「破門」で、直木賞を受賞した傑作シリーズで、”浪速の読み物キング”(伊集院静)こと黒川の語りは滑らかで生き生きとしていて楽しい。今回の標的は高齢者を食い物にする警察官OBの親睦団体の「シノギ」で、大金をかすめ取ろうとするが、二宮は暴力団に拉致され、桑原は凶弾に倒れてしまう。逆転の秘策はあるのか?反発しながら助け合う桑原・二宮のコンビネーションが絶妙。黒川の別シリーズ、元刑事の堀内・伊達もの(「悪果」「繚乱」「果鋭」)には”相棒”と呼べる親密さがあるが、桑原・二宮ではどこまでも辛辣で皮肉なやりとりが繰り返される。ほとんど腐れ縁だが、今回は一段と深みに入り、何回も危機に直面する。それでいてきちんと笑いが絶えないのは会話の一つ一つがシニカルで味があり、人生の変転を見据える包容力があるからでしょう。 |
No.127 | 7点 | ブレス- ティム・ウィントン | 2018/09/22 16:07 |
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舞台は1970年代のオーストラリア。サーフィンにとりつかれた少年パイクレットと親友のルーニーは伝説のサーファー、サンドーと知り合い、次々にビッグウェーブに挑戦していく。何より張り詰めた文体が快い。「そして一瞬波をかぶり、大量の水が勢いよく襲ってきて、僕は後方へ押し戻されるような感覚がした。回りにあるのは渦巻く蒸気だった。ほとばしりが最高潮に達した泡の源泉の中で、僕は身動きがとれなくなって、雑音の信じられない思いの中を漂い、それから、視界を奪う水煙のうねりに落ちていった」この後から3人に奇妙な連帯感と高揚が生まれていく。しかし、若者特有の無鉄砲さや気まぐれがひずみや軋轢をもたらし、さらにサンドーの妻がこれに絡んでくる。傷つき傷つけ、嫉妬と羨望と絶望がせめぎ合う青春を、喪失の時代と捉えた作品。だがここにあるのは絶望ではなく、かけがえのないきらめきなのだと思う。 |
No.126 | 5点 | バベル- 福田和代 | 2018/09/22 16:07 |
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混乱の中で増幅する憎悪と陰謀の物語。感染すると言葉を失うウイルスが発生し、爆発的に感染が広がる。言葉を失い、思考が損なわれ、文化文明が滅んでゆく恐怖から、非感染者たちは、<長城>を建設して、感染者との「住み分け」を検討する。ワクチン開発の努力が重ねられる一方で、差別や無理解が深刻化し、人々を分断する。これはコミュニケーション不全の現代的困難を描いているといえるでしょう。 |
No.125 | 6点 | シンデレラの罠- セバスチアン・ジャプリゾ | 2018/09/03 20:00 |
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「わたしは探偵、犯人、被害者、証人、その四人すべてなのだ」というトリッキーな設定で50年以上前に出版されて評判を呼んだ作品。語り手の「わたし」は病院で目を覚ますと顔にも手にも包帯が巻かれ記憶も失っていた。やがて幼い頃から自分と友人のドムニカを知っているというジャンヌが迎えに来て退院するが、ジャンヌの言葉や態度に次第に違和感が膨らむ。「わたし」は本当は誰なのか?という不安が緻密に計算された巧みな筆致で描かれ、疑心暗鬼の迷宮に引きずり込まれていく。記憶が戻るにつれドムニカ、ジャンヌ、さらにはお金持ちのミドラ伯母さんの屈折した愛憎関係が浮かび上がり、謎はいよいよ深まり翻弄される。やがて、ひねりのきいたラストへ。だが、ふと本当にそれが真相なのか、もしや作者の罠ではないのかと初めから読み返したくなった怖い作品。 |
No.124 | 5点 | 駅のふしぎな伝言板- ほしおさなえ | 2018/09/03 20:00 |
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舞台は物に宿った魂「ものだま」の声が聞こえる坂木町。主人公は最近引っ越してきた小学5年の七子。ものだまが荒ぶると、周りで変なことが起こる。クラスメートの鳥羽は「ものだま探偵」としてものだまに関わる事件を解決している。シリーズ第2弾は坂木駅で自分がどこに行くのかを忘れたり、待ち合わせ忘れたりする人が続出している「物忘れ事件」。七子も鳥羽の助手として調査に乗り出す。事件解決の過程で本格ミステリの手法を導入する一方、背景では「誰かに思いを伝えることの大切さ」が感じられ、心動かされる。毎日の生活の中でつい忘れがちな物への愛着や感謝を思い起こさせてくれる作品。(注)この作品は児童書になります。 |
No.123 | 7点 | 遠乃物語- 藤崎慎吾 | 2018/08/20 19:26 |
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現実と似た「もうひとつの異世界」に迷い込んだ者をめぐる伝奇小説。本作は、柳田国男「遠野物語」の成立に大きな影響を与えた伊能嘉矩と佐々木喜善を主人公にすえ、それこそ「遠野物語」で語られていたような怪異現象や奇妙な出来事を展開させていく。やがて神隠しの謎や土地のもつ記憶が生み出した妖怪の正体を解き明かしつつ、昔話の本質に迫る。戦慄すべき真実がそこにある。「物語」の源へ旅をし、また元の場所へ帰ってくる小説。 |
No.122 | 6点 | わたしを探して- J・S・モンロー | 2018/08/20 19:26 |
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なるべく予備知識なしで読みたい小説。5年前に自殺したはずの恋人の姿を街で見かける場面から始まるこの小説は、まず喪失と恋愛の物語として展開し、やがて謎めいた謀略の物語に姿を変えていく。たくらみに満ちた小説で、少なくとも2回は読みたい。結末まで読めば、おのずともう一度最初から読み返したくなる。 |
No.121 | 8点 | わたしを離さないで- カズオ・イシグロ | 2018/08/06 18:51 |
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人生は「失う」ことの連続。老いは容赦なく大切なものを奪っていく。最初、異常な環境で生きる人間の物語と思った。でもやがて、これは人間の人生そのものの「縮図」なんだ!とわかった。人生は短く残酷だ、だからこそ大切なものはそう多くない、限られている、「あなたの一番大切なものは何ですか?」と本書は問いかける。読み終わった時、思わず本書を抱き、動けなかった。抱きしめたのは物語ではない、物語に照らされ気付かされた私の人生で一番大切なもの。温かい切ない感動がいつまでもいつまでも続いた。喪失感にあえぐとき勇気をくれる本。「人生は短く残酷だ。だからこそ、いま、まっすぐ、愛するものに進んで行け!」と。 |
No.120 | 5点 | カンヴァスの向こう側- フィン・セッテホルム | 2018/08/06 18:51 |
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リディアはスウェーデンに住む12歳の女の子。ある日、美術館でふと展示作品に触れてしまったことから、その絵の世界に迷い込んでしまう。行った先はオランダ。出会ったおじいさんは偉大な画家レンブラントだった。この冒険を手始めにリディアは魔法の旅を繰り返し、ベラスケス、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ドガ、ターナー、ダリと6人の大画家のもとに現れ、生活を共にする。読者はリディアが行く先々の世界の風俗や習慣を垣間見るばかりか、制作意図や裏事情、私生活に接することができる。巨匠の代表作名で各章タイトルに話は展開。リディアがどうやって帰ってくるのか興味は尽きない。イタリアのチェント賞、オランダの青年文学賞を受賞している。 |
No.119 | 7点 | 3つの鍵の扉- ソニア・フェルナンデス=ビダル | 2018/07/23 15:15 |
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物理学者たちが半世紀かけて探し続けてきたヒッグス粒子が見つかり、存在を予言した2博士がノーベル賞を受賞した事は記憶に新しい。では、素粒子とは何か。関連書も多数出版される中、本書の魅力の一つは楽しく読める冒険ファンタジーであること。(子供向けに書かれているのでわかりやすい)量子の世界に迷い込んだ少年が未知の出会いと冒険を通して成長するが、そこでの不思議は魔法や超能力ではなく、私たちの日常を構成し、私たちのテクノロジーを支えている要素。量子暗号や量子テレポーテーションなど夢のように語られる技術、最先端科学は実現している。主人公だけではなく読者もまた驚きに満ちた世界にいる。一読後は日常を見る目が変わると思う。 |
No.118 | 5点 | おさがしの本は- 門井慶喜 | 2018/07/23 15:15 |
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市立図書館の調査相談課に勤務する和久山隆彦が語り手の探書ミステリ連作集。不確かな情報や曖昧な記憶を手掛かりに、目当ての本を見事に探し当てるという探偵小説としての面白さに不足は無い。意外な盲点を突いているのに加えて、連作集としての展開が起伏に富んでいる。図書館の現状を愚痴まじりでぼやいていたかと思えば、図書館そのものの意義を真摯に訴える主人公の姿から目を離せなくなる。とくに活字や書物なしでは生きていけない読者ならば、きっと満足するでしょう。 |
No.117 | 7点 | そしてミランダを殺す- ピーター・スワンソン | 2018/07/13 15:12 |
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先の読めない展開で読ませるサスペンス。妻ミランダの浮気を知って彼女に殺意を抱くテッドと、彼に助力を申し出る謎の美女リリー。2人が計画を進める様子と並行して、リリーの秘められた過去が語られる。殺人を犯す人物の造形と、巧妙な叙述で読者を引っ張っていく。物語のところどころに仕掛けが施され、最後の1ページまで読者を翻弄する。緻密に組み立てられた、殺しと欺瞞の物語。惑わされる快楽を満喫できる。 |
No.116 | 6点 | 深海のアトム- 服部真澄 | 2018/07/13 15:12 |
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深海、洞窟、坑道といった知られざる世界が豊かなイメージとともに鮮烈に描かれている。そこで繰り広げられる冒険活劇は読んでいて興奮せずにはおれないほど、サスペンスにあふれている。さらには海洋資源、原発、放射性廃棄物の処理といった分野の最新のトピックスを絡めたスリリングな物語が、これでもかというほどに展開していく。作者ならではの綿密な取材力とスケールの大きな構成力に支えられている。そこには、ある種の閉塞した現代日本における希望が提示されている |
No.115 | 7点 | 酸っぱいブドウ/はりねずみ- ザカリーヤー・ターミル | 2018/07/02 14:30 |
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内戦によって亡くなった人は40万人超、1100万人以上が国内外で避難生活を送っている状況下にあるシリア。そこで暮らす人々の日常の一端をうかがい知ることができる短編集。59もの話を収めた「酸っぱいブドウ」の主な舞台は架空の街で、住民たちの無情だったり不条理だったり悲惨だったりするエピソードが、時にユーモラスですらある乾いた筆致で綴られていく。登場人物の多くは善人ではなく、幸運をもたらすのは往々にして悪事。でも、それはシリアという国の現実を風刺的に描くための作者の仕掛け。これは、”反語”と読むべき掌編集。併録の中編「はりねずみ」で描かれているのは、男の子の目を通した中流家庭の日々。妖精や木の声が聞こえる耳を持つ少年の語り口がマジカルな好編。 |
No.114 | 7点 | 誰でもない- ファン・ジョンウン | 2018/07/02 14:30 |
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韓国だけにとどまらない、日本人にとっても覚えのある社会的な欺瞞や理不尽、個人的な喪失感や悲しみを、説明や感情を極力抑えた、タイトな文体で描いた8編が収められている。他の”誰でもない”人々の、彼らにとっておざなりにできない思いが、読んでいるわたしの固有性と交差することで、読者それぞれに異なる読後感をもたらす。粗筋紹介では真意や真価が伝えられない。読んでみなければわからない。そんな特別な語り口を持った驚くべき作品集。 |