皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
していません。ご注意を!
小原庄助さん |
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平均点: 6.64点 | 書評数: 267件 |
No.6 | 7点 | コーネル・ウールリッチの生涯- 伝記・評伝 | 2023/04/29 16:21 |
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ウールリッチの作品は謎解きとしては欠点が多い。その欠点を補って余りあるのが、ぞくぞくするほどのロマンティックで誘惑的な文体であり、運命の前では全ての人間が等しく挫折するという、彼の小説を包み込むペシミズム哲学の暗闇のような深さである。
こんなに甘くて苦い小説ばかり書いた人間はどんな生涯を送ったのか。だが、この本を通読しても、ウールリッチの生涯について知りうることはそう多くない。二十冊ほどの長編小説と二百以上の短編を残したが、人生の大半を母親と二人きりでニューヨークの安ホテルに籠って過ごし、享年六十四の葬儀には五人しか参列者が無かった。 それでも著者は存命の関係者に話を聞き、あらゆる資料を博捜する。その結末、ウールリッチの最初の結婚の失敗と、彼のスーツケースに入っていた水兵服の関係など、なまじミステリよりはるかに面白い秘密が暴露されたりもする。 だが、本書の大部分を占めるのは、彼の全作品の紹介と分析である。ウールリッチの小説を隅から隅まで何度も読み直した者にしか書けない巧みなプロット紹介で、興奮を味わうことができた。 |
No.5 | 9点 | エラリー・クイーン 推理の芸術- 伝記・評伝 | 2023/04/29 16:20 |
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エラリー・クイーンは、ユダヤ系移民の子としてブルックリンで生まれた従兄弟、マンフレッド・リーとフレデリック・ダネイの合作ペンネーム。
本書は二人の作者と被造物である「クイーン」の足跡をたどった評伝で、ダネイの存命中に発表された「エラリイ・クイーンの世界」を大幅に増補した決定版。この増補版では作者のプライベートな側面が重視され、金銭事情やメディア社会学的な視点も加わって、より複雑で視野の広い本に生まれ変わった。長年の議論の的だった代表者問題や、60年代に量産されたペーパーバック・オリジナルの内幕が公にされたことは、ミステリ読者にとって大きな意味を持つはずだ。 ダネイとリーは「合作方法の秘密」というクイーン最大の謎を最後まで明かさなかった。ネヴィンズは関係者の証言や書簡等からこの秘密に迫り、ある程度の役割分担まで突き止めているが、核心部分は藪の中だ。愛憎半ばするダネイとリーの危うい分業関係は、彼らの精神的息子というべき評論家アントニー・バウチャーが二人の間で引き裂かれていく姿からもうかがえる。これほど性格も文学観も異なるライバル同士が、壮絶な議論と衝突の果てにあれだけの傑作群を生み出せたのは、奇跡としか言いようがない。 |
No.4 | 8点 | いやいやながらルパンを生み出した作家 モーリス・ルブラン伝- 伝記・評伝 | 2020/03/24 10:08 |
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一人の作家が創り上げたキャラクターが、その作家をはるかにしのぐほど有名になる、というのはどういうことなのか。とりわけ、そのキャラクターが「いやいやながら」生み出されたものだとしたならば・・・。
本書は、邦訳も出ている「アルセーヌ・ルパン辞典」や「ルパンの世界」でルパン研究家の第一人者として知られている著者によるもので、本国フランスではこの二冊より本書の方が先に出版されている。 今でも世界中に熱烈なファンを誇るルパンだが、作者であるモーリス・ルブランに関する本格的な伝記は本書が初めて。緻密で詳細な資料に基づいて、その誕生から死まで、作家ルブランの生涯が再現されている。 ルブランと言えばルパン、というように彼の代名詞のように語られているルパンシリーズだが、実はルブランの作家としてのスタートは純文学だった。しかし御多分に漏れず、純文学の筆一本で暮らしていくのは難しかった。幸いなことに、ルブランは富裕な家の生まれではあったが。 転機となったのは、当時は新米編集者だったピエール・ラフィットから大衆小説の執筆を依頼された事。この依頼こそが、後のルパンシリーズに繋がっていくのだが、純文学を志し、モーパッサンの弟子を自任していたルブランにとって、大衆小説の執筆は本意ではなかった。この時、ルブランは40歳を過ぎていた。 ルパンシリーズの成功はルブランに富をもたらしたが、それとともに作家としてのプライドは屈折していく。創作と生活の板挟みになったルブランの苦悩は、本書の帯にも引用されている。「ルパンが私の影ではなく、私の方がルパンの影なのだ」という言葉に象徴される。 一人の作家の成功と、その陰に隠されてしまった知られざる苦悩。ルパンの生みの親だけではない、ルブランの全てがここにある。 |
No.3 | 8点 | 星新一 一〇〇一話をつくった人- 伝記・評伝 | 2020/01/07 08:52 |
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ショートショートと呼ばれる極めて短い小説の手法を作り、千一編の物語を書き続けた作家、星新一。本書は、その七十一年の生涯を描いた評伝である。とにかく読んで面白い。日記や書簡を含む膨大な遺品を整理し、本や新聞、同人誌などの資料と数々の証言を得て、よくぞここまでまとめたものだと思う。
前半部は、星製薬の創業者である父、一の先進的な仕事や人となりとともに、作家の生い立ちを描く。一九五一年、父の死により、二十四歳で会社を引き継ぐも、ふたを開けてみれば借金だらけ。会社経営には向かないと自他ともに認めながら、会社整理に奔走する。沈みかけた船は、さながら地獄の様相である。 そのころ、探偵小説雑誌の軒先を借りる形で始まった日本のSF小説。一つのジャンルの草創期のエネルギーと、それがどれほどいばらの道だったかを、丁寧に生き生きと描いていく。 五七年、実質的な処女作となった「セキストラ」は、一読した江戸川乱歩が傑作と評価して「宝石」に掲載。六〇年には六作品が直木賞候補に。そして累計三千万部という、第一線のSF作家への道を歩み始める。 徹底的に分かりやすく、時代を超えた読者へのプレゼントとして生涯、作品を磨き続ける一方で、新人賞の審査員を務めて多くの後進を見出し、育てた。星作品を敬愛する作家は多い。 願わくば、全体を俯瞰する年譜が欲しかった。また新一が書いた父の伝記「人民は弱し官吏は強し」で触れられている、が一八年に刊行したイラスト付きSF小説「三十年後」が、どんな作品だったのかも知りたかった。「息子がタイム・マシンで大正の御代に舞いもどり、代筆したんじゃなかろうか」(石橋喬司)というぐらい、発想も文体も、似ていたらしい。 |
No.2 | 8点 | 小松左京自伝- 伝記・評伝 | 2019/12/17 10:03 |
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人文、社会、自然科学のさまざまな分野に通暁し、半世紀近くにわたって膨大な知見をSFとして披歴してきた知の巨人。本書はこの小松左京の軌跡とその作品世界を余すことなく伝える。
「人生を語る」「自作を語る」、という各部の題で内容は明らかだ。第Ⅰ部は日本経済新聞の連載を、第Ⅱ部は同人誌でのインタビューを基に構成されている。万人向けに書かれた第Ⅰ部に比べ、熱心な読者を前提とした第Ⅱ部は、小松作品についてのかなりの知識が必要だろう。それを補うために、巻末に主要作品の粗筋と年譜が掲載されている。良く出来た資料であり、小松作品にさほどなじみのない読者も手に取りやすくなる。 そうした一般の読者たちにとって第Ⅰ部の少年期、青年期の記述は圧巻に違いない。戦中戦後の困窮や陰惨な体験を小松は正確に、だが深刻に陥らずに回顧する。それでも時として噴出する沈痛な記憶と死者への鎮魂が、作品に漂う無常観や人類愛の起源を明らかにしている。一方恐るべき記憶力と広範な興味関心は、戦争や政治を超え時代の風俗を見事に描き出す。この細部へのこだわりもあらゆるものを包み込んだ小松世界を解く鍵なのだろう。 第Ⅱ部の作者自身による自作解説と創作の裏話は、SFファンには必読の資料である。小松はここで、SFとはあくまで「文学」であり、SFにしかできないことを追求したからこそ逆に文学を豊かにしてきたと断言する。SFに日本社会に認知させた小松だから吐ける自負の言葉だ。 そうした点からも、小説家で京大同窓の高橋和巳との親交は興味深い。「泣き上戸」と「うかれ」。対照的な二人が並ぶ一葉の写真が本書に収められている。高橋の文学は、芸術と人生の矛盾に煩悶しながら内向し純化していった。それに対して小松はSFを「一種の逃げ道」として、あらゆるものを貪欲に取り込み、自由でハイブリッドな作品を書き続ける。だが、どちらも「実存」を求める精神の生み出した文学なのだ。 |
No.1 | 9点 | コナン・ドイル書簡集- 伝記・評伝 | 2019/08/21 12:21 |
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主にシャーロック・ホームズの作者として知られるアーサー・コナン・ドイルが残した千通に及ぶ手紙(大英図書館所収)から約600通を選んだ書簡集。ドイルの書簡がこのようにまとまった形で公開されるのは初めてだ。
私信を少年期から晩年まで年代順に並べるだけでなく、その背景の解説や作者の諸作品と関連づけて紹介されているので、非常に分かりやすい。エピソードは豊かだが筋自体はごくシンプルな長編小説のような読み心地で、枕になりそうな厚さにも苦にならない。 手紙の大半は母メアリにあてたもので、母親への思慕と崇拝の念がほとばしっている。確執が推測された父チャールズへも愛情を抱いていたことがしのばれるし、妹たちや弟への思いが伝わってきて、ドイルの人間像が鮮やかに浮かび上がる。 ドイルの生涯は冒険的だ。若い頃には船医として捕鯨船に乗り、はやらない開業医時代にホームズの物語を書いて起死回生を果たし、流行作家となるもホームズ人気に不満を募らせつつ作風を広げる。愛国者として言論活動や政治活動にも熱心で、ボーア戦争に従軍したり郷里で選挙に出馬して落選したりしたかと思うと、義憤から冤罪事件の真相を追求し、心霊主義に走って晩節でつまずき・・・と忙しい。 本書を読むと、そんな冒険の日々の奥にあったものをドイルが打ち明けてくれる。いや、私信だから、彼は打ち明けるつもりなどなかったのだが。本書は書簡集の魅力に富むと同時に、偉大な作家からファンへの「最後の最後の挨拶」とも言えそうだ。 |