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小原庄助さん
平均点: 6.64点 書評数: 260件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.140 7点 偽弾の墓 警視庁53教場- 吉川英梨 2018/09/27 09:45
警察学校を舞台にした「警視庁53教場」に続くシリーズ第2弾である。
教官の五味京介が受け持つクラス「53教場」にはそれぞれの事情を抱えた個性豊かな学生が集まってくる。「53教場40名、全員卒業」を目標に掲げるが、ある殺人事件の容疑者として学生が浮上し、五味は学生を守るべく真相に迫る。
警察学校を舞台にした作品というと長岡弘樹の「教場」を思い出す人も多いだろう。長岡はアイデアに富む巧緻なプロットに重きを置くが、吉川はそれ以上に人間ドラマに焦点をあてる。ネタがぎっしりつまっているし、ドラマも多彩。
五味は妻に死なれ、その連れ子結衣と暮らしているが、結衣の父親が五味の同期の高杉哲也あり、その事実を高杉も結衣も知らない。いくら何でも作りすぎだろうと思うが、事件の進展と並行させていて、ラストは号泣ものの劇的場面を迎える。
伏線の回収も見事で謎解きもいいし、性格造形も優れていてドラマ構築も秀逸。実にエモーショナルな出色の警察小説のシリーズである。

No.139 7点 どぜう屋助七- 河治和香 2018/09/27 09:45
幕末の駒形どぜうを舞台に、江戸っ子の心意気を描いている。作中においしそうな料理が満載で、それも読みどころになっている。
剣は桃井道場で目録を授かった腕前、趣味は粋な新内流しだが、店は妹のヒナにまかせっきりの元七(三代目助七)を狂言回しにして、物語は進んでいく。
元七の周囲では、火薬の爆発で家をなくした農家の娘の伊代が、駒形どぜうで慣れない仕事を始めたり、自殺した女性従業員の幽霊が店に現れたりと次々と事件が起こるので、市井もののあらゆる要素が楽しめるだろう。黒船来航、安政大地震、コレラの大流行などが相次ぐ激動の時代を、元七たちが持ち前の明るさで乗り切る展開も痛快だ。特に、大地震で店を失いながら被災者のために立ち上がる元七の活躍は、東日本大震災の支援の輪を思わせるものあがあり、日本人の人情がいつの時代も変わらないことがよく分かり胸が熱くなる。
開いたドジョウを卵でとじる柳川鍋が流行すると、元七も興味を持つが、店の伝統を理由に先代が反対する。この矛盾を克服し元七が新メニューを考案する場面は、伝統と革新はどんな関係にあるべきかを問いかけているので考えさせられる。

No.138 7点 十三の物語- スティーヴン・ミルハウザー 2018/09/17 09:13
アニメ「トムとジェリー」を、思索的な写実小説に仕立て直した「猫と鼠」。この、追う者追われる者の愛憎こもごもの関係を緻密なタッチで描いた1編から幕を開ける短編集。
ミルハウザーの愛読者ならご存知のとおり、儚い存在への愛着、異端の天才の狂おしい情熱、過剰な想像力が生み出す奇想が、この作家の十八番。本書はその粋が堪能できる一冊になっている。
密室状態の自宅から忽然と姿を消した女性の一件から、”黙殺”という暴力へと思いを至らせる「イレーン・コールマンの失踪」。闇の中から出てこない少女と、彼女によって昏い夢をかき立てられる少年の物語「屋根裏部屋」。不可視のミニチュアを完成させる細密細工師の話「ハラド四世の治世に」。<天の床を貫いた>塔の来歴と、今度は地下へと向かうことになる人類の飽くなき欲望を描いた「塔」。女性のファッションの究極の変遷をつづった「流行の変化」。動く絵を発明した不遇の天才の生涯「映画の先駆者」。
など、「オープニング漫画」「消滅芸」「ありえない建築」「異端の歴史」と、四つのパートに分けて収録されている13編は、「マーティン・ドレスラーの夢」「ある夢想者の肖像」といった長編群と共通するテーマを備え、それらの長さにひけを取らない読みごたえを備えている。ミルハウザー入門書としても熱烈推薦できる短編集だ。

No.137 5点 にゃん!鈴江藩江戸屋敷見聞帳- あさのあつこ 2018/09/17 09:13
不思議なものを見る力を持った、呉服屋の娘のお糸は、鈴江藩3万石の江戸屋敷に奉公した。しかし正室の珠子は、人間に化けた猫である。このことに気づいたお糸だが、珠子とその娘を愛らしく思い、楽しく働くようになった。だが藩には、お家騒動が起ころうとしている。その裏には、鈴江の地を狙う、妖狐の姿が見え隠れする。かくしてお糸は、珠子たちのために奮闘するのだった。
猫の化身や妖狐が出てくるが、怖いところはどこにもない。元気いっぱいな女性陣が、藩の危機に立ち向かう様が、愉快痛快なのだ。そしてお糸は、珠子たちに囲まれ、とらわれていた時代のかせから解放される。
また、海外から戻ってきた珠子の父親と話しているうちに、お糸が覚えた英語をきれいに発音する場面など、大いに笑った。時代小説としては、かなり羽目を外しているが、突っ込むのはやぼだろう。ただただ、楽しめばいいのである。

No.136 7点 いま見てはいけない- ダフネ・デュ・モーリア 2018/09/07 09:06
「レベッカ」「鳥」などのサスペンス映画の原作でも有名な作者で本書は長めの短編集。
幼い娘を亡くした夫婦がベネチアで、霊感の強い女性とその双子の妹に出会い、奇妙な出来事に遭遇する「いま見てはいけない」。クレタ島の海辺に絵を描きにやってきた男が、2週間前に溺死した男をめぐる事故の真相を推理していく「真夜中になる前に」。どちらも不穏な雰囲気の中で、主人公が悪夢のような体験をし、じわじわと身にしみるような恐怖が特徴。恐れと驚きの色を浮かべ、娘を凝視して死んでいった父親のやり残したことを、やり遂げようとする娘の体験をつづった「ボーダーライン」。エルサレムを訪れた英国人観光客のドタバタを描いた「十字架の道」。これら2編は作者らしい皮肉とユーモアを交えた視点で描かれている。その他、1編。
映画とは違う、デュ・モーリアの魅力がたっぷり詰まっている。

No.135 7点 星を創る者たち- 谷甲州 2018/09/07 09:06
人類が太陽系諸惑星に進出した未来を舞台にした連作短編集で、第1作から25年を経ての完結となった。
人類の異惑星進出後には、当然ながら環境条件の異なる星での施設建設や保守点検といったメンテナンス業務が、日常的に発生することになる。またそれが事業であり業務である以上、そこにはコスト面の課題や書類の手続き、施主のわがままや、現場と設計者の意見対立などの諸問題も発生する。場合によっては官僚や研究者の関与も。
月の地下交通トンネルの落盤事故、火星の与圧ドームでの火災、あるいは水星の射出軌条や木星の工事で発生する”事件”。
それらに挑む宇宙土木技術者たちの、壮大にしてほほ笑ましく、荒唐無稽でありながら、とてもリアルで煩雑な挑戦の日々。特に「太陽」に取り組む最終話は、これまで登場した技術者たちが一堂に会して、太陽系の創造に関わるような難題に挑んで圧巻だ。

No.134 7点 インターンズ・ハンドブック- シェイン・クーン 2018/08/28 09:47
ミステリというジャンルを好む方なら、ストレートな直球勝負だけでなく、変化球のような癖の強い物語にも心引かれるのではないだろうか。そんな小説だ。
ジョン・ラーゴは派遣会社のインターン。その正体は、暗殺を請け負う同社の命令のもと、標的のオフィスに潜入する暗殺者だ。だが、25歳のラーゴはインターンを装うにはもう年だ。いよいよ最後の任務として、大手の法律事務所に潜入する。だが、この任務はこれまでとは様子が違っていた・・・。
本書は、ラーゴが後輩の暗殺者たちに向けてつづった文書という体裁を取っている。その語りのスタイルが大きな魅力だ。シニカルなものの見方に支えられた、ブラックユーモアに満ちた文体が印象に残る。ラーゴが映画マニアという味付けも効いていて、随所に出てくる映画ネタが、語りの魅力を膨らませている。
そんな文章で語られるストーリーも強烈だ。裏切りと驚きに満ちた展開の末、予測不能な結末に着地する。個性は強いがカルト的な怪作に振り切っているわけではなく、多くの人が楽しめる物語に仕上がっている。

No.133 7点 プラネタリウムの外側- 早瀬耕 2018/08/28 09:47
人は努力次第で人生を変えることができる。しかしそれでも実際に生きられるのは、たった一つの人生だけだ。
収められた五つの短編は、いずれも「有機素子コンピュータ」を用いた「別の可能性」を描いた作品だ。論理性と叙情性が見事に融合した、独特の世界が展開する。
表題作は、親しい人の死がもたらす喪失感を緩和するために開発された会話プログラムを巡る物語だ。親友を失った研究者南雲は、このプログラムを使ってインターネット上に彼の人格を再現し、話し相手にしていた。「彼」は自分の死を知らされないまま生き続け、南雲にとっても、自分が作った仮想現実であることを忘れるほど、日常的な存在になっている。
ある時、女子学生の依頼で亡くなった恋人を再現してやるが、何度試しても、恋人はほどなく「消失」してしまう。彼女が癒しを得るどころか、恋人の喪失という苦情を繰り返し体験していると知った南雲は、使用をやめさせようとするが・・・。
プログラム内に再現された人格はシュミレーションにすぎず、どんなに心を通わせても、死者がよみがえるわけではない。それでも読了後、喪失感とともに淡い温かさに包まれる。

No.132 7点 雪割草- 横溝正史 2018/08/18 10:27
「我々はいま、有史以来の異常な時局に直面している。この激しい痛烈な時代の真唯中にあって、最も要求されることは女性の強さという事である」
新潟毎日新聞(現新潟日報)に掲載された連載予告に横溝はこう書き記している。「有史以来の異常な時局」とは1941年6月、日米開戦直前のことだ。この時局のせいで探偵小説などの依頼は途切れ、窮地の中で横溝はこの一般小説を書き続けた。長年幻となっていた本作が77年ぶりに世に出たのは、編者である山口直孝氏らの粘り強い探索と研究の結果である。
物語は長野県上諏訪の緒方家の娘として生まれた有為子が婚儀の前夜に突然、破断を告げられるところから始まる。父順三は一方的な婚約破棄に逆上し、脳出血で帰らぬ人に。自分がその実の娘ではないと教わった有為子は、真実の父を知る人物に会いに上京する。
連載が進む過程で、現実世界の日本は米国と開戦し、本格的な戦時へと移行した。その影響が連載時の展開にも影響する。有為子の身に起こる事件はもとより、登場人物の描き方にも修正や変更が加わったことは想像に難くない。
しかし、変わらぬもの、変えられぬものもあった。横溝は予告に「最も要求されることは女性の強さ」と書いた、と最初に引用した。それは当時「男勝り」という形で表現されるような強さだけではない。
有為子は幼なじみの木實、素直で明るい令嬢の美奈子、銀座に店を構える女性経営者の葛野京子らと、生まれや立場を超えて友情を育み、それを生きる強さに変えていく。戦争の進行とともに、軍部や官憲の目に映ずることのない女性たちの互いを励まし団結する強さが、横溝にはまぶしく見えていたのかもしれない。
戦後横溝の本格推理物には戦地から引き揚げ者がしばしば登場する。思えば、それは女性たちとは逆に、この小説に描かれた時代にのみ込まれていった男たちの行く末ではなかったか。

No.131 6点 連続殺人鬼カエル男ふたたび- 中山七里 2018/08/18 10:26
凄惨な殺人手口、子供が書いたような稚拙な犯行声明文、五十音順になされる犯行など異常な「カエル男連続猟奇殺人事件」から10カ月後、事件を担当した精神科医の自宅が爆破され、前作に引き続き埼玉県警の渡瀬と古手川の2人が事件に挑む。
海外ミステリをとことん消化して書いているのが頼もしい。不快で異様な設定、残虐なゲーム性、過激なユーモア、読者の推理をあざ笑うかのような複数のどんでん返し、そして何よりも挑発的なテーマ把握。心神喪失者を罰しない、もしくは心神耗弱者の刑の減軽を規定した刑法39条の是非をめぐるテーマもしかと追及されていて社会派ミステリとしての性格ももつ。
前作はいささかグロテスクな面があったが、今回は一段とエスカレートしていくものの語りは洗練されていて、辛辣さと酷薄さが逆に心地よい。この不埒な味わいも海外ミステリの近年の傾向と通じている。

No.130 6点 傍流の記者- 本城雅人 2018/08/10 07:47
新聞記者たちの気高い活躍を描いている。新聞社の花形警部といわれた社会部だが、いまや政治部によって傍流に追いやられている。優秀な記者ばかりがそろった黄金世代の5人の社会部記者と、そこから外れた人事部の男の物語だ。
6話収録されているが、ミステリとして面白いのは女子大生殺害事件を追求する第1話「敗者の行進」、特命大臣の政治資金を徹底的に洗う第2話「逆転の仮説」、首相の口利き疑惑を探る第5話「人事の風」だろう。5年の支局経験をへて本社に戻ってくる記者たちの配属を決める第4話「選抜の基準」なども意外な展開ぶりで心憎い。
権力ににじりよる政治部に対抗する社会部の奮闘、手柄と出世競争、部下の教育、家族との軋轢などさまざまな事件を通して人間ドラマを深めている。短編連作でありながら長編としての骨格も堂々としており、プロローグとエピローグをはじめ、複数の脇役が丁寧に織られて本筋を支えているからたまらない。巧妙な人間ドラマの旗手、横山秀夫に通じる魅力がある。

No.129 7点 楽園炎上- ロバート・チャールズ・ウィルスン 2018/08/10 07:47
異質な生命体による静かな侵略を描いたこの作品は、奴隷の幸福か、自由に基づく混迷か・・・。そんな問いが通奏低音のように流れている。
地球を包む「電波層」を利用する通信技術が発達した社会は、平穏に見えるものの、偽装人間がひそかに侵入していた。それに気付いた少数の人々と彼らの戦いが始まる。だが偽装人間は「個」ではなく、集合知性型生物の一部であることが明らかになる。しかも彼らは人間社会を侵略する一方で、人類の好戦性やうたぐり深い性格を緩和し、破滅的な戦争が起こらないように管理もしていたのだ。
それに対して、偽装人間と戦う人々を突き動かしているのは、自説が社会に受け入れられないことへの不満や、異常な存在への嫌悪や恐怖といったものでしかない。集合知性型生物を排除するのは「正しい」選択なのか。そもそも人間は「正しい」存在といえるのか。こうした視点が、古典的な主題に新たな息吹を吹き込んでいる。
侵略というテーマに全体主義や監視社会の恐怖も重なるこの物語は、「みんながひとつ」である生命体の不気味さと共に、人間の狭量さや攻撃性の深さをも浮き彫りにもする。恐ろしいのは「外」からの侵略か、それとも疑心暗鬼に陥りやすい人類か。極上の冒険サスペンスであり、知的興奮も満たしてくれる一冊。

No.128 9点 奥のほそ道- リチャード・フラナガン 2018/08/02 09:06
この物語は第二次世界大戦中、日本軍がタイと現在のミャンマーを結ぶ泰麺鉄道の建設に際し、多くの捕虜を労働に従事させた史実が基となっている。その過酷な状況を生き延びた著者の父親の体験談を題材にしているだけに、描写はあまりに強烈だ。
しかし、これはあくまでも小説であり、戦争の悲惨さだけを描いたものではない。それは人間の愛と正義の不確かさを追求した物語だ。オーストラリア人軍医の主人公ドリゴは、戦地に赴く前の短い期間に叔父の若き妻エイミーと関係を持つが、このことが彼の生涯を大きく左右する。
こうして、残酷な捕虜体験と一人の男の愛の物語が交錯するなか、なぜタイトルが松尾芭蕉の「奥のほそ道」なのか。
それは、密林の中に建設された鉄路のイメージとつながる一方、捕虜たちを統括する日本軍の指揮官が残忍さと裏腹に俳句を詠む事とも重なる。その不可解極まる二重性は読者を混乱させるが、またこの小説を読み解く鍵ともなる。
そこから見えてくるのは、捕らえる側にも捕らわれる側と同様の苦悩があること。つまり日本軍の側も別の意味で捕虜の身なのだ。
「人は人として、雲は雲として、竹は竹として」自由に生きることを望む。しかしその努力もむなしく、すべては「水泡に帰し」、「帝国の夢と死者の跡には、丈高い草が茂るばかりだった」という描写は、芭蕉が奥州平泉で詠んだ句「夏草や兵どもが夢の跡」を思わせる。ヒーローとして復員したドリゴだが、エイミーの影を引きずるその人生は不誠実なものであった。そんな彼の姿とも重なり合う。
本書の冒頭には、ホロコーストを生き延びた詩人パウル・ツェランの「お母さん、彼らは詩を書くのです」が紹介されている。アウシュビッツ以降も、われわれは詩に救済を求めるしかないのか。それは蛮行を正当化しなければならなかった日本兵だけの問題ではない。結局、人はみな何かの捕虜として人生を歩み続けるしかないようだ。

No.127 6点 近松よろず始末処- 築山桂 2018/08/02 09:06
元禄時代の大阪を舞台にした、時代エンターテインメント小説。主人公は、人気浄瑠璃作者・近松門左衛門に命を救われた虎彦という若者。近松の裏稼業「近松の万始末処」に加わり、正体不明の美丈夫の剣士・少将や愛犬の鬼王丸と共に、人助けに奔走するのであった。
本書は全4巻で構成されている。冒頭の「お犬さま」は、生類憐みの令に反して、暴れ犬を斬った大坂東町奉行所同心を助けてくれという依頼を受け、虎彦たちが動きだす。一筋縄ではいかない事件の真相には驚いた。ミステリの面白さが堪能できるのだ。
これは他の章にもいえる。入り組んだストーリーや、史実の巧みな使い方など、読みどころは多い。また後半になると、近松が裏稼業をする思惑を通じて「創作者」の業と「物語」の持つ力も表現されている。ここも本書の重要なポイントなのだ。

No.126 6点 ロルドの恐怖劇場- アンドレ・ド・ロルド 2018/07/24 09:24
20世紀初頭、パリの小さな劇場で夜な夜な、殺人や復讐をめぐる陰惨な芝居が上演されていた。劇場の名はグラン・ギニョル座。そこにたくさんの恐ろしい戯曲を提供した当時の人気作家だったにもかかわらず、これまで日本ではほとんど作品に接することが出来なかったのが、アンドレ・ド・ロルドなのである。
クラシカルなタイプの恐怖小説好きにとっては乗ぜんの的。ロルドの目がとらえているのは、闇の奥に潜む非現実的な何かではなく、人間の心の内奥なのである。
人はなぜ恐れるのか。人は何を恐れるのか。人はどうやって狂気の道を突き進んでいってしまうのか。豪胆を誇る男が蝋人形館で過ごす夜。天才的な外科医にまつわる罪と罰。愛する娘を救ったつもりの父親を襲う絶望。父母を殺された男が果たす復讐。思い込みが育てる狂気。実直で誠実な夫が、妻への遺言で明かす驚愕の真実。死んだ妻の来訪を夜ごと待つ夫。
この短編集の中には、リアルで身近で普遍的な恐怖が詰まっている。

No.125 7点 大友二階崩れ- 赤神諒 2018/07/24 09:23
今年、幾人かの歴史・時代小説の新人がデビューしている。その中で注目したいのが、この作者だ。
本書は、戦国時代の九州は豊後で起きた、戦国大名・大友家のお家騒動を題材にした歴史小説である。大友家の当主の義鑑が、愛妾の子を世継ぎにしようと、嫡男の義鎮(後の宗麟)の廃嫡を画策。これにより大友家は2派に割れ、襲撃された義鑑たちが死に、義鎮が新たな当主となった。一連の騒動は、襲撃場所が大友館の2階だったことから「二階崩れの変」と呼ばれている。
大友家の重臣の吉弘左近鑑理は、大きな犠牲を払いながら、一連の騒動を収めようとするも失敗。次第に苦しい立場に追い込まれながらも、自らの信じる「義」を貫こうとする。一方、弟の右近鑑広は激変する状況の中で、妻や子への「愛」を守り抜こうとしていた。
短編で、「大友二階崩れ」を扱った作品はあるが、長編は珍しい。そのように面白い題材を使い、作者は吉弘兄弟の「義と愛」の相克を描いた。史実を丹念にたどりながら、背後に大友家の謎の軍師・角隈石宗を置いて、物語の膨らみを出すなど、筆致は新人離れしている。

No.124 6点 下山事件 暗殺者たちの夏- 柴田哲孝 2018/07/15 10:40
「下山事件 最後の証言」は、昭和史最大の謎と言われる下山事件に、自分の祖父が関係していた衝撃の事実を物語った。この作品は、前著から10年経ち、「小説だからこそ書けることがある」として虚構から事件の真実に迫る。
前著が”私ノンフィクション”として親族らにインタビューを重ね、事件の核心へと入り込む緊張感はただならぬものがあったけれど、逆に家族の物語が強すぎて、事件の全体像がかすんでしまった。
今回の小説化では、家族の部分を減らし、時系列で事件と背景を丹念に追い、全体像を明確にしている。労働運動の激化、GHQ内部の対立、”M”資金の行方、何よりも国鉄職員の大量解雇に苦悩した下山像が、くっきり浮かび上がる。
戦争の傷跡が生々しく残り、殺人や謀略が日常的な義務であった諜報機関同志の摩擦、さらに検察と警察を巻き込んだ他殺・自殺論争の政治的駆け引きなど、まことに迫力がある。下山事件の必読の副読本といえるのではないか。

No.123 6点 怨讐星域- 梶尾真治 2018/07/15 10:40
地球が居住不能となる危機にさらされたとき、人類がどう行動するのかというのは、SFが繰り返し描いてきたテーマだ。この作品は地球を脱出し、移民する人々の壮大なドラマである。
危機をいち早く知った米国大統領は、数世代かけて人類が生存可能な別の星に移住する、極秘プロジェクトを計画。選ばれた少数の人々を乗せた宇宙船「ノアズ・アーク」号が地球をあとにする。一方、置き去りにされた人々は、絶望と戦いながら、宇宙空間を越える物質転送装置を開発し、ノアズ・アークが目指す惑星に先に到着することに成功。その星をエデンと名付け、開拓を続けながら、「裏切り者」の子孫を乗せた宇宙船を待ち受けることになる・・・。
極限状態で選択を強いられた人々のサバイバルSFとしての魅力に加えて、新世界建設のモチベーションにもなった裏切り者への怨念に、人々がいかに向き合っていくのかが読みどころだ。
世代を超えて伝えられた信念の何が残り、どう変質していくのか、著者のSF観・人間観の集大成ともいえる。

No.122 7点 絞首台の黙示録- 神林長平 2018/07/07 10:18
死刑執行を間近に控えた死刑囚の思考というショッキングな視点から始まる。彼は最後の意地を見せるかのように、教誨師を相手に、神は虚構だと説きながら死んでいく。ところが・・・。
ある作家が、連絡の取れなくなった父の安否を確認するために久しぶりに帰省してみると、仏壇には自分の遺影が飾られている。しかもそこに、自分そっくりの男が現れ、「自分こそは本物のお前だ」と言い張る。
男は死んだはずの双子の兄なのか。それとも養父を殺した死刑囚の蘇りか。自分が乗っ取られそうな恐怖の中、元死刑囚かもしれない男と一対一で向き合う恐怖。死と自己認識をめぐる観念的な応酬が続くうち、次第に秘密の生体実験の存在が浮上する。
「もう一人の自分」はクローン人間なのか。それとも死刑囚のクローン、あるいは他人の意識を移植された存在なのか。時空も微妙に歪んでいる世界で、教誨師を交えて深まる議論は科学的次元と宗教的・神秘主義的空間が複雑に絡み合い、迷宮の様相を呈する。
自身の体験と主観からしか世界を把握できない不確かな人間は、真実にたどり着けるのか。手に汗握る先には切ない結末が待っている。

No.121 7点 ダ・フォース- ドン・ウィンズロウ 2018/07/07 10:18
とにかく熱くて厚い。ニューヨークの市警の剛腕刑事の栄光と失墜を描く物語である。
主人公のデニー・マローンは、マフィアと死闘を繰り広げ、麻薬を押収し、善良な市民を守る「刑事の王」。その目的を貫くためには、押収した麻薬を利用し、賄賂を受け取り、違法捜査も辞さない。そんな彼の不正が暴かれ、収監に至るのが物語の幕開け。そこから時間をさかのぼって、マローンが何をしてきたのかが語られる。
警察の腐敗を描いた作品、悪徳刑事もの、そう区分してしまうことはたやすい。だが、そんな型通りの区分を拒む熱いものがこの作品にはある。自らの正義を貫くために、悪に手を染めるマローン。単純に善意を割り切ることのできない世界で、自らの手を汚しながら罪に対峙するその姿に圧倒される。
決して、万人の共感を得るヒーローの物語ではない。だが、万人の心に突き刺さる物語であることは間違いない。

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小原庄助さん
ひとこと
朝寝 朝酒 朝湯が大好きで~で有名?な架空の人物「小原庄助」です。よろしくお願いいたします。
好きな作家
採点傾向
平均点: 6.64点   採点数: 260件
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