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小原庄助さん
平均点: 6.64点 書評数: 260件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.160 6点 凡人の怪談- 工藤美代子 2019/02/26 11:28
怪談の肝は語り口にある。これは小説だけでなく、実話怪談や怪異を扱ったエッセイでも同じだ。いや、むしろ小説ではない方が、書き手の文体や言葉選びで、その怪異の怖さや不思議さ、切なさやほのかなユーモアの味わい・・・つまりその怪談の旨味に大きな差がついてくる。実話は創作と違って明快な起承転結がないし、怪異の正体や因果がはっきりわからない=謎解きがないことも多いので、出来事の経緯を描く文章に味がないと、何か中途半端だなあという消化不良感が残ってしまいがちなのだ。
また実際に起こった出来事を書く場合は、それが書き手の体験談であるか、第三者から聞いた話であるかで、その怪異との距離感が変わってくる。この距離の計り方が上手な人の手にかかると、「ホテルの客室に幽霊(らしきもの)が出た」とか、「不動産探しで事故物件に当たったらとても怖い思いをした」等々のありふれた話でも、まったく読み心地の違う新鮮なものになるから面白い。
本書の著者の工藤美代子は、語り口も怪異との距離の計り方も絶妙な怪談エッセイの名人だ。

No.159 6点 一刀流無想剣斬- 月村了衛 2019/02/20 10:02
戦国末期を舞台に、剣豪として名高い神子上典膳が、家臣の謀反で国を追われた美しき澪姫と小性の小弥太を守って、追手の刺客と死闘を繰り広げる展開は、まさに剣豪小説の王道パターン。
異能の剣を使う黒蓑兄弟と戦う追加のチャンバラがあるかと思えば、澪姫たちが逃げ込んだ山の自然が行く手をはばみ、それを乗り越える冒険小説の要素もあるので、血湧き肉躍る興奮が満喫できる。典膳の活躍を通して、困難を克服する勇気、悪と戦う強い心を持つ重要性というテーマをさりげなく描いたところも、強い印象を残す。
一刀流の祖、一刀斎は典膳と善鬼を弟子にしたが、残酷な善鬼でなく典膳を後継者にしたとされる。この伝説を踏まえたどんでん返しを読むと、著者の時代小説への愛もよくわかるだろう。

No.158 6点 新・二都物語- 芦辺拓 2019/02/13 10:18
近代史を背景に、2人の男の人生が活写されている。
東京で貧乏書生をしている柾木謙吉は、関東大震災をきっかけに、別人に成りすました。イギリスへの留学を経て、内務省に採用された彼は、映画の検閲係となる。
一方、大阪の銀行家の息子の水町祥太郎は、震災後の東京に行き、救護活動に従事した。だが故郷に戻ると、取り付け騒ぎで銀行が業務停止。やがて彼は、映画産業に身を投じるのだった。
震災後に顔を合わせた謙吉と祥太郎は、その後も人生を交錯させながら、東京と大阪で、それぞれの道を歩む。後半になると、新京と上海に舞台が広がる。冒険・ロマンス・サスペンス・・・。二つの都市を背景に、2人の男が繰り広げる、骨太のドラマが堪能できるのだ。
また、映画が重要な題材になっている点も見逃せない。庶民の娯楽として発展した映画が、国策の道具になっていく様子が描かれている。波乱万丈のストーリーと、真摯なテーマが融合した作品なのだ。

No.157 8点 日本ミステリー小説史- 評論・エッセイ 2019/02/06 11:59
ミステリーとSFはいずれも米国の文豪エドガー・アラン・ポーが創始したジャンルだが、正統的文学史からは長らく排除されてきた。近年ようやく、こうした周辺ジャンルを含めた新たな文学史の構築が始まりつつあるが、本書もそうした試みの一つだ。
尾崎紅葉の「金色夜叉」が米国小説の翻案であったことを突き止めるなど、著者は比較文学の視点から日本文学に新たな光を当てる研究を行ってきた気鋭の研究者。本書では、ミステリーというジャンルが日本の近代文学と密接に絡み合いながら発展してきた歴史を解き明かす。
まずミステリー史を「大岡政談」から語り始める視点が興味深い。同作に代表される、「裁判もの」が、「時間を遡り事件を再構成する」というミステリー小説のプロットに日本の読者をなじませ、後のミステリー大国への地ならしをしたのだ。また「大岡裁き」の有名なエピソードの多くが中国の裁判記事の翻案だったことなど、意外な事実も明らかにされる。
明治に入り、成島柳北や仮名垣魯文、黒岩涙香らによる翻訳や翻案でミステリー文化が開花し、1893年を頂点とする最初の探偵小説ブームが到来する。泉鏡花もデビューにミステリー小説を選んだほどの人気だったそうだ。その後一時衰退するが、岡本綺堂の「半七捕物帖」や谷崎潤一郎の犯罪小説をきっかけにミステリーは息を吹き返し、「新青年」創刊と江戸川乱歩の登場によりジャンルとして自立する。
こうした数々の挿話と共に、「デカ(刑事)」という呼称の起源や、2時間ドラマのクライマックスはなぜ断崖絶壁なのか、などの身近な話題も随所にちりばめての日本ミステリー史は、読者を倦ませない。
さらに本書で言及される鉄道小説(鉄道ミステリーとは別物)や毒婦物、家庭小説などは、近年の英米文学研究でも注目されている重要な話題である。まさに最新の研究成果と一般読者を橋渡しする知的エンターテインメントとして、お薦めの一冊だ。

No.156 8点 凍てつく太陽- 葉真中顕 2019/01/30 09:04
葉真中顕は、次にどんな小説を書くのか楽しみにしている作家だ。心を躍らせ読み始めると、期待を裏切られることなく、一気に引き込まれた。
舞台は1944~45年の銃後の北海道。特高警察の巡査でアイヌの血を引く日崎八尋が朝鮮人になりすまし、室蘭の軍需工場の「飯場」に潜入する。もう、この設定だけで、わくわくしてくる。
小説の楽しみのひとつに、未知の世界を知る、というものがある。恥ずかしながら、アイヌや戦時中の北海道についての知識が希薄だったので、たいへん興味深かった。
殺人事件が新たな殺人事件を呼び、ページをめくる手が止まらない。軍需工場から網走刑務所、アイヌの集落、南方の戦地まで、物語の世界が重層的に広がっていく。膨大な資料を読み込み、綿密な取材を重ねたことが、行間から伝わってくる。この小説では、戦前の日本の皇民化政策の影響が色濃く描き出されている。日崎八尋が皇国臣民としての誇りを持つ一方、民族のアイデンティティーを堅持しようとするアイヌもいる。そのグラデーションは、朝鮮人労働者の内部でも同様だ。
大和人がアイヌを、日本人が朝鮮人を、つまりマジョリティーがマイノリティーを描くのは難しく、勇気がいる。当事者からの厳しい評価にもさらされる。だが、そんな懸念はいらないだろう。俯瞰の視点と想像力を駆使して登場人物に寄り添う姿勢の両方が見事に生きていた。アイヌや朝鮮人の心理は、畳みかけるように連なる骨太なエピソードによって巧みに描かれる。日本人に過剰適応する彼らの姿や朝鮮人の間のヒエラルキーは、被差別民族の悲哀をさらけ出し、戦争の愚かさを炙り出す。
小説にとって大事なのは、書く側の「まなざし」だと思う。著者の社会への問いかけは、物語のなかに、あまたちりばめられている。もちろん、エンターテインメント小説に欠かせない驚きもしっかりとある。細やかな伏線と鮮やかな結末には、思わず唸ってしまった。

No.155 7点 数字を一つ思い浮かべろ- ジョン・ヴァードン 2019/01/23 08:33
不穏な冒頭から、意外な着地を見せる結末まで、提示される不可解な謎を解明する楽しさで一気に読ませる。
元刑事のガーニーは、学生時代の友人メレリーから相談を受ける。彼のもとに届いた奇妙な脅迫状。そこには、千までの数字を一つ思い浮かべるように記されていた。それに従ったのち、メレリーは同封された小さな封筒を開いて驚愕する。そこには、彼が思い浮かべていた数が記されていたのだ。
得体の知れない脅迫はやがて殺人事件に発展し、ガーニーは検事の要請を受け、特別捜査官として犯人を追うことになる。
事件はいくつもの謎で彩られている。犯人はどうやってこれを成し遂げたのか?なぜ意味の無さそうな奇妙な行動をとったのか?一つの謎の解明が新たな謎を生み、その連鎖が物語を織りなしている。
主人公ガーニーの造詣も印象深い。頭脳明晰な元刑事として知られる一方、妻の考えが分からず思い悩む日常。そんなサイドストーリーも、時に思わぬ形で謎解きに絡んでくる。鮮やかな手品を見たような満足を味わえる小説である。

No.154 8点 ランドスケープと夏の定理- 高島雄哉 2019/01/14 10:08
ワクワクしたいし、難しい作品にも挑戦したい。そんな欲張りな本好きにおすすめな一冊。
第5回創元SF短編賞を受賞した表題作と、続編2作からなる短編集で、宇宙や時間を巡る難解な理論が随所で展開されるのに、すこぶる読みやすい。
小惑星から採取した謎の物体「ドメインボール」を研究していた天才物理学者テアは、その内部に、自分たちの宇宙とは物理法則を異にする別の「宇宙」が存在していることに気づく。
好奇心に駆られたテアは、10兆個もの自身の情報クローンを作った上で、それらをドメインボール内に転送し、「彼女たち」を通じて未知の「宇宙」の探査を始める。内向的な秀才である、弟ネルスも、姉に呼び出され手伝うことになる。
抜群の頭脳を持ち、気が強い姉に振り回されてばかりの弟だが、いざとなると知恵と勇気を振り絞って難局に立ち向かう。そんなライトノベルのようなドタバタ劇と、彼らが語り、解き明かそうとする、「あらゆる宇宙に共通する普遍的な知能」の存在という壮大なテーマとのギャップに驚かされ、また魅了される。
情報量が多いので、本来はじっくり取り組むべき内容なのだが、作中人物の行動や会話が面白いので、十分に理解しないうちに、読み進んでしまうかもしれない。
あとがきで著者は、収録された3作はそれぞれ「真・善・美」が通奏低音だったと記している。それは知性・信頼・希望と言い換えてもいいだろう。最終話「楽園の速度」を読み終えれば、宇宙の見え方がガラリと変わるはずだ。

No.153 7点 動きの悪魔- ステファン・グラビンスキ 2018/12/14 07:53
「ポーランドのポー」の異名をとる19世紀末生まれの作家なのだけれど、一読、その才能のユニークさに驚嘆必至だ。
夢遊病のように目的のない鉄道の旅に出てしまう性癖の持ち主が、車内で出会った鉄道員に奇妙な自説を開陳するという、一見、狂気小説かと思わせて、超自然ホラーのようなオチでゾッとさせる表題作。汽車を単なる移動手段としか考えていない乗客を侮蔑している車掌を主人公にして、表題作の姉妹編のような構造を持つ「汚れ男」。神出鬼没の幽霊列車に翻弄される人々の姿を迫真の筆致で描いた「放浪列車(鉄道の伝説)」。
恐怖小説が中心だけれど、幻想やミステリ、SFのタッチを加味した作品もあって飽きがこない、どころかアイデアや想像力の独自性にワクワクしっぱなし。マスターピースといっていい14編なのである。

No.152 6点 蝶のゆくへ- 葉室麟 2018/12/14 07:53
明治の群像ドラマだ。進行役は明治女学校に通う星りょう。後に夫と共に、新宿中村屋を開業した相馬黒光である。
新しい時代の生き方を模索するりょうは、男女の恋愛や夫婦の問題など、さまざまな騒動と関わる。やがて結婚し、毀誉褒貶のある人生を歩んだ彼女は、自分が何を求めていたのか理解するのであった。
本書は全7章で構成されているが、第5章までのりょうは脇役に近い。章ごとに詩人や作家など実在人物が登場して、興味深いストーリーが展開していくのだ。なかでも、勝海舟の子の妻である、梶クララことクララ・ホイットニーが、名探偵ぶりを発揮する。第4章が愉快であった。
さらにストーリーを通じて表明される、作家論が素晴らしい。作中で、斎藤緑雨がいう、樋口一葉評には感嘆した。多数の注目ポイントをもつ、読み応えのある作品だ

No.151 8点 ある夢想者の肖像- スティーヴン・ミルハウザー 2018/12/04 09:56
「夢見がち」という言葉から連想するのは、なんだかボーッとした風情だったるするのだが、この作品の登場人物の夢見る力はもっと輪郭がくっきりとしている、というか気配が濃い。
29歳の<僕>アーサーが、6歳からハイスクール時代までを回想したというスタイルの作品だが、その文体もまた(訳文から判断するしかないのだけれど)圧倒的に濃厚で濃密なのだ。
何かにつけて<退屈>を連発する少年時代から思春期にかけてのアーサーは優れて精妙な観察者であり、彼の目を通して濃厚濃密な文体で描かれる退屈なあれこれは、だからといって読み手にとっては退屈とはならない。その逆で、あまりに生き生きと描かれるために、その光景を引き金に、自分の子供時代までもが呼び戻されるほどなのである。
夢想家で、何かと出会う前にもっと素晴らしい何かをくっきりと思い描けてしまうがゆえに、必然的に生じる失望。夢想よりも世界を退屈と断じる少年がある日、自分とよく似た宿命の友人ウィリアムと出会う。でも、作者はこの二人の少年の交流を、よくある青春小説のように甘い友情としては描かない。
夜中に家を抜け出して、互いの部屋を訪問しあうアーサーとウィリアムが経験する深い闇は、心の奥底で静かに主の訪れを待つ底なしの井戸に他ならず、夢想とはそこに降りていった者だけに許される昏い才能なのだということを示す結末が痛々しい。

No.150 7点 老いの入舞い- 松井今朝子 2018/12/04 09:56
新米同心の間宮仁八郎と、大奥出身の尼僧、志乃のコンビが難事件に挑む捕物帳。
結婚間近の娘が消え、300両を要求する手紙が届く「巳待ちの春」は、何気ない一文が解決のヒントになる伏線が鮮やか。火事で死んだ隠居の娘が、原因は付け火と訴え出る「怪火の始末」と水茶屋の看板娘が殺され、容疑者として大店の息子が浮上する「母親気質」は、犯人が誰かよりも、事件で傷ついた人たちをどのようにフォローするのかを主眼としているので、推理と人情のバランスが絶妙である。
そして最終話となる表題作では、武家の奥向きで働く女の死体が発見された事件と、赤坂で起きた心中が、意外なかたちでリンクしていく。
事件の背後には、付きまといや不倫、母と息子の複雑な関係など、普遍的な男女の問題が置かれている。謎が解かれるにつれ、明確な解答が無いテーマが浮かび上がるので余韻も残る。

No.149 6点 ISOROKU 異聞・真珠湾攻撃- 柴田哲孝 2018/11/22 09:48
日米開戦の幕開けとなった1941年の真珠湾攻撃を描く謀略小説である。できるだけ実名を用い、物語に関連する挿話も実際の出来事に基づき、人物団体も実在のモデルや事例が存在するが、「概念としてフィクションである」と前書きで作者は断っている。
しかしノンフィクション「下山事件 最後の証言」をさらに小説化した「下山事件 暗殺者たちの夏」を見ても虚実の間を鋭く突いて真実を浮かび上がらせるのが得意だ。
真珠湾攻撃の謎、つまり、①攻撃当日にホノルルのラジオ放送から突然日本の曲が流れた②奇襲なのに真珠湾には空母は1隻も無く旧式艦ばかり③太平洋艦隊の生命線というべき燃料タンクを一切攻撃しなかったのはなぜなのか-を追求する。
もしかしたら日米間に密約があったのではないかという疑問を山本五十六やルーズベルト大統領、スパイたちの視点を交えて解き明かしていく。
柴田哲孝には「下山事件」以外にも、大震災の謎を追う「GEQ(グレート・アース・クエイク)大地震」や戦争の裏側に迫る「異聞太平洋戦記」などの秀作がある。本書は「日本の黒い霧」「昭和史発掘」などの松本清張路線を継ぐ異才の新たな注目作だ。

No.148 8点 文字渦- 円城塔 2018/11/22 09:48
文字には呪術的な力がある。ただの線と点の組み合わせが特定の意味を持つこと自体が神秘だ。
この作品は文字にまつわる12編の短編からなるが、圧倒的なイメージの広がりと論理の展開が心地よい一方で、読み進めるうちに思考の迷宮に迷込んでいくような困惑を覚える。
川端康成文学賞を受賞した表題作は、漢字が生まれた古代中国が舞台。自身の統治が死後も永遠に続くことを望んだ始皇帝は、壮大な陵墓の副葬品として「兵馬俑」など秦の人々や動物を写した像を作らせたが、そこには、未知の漢字を含む3万もの文字を記した竹簡も埋められていた。主人公である俑を作る職人は、始皇帝が定めたシンプルな字体に違和感を抱きつつ、神秘性をも感じ取る。俑と文字がそれぞれに映し出す姿とは何か・・・。
というと、いかにも伝統的な文字の枠に収まりそうだが、そう単純に象徴性や寓意に還元されない。捉えどころのない虚無が、この作品にはある。空虚なのではなく、意味ならぬ「虚味」をはらんだ作品というべきか。
それは、印刷された文字が星のように宇宙に浮かび、文字が島となって浮かぶ「緑字」や、本文に付されたルビが自立して語りだす「誤字」などで、いっそう顕著だ。円城作品には、読者を安易に「分かった」気にさせず、考え続けることの快楽を体感させる「虚無」がある。

No.147 6点 悪玉伝- 朝井まかて 2018/11/12 13:55
大阪の豪商辰巳屋の相続争いを寺社奉行時代の大岡越前が裁いたといわれる「辰巳屋一件」。
このような民間の騒動が、なぜ幕閣を揺るがす大疑獄事件へと発展したのか。作者は辰巳屋乗っ取りの犯人とされた人物を主人公にして、権力の欺瞞を鋭く突いた、権力に抗する男の物語である。
風流と学問が好きで、商売には興味が無い木津屋吉兵衛。だが辰巳屋の主人である兄が死ぬと、成り行きで店を引き受けることになる。ところが辰巳屋の裏には、徳川8代将軍吉宗までつながる、思惑がうごめいていた。
それに巻き込まれ、いわれなき罪を押しつけられようとした吉兵衛の見せる反骨心が痛快だ。庶民の意地を貫き通した主人公に、胸が熱くなるのである。

No.146 6点 ヤミの乱破- 細野不二彦 2018/11/12 13:55
漫画でもミステリ要素が強ければOKみたいなので・・・。

私たちが普段「確かなもの」だとして見聞きする情報の中で、本当に100%確かなものは、どのくらい存在するのだろう。情報が捏造、隠蔽されていた場合、どう真実を見極めればいいのか。この作品は「隠された真実」を題材にしている。
戦後の連合国軍総司令部(GHQ)占領下の日本を舞台にしたスパイものである。表向きはカストリ雑誌の編集者だが、吉田茂のスパイという裏の顔を持つ猿田はある日偶然、大陸から引き揚げてきた一人の男と再会を果たす。彼の名は桐三五。スパイ養成機関、陸軍中野学校の後輩だった。
敗戦で茫然自失としていた三五は猿田の家に居候生活を始めるが、ある出来事を機にスパイ活動を再開し、やがて国家間の壮大な”見えざる戦争”や機密文書の争奪戦に巻き込まれていく。
実在した政治家の名が飛び交い闇市、売春宿といった戦後日本の暗部が生々しく描かれるのがこの作品の魅力だ。
坂口安吾の「堕落論」の一節も作中で効果的に使われ、戦後の混乱期を生き抜く力強さと、生きていく上での悲しみの両面が伝わってくる。

※漫画ですのでご注意を

No.145 7点 リンカーンとさまよえる霊魂たち- ジョージ・ソーンダーズ 2018/11/07 14:26
待ち望んだ”初夜”当日に命を落としたハンス・ヴォルマン。ゲイの恋人にふられて自殺したロジャー・ベヴィンズ3世。2人がいるのは、この世に執着を抱く死者たちがとどまっている、あの世との中間地帯だ。そこに、リンカーン大統領の幼い息子ウィリーの遺体が運ばれてきて・・・。そんなシチュエーションから物語の幕を開ける。
深夜、遺体が安置されている納骨所を訪れ、愛息の亡骸を抱きしめるリンカーン。その感動的な出来事を目の当たりにしてざわつく大勢の死者たち。ヴォルマンとベヴィンズもまた衝撃を受け、父子の関係に介入しようと試みる。
ポリフォニック(多声的)に響き渡る、死者たちの声。虚実取り混ぜた文献の抜粋を挿入しながら、人間リンカーンに迫っていく構成。そうした文献や黒人の死者の声を通して提示される、南北戦争という内戦がアメリカにもたらした功罪。
死者の物語なのに笑ってしまう箇所が多く、ラスト間際では、ウィリーを彼岸に旅立たせるために奔走する、霊魂たちの奮闘に胸が熱くなること必定だ。死者一人一人の面影が心に残る、異色にして出色のゴーストストーリーなのである。

No.144 7点 ダスト18- 手塚治虫 2018/10/26 09:47
漫画でもミステリ要素が強ければOKみたいなので・・・。

「この作品がこんな形で本になるとは」と出版されること自体が驚きになってしまう”怪作”というものがある。中でも、この作品は極め付きの1作といえるだろう。なにしろこれまでこのタイトルでは一度も単行本化されていなかったのだ。
連載作品を単行本化する際に、自作にしばしば大きく手を入れることで知られる手塚。当初の構想を果たせないまま不本意に終了となった本作は、設定やストーリーの骨子までも大きく改変、再編成され、さらには新しいエピソードが描き下ろされ、なんと「ダスト8」という別タイトルで単行本化された。
今回出版されたのは、オリジナル原稿と掲載誌「週刊少年サンデー」からのスキャン画像などとを組み合わせ、初出時のままの構成に戻してある。
飛行機事故で本来は死んでしまうはずだったが、「生命の石」の不思議な力で生き延びた18人の男女を、同じ飛行機事故に巻き込まれた少女と少年の体を借りた「キキモラ」なる存在が行方を追う。一方は彼らから石を奪い死なせるため、一方は彼らの命を守るために。
生命の意味を問うという手塚お得意のテーマを、不可思議な設定のもとで描いたストーリーは魅力的で、どうして大幅に手を入れ「ダスト8」としたのか疑問に思えてしまう。「ダスト18」とはメインキャラクターの関係性がガラリと変えられており、どちらが好みか読み比べてみるのも楽しいだろう。

※漫画ですのでご注意を

No.143 7点 黄金時代- ミハル・アイヴァス 2018/10/26 09:47
とある小さな島に滞在したことがある「私」が、友人に促されて島で見聞したことを書き記すことになる。流れ落ちる滝の中に作られ、水の壁によって仕切られた部屋で生活する人々。際限なく変容し続ける名前。匂い時計によって知らされる時間。島に1冊しか存在せず、島民たちの手によって加筆変更されながら回覧される書物。
深い知性と博覧強記と詩心に支えられた、全58章からなるこの小説の魅力は底知れない。マルコ・ポーロ「東方見聞録」に材をとったカルヴィーノの「見えない都市」に並び称されるべき異文明遭遇小説の逸品。

No.142 8点 七人のイヴⅠ- ニール・スティーヴンスン 2018/10/08 09:34
地球滅亡の危機が迫っていると知ったら、人類はどんな行動をとるのか。
この作品では、突然、月が七つに分裂したところから物語が始まる。科学者たちは、衝突を繰り返したかけら同士が、無数の隕石となって2年後に降り注ぎ、地球全体が灼熱地獄になると予測。「ハード・レイン」と名付けられたその現象は、数千年も続くという。
各国の政治・宗教指導者は、ごく少数の人間を選んで宇宙に送り出し、国際宇宙ステーションを拠点に人類の種を保つ「クラウド・アーク」計画を立案。取り残される人々が自暴自棄にならないよう、彼らの精子や卵子を凍結保存し、デジタルデータ化した写真や記録とともに送り出すことと併せて全世界に発表する。
地球滅亡に際して、「宇宙の箱舟」を送り出すという物語は繰り返し描かれてきた。本書の特徴は、宇宙船の建設化学など技術面の緻密な描写はもちろん、「公平」を装いながら進む選抜を巡る各国の駆け引きや、破滅が迫る中でのメディア戦略など政治、経済から文化や宗教を巡る問題まで多角的な視点を盛り込んでいることだろう。
本書は3分冊の1冊目。まだ「ハード・レイン」は始まっておらず、破滅が迫る中でも、社会の秩序は保たれている。そこには、科学者には無意味としか思えない宗教儀礼や、宇宙で生まれるはずの「子孫」への情緒的期待がはたらいていた。
知識や資産を惜しみなく提供する者がいる一方、この期に及んでも既得権や国家意識に固執する人々も多く、計画は一筋縄ではいかない。
現代の政治や社会を考える上で示唆に富む描写も多く、前米大統領のオバマや、マイクロソフト創業者のビル・ゲイツが絶賛したのもうなずける。

No.141 6点 退魔士- 矢野隆 2018/10/08 09:34
人間を苦しめる魔性のものを封じる退魔士が活躍する痛快アクション小説。
退魔士の葛城は、組織をたばねる法蓮から、父とも慕うすご腕の不動が寺宝を盗んで失踪したと聞かされ、探索のため奈良へ向かう。
動き出して襲いかかる奈良の大仏に、葛城がすさまじい身体能力で対抗するなど、奇想天外な活劇が連続するので息つくひまもないはずだ。ハリウッド大作へのオマージュも多いので、映画ファンなら元ネタを探しながら読むのも一興である。
不動は弟子の葛城に、同族を平然と殺す人間に魔性のものから守る価値があるのかと問い、仲間にしようとする。だが不動がつくろうとする理想の社会に、強者の傲慢さを感じた葛城は申し出を拒否する。強者が正義という戦国のルールが、現代の風潮と重なるだけに葛城が弱者のために戦う姿が、より痛快に思えるのではないだろうか。

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小原庄助さん
ひとこと
朝寝 朝酒 朝湯が大好きで~で有名?な架空の人物「小原庄助」です。よろしくお願いいたします。
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平均点: 6.64点   採点数: 260件
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