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人並由真さん
平均点: 6.34点 書評数: 2191件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.11 7点 双頭の蛇 - 西村寿行 2025/01/23 07:56
(ネタバレなし)
昭和51~52年(1976~77年)に、各誌に掲載したノンシリーズの中短編5本を集めた一冊。
 たぶん角川文庫のオリジナル短編集だと思う。

 以下、各編のメモ&寸評。

『狂った夏』……ヒッピーや暴走族たちの若い一団が牛耳る夏の地方の町。だがそこは町おこしをしたいが売り物がなにもない地方が、アウトローの彼らに提供した「裸祭り」の場だった。そんななか、行政とアウトローの癒着に反意を抱いた男は……。いきなりクレイジー度が全開の作品。本書全体の暴れ馬ぶりを予見させる中編。

『まぼろしの川』……親友・遠山の妻・慎子が、先祖代々続く実家の因習行事に向かったまま、行方を断った。二線級作家の影近は、奥行きのありそうな慎子の捜索のため、人員を集めるが。昭和の後半に香山滋の世界を寿行風に描くとこうなるのか……と思わせた引き続きクレイジーな話。終盤のやや唐突な切り返しの文芸が鮮烈。

『双頭の蛇』……安アパートから待望の高級マンションに越した一家。だが同家の夫婦は、同じアパートの住人の害意に惑わされる? 前2作より日常のなかの不穏さを主題にした話だが、不快かつどこか蠱惑的なゾクゾク感は最高クラス。二転三転の結末もよし。

『荒野の女』……アパートで起きた殺人事件。逮捕されて留置場に入れられた40歳代の女の肉体には、ある秘密があった。掛け合わせの倒錯趣味の行く付く先、という官能文学的な主題を扱った作品。ミステリというよりブンガクっぽいが、寿行ファンは題材の選択にもその料理の仕方や叙述のクセにも、あれやこれやとそれらしさを伺う。ここまでの4編が中編といえる長さ。

『呪術師たち』……新宿でひとりの老人が、課長職のサラリーマンに死相の発現を宣告した。わずかな余命におびえる男は、おのれの救命のため、ある思い付きにすがろうとするが……。やや短めな上、少し毛色の変わった話。寿行って、こういうのも書いていたんだ、という印象だが、これはこれで面白かった。

 以上5編、寿行らしいイカレた作品世界が、ひとつひとつ微妙に(最後のはそれなり以上に)ベクトルの異なる感触で、それぞれ楽しめる一冊。寿行は大昔から長編主体に読んできて中短編集はまだ二冊目だが、そういう短めのものも悪くない。
 後期のちょっとユルんでしまった気配のある長編なんかより、たぶんこっちの方が面白いだろう。

No.10 6点 凩の犬- 西村寿行 2024/06/21 15:10
(ネタバレなし)
 国際的な謀略事件を担当していた元・警視庁捜査一課の刑事、舞坂正路(まさみち)は、その事件の渦中で敵の犯罪組織に愛妻を惨殺された。刑事の職を離れて犯罪組織に復讐を果たした舞坂は奥多摩の山中で、銀色と金色の左右の眼を持つ愛猫コガネ(黄金)とともに隠遁していたが、そこで一人の重傷の男と遭遇。彼から不可思議なダイイングメッセージを聞いた。そしてそれこそは、噛み技に長けた殺人犬「殺し犬」や、狂犬病の狂犬、さらには生物爆弾として訓練した鴉などで凶行を行なう国際的テロリスト「大狂人」の上陸を告げるものであった。かつて関わっていた外地の犯罪組織に、日本の公安によってダメージを与えられた大狂人の大々的な復讐が始まる。公安の特殊隊、別称「裏警察」は舞坂に接触し、その強靭な意志と闘志を求めた。だが大狂人は、敵の戦列に加わった舞坂の妹で、31歳の人妻・昌代を誘拐した。舞坂の知人である元北大教授・押野平作は、昌代の奪還と大狂人の打倒を願う彼のために、幼少の頃から訓練された戦闘犬「凩(こがらし)」を用意するが。

 新書判で読了。中期~後期の寿行作品らしく、ストーリー(というかドラマ)はあるようなないような中身で、どうも送り手が編集側の期待するものをいつもの手癖で書いたような感触もなくもない。
 一方で主題というかお話のモチーフは十八番の動物ものなので、さすがにその辺の描写は腐っても鯛、のような歯応えはある。
(後半から登場するタイトルロールの凩もさながら、もう一匹の動物主人公コガネの、マイペースな猫らしい、しかしどこか擬人化された描写がとてもよい。)
 
 後半で大敵、37歳の日系アメリカ人(らしい)大狂人の秘めたる過去が開陳され、読者の情感を刺激するのは、これってフツーの作家がくれる感銘だよなあ、こういうのに頷くのは寿行作品じゃないよなあ……という気もしないでもないが、それでも過去にあった大狂人の事情とその愛犬への忸怩たる念は、ちょっと魂を揺さぶられた。しかし寿行っぽくない。リフレインではあるが。

 後半の山狩りの際に舞坂に協力する、元熟練のハンターだが50代で猟銃を捨てた65歳の松川栄造は、たぶん作者自身の分身的なキャラクターであろう。この人も妙にいい味出している。

 クライマックスにコンデンス感を抱く一方で、ある種のあっけなさも同時に感じるのはいつもの寿行作品。

 まだまだ寿行作品の全域を俯瞰できる自信はない(畏れ多い)が、たぶ中期~後期ではそれなりの良い方ではあろう。

 ところで、ラスト……。これは、もしかして……?

No.9 7点 人類法廷- 西村寿行 2024/02/15 13:27
(ネタバレなし)
 1983年9月15日。長野県の山中を運行中の観光バス三台が、いきなり謎の狙撃者から連続で銃弾を浴び、運転手が死亡した先行車が崖の下に落下。急停車した後続のバスから逃げる乗客や乗務員も射撃された。現場は死者105人、負傷者54人の大惨事となるが、犯人の「東洋スポーツ」元社長・沼田光義は、近隣のホテルに押し入り、若妻を凌辱している最中に逮捕された。だが沼田は長野地裁の公判では、アルコール酩酊で心身鈍弱状態だったとして刑法39条による無罪が宣告された。これを不服とした被害者たちは、老いた両親を殺された政治家・柿丘五郎をリーダーに被害者同盟を結成。沼田の実家の会社・東洋スポーツに損害賠償を起こそうとするが、母と妻子を殺された雑誌編集者・真琴悠平は加害者の家族もまた苦しんでいると反対。真琴の意見に賛同した、両親を殺された女子高校生・岩波直美ほか数十名の声をまとめる形で、妻と孫を殺された老資産家・神崎四郎は法規ではなく人類の名において沼田を裁く有志団体「人類法廷」を結成する。だが事件の真実を、そして沼田の内面をさらに探ろうとする人類法廷の活動の向こうで、何者かが沼田を警察病院から連れ去った。

 徳間文庫版で読了。
 主題から、寿行版『法廷外裁判』(実はまだ未読)か『七人の証人』(こっちはさすがに読んでる)みたいなハナシかと思っていたら、序盤の展開を経て謎の? 第三勢力が登場。その素性はすぐにわかるが、ストーリーはあらぬ方向へと転がっていく。
 司法組織やときにマスコミ、そして犯罪者たちと対抗しながら事件の奥にある真実を追い詰めていく「人類法廷」の面々だが、彼らもまたあくまでメインキャラクターの一角にすぎず、小説の描写は多彩な三人称視点を活用しまくり、自在にあちこちの場面を転々とする。途中から人類法廷側のメインキャラの増員も行なわれ、直接、被害者の仲間ではないが、人類法廷の活動に関わったことから中盤以降、大活躍する左脚が義足の元・新潟の刑事・念沢義介は特に印象に残るキャラ。人類法廷内のメンバーで、荒事を担当する元自衛隊員・雪江文人の敵陣での潜入工作の描写もなかなか強烈。

 寿行らしいおなじみのエロバイオレンスは冒頭の若妻への暴行シーンをはじめ随所にあるが、それでも全体的には多数の寿行作品のなかでは、独特の風格を感じさせる内容。良くも悪くも、最終的な物語の到達点には、軽く唖然とさせられた。
 つづら折りの物語を剛腕でドライブさせる作者の筆力はさすがで、冷静に考えればさすがに強引な箇所も各所にあるのだが、読んでいるうちはさほど気にならない。
 独特なテーマへの接近、読み手の予想を裏切って話を転がしていく寿行らしいパワフルな作劇さなど、相応の手ごたえは感じる一冊で、佳作~秀作。 

No.8 8点 瀬戸内殺人海流- 西村寿行 2023/08/19 16:54
(ネタバレなし)
 1973年頃の東京。「山陸新聞」東京支社の営業課長で35歳の狩野草介は、愛妻・千弘の突然の失踪を認めた。妻の妹で、実家で花嫁修業中の沙絵からも手掛かりを得られない狩野は、独自に調査を続ける。一方、新宿の連れ込みホテルでは、一人の身元不明の男が死亡。当初は事故死に思えた事案だが、本庁捜査一課の定年間際のベテラン刑事・遠野英二はいくつかの不審な点を指摘。他殺の可能性を視野に、事件を追った。そしてやがて二つの事象は、思いも寄らぬ形で結びついてゆく。

 元版は、1973年2月にサンケイ・ノベルズの書き下ろしの一冊として刊行された長編(現状で当該の書誌データは、Amazonには登録なし)。

 これ以前にもすでに、動物ものなどを題材にした短編小説を雑誌に発表していた作者の処女長編であり、大作家・西村寿行のそのあとに続く長大な軌跡は、ここから本格的にスタートすることとなった。

 妻の行方を追う狩野(のちに義妹の沙絵も合流)、変死事件を捜査する遠野の二人の主人公の行動を軸に、さらに建設業界の汚職事件を探る警視庁二課の柳刑事などの視点も交えて物語は進行。
 基盤となるミステリ面での作品の骨格は、清張風の社会派ミステリっぽいが、やがて両主人公の流れが束ねられ、そして少しずつかなり強烈な個性のキーパーソンが物語のなかに浮かび上がってくる。

 実は73年当時のミステリマガジンの新刊月評で、かの瀬戸川猛資が本作に注目かつ激賞(同レビューは2021年に限定刊行された「二人がかりで死体をどうぞ 瀬戸川・松坂ミステリ時評集」に収録。評者は本作『瀬戸内殺人海流』の読了後に、同書籍で当該のレビューを読み返した)。
 瀬戸川はそこで『男の首』や『赤毛のレドメイン家』に匹敵する強烈な犯人像や、さらに主人公たちとその巨敵との対立の構図を暗喩した熊鷹と成犬との戦いなどの主題について語っているが、実際にその辺が作品の個性なのは間違いない。

 評者自身は大昔の少年時代に読んだくだんの瀬戸川レビューを具体的には半ば失念していたため、のちに死ぬほど強烈な諸作を輩出する寿行とはいえ、処女作はまだ作風が固まってないだろうと何となく勝手に予見していたが、とんでもない! 
 社会派ミステリらしい器こそ、のちに忘れ去られる初期寿行の方向性だが、作品の中味(特に中盤以降)は、正に栴檀は双葉より芳し、というか、寿行はこの長編第一弾からすでに150%寿行であった!!
(ちなみに作者らしいヘンタイ趣味も、すでに本作から横溢(汗)。直載な描写はあまりないものの、作中の男女の心を侵食する闇として、かなり濃厚な文芸設定が導入されている。)

 なお瀬戸川はまた、実は本作の真価は、推理小説の皮をかぶったハモンド・イネス流の自然派冒険小説(の国産作品)という指摘もしており、大枠では実に慧眼だと思う。実際、死体の漂着の経緯などを探るなかで語られる海流の壮大な描写など圧巻で、この辺は『屍海峡』『安楽死』などの本作の直後の初期長編でさらに煮詰められていく作者の持ち味である。
(とはいえイネスファンの評者などからすると、ずばりイネス風……と言われると若干の違和感を覚えないでもない。欧州のロケーションを日本の周辺に置換し、アダプトしたから、その分、おのずと味わいが変わってしまった、という意味合いでは、確かに通じる気もするのだが。)
 
 ラストの狩野と沙絵、そして遠野の描写など、寿行のくすぐったい部分が出ていて心地よい。なんというか、やっぱこの人は(中略)だったんだよなあ、と思い知る。

 いま現在、読んでも十分に歯応えのある作品(ミステリ的には、終盤で明らかになる真犯人の設定と、殺しに至る動機の経緯が鮮烈に印象に残る)だが、当時の瀬戸川レビューにつられてこの本書・実作をリアルタイムで読み、なんかすごい作家が同時代に出てきた! とわめいておいても良かったかもしれん。
 まあレンデルのウェクスフォード警部の名文句じゃないが、人生はすべてを手に入れられる訳じゃないってことで(そっと苦笑)。

※余談ながら、角川文庫版の260頁に、ラヴクラフトのダゴンの話題が出て来る。いいなあ、西村寿行とクトゥルフ神話、最高のマッチングだ(笑)。

No.7 5点 鬼の都- 西村寿行 2022/11/04 14:41
(ネタバレなし)
 その年の夏。新宿の市街で、体を6つにバラバラにされ、そして局部を切除された男性の死体が見つかる。凄惨な凶行は繰り返され、謎の犯人者は「鬼」または「情鬼」と呼ばれた。警視庁の刑事・中丘記文(きふみ)、検見(けみ)保行たち捜査陣は犯人を追うが、恐怖と狂気に包まれた関東の周辺では「鬼」の模倣犯らしき犯罪が登場。さらにレイプや殺人、強盗などの事件が続出し、人の心を失った犯罪者は「マン・イーター」と総称される。そんななか、公安の幹部・左岸高則は、とある可能性に着目。そして「鬼」を標的「第20号」と定めた、政府も半公認の闇の自警団「私設刑事裁判所」の「特別処刑人」たちも殺人鬼狩りに乗り出すが。

 光文社文庫版で読了。
 最初の1ページ目から世にも陰惨なバラバラ死体の登場で開幕。フツーならヘキエキするところだが、こっちはもう、あの『わが魂、久遠の闇に』も『峠に棲む鬼』も読んでるのである。猿の軍団、猿の軍団、いや西村寿行の作品、何するものぞ、という感じで読み進む。

 寿行作品としては、あとの方の一作。
 謎の殺人鬼「鬼」(劇中には当人が結構、早く登場するが)の連続凶行のなか、無数の民衆たちの人心が失われていく文明的な荒廃の描写、さらにけっこう早めでのかなり予想外の展開(文庫の解説でネタバレされてるので読まない方がいいよ)など、中盤まではなかなか面白い。
 しかし主人公コンビの捜査が「鬼」捕縛に向けて実を得ないうちに、別の力関係の公安や「私設刑事裁判所」などが劇中に台頭。特に後者は、元・法務大臣やら法曹界の大物連中が幹部を務める「法律で裁けない悪を自ら裁いて殺す」、仕置人もしくはワイルド7みたいな闇組織で、作者はそっちの方を書く方が面白くなったのか、作品全体が段々といびつになってくる。
 でもって「鬼」の正体と扱いは、たぶん後期の寿行作品にありがちなよくも悪くもスピリチュアルな方向にいってしまう感じで、よく言えば読者にあれこれ想像を任せる仕上げ、悪く言えばしごく適当な叙述で済まされてしまった思い。そして、主人公の文芸設定は……なんでしょうな、コレは。

 それなりにネタも用意され、書き込まれているのだけど、もはやこの時期の寿行は手慣れたものを書き飽きたのか、中盤以降が全体に緊張感がなく、情報は多いけれど、ゆるい感じの一作であった。

 もちろん評者なども未読の寿行作品は山のようにあるけれど、これほど当たりはずれが大きいとは……まあ十分に予想内の範囲ではあるな(笑)。『白骨樹林』みたいに、世の中の高評と自分の評価がまるで一致しない作品なんかもあるし。ま、傑作も駄作もひっくるめて、寿行の世界ではある。

No.6 8点 わが魂、久遠の闇に- 西村寿行 2022/08/24 05:43
(ネタバレなし)
 新潟から調布に向かった、定員6人の高級機セスナ402。だがその機体は北アルプス上空で消息を絶ち、やがて三週間後に、乗客乗員の6人はみな、奇跡的に保護された。だがその飛行機に、今は行方不明になっている自分の愛する妻子が同乗していたのではと疑念を覚えたプロダイバーの出雲広秋は、盟友の中谷剛一とともに事件の真実を探るが。

 講談社文庫版で読了。

 ……いや大ネタ(中略)は、当時の北上次郎の新刊評エッセイで、元版の刊行時から知っていた。で、それゆえ当時は、ああ、このセンセイ、ついに<そこまで>人の道を踏み外したテーマの作品を……と激しい嫌悪感を覚えて、その後もチョビチョビと寿行作品を読むことはあっても、コレだけは絶対に手を出さなかったのである。
 ただまあ、それでも長い歳月を経て十年くらい前から、これもいつかは読むんじゃないかな……と思い始め(…)、ついに今夜、気が付いたら手に取っていて、そして数時間後に、読了していたのであった(……)。
 
 とにかくかぎりなく猟奇的で残酷でバイオレンスで、かなりエロで、相当にグロの作品。
 並の寿行作品の三冊分ぐらいのいかがわしさが、この一冊に凝縮されている。講談社文庫の裏表紙の紹介文の一端「勝つも地獄、負けるも地獄の修羅場には、もはや逃げ道はない。」のワンセンテンスはハッタリではない。
 これまでは評者など、このヒトの最高エログロ作品は文句なしに『峠に棲む鬼』だと信じていたが、これはそのプロトタイプ的な部分も感じられる(特に中盤から後半に切り替わる際の、外道悪役側の図に乗った物言いなど)。

 ただまあ主人公側も悪役たちもとことんとことんクレイジーながら、前者の復讐行の軌跡の中には、本当にわずかに時たま、人間の昏さを何十とするなら、ところどころでほんのひとつふたつ、ほの明るくやさしい人間賛歌が覗く。そしていかにも復讐ものらしい切なさが見える。それが鮮烈に心に残ったりする。
 そういう意味では、歴代寿行作品(特に、いわゆるハードロマン路線)の中での、やはりトップクラスのもののひとつだろう、コレは。
(個人的には、オールタイム西村寿行のマイ・ベストワン作品が『滅びの笛』なのは、一生変わることはないと思っているけどな。)

 ちなみにAmazonの本書のレビューのひとつに、終盤があっけないとの声もあるが、まあ寿行作品ならこんなもんでしょ、というのが読み終えた自分の感じる正直なところ。

 むしろ後半の復讐戦のノリの良さにつきあううちに、大設定であるメイン文芸(中略)という主題のインパクトや嫌悪感が、自分のなかでいつのまにかかなり薄れていることに気が付き、あ……と、軽く驚いた。

 講談社文庫版で本文約470ページ。中盤の300ページあたりで、まだ200ページ近く残っていることに戦慄を覚えた瞬間が、最高のテンションだったかもしれない。

 ちなみに講談社文庫版はもちろん元版じゃないが、巻末には他者による解説の類は収録されておらず、本文のクロージングでそのまま奥付に続く。
 きっと当時誰も、この作品の解説を書こうとしたり、書きたいと名乗り出たヒトはいなかったんだろうな?(笑)
 
 あー、とにかく、ついに読んだ、読んだ。読んじゃった。

No.5 6点 鷲の巣- 西村寿行 2022/02/19 08:18
(ネタバレなし)
 日本全国を震撼させた「死神」テロリスト・僧都保行を打倒した、警視庁公安特科隊の警視正コンビ、中郷広秋と伊能紀之。彼らはかの宿敵から「死神」の異名を襲名し、その後は出向を命じられた世界各国で暴れまわったのち、日本政府とケンカ。今は無職の立場で、政府から分捕った成功報酬1億4千万円を元手に豪華クルーザーを買い込み、焼津で有閑の日を送っていた。だが地元でとある事件が起きて、コンビはそれを瞬時に解決。すると今度は大西洋で、6万トンクラスの英国の豪華客船キング・ネルソン号がシージャックにあい、2000人以上の乗客が人質になる。英国政府は巨額の報酬と引き換えに「死神」コンビに事件の解決を依頼するが。

 第一弾『往きてまた還らず』に始まる「死神」(伊能&中郷コンビ)シリーズの第四弾。

 評者は本シリーズはその『往きて』を読んでいただけだったので、ウン十年ぶりにこの主役コンビとの再会となる(正直、大昔にこのコンビと初めて出会った際には、シリーズものになるなんて想像もできなかった)。

 しかしまあ、何度も笑っちゃうくらいにストレスフリーの主人公コンビの無敵ぶりで、伊能&中郷を窮地に追い込んで盛り上げようなどという作劇上の工夫や配慮の類は微塵もない。その潔さは却って清々しいほどだ。
 ぐいぐい押してくるホラ話とエゲツない描写(しかし乾いた文章ゆえに、常にどっかに妙な品格のある)のボリュームで、最後までオモシロク読ませてしまう。

 とはいえこれが『安楽死』や『屍海峡』を書いた、いや『滅びの笛』ですら、それを書いたのと同じ作家の著作とは思えんな(笑)。
(ちなみに同じバディものでも『荒涼山河風ありて』あたりは、もうちょっと抒情と風情があったような……)。
 あ、『峠に棲む鬼』あたりなら、接点はそれなりに感じるかも。
 
 それでも中盤までは割と直球のボリューム勝負という感じだが、第四章になると円熟期の寿行っぽいイカれたユーモア味が全開で、なかなかそっちの意味で楽しくなってくる。
 焼津のヤクザの親分で、自分から死神コンビの舎弟になる人斬り伊造、正に「味わいのある男」であった。
 
 破天荒な活劇バイオレンス小説で、個人的には寿行の本道とは認めたくないけれど、それでも一気に読むのをやめられない程度にはオモシロイ。

No.4 6点 霖雨の時計台- 西村寿行 2021/04/13 16:13
(ネタバレなし)
 3年前に恩人の女性とその夫、義母を殺害した容疑で死刑判決を受けた33歳の元料理店店主、江島正雄。その死刑執行の日が5日後に迫っていた。そんななか、警視庁のベテラン刑事、芹沢孝包(たかさね)は今なお江島の無実を確信して、半ば退職同然の形で事件の真相を洗い直しにかかっていた。だがもはや時間はない。そんななか、地方局、宮城テレビの編成部長で45歳の曲垣修蔵は、このまま定年まで穏便な職務を送るよりはと、運命的に現在の状況を見知った刑事・芹沢の捜査の軌跡を、リアルタイムで報道する。それは芹沢にとっても世間の関心を改めてこの事件に集めて、死刑執行の中止権をもつ法務大臣・中畑に訴えの声を届ける好機でもあった。やがて再捜査の第一歩として、芹沢は3年前に捜査本部から黙殺されたある観点から迫るが。

 角川文庫版で読了。
 寿行がこんな『幻の女』(あるいは『処刑6日前』『誰かが見ている』etc……)パターンの死刑執行タイムリミットサスペンスを書いていたとは、半年ほど前にブックオフで本の現物に出会うまでは知らなかった。

 この手の作品の場合、主人公たちがギリギリのところで真犯人を暴いても、厳密にはそこで事態が解決するわけではない、死刑が実行されるその前に法務大臣に真犯人発覚の事実が適切な経緯で伝わり、中止の認可が降りるまでがゴールだ、というリアリズムがある。
 本作はその辺のポイントにしっかりと食い下がった長編で、再捜査をリアルタイムで報道するテレビ番組が全国の視聴者(世論)と法務大臣、さらには警視庁までも拘束する(こんなにテレビで騒ぎになっているため、法務大臣は「もう執行命令を出して自分の役割は終わったんだから」と遊びにいくことも許されない)。このメカニズムの着想はすばらしい。
 一方で真犯人検挙という成果が上がらなければ、法務大臣や警視庁はムダに時間を要されたわけで、芹沢と連携した宮城テレビも責任を問われる。斯界からの報復は必至。
 宮城テレビの曲垣、そして彼の計画を支援する同局の上層部たちはこんなイチかバチかのリスクのなかで、芹沢の執念に勝負をかけて報道を敢行。この設定は実に面白い。

 ただまあソコはソコ、どっか天然の寿行のことなので、筆の勢いに任せて物語がノッてくると、当初の主人公のひとりだったハズの曲垣はお役御免になり、後半は芹沢、そして法務大臣の中畑や警視庁の面々、そして犯人側の叙述の比重が増えてくる。まあいいんだけどね。
 なんか事件を語るカメラの広角が増えるにつれて、序盤からの重要キャラが忘れられていく感じ。

 エロくて猥雑、そして悲惨な性虐描写などは、いつも寿行作品のティスト。ミステリ味はシンプルなのだが、例によってクセのある叙述で真相に迫っていくので飽きさせない。
 芹沢を取り巻く人間関係の変遷が本作のキモ。クライマックスのざわざわ感はなかなか印象深い。
 こちらの期待する作者持ち前のバーバリズム以上に、小説としての練度が上回っていた感覚もあるが、まずは佳作~秀作(のほんのちょっと手前)。
 7点に近いこの点数というところで。

No.3 7点 原色の蛾- 西村寿行 2021/03/27 05:22
(ネタバレなし)
 昭和49~50年にかけて「問題小説」「小説宝石」の系列(本誌、別冊)に掲載された短編7本を収録した、文庫オリジナルの一冊。

 以下、簡単にメモ&寸評&感想。

「原色の蛾」
轢き逃げをした若い医者夫婦が、強迫者におびえて殺害するが……。若妻が脅迫されてNTRるイヤラしい描写など、もういきなり西村寿行らしさ爆発で、巻頭から楽しめる。蛾という昆虫の生態にからむ犯罪の露見は専門知識を黙って読むだけだが、語り口の鮮やかさは例によって素晴らしい。

「闇に描いた絵」
メインの動物はウサギコウモリ。若い不器用な女を主人公にしたゾクゾク感と、最後の意外性はなかなか鮮烈。

「黒い蛇」
トリッキィな趣向では本書の中でも上位に来る一編だが、欲深い中年主人公の行状が全体的に薄暗くもユーモラスな感触。以上の3作に、一応のシリーズキャラクターといえる警視庁捜査一課の初老刑事・徳田が登場。ほかの長短篇には出ていないのだろうか?

「高価な代償」
玉の輿に乗る娘を山中で二人組にレイプされ、その片方を射殺してしまった地裁判事。彼は社会的立場を考えて、さまざまな保身をはかるが……。ラストのどんでん返しが西村寿行版スレッサーという趣だ。

「毒の果実」
離婚の危機にある失業亭主とその若妻。そんな彼らの住むアパートの夜半に、丑ノ刻参りを思わせる釘の音が響き……。ストーリーの流れは面白かったが、これは作中のリアルとして弁明すればなにか抜け道がありそうな気もする。

「恐怖の影」
ドッペルゲンガーの幻覚におびえて故殺? をしてしまったと主張する容疑者。語り口の妙で読ませるが、良くも悪くもいちばんフツーの(以下略)。

「刑事」
若妻を大晦日~元旦にかけてレイプ、惨殺されて長い歳月をかけて真犯人を追う刑事の執念。本書のトリを務めるに相応しい力作で、後半に見えてくる根幹のアイデアというか文芸が強烈。事件の関係者=サブキャラとのからみの部分がちょっと(ハイテンションな短編~中編としては)ダレるかも。
 しかし最後の1ページのあの台詞は……寿行だよなあ……。

 以上、寿行は短編もイケると改めて確認させてくれる一冊。外出時のお供には最強の短編集でしょう。

No.2 7点 安楽死- 西村寿行 2020/09/05 05:29
(ネタバレなし)
 その年の9月8日。静岡県・石廊崎の海中で、26歳の美人看護婦、佐藤道子がスキューバダイビング中に死亡した。死因は呼吸装置の操作を誤っての事故と判断されたが、その十日後、警視庁に、道子の死は事故ではなく殺人だという匿名の通報があった。そして9月20日、新宿の雑踏のなかで一人の記憶喪失の男が見つかり、身柄を一時的に保護された。やがてこの二つの事件は、一つの流れに繋がってゆく。

 ガチガチの社会派ミステリ(体裁は警察小説)だが、海底の自然描写、病苦の果てに絶命する老犬や海中の生き物などの動物描写に作者らしい筆づかいが感じられる。
 初期作で、のちのちの作風とはかなり趣を違えるとはいえ、ああ、西村寿行の作品だという実感に変わりはない。
 登場人物では、主人公の二人(鳴海と倉持)も良いが、独自の倫理と矜持を最大限まで冷徹に追い求めることにロマンを感じる医師会の大物・九嶋のキャラクターが出色。初期の寿行はこういう、味方にすれば心強いが敵に回したらコワイ、タイプのキャラも書いていたんだねえ。
 殺人トリックへの執着は、いかにも寿行の初期作品らしい組み立てぶりだけれど、被害者に向けて仕掛けた、(中略)まで利用するという発想にはニヤリとした。寿行作品のなかではたぶんトップクラスにマトモなミステリっぽい作品だとは思うけれど、それでも<こういうイカれたファクター>を混ぜ込んでくるあたり、やっぱりこの人だなあ、という思いを強くする。
 扱っている社会派ミステリ的な主題は、とにもかくにもマジメなもので、この一冊でたぶん、当時の時点で作者が抱え込んでいた、この方面へのルサンチマンは、すべて吐き出したんだとは思うよ。
 エンターテインメントとしてはちょっとこなれのよくないところも感じたものの、読み応えは十分にあった。

No.1 7点 屍海峡- 西村寿行 2019/07/26 03:26
(ネタバレなし)
 オイルショックに震撼した1970年代の半ば。都内の旧式アパートで大企業「日南化成」の守衛・安高恭二の毒殺死体が見つかる。残留品の指紋から、安高の故郷の瀬戸内海で遺恨があった真蛸の養殖家・秋宗修に嫌疑がかかるが、彼の精神は平常を欠いていた。一方で秋宗の元学友で公害省の調査官・松前真吾は、その秋宗が上京時に洩らした謎の一言「青い、水」が気に掛かる。かたや警視庁の変人刑事・中岡知樹は事件を追う内にいくつかの奇妙な点に気がついていた。

 西村寿行の第三長編。推理小説作家、ハードロマン作家、動物作家、綺譚作家といくつもの創作者の顔を持つ西村だが、初期はデビュー時にはそういう作風の方が反響も良いからという計算(あるいは編集のアドバイス)もあって、清張から森村誠一ほかの系譜を想起させる、社会派ミステリ路線で謎解き要素の強い作品を書いていた。
 本作はそういう時期の渦中の一冊で、のちにハードロマン路線が主流となった作者の作品群の中ではマイノリティーに属するだろうが、そんな反面、謎解き社会派ミステリというジャンルの枠組みのなかで弾けるような勢いの寿行自身の作家的な素質がたぎり、非常に読み応えのある熱いハイブリッドな作品になっている。実を言うと評者もこの辺の初期作品(第四長編『蒼き海の伝説』あたりまで)はいまだあまり読んでいないのだが。

 本作の冒頭の、いかにも昭和後期っぽい地味めな殺人事件の発生を受けて語られる、海洋を埋め尽くす鯔(ぼら)の群れと行った壮大な自然・動物描写。そのへんは、まんま後続の作者の最高傑作『滅びの笛』の先駆的なエネルギッシュさだし、その舞台となる瀬戸内海の漁場たる大海を汚していく海洋汚染、自然の乱開発の叙述も実に骨太い。本作が水上勉の『海の牙』の後輩格の作品なのは日本ミステリ史の里程標的にも間違いないだろうが、社会派メッセージ的な面では負けじ劣らず、そしてストーリーテリングや謎解きミステリとしての練り込み、さらには物語のクライマックスに見えてくる壮大なビジョン、などそれらすべての点で『海の牙』を軽く凌駕しているのではないか。

 さらに加えて、こんな(社会派&自然派)作品で、あの名作(中略)ドラマ(中略)みたいな、ある意味でぶっとんだ(中略)系の殺人トリックが登場するのか! と度肝を抜かれた(大胆な手掛かりの手際も、いかにもある分野に強い寿行作品らしくて良い)。
 そういえば寿行はこの少し後の『君よ憤怒の河を渡れ』でも、場違いとも思えるような、ある種の専門分野にちょっと肩を借りた特殊トリックを導入している。長編を5~10冊も書く頃にはさすがに、この辺の謎解き志向の持ち味は薄れてしまうが、今にして思えばこの人は一般読者が思う以上に、正統派ミステリっぽい謎の提示やトリック、そして真相が暴かれる際のサプライズのときめきなどに、当人の方から傾注していたのかもしれない?

 たしか北上次郎なんかは、初期の西村寿行作品を作家として熟成する前のあくまで助走期間くらいに見ていたような気がするが(こちらの読み取るニュアンスが違っていたらごめんなさい)、むしろこの初期作品群にこそ長大な寿行作品の系譜のなかでほんの刹那的にしか味わえない、多様な物語・ミステリ要素が掛け合わさった稀少な輝きがあるのかも。これは正に、そんなことを感じさせてくれた一冊でもあった。

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人並由真さん
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以前は別のミステリ書評サイト「ミステリタウン」さんに参加させていただいておりました。(旧ペンネームは古畑弘三です。)改めまして本サイトでは、どうぞよろしくお願いいたします。基本的にはリアルタイムで読んだ...
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