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人並由真さん
平均点: 6.33点 書評数: 2029件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.11 7点 メグレとマジェスティック・ホテルの地階- ジョルジュ・シムノン 2023/12/15 14:58
(ネタバレなし)
 シャンゼリゼ通りにある超高級ホテル「マジェスティック・ホテル」の地階。そこに設置されたロッカー内から、絞殺された女性の死体が見つかる。予審判事ボノーの調査でとある人物に殺人の嫌疑がかかって逮捕されるが、メグレはその決着に違和感を抱き、独自の捜査を続ける。

 1942年のフランス作品。
「EQ」掲載時には不遜にも読まなかったので、今回が初読となる。
 まとまりの良い作品だとは思うが、その一方でtider-tigerさんのおっしゃる微妙な違和感もなんとなくわかるような気もする。
 ただし自分はまだまだいまもって、メグレについては修行中なので、こういうのもシリーズのなかでアリなのかな? という思いも抱いてしまった。

 物語の序盤でちょっとメタ的な小説技法が使われ、あとでそれがちゃんと意味を持って来るが、シムノンがこういう手法を使うのか!? と軽く驚かされた。いや、こちらの素養不足ゆえの感慨かもしれないが。
 
 中盤の177Pで出て来る「一年前にブローニュの森でロシア人が射殺された」メグレの事件簿って、ちゃんと作品になってるのだろうか? 少し気になった。

 実業家クラークとメグレのやりとりはなるほど本作の小説としての味だが、個人的に気に入ったのはドンジュを案じて拘置所の周辺で待つシャルロットとジジのゲストヒロインコンビの図と、259ページの左から数行分の某ヒロインの叙述との対比。こーゆーのこそがシムノンだよねえ~。

 なお巻末のハヤカワ編集部の、今後もシムノンを、メグレをプッシュします宣言はとても結構だが、「メグレシリーズは、ほぼすべてがメグレの一人称で書かれ」てって……。
 メグレの「一人称」作品って『回想録』くらいしか知らないぞ。
 今のハヤカワが基本的にいろいろとダメなのは百も二百も承知だが、「一人称」と「一視点」を取り違えている小中学生以下の国語力の(中略)編集者を使っているのか?

 評点は0.5点くらいオマケ。

No.10 6点 メグレと深夜の十字路- ジョルジュ・シムノン 2023/05/30 16:03
(ネタバレなし)
 少年時代に当時稀覯本のポケミスも古書で購入。しかし結局は今回初めて、長島版で読了。

 評判が良いので期待したが、いささか複雑な印象。
 
 初期編のメグレは、成熟期のメグレとはまた少し違う心構えや歩幅で楽しむものだ、ということはアタマでは十二分の理解していたつもりだが、本作の場合、それでもその初期編らしいミステリとしての練り込みぶりや意外なトリッキィさの部分が、若干、邪魔に思えた。
 特に途中で起こる、さらなる事件の新展開など、違和感すら覚える。
 いや本当はここで改めて、おお、メグレの初期編はこのくらいに幅の広がりがあったのだな、と感銘すべきところなのだろうが。
(いや『怪盗レトン』も『死んだギャレ氏』も大好きだよ。大昔に読んだきりだけど。)

 結局、一番心に残ったのは、キーパーソンふたりの屈折した、しかしどこか(中略)な内面の実相であった。
 ……しかしこれはたぶん誰が読んでも、同じような感慨を覚えるであろうことで、例えるなら24時間TVの手塚アニメ『バンダーブック』を観て、「一番心に残ったのは「過去は変えられないが、未来は今からだって変えられる」という一言でした」というようなアホな感想を語るようなものであろう(大昔、アニメージュの読者欄でそーゆー、誰に聞いてもまず出て来るであろう決まり切った述懐を平然と語る輩の無神経さに、めちゃくちゃ腹が立った覚えがある)。

 閑話休題。
 結局、本作は、メグレシリーズの大系を俯瞰するうえでは相応の意味がある作品ということになろうが、自分にとってはいささか摩擦感のある一冊であった(汗・涙)。
 ただしエピローグはいい。シムノンらしい人間喜劇(といっていいのか)の刹那の一幕で、地味に心に染みる。

No.9 8点 運河の家 人殺し- ジョルジュ・シムノン 2022/08/26 06:07
(ネタバレなし)
『運河の家』も悪くなかった(というかフツーに良かった)が、とにかく『人殺し』が破格に素晴らしい。正に傑作。

 ネタバレになるので詳述は避けるが、実際に浮気妻とその愛人を殺した主人公を、正義や倫理などの筋道ではなく(中略)や(中略)という原動から(中略)する(中略)たち。その残酷かつ小気味よい叙述がただただ圧巻。

 もちろん、これまで評者が長い人生の中で出会ってきた広義の無数のミステリの中に類例の文芸テーマが皆無だった訳ではないが、ここまでメインテーマとして高い完成度を獲得したものはそうないであろう。
 まっこと、tider-tigerさんがおっしゃるように、ハイスミスっぽい主題で作法だと思う。ただ一方で、ハイスミスの筆致がどこか人間の意地悪さ、無常さの方にもっと振り切れるのに際し、シムノンのこの作品はこれだけ(中略)連中が(中略)なことをしくさっても、どこかの一面で、人間の切なさや哀しさを感じさせたりもする(ハイスミスの諸作にそういう要素が皆無とは言わないが、そういったグラデーションの具合において、シムノンの方がより顕著だ)。
 解説で瀬名先生が書いているように、シムノンを弱者の味方、そういう善意の作家と(のみ)捉えるのは絶対に片手落ちなんだけど、それでもどっかこの人には残酷になってもなりきれない、そんな部分があるように思えるんだよ。
(例えばあなた、メグレの<あの最高傑作>を読んで、敗北するあの人物への限りない書き手の残酷さを認めながらも、同時に瓦解する当人への作者からのなんとも優しい憐憫の眼差しみたいなものを感じませんか?)

 評点はトータルの平均で、7点にしようか8点にしようか迷ったけれど、巻末の資料や評論の価値を改めて重視して、やっぱこの点数で。

No.8 6点 メグレの拳銃- ジョルジュ・シムノン 2021/06/23 02:32
(ネタバレなし)
 おや、お久しぶり、パイク刑事。『メグレ式捜査法』読んだのは、絶対に20世紀だったよ(しかし同作は今さらながらに、邦訳タイトルを「わが友メグレ」にしてほしかったな~)。

 全体としてはいつものメグレシリーズの世界ながら、主体の殺人事件の解決にメグレがさほど傾注せず、ゲスト主人公の若者の去就ばかり気にかけるのがなんか味わい深い。

 ……しかしこれは言うのもヤボであろうが、パリ警視庁の警視が自宅から拳銃を盗まれたという事態なのに、管理不備を問いただす叱責がなさすぎるよね。フランスも、アメリカあたりと同程度の法規の枠のなかで拳銃は自由売買だとは思うけれど。

 ネタ的には変化球な要素をいくつも盛り込んでいる感触があるが、妙にまとまりの良さを認めはする一作。
 いろいろと勝手な思い込みができそうな余地があるのは、好ましいかも。

No.7 6点 帽子屋の幻影- ジョルジュ・シムノン 2020/11/07 05:11
(ネタバレなし)
 フランスはシャラント地方の中心都市ラ・ロシェル。そこでその年の11月13日からほぼひと月の間に、6人の女性が相次いでヴィオロンセロの糸(チェロの弦)で絞殺される事件が起きる。正体不明の殺人鬼「絞め殺し屋」の標的にされたのは、そろって60歳前後の老女だった。そして殺人鬼の正体は、病気の妻マチルドと同居する60歳の帽子屋の主人レオン・ラベ。だがそのラベ氏は、自分に疑惑の目を向けるような隣人の仕立屋カシウダスが気になり始めた。

 1949年のフランス作品。1948年12月にシムノンがアメリカのアリゾナで書き上げたノンシリーズのクライム・ノワール長編。
 ちなみに評者は原型の短編『しがない仕立屋と帽子商』は、まだ未読(所収の短編集『メグレとしっぽのない小豚』は持っているが~汗~)。

 当初から謎の殺人鬼=主人公と読者に明かしており、もちろんフーダニットではないし、かといっていわゆる倒叙ミステリ的なパズラーの要素もない。ラベ氏に標的にされた女たちの関係性も早めに明かされるので、ミッシングリンクの謎も成立しない。
 とはいえ人間の内面の闇とある種の情念を探る意味でのミステリとしては、それでは何故、ラベ氏が<そのグループの女性たち>に次々と凶行を働いたのか、という広義のホワイダニットの謎が最後まで残される。
 そしてもちろん、その決着については、ここでは書かないし書けないが、ラストまで読んで言いようのない思いが評者の胸に去来する。そういうことなんだろうね。そういうことなんだろうか。
 
 秘田余四郎の翻訳は個人的にはそんなに負担ではなかったが、本文中の登場人物の名前に一部表記のミスがあるようなことは気になった。それと巻頭の登場人物一覧はおそろしく丁寧だが、その分、中盤と終盤の展開(とサプライズ)を一部ネタバレしてしまっている。これからシメノン選集版で読む人(といっても邦訳は現状、これしかないが)は注意されたし。
 
 全体的に、どこかグレアム・グリーンあたりの諸作に近しい、宗教的な匂いも感じさせる作品。それがシムノンの意図かどうかはわからないが、言葉にしにくい余韻を与えるのは間違いない。
 評点は本一冊のズッシリ感から言えば7点でもよいのだが、あともうひとつ、こちらに響くものが何か欲しかったということで、この点数で。

No.6 6点 メグレとルンペン- ジョルジュ・シムノン 2020/09/18 05:07
(ネタバレなし)
 その年の3月25日。セーヌ河の河岸で年配のルンペンが何者かに襲われて重傷を負った。彼は元医者らしくそのまま「お医者さん」と呼ばれ、近所の一部の住民にそんな身の上ながら敬愛されていた。誰が何の理由で、わざわざルンペンなど襲ったのか? 部下のラポワントを伴ったメグレは捜査に着手するが。

 1962年のフランス作品。久々にメグレものの長編を読んだ。実のところ手元近くに何冊か河出の「メグレシリーズ」はあったが、みんな変化球っぽい内容みたいなので、どうせ久しぶりに読むならシリーズの正統派風のものがいい、と思ったのだった(それで家の中から未読のこれを見つけるのに、ちょっと時間がかかった)。

 でもって本作の内容の方だが、地の文に、フランス国内を騒がす大事件なみに、(たかが……と言ってはいけないが)初老のルンペンの傷害事件に躍起になるメグレを揶揄するような、囃すような文章が出てくる。とはいえ読者のこちらは、メグレがそんな被害者の社会的格差を理由に捜査ぶりに差をつけるような人間だとはハナから思っていないから、こんな煽りめいた叙述も大して心に響かない。
 
 そんな意味では、どこまでいっても全体に地味な一編ではあったが、メグレ夫人の積極的な内助の功、「お医者さん」の仲間のルンペンや彼のもとの家族たちの描写など、シムノンのメグレものの世界を普通に築いて快い。ミステリとしては、後半になって物語の比重がある側からあるサイドにがらりと切り替わる瞬間がミソか。まああまり詳しくはここでは言えない。
 クロージングはちょっとひねった、変化球の終わり方を迎えるが、それなりの余韻があるのは良い。たぶんなんとなく、物語の先に来る、とある展開を読み手に想像させようとしている雰囲気もあり、そこもまたこの作品の味。
 突出した部分はそう多くはないが、メグレものの長編としては普通に楽しめる佳作でしょう。

No.5 6点 日曜日- ジョルジュ・シムノン 2019/11/01 13:44
(ネタバレなし)
 コートダジュール。その年の5月のある日曜日。ホテル「ラ・パチッド荘」のオーナーかつ支配人である30歳前後の青年エミール・ファイヨールは、かねてより考えていた計画を実行に移そうとしていた。それは2年前からホテルの下働きで千恵遅れの娘アダと関係していたエミールが、その事実が露見しながらも冷え切った仮面夫婦の生活を続けている2歳年上の妻でホテル創設者の長女ベルトに対して行おうとする、ある決意であった。

 1959年の作品。妻殺しを計画する夫の物語で、シムノンのノンシリーズ作品としては比較的、主人公が若い方の設定だと思う。
 主人公エミールは元、大都市のホテルのコックで料理の腕は上々。ホテル商売も繁盛しているが、その胸中には少年時代から、マザーコンプレックスめいた屈折が存在。その思いが形を変えて今は、年上の妻ベルトとその実母の未亡人マダム・アルノーが自分の人生を束縛しているという妄執? 現実? にイライラしている。一方で半ば欲求、半ばなりゆきで情人になったアダに対しては真摯な愛情とか、妻ベルトを殺して彼女を正妻に迎えたいなどといったマトモな思いではなく、現状の日常の不満を解消する要素以上のものではない。
 あれこれ我が儘な人間だが、例によってその辺はシムノンらしく、確かに誰の心にもこういう面はあるよね、的な感覚に読者の思いを引き寄せながら、ストーリーを着実に進めていく。

 殺人計画ミステリとしての読みどころはキーワード「日曜日」にからめた、エミールのある周到な? プランの某ポイントだが、この辺はちょっとだけ例の谷崎潤一郎の『途上』的なティストもあるかもしれない? 

 高いテンションのなかで迎える結末はやや舌足らずな感もないではないが、終盤のある登場人物の内心での独白など、ああ、シムノンだな、という感じ。佳作~秀作。

No.4 6点 妻は二度死ぬ- ジョルジュ・シムノン 2019/08/13 19:31
(ネタバレなし)
 卓越した技巧から、斯界で高い評価を得る宝石デザイナーのジョルジュ・セルラン。彼が20年近く連れ添う愛妻アネットは、結婚前からの職業ソーシャルワーカーを現在もなお続けていたが、そのアネットがある雨の日、トラックに轢かれて死亡する。しかし事故の現場はセルラン家からは遠く、そしてソーシャルワーカーとしてのアネットの受け持ち区域でもない市街だった。遺された2人の子供を脇にセルランは幸福だったアネットとの結婚生活を回顧し、そして何故、妻がその事故の日、その現場にいたのか探求を開始した。

 1972年のフランス作品。ノンシリーズ作品ではシムノン最後の長編だそうである。
 それで物語の発端は、グレアム・グリーンの『情事の終り』(すみません。設定だけ知っていて実物は未読じゃ~汗~)ほかを思わせる<遺された夫が生前の妻の秘密を疑う>王道パターンだが、本作の場合は、全8章の物語のかなり後の方まで主人公のセルランはアネットがなぜそんな場所にいたか? を突き止めようとして腰を上げたりせず、昔日の回想や自分のもとを巣立ちしかける息子や娘との関係の方に関心の向きを優先させたりする。この物語の流れも深読みすればアレコレと考えられるかもしれないが、作者当人の思惑は意外に素っ気ないものだったかも。
 終盤の展開は(中略)で(中略)。いずれにしろ、なるべく素で読みたい人は、本書巻末の訳者あとがきも読まない方がよろしい。ちょっと余計なことまで言い過ぎてるので。
 ごく個人的には、212~213ページの<彼女>の物言いがすごく印象的。当該人物からのくだんの人間関係のそういう捉え方が、実にシムノンらしく思えた。
 シンプルなストーリーながら、小説好きの人々が集う読書会などで課題本にして、思いついたことをあれこれと語り合うには適当な一冊かもしれない。
 シムノンの長大な創作者としての人生(評者はまだその著作の半分も読んでませんが)。その幕引きを務めた作品のひとつとしては、これもありでしょう。

No.3 6点 メグレと無愛想な刑事- ジョルジュ・シムノン 2019/04/25 17:41
(ネタバレなし)
 全四編の中編集。表題作「メグレと無愛想(マルグラシウ)な刑事」はシムノンの短編にありがちな妙な感じのリズム感がいまひとつ感じられなかったが、被害者の家庭に覗く生活模様とか、こちらが予期するものはちゃんと提供してくれた感触。
 本書の中で特におもしろかったのは、第二話「児童聖歌隊員の証言」と第三話「世界一ねばった客」の二本。特に前者は老境の有閑を子供相手の悪戯で消費するかのような、社会的立場のある老人の描写がなんとも言えない。ミステリとしての組み立ても、あの英国の某女流作家の世界的に有名な名作短編を思わせる。後者「ねばった客」は話の転がっていく感覚では「児童聖歌隊員」以上に心地よかった。ああ、登場人物たちが<そういう人生>を送ってきたんだね、と思い知らされたのちに、最後にじわじわ滲むなんともいえないペーソス感。これぞメグレシリーズの持ち味のひとつ。
 四本目の「誰も哀れな男を殺しはしない」も悪くなかったけれど、もう少しだけ長い紙幅で読みたかった。

No.2 6点 十三の謎と十三人の被告- ジョルジュ・シムノン 2019/03/04 19:59
(ネタバレなし)
 1929年から30年にかけて執筆されたシムノンの初期作品で連作短編ミステリの三部作「13(十三)シリーズ」、その二作目と三作目をまとめたもの(第1作『13の秘密』は創元推理文庫からほぼ半世紀前に既刊)。
 そういえば『十三の謎』の主役探偵「G7」は、大昔の少年時代にどっかの某・新刊書店で、古書ではない売れ残りのポケミスのアンソロジー『名探偵登場』の第6集を買って「シムノンの作品だけど、メグレじゃないの? 誰だこれ?」とか何とか思ったことがあったような気がする。評者みたいなジジイのミステリファンにとっては、そういう思い出のキャラだ(笑)。

 内容の方は一編一編の紙幅が少ないものの、(本書の巻末で瀬名秀明氏が語っているとおり)シリーズの初弾『秘密』から本書収録の『謎』『被告』と順繰りに読んで行くにつれて、初期のシムノンの作家としての形成が覗けるような体感がある。評者はたまたま数年前に『秘密』を初めてしっかり読んだんだけど、その印象が薄れないうちに本書(『謎』『被告』)を通読できてラッキーだった。普通の? パズルストーリーからシムノンらしい作家性の萌芽まで、三作の流れにグラデーション的な味わいがあってそれぞれ面白い。どれか一作といえば、「ホームズのライヴァル」の時代の連作ミステリ的な結構のなかにチラチラシムノンっぽい香りが滲んでくる『十三の謎』が一番よかったかな。「古城の秘密」の王道ミステリ的などんでん返し、「バイヤール要塞の秘密」のなんとも言えない無常観、「ダンケルクの悲劇」のそういうのあるのか!? という幕切れ。それぞれが味わい深かった。『被告』の方もバラエティ感があって悪くないけれどね。
 
 ちなみに前述した本書の巻末の解説は、いま現在、日本で一番シムノンに愛を傾けているであろう作家・瀬名氏による書誌資料的にも貴重な記事で、読み応えたっぷり。これだけでも本書を手に取る価値はあろう。「メグレ前史」の四長編(シムノンがペンネームを確立する前に別名義で書いたという本当の意味で初期のメグレもの。カーのバンコランの『グラン・ギニョール』みたいなものか? 向こうみたいに後続作にリメイクされたかどうかは知らないが)、ぜひ翻訳してください。
 まあ、今のミステリファン内のシムノン固定客の掴みぶりを考えるなら、黙っていても数年内には邦訳刊行されそうな気もするが。

No.1 6点 アルザスの宿- ジョルジュ・シムノン 2016/07/13 04:12
(ネタバレなし)
 シムノンの非メグレもの。普通小説に近い内容のものを予期していたが、山荘のホテルからの現金盗難事件、国際的詐欺師を追うパリ警視庁の警部、そしてレストラン兼宿泊宿「アルザス亭」の謎の長期宿泊客セルジュ・モローの正体…!? とちゃんとミステリ要素も盛り込まれている。
 ホテルでの盗難事件、逆境の未亡人とその娘とセルジュ氏のからみ…と物語が分断されていく中盤はちょっとだけかったるかったが、終盤には、ある登場人物の人生からもうひとつの顔が覗く、いつものシムノンのロマンと小説を読む快感がある。
 主人公はシリーズ化してほしかった気もするが、そうなるとこの作品のような魅力はもう出なかったろうなぁ。シムノンファン、メグレファンなら一読はお勧めする佳作~秀作。

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人並由真さん
ひとこと
以前は別のミステリ書評サイト「ミステリタウン」さんに参加させていただいておりました。(旧ペンネームは古畑弘三です。)改めまして本サイトでは、どうぞよろしくお願いいたします。基本的にはリアルタイムで読んだ...
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