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人並由真さん
平均点: 6.33点 書評数: 2106件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.1586 7点 遺産相続を放棄します- 木元哉多 2022/09/01 16:34
(ネタバレなし)
 室町時代から続く都内の名家・榊原家。一時期は天文学的な資産を誇った同家だが、バブル崩壊期など時代の推移のなかで、その財産はかなり目減りしていた。先代の当主で90歳の榊原道山が先日死亡。さらに、いまなお莫大な遺産を受け継いだ長男で家督の昌房もまた、不治の病に冒された身であった。66歳の昌房は、三人いる子供のうち29歳の長男で唯一の男性・俊彦に次の家督と5億円の遺産を託そうとするが、純真な心根ながら生粋の御曹司で生活力皆無の俊彦はその相続を拒否。正職にもつかず、大好きなケン玉を題材にしたユーチューバー兼教導者として生きていくと現実味のないことを言いだす。俊彦の純朴さに大学時代から惹かれて恋愛結婚した29歳の妻の景子。景子は実家が貧乏だったゆえに誰よりも金に執着しており、ひそかに義父の昌房が夫に財産を託す流れを見やっていたが、予想もしないこの事態に衝撃を受ける。そして榊原家の騒乱は、次のステージへと移行していった。

 ちちんぷいぷい「閻魔堂沙羅の推理奇譚」シリーズの作者が送る、初めてのノンシリーズものの長編ミステリ。文庫書き下ろし。

 あまり詳しく書かない方がいいと思うので大雑把に触れるが、多額の遺産譲渡と相続放棄という事態から始まる名門一家の騒乱は、やがて榊原家周辺の殺人という事態に進展。前半では倒叙ミステリ風だが、後半というか大枠ではフーダニットの謎解きパズラーの興味、さらに(中略)というハイブリッドな趣向で、作者は読者に勝負をかけてくる。

 すでに人気シリーズをヒットさせた作者だけあって書きなれた達者な文章で、話術も絶妙。基調は地に足のついた叙述でお話も大枠としてはシリアスながら、どこか全体的にひねたユーモア味が漂うのは、1970~80年代の天藤真あたりにかなり近いものを思わせる。
 
 サクサク読める分、文庫版で370ページ前後の紙幅が微妙に長めといった触感を中盤で一瞬感じたが、メインヒロインの景子を主軸にそれなりのサスペンス要素もあるので、時間があれば十分にイッキ読みは可能。評者もちょっとだけ息継ぎしながら、一晩で読んでしまった。
 で、最後まで読み終えて思うのは、改めて(中略)。「閻魔堂沙羅シリーズ」は現状のいちばん最後の一冊を除いて全部楽しんでいる評者だが、無事にノンシリーズものへの挑戦は成功したと評価。終盤の探偵役の説明で、ちゃんと「閻魔堂沙羅」っぽい伏線の回収があるのは、いかにもこの作者らしい。

 気になるのは、とある昭和の人気ミステリ作家の影がすごく匂うことだが、<その人>の作風をダイレクトに継承している現在形の書き手ってパッと思いつかないし、その意味ではこれもアリか? 逆の言い方をするなら、どことなく懐かしい(おおむね良い意味で)ミステリの味わいを2020年代に甦らせてくれた作品だとも思う。

 次作のノンシリーズ編はこの方向で、さらにもうちょっと何か作者らしい一手二手があれば最高。
 それとそろそろ「閻魔堂沙羅の推理奇譚」の新刊の方もお願いします(笑)。 

No.1585 6点 或るアメリカ銃の謎- 柄刀一 2022/08/31 05:48
(ネタバレなし)
 書き下ろし中編を二本収録。
『或るアメリカ銃の謎』……名古屋在住の首席アメリカ領事ゲイリー・オルブライトの自宅で殺人事件が発生。アメリカ人の美人検死官エリザベス・キッドリッジとともに、たまたま現場に居合わせたプロカメラマンでアマチュア名探偵の南美希風は、この事件に介入するが。
『或るシャム双子の謎』……エリザベスとともに、琵琶湖の湖畔にある生体未来学の研究家・久納準次郎の屋敷を訪れていた美希風。だがその周辺は突発的な異常現象の影響で事故が生じ、大火災となった。その中で生じた怪異な殺人事件の真実は?

 柄刀作品は何冊か読んでいるが、自分でも意外なことに南美希風ものに接するのは今回が初めてだった(同じ世界観の外伝的な? 作品『密室の神話』は読んでるが)。当然、柄刀版「国名シリーズ」も本書が初。

 これまでの柄刀作品数冊は、ものによって楽しめたりそうでなかったり、本当にマチマチなのだが、これはなかなか面白かった。
『アメリカ銃』は小技と中技の組み合わせだが、大きなギミックがなかなかのインパクトで、都筑の後期~ホックの一部の系列のモダーン・ディティクティブ・ストーリーの方向を今風に再構築した感じ。特に先に真相が語られる殺人の方で読み手の度肝を抜いたあと、もうひとつの謎の真相を丁寧にかつ解きほぐしていく手際が光る(後者も後者で、実際の事件時のイメージはなかなか印象的)。
『シャム双子』は『アメリカ銃』以上に原典EQ作品へのリスペクト度が高いが、根幹となるアイデアはかなり異彩を放つもので、『アメリカ銃』とはまた違った種類の余韻が残る。ちなみに評者は、結構とんでもない真犯人をイメージした(推理というほどのものでもない)が、ソレはものの見事にハズれた。

 これまで評者が出会った柄刀作品の中では、もっともまとまりがよく完成度の高さを感じる一冊。
 難点は、登場人物それぞれが素性や容姿の情報は用意・設定されているものの、全体的に各人が記号的で、魅力があまりないこと。この辺がもうちょっと良かったら、もっと秀作になっていただろうとは思う。
 あと『アメリカ銃』で、結局(中略)は(中略)だったということに、なるのだな?

 評点は新人作家なら十分に7点だけど、ベテランなのでちょっとキビシめに。でも現在形のパズラー好きなら読んでおいて損はない今年の一冊だとは評価。

No.1584 5点 図書室の死体- マーティ・ウィンゲイト 2022/08/29 22:34
(ネタバレなし)
 イギリスの一地方にある古都バース。ジェーン・オースティン研究家だが失業してしまった「わたし」こと40代の離婚女性ヘイリー・バークは、そこでミステリ作家兼初版本コレクターだった亡き老婦人ジョージアナ・ファワリングが創設した組織「初版本協会」の書籍キュレーター(鑑定士)の職に就く。協会には当然ながら無数のミステリの蔵書があり、周囲の面々もヘイリーにミステリ通であることを期待するが、実は当人はこれまでほとんどミステリなど読んだことはなかった……。協会の存続のために、ヘイリーたちは協会主催でクリスティー作品の二次創作の競作企画を考えるが、参集したアマチュア作家はそれぞれポンコツな面々ばかりだ。そしてそんななかで、殺人事件が発生する。

 2019年の英国作品。「初版本図書館の事件簿」シリーズの第一弾。
 オモシロそうな新刊なので手に取ったが、ミステリ的にはかなりゆるい内容で、いまだコージーというジャンルがよくわからない自分などは、これが(悪い意味で)そーゆーものか? という感じである。
(一応はフーダニットになっているが、謎解きは地味にチマチマ終わる感じであった。動機の真相は……ちょっとだけ、面白いかも?)

 でもって主人公のヒロインが立場上それじゃマズイのに、実はミステリをまったく知らずにそれをなるべく周囲に露見しないようにしてるという一番の? 売りの大設定。
 作者的にはその辺のギャップで読者の笑いと親和感を求めようという意図なのだろうが、実際のところ、これでメシが食えるならサイコーじゃん、と言いたくなるような、ジェイムズ・グレイディの『コンドルの六日間』の主人公にも匹敵する最大級に恵まれた立場にあるにも関わらず、「(アラン・グラントとロデリック・アレンとどちらが名探偵と思いますか? という主旨の質問に対して)わからない。誰それ」とか「ミス・シルヴァーって誰?」とか、殴ってやろうか、このアマ、といった種類のイライラが募るばっか。前半はそーゆー、とんでもない妙なフラストレーションばっかが溜まっていく(笑)。
 でもまあ途中からはさすがに、この主人公、少しずつクリスティー作品をつまみ食いで読み始め この世の中にこんな素晴らしい世界があったなんて、的にハマっていく。うんうん君も今日からは僕らの仲間。飛び出そう、青空の下へ。砂に書かれた青い三角形の第四辺定規。

 ついでに言うと、クリスティー作品の二次創作志望のアマチュア作家連中も「ミス・マープルとゾンビを戦わせたい」だの「ポワロがESP能力で謎解きを」とか構想する、まるでクリスティー作品原典の基本軸を知悉も理解もしないで自分の好きなことだけ書こうとするクズばっかで、いや、その辺も当初はギャグとして受けとろうかと思った。
 けれど、そのうちにすぐ、これって作者自身がクリスティー作品にまともな見識も愛情もないからこの程度のオチャラケでしかモノが言えない、アホななんちゃっての登場人物しか出せないんだよね? と気づくし。

 要はその程度の作品。
 まあボロクソに言った割には、主人公周辺の猥雑な人間関係そのほかで楽しめた面もあるので、評点はこのくらいで。あまり大きくは期待しないでお試しすることを、オススメします。 

No.1583 8点 レヴィンソン&リンク劇場 突然の奈落- リチャード・レビンソン&ウィリアム・リンク 2022/08/27 19:30
(ネタバレなし)
 同じ作者コンビの前書『皮肉な終幕』に続く、本叢書での第二短編集。
 前巻と同数の十本の短編が収録されるが、作品の方向性にそれなりの幅の広がりがあった先行分に比して、今回は一部の例外を除き、ほぼ全部を「ヒッチコック劇場」的な、スレッサー風の路線で統一している。

 結果としてモノトーンな味わいの短編集になってしまうかとの懸念もあるのだが、実際にまとまったものはいわゆる正統派の「オチのある短編」ばかり、そしてその上でのバラエティ感が豊かで、非常に面白い。早川のスレッサーの短編集三冊に匹敵する楽しさである。

以下、簡単にメモ的な意味を込めて紹介&寸評(ネタバレには注意します)。
Suddenly, There Was Mrs. Kemp「ミセス・ケンプが見ていた」
……妻殺しの秘密を同じアパートの女性に見られた主人公。女性は口止め料の金を要求し、対抗措置もとるが? オチは読めるが、小気味よい話術で楽しめる。巻頭から本書の方向性を語る一編。

Operation Staying-Alive「生き残り作戦」
……軍隊内で生じている、ある犯罪? 主人公は挙動不審な人物に疑いを持つ。シチュエーションがちょっと特殊な設定。本書の中ではまあまあ、の方。他の諸作とちょっと異質な雰囲気は良い。

The Hundred-Dollar Bird’s Nest「鳥の巣の百ドル」
……貧乏な老医師は、ふとしたことから、同じアパートの住人が秘匿する大金を発見。そして……。『ミセス・ケンプ』に続く、ヒッチコック劇場(的な)路線の第二弾。オチはちょっと斜め方向だが、悪くはない。

One for the Road「最後のギャンブル」
……オイルマネーの金持ちでギャンプル好きの老人が、若い美しい妻の不貞に気づく。老人は妻の不倫相手の青年に、ある賭博勝負を提案した。小噺的な、しかしある種の文芸性を感じさせるラストで、なんとなくスレッサーというよりはエリン辺りに近い。秀作。

Memory Game「記憶力ゲーム」
……超人的な記憶力の主人公パーキンズ。そんな彼にひとりの男が接近してきた。ヒッチコック劇場(的な)路線。最後のオチが泣ける。そんなのありかよ? ありか? とつぶやきたくなる秀作。

No Name, Address, Identity「氏名不詳、住所不詳、身元不詳」
……交通事故の直後、記憶を失っていることに気づいた主人公。彼は懐中の物品を頼りに、自分の正体を知る? 相手を訪ねる。実際に「ヒッチコック劇場」で映像化されたらしい(日本では未放映)一編。とても本書らしい一作。

Small Accident「ちょっとした事故」
……少年「ぼく」は、その日、学友のひとりととあるトラブルを起こした。それは……。本書の中では珍しい、完全に異色の非ミステリ。作者コンビはこーゆーものも書いていたんだね。

The End of an Era「歴史の一区切り」
……15年間、地道に勤めた会社を退職する主人公。彼にはある考えがあった。ヒッチコック劇場風路線の一編。思わぬ方向からのオチが非常によろしい。

Top-Flight Aquarium「最高の水族館」
……ホテルの夜勤警備員となった中年ジミーは、金魚が好きな、ホテル長期住居者の老婆と出会うが……。ああ、そういう方向で来るかという感じのオチ。一種の攻めの作品ではある。

The Man in the Lobby「ロビーにいた男」
刑事ウルフスンが出会った男ミラー。その顔は、つい最近見かけたものによく似ていた。これも話術の面白さを堪能できる一編。ヒッチ劇場風であり、同時にこれもまたエリンっぽい。締めくくりに余韻のある作品が配置された本書の構成にニヤリ。

 全体として、前巻よりもずっと楽しかった。作風の幅の広い個人(コンビだが)短編集のありようとしては前巻の方がずっと正統的な作りだとは思うが、この(ほぼ)人工的に整えられたワンテーマ短編集的な味わいはまた格別。
 もしかしたらヒトによっては全体的にオチが古めとか、難癖をつけるかもしれないが、いいのである。コッチはそういうヒッチ劇場的なリッチな味わいのものを求めているので。ニッチな趣味かね?
 評点はああ、本当に楽しかったという意味でこの高評価。

 前巻と本書で、ベースとなった原書の短編集の中身を使い切り、さらに日本語版独自の短編をいくつか足したらしい。とはいえ作者コンビのノンシリーズ短編そのものはまだまだ残っているので、ぜひとも第三・第四短編集の刊行も渇望。
 さらについでにスレッサーの新規短編集や、似たようなヒッチ系のC・B・ギルフォードの短編集なんかも出ればいいなあ。

 今年のクラシックミステリ(幅広い年代の意味での)発掘は、いい流れである。 

No.1582 7点 結婚って何さ- 笹沢左保 2022/08/27 18:06
(ネタバレなし)
「万里石油」東京支社の臨時雇いOLである20歳の美人・遠井真弓は、職場の妻子持ちの係長から求愛されるが拒否し、それがもとで辞職した。同い年の同僚・赤毛の疋田三枝子も真弓に付合う形で退職。失業した二人は夜の町で酒を飲むうちに、森川と名乗る眼帯の男と知り合い、三人で同じ宿に泊ることになる。だが酔いつぶれた真弓たちが密室の中で認めたのは、絞殺された男の死体だった。

 先日、ブックオフの100円棚で見つけた講談社文庫版で読了。大昔に別版(文華新書版?)を持っていたような気がするが、書庫で見つからず、この数年、何らかの適当な版との出会いを待っていた。
 もともと本作のタイトルを知ったのは、70年代後半の初期の「幻影城」で、どっかの大学のミステリサークルが本書を(その時代までの)国産オールタイムミステリのベスト10、そのひとつに入れていたときだと思う。初めて題名を知った時は、なに、このマーガレットコミックスにありそうなタイトル、と思ったものだった。
『招かれざる客』『霧に溶ける』『人喰い』と同年の1960年作品のようだが、他の3作のどこか格調を残す題名に比べ、このタイトルは明らかに異質だったが、このあとの笹沢作品のタイトリングはこの手の口語的、会話でのセリフっぽいものも多くなるので、その辺が商業作家の意図的な戦略だとしたら、今日び21世紀のやたらと長いタイトリングで受け手に印象づけようとするラノベ文化などに一脈通じることもあるかもしれない。

 閑話休題。評者の場合、もしかしたら本作はすでに一度、その持っているかどうかも曖昧な蔵書で一度読んでいるかも? という記憶が曖昧なところもあったが、このたび通読してみると完全に初読。一回でも読んでいたら、どっかは記憶に残るだろうという印象的なシーンや叙述が続出する。なんで勘違いしていたんだ、オレ?

 サスペンス枠の方向性の中にパズラーの要素を組み込み、事件全体の輪郭もなかなか判然としないあたりの構成は、よく練り込まれている。
 一方で雪さんのレビューにある、終盤でのアマチュア探偵(主人公たち)の仮説的な推理が検証もされず、ほぼ正鵠を射てしまうのはナンだというのは確かに弱点だが、まあその辺は東西のミステリ全般での普遍的な隙ともいえるので、ぎりぎり。

 全体としてはかなり短めの紙幅(文庫で220ページ弱)ながら中身は濃い。評者の予想外に飛び出した密室殺人の解法もふくめて、小技と中技の組み合わせで期待通りに面白かった。
 
 ちなみに肝心のタイトリングの作中での用法は、終盤で回収されるが、作者は当初からこういう形で言わせるつもりだったんだろうなと思える一方、実際のそのハマり具合にもニヤリ。作中でこのセリフを聞いた、脇にいる人物のリアクションが微笑ましい。

 あと実にどーでもいいが、講談社文庫版の145ページで「目前に怪獣が迫ったように、顔をそむけた。」という叙述があり、1960年じゃまだ第一次怪獣ブームのはるか前だよな、国産怪獣じゃゴジラ、アンギラス、雪男、ラドンにメガヌロン、モゲラにバラン程度だよな、とも思う。もしかしたらこの種のレトリックを使用した作品(非・広義のSF系で)のかなり早期のひとつか? いつかその辺も可能なら探求してみたい(果てしなく長い道のりになりそうだが)。

No.1581 8点 運河の家 人殺し- ジョルジュ・シムノン 2022/08/26 06:07
(ネタバレなし)
『運河の家』も悪くなかった(というかフツーに良かった)が、とにかく『人殺し』が破格に素晴らしい。正に傑作。

 ネタバレになるので詳述は避けるが、実際に浮気妻とその愛人を殺した主人公を、正義や倫理などの筋道ではなく(中略)や(中略)という原動から(中略)する(中略)たち。その残酷かつ小気味よい叙述がただただ圧巻。

 もちろん、これまで評者が長い人生の中で出会ってきた広義の無数のミステリの中に類例の文芸テーマが皆無だった訳ではないが、ここまでメインテーマとして高い完成度を獲得したものはそうないであろう。
 まっこと、tider-tigerさんがおっしゃるように、ハイスミスっぽい主題で作法だと思う。ただ一方で、ハイスミスの筆致がどこか人間の意地悪さ、無常さの方にもっと振り切れるのに際し、シムノンのこの作品はこれだけ(中略)連中が(中略)なことをしくさっても、どこかの一面で、人間の切なさや哀しさを感じさせたりもする(ハイスミスの諸作にそういう要素が皆無とは言わないが、そういったグラデーションの具合において、シムノンの方がより顕著だ)。
 解説で瀬名先生が書いているように、シムノンを弱者の味方、そういう善意の作家と(のみ)捉えるのは絶対に片手落ちなんだけど、それでもどっかこの人には残酷になってもなりきれない、そんな部分があるように思えるんだよ。
(例えばあなた、メグレの<あの最高傑作>を読んで、敗北するあの人物への限りない書き手の残酷さを認めながらも、同時に瓦解する当人への作者からのなんとも優しい憐憫の眼差しみたいなものを感じませんか?)

 評点はトータルの平均で、7点にしようか8点にしようか迷ったけれど、巻末の資料や評論の価値を改めて重視して、やっぱこの点数で。

No.1580 5点 九人の失楽園- ブラウン・メッグズ 2022/08/25 16:27
(ネタバレなし)
 1970年代半ばのアメリカ。ニューメキシコで、一流建築家として名高い42歳のマイルズ・オーキンクロスが、自宅で妻と義母とともに何者かに射殺された。ついで42歳の人気テレビコメディ俳優、シム・ベリーが自宅のワインセラー倉庫の中から死体で見つかる。彼らはともに25年前、マサチューセッツのエリート高校「マザー・スクール」を卒業した同級生であり、当時の校風として編成された少数クラスの9人の仲間だった。同級生8人がそれぞれの分野で活躍していることに引け目を感じていたマイナー誌の音楽批評家ホーバート(ホービー)・ミルンは、やがて第三の事件を認知。ホービーは、謎の人物による自分たちの同窓の卒業生を狙った連続殺人計画を確信するが。

 1975年のアメリカ作品。
 瀬戸川猛資が「夜明けの睡魔」で「(パズラーっぽいがそうではなく)サスペンス小説の佳作~秀作」(大意)とホメていた一冊。
 瀬戸川氏は本書に先行する同じ作者のポケミス『サタデー・ゲーム』をこれとまとめて語って、それぞれサスペンス作品として面白いと評していたが、評者はそっち(『サタデー』)はまだ読んでない。
 
 いずれにしろなんかテクニカルそうな作品なので、気が向いて安い古書を購入して読んでみる。

 巻頭の人名一覧表には、くだんの卒業生9人と、ほかのメインキャラ(ホービーの恋人で、セックス好きの29歳のヒッピー、元弁護士のサンディをふくむ)の数名のみの名前が羅列。主要人物十数人だけで250ページ弱の物語がもつのかな? と思ったら、実際には80人弱のネームドキャラが登場した。まあいいけど、もうちょっと細かく人名表を組んでもよかったとも思う。
 先の瀬戸川レビューの通りに、サスペンス作品としてすいすい読める(ただしあまりスリルの類は感じない)。話がダレそうになる前に次の被害者が出たり、主人公と周辺でイベントが起きたり、その辺りのテンションを維持させる作劇と話術は悪くはない。
 ホービーとサンディの微エロな関係描写をはじめとして、各キャラクターの立て方見せ方もそれなりにうまいとも思う。

 ただ、ハハーン、こういう作品なら、こういう手で来るのだろうな? と、読み手のこっちの方がもうちょっと一回くらいはヒネったものを期待したところ、ラストは意外にも……(中略)。
 正直、思ったより曲のない作品であった、という手ごたえである。

 やっぱこの40年の間に、東西の技巧派(?)ミステリのレベルは徐々に上がってしまっているんだろうな、という実感。
 結局、空振りに終わったけど、ソノこっちが勝手に期待したような大技を使ったところで、それもすでにどっかで見たようなものなのに、実際の本作はソコまでも行ってない、という印象である。
 サスペンスそのものの面白さは普遍的だけど、その分、観念性とか時代色とか活劇とか濃い目のエロとか、プラスアルファが弱いと、改めて旧作を読む場合はツライね。

 客観的には6点あげてもいいけれど、そんなあれやこれやを考えて感じながら、この評点で。
 でもこの作者は、もうちょっと読んでみよう。

No.1579 8点 わが魂、久遠の闇に- 西村寿行 2022/08/24 05:43
(ネタバレなし)
 新潟から調布に向かった、定員6人の高級機セスナ402。だがその機体は北アルプス上空で消息を絶ち、やがて三週間後に、乗客乗員の6人はみな、奇跡的に保護された。だがその飛行機に、今は行方不明になっている自分の愛する妻子が同乗していたのではと疑念を覚えたプロダイバーの出雲広秋は、盟友の中谷剛一とともに事件の真実を探るが。

 講談社文庫版で読了。

 ……いや大ネタ(中略)は、当時の北上次郎の新刊評エッセイで、元版の刊行時から知っていた。で、それゆえ当時は、ああ、このセンセイ、ついに<そこまで>人の道を踏み外したテーマの作品を……と激しい嫌悪感を覚えて、その後もチョビチョビと寿行作品を読むことはあっても、コレだけは絶対に手を出さなかったのである。
 ただまあ、それでも長い歳月を経て十年くらい前から、これもいつかは読むんじゃないかな……と思い始め(…)、ついに今夜、気が付いたら手に取っていて、そして数時間後に、読了していたのであった(……)。
 
 とにかくかぎりなく猟奇的で残酷でバイオレンスで、かなりエロで、相当にグロの作品。
 並の寿行作品の三冊分ぐらいのいかがわしさが、この一冊に凝縮されている。講談社文庫の裏表紙の紹介文の一端「勝つも地獄、負けるも地獄の修羅場には、もはや逃げ道はない。」のワンセンテンスはハッタリではない。
 これまでは評者など、このヒトの最高エログロ作品は文句なしに『峠に棲む鬼』だと信じていたが、これはそのプロトタイプ的な部分も感じられる(特に中盤から後半に切り替わる際の、外道悪役側の図に乗った物言いなど)。

 ただまあ主人公側も悪役たちもとことんとことんクレイジーながら、前者の復讐行の軌跡の中には、本当にわずかに時たま、人間の昏さを何十とするなら、ところどころでほんのひとつふたつ、ほの明るくやさしい人間賛歌が覗く。そしていかにも復讐ものらしい切なさが見える。それが鮮烈に心に残ったりする。
 そういう意味では、歴代寿行作品(特に、いわゆるハードロマン路線)の中での、やはりトップクラスのもののひとつだろう、コレは。
(個人的には、オールタイム西村寿行のマイ・ベストワン作品が『滅びの笛』なのは、一生変わることはないと思っているけどな。)

 ちなみにAmazonの本書のレビューのひとつに、終盤があっけないとの声もあるが、まあ寿行作品ならこんなもんでしょ、というのが読み終えた自分の感じる正直なところ。

 むしろ後半の復讐戦のノリの良さにつきあううちに、大設定であるメイン文芸(中略)という主題のインパクトや嫌悪感が、自分のなかでいつのまにかかなり薄れていることに気が付き、あ……と、軽く驚いた。

 講談社文庫版で本文約470ページ。中盤の300ページあたりで、まだ200ページ近く残っていることに戦慄を覚えた瞬間が、最高のテンションだったかもしれない。

 ちなみに講談社文庫版はもちろん元版じゃないが、巻末には他者による解説の類は収録されておらず、本文のクロージングでそのまま奥付に続く。
 きっと当時誰も、この作品の解説を書こうとしたり、書きたいと名乗り出たヒトはいなかったんだろうな?(笑)
 
 あー、とにかく、ついに読んだ、読んだ。読んじゃった。

No.1578 6点 蠅を殺せ- ジャン・ブリュース 2022/08/23 06:44
(ネタバレなし)
 ベルギーのアンヴェルス(別名アントワープ/アントウェルペン)。そこで昨年の6月から、のべ数十人のアメリカ人の失踪事件が続発していた。一番最近の該当事件は、ポーランドにてスパイの嫌疑をかけられた哲学学者の父親を引き取ろうとしていた22歳の若妻エルジー・ベックと、その息子で赤ん坊のフランキー母子の失踪だ。欧州のCIA支局は調査を開始。辣腕スパイのユベール・ボニスール・ド・ラ・パットとその同僚の赤毛美人ミュリエル・サポオリの二人を、エルジーの夫ヘルマンとヘルマンの妹キャトライン(ケイト)に偽装させ、エルジーを探しに来た家族を装って捜査させる。やがて間もなく、エルジーを含む失踪者の周辺には謎の怪人「蠅」が出没していたことが明らかになるが。

 1957年のフランス作品。
 CIAの「中央戦略局」(OSS)の要員で、コードナンバー117の青年スパイを主人公とするシリーズの一本。評者は初めてこのシリーズを読み、OSS117の本名が「ユベール・ボニスール・ド・ラ・パット」だとようやっと知った(笑)。そんなの常識じゃん、とおっしゃる猛者の方、現在の本サイトにおられますかな(笑)。
  
 ポケミスの解説(この時期のフランスものなので、当然「N」こと長島良三が担当)によると、007ブームの起爆で欧米にスパイ小説ブームが起きた50年代の半ばにあっても、長らくフランスでは固有のエスピオナージは誕生せず、そのジャンルの供給はもっぱら英米の作品の翻訳に頼っていたらしいが、その流れを変えたのがシリアス派の新人ピエール・ノールで、さらにそれに続く正統派スパイ活劇ものの、このOSS117シリーズだそうである。
 
 で、評者なんかも耳ざわりのいいシリーズ名(OSS117)には少年時代からなじみがあったが、実物を読むのは前述のようにこれが初。
 さらに本書なんかフランス作品でハエがどーのこーのというので、読む前にはタイトルだけで、ジョルジュ・ランジュランの『蠅』(電送人間ハエ男)のイメージがなんとなく頭にぼんやり浮かんだりしていた(笑)。
(もちろん実際のところは、全く何のカンケイもない。)
 
 それで実作を読んでみると、すんごい軽い。マルコ・リンゲなんかよりも、ずっと読みやすい。ほとんどカーター・ブラウンのスパイ小説版みたいなノリである(ただし、ギャグコメディの部分は味付け程度)。実際、ページ数も少ないし。
 何より主人公ユベールと同僚のミュリエルが、ほぼ上司公認の公私混同イチャツキカップルとして事件に当たるのがなんとも笑える。

 とはいえミステリ的には、いなくなった大量の失踪者の行方は? という興味で引っ張るし、途中から主人公コンビの前に姿を現す、グロテスクな怪物顔の怪人「蠅」の設定なんかもごくごくアレなものながら、一応は読者のナゾ解き興味をつつくようにはなってはいる(実はその関連のトリッキィさのネタで某クラシックパズラーを連想したが、もちろんここではあまり詳しくは言えない)。さらに最後には(中略)。

 というわけで、ストレスなく数時間で一気読みできる、そこそこの佳作。英米作品とは一味違う軽さも妙味という感じで、それなりに楽しめた。まあ、これはこれでよろしい。

No.1577 6点 維新の終曲- 岡田秀文 2022/08/22 05:04
(ネタバレなし)
<第一部・あらすじ>
 19世紀後半、黒船の来航を機に時代が動き出した日本。長州萩の貧乏百姓の三男だった若者・卓介は、戦果を上げて武士の位を得ようと奮起。友人を率いて高杉晋作の奇兵隊に参加する。だが死線の果てに明治の世を迎えた卓介が認めたのは、現在の山口県(旧・長州)が旧幕臣を重用する新政府に隷属するみじめな姿だった……。
<第二部・あらすじ>
 桜田門外の変を経て、揺さぶられる旧幕府の体制。やがて江戸城開城が迫る中、旗本の三男坊ながら跡継ぎとなった若き武士・斎藤辰吉は、明日の身の振り方を考えるが……。
<第三部・あらすじ>
 ――

 久々にこの作者の著作を読了。
 今回は、帯の惹句「歴史ミステリー」だの、ネットでのプロの書評子のレビュー「ミステリ味の強い」だのの修辞に気を惹かれて手に取ったが、作品の実際の形質はあくまで歴史時代小説で、その筋立ての技法でミステリ的なテクニックを活用している本でしょ、これはあくまで。
 まあその上で、フツー以上に面白かったが。

 物語本文は目次で一目瞭然のように、三パートで構成。一部、二部の主人公はそれぞれ別人でスタートするが、それが物語が進むうちに、あーなってこーなっていく、まあ……そんな作り。
 で<そのタイミング>のサプライズは効果的なものの、以降の後半は面白い事は面白いものの、込み入った物語(史実上の事件の変遷)を語り尽くすための消化試合的な印象がなくもない。

 まあ(いつも言ってることなんだけど)、評者は幕末~明治維新という時代の動乱性にはすごく惹かれるんだけど、さほど日本史的な素養が深い訳ではない人間なので、ここで語られる虚実まぜこぜの? お話にはふんふんとうなずくだけである(汗・笑)。きっと、この時代の情報や史実上の人物の相関にもっと詳しい人が読めば、相応に違う感慨を抱くのではとも思う。

 で、だから、第三部もぐいぐい読ませたものの、情報量が多すぎて少々胃にもたれたし、さらにあの(中略)トリックは要らなかった気も……。(まあそうやって技巧的なギミックを取っ払ってしまうと、お話がいっぺんに立体感を失ってしまいそうな危機感もあるんだけどね。)
 
 繰り返すけれど、これは作者のミステリ系列というより、時代歴史小説の系譜の作品。その大枠さえしっかり承知で付き合うなら、これまでこの作者のミステリを読んできた人も、そこそこ楽しめるでしょう、たぶん。
(言い換えれば、王道のパズラーだの新本格的な趣のワクワクとは、あまり縁のない一冊だとは思うけど。)
 
 評点は、7点あげようかと迷った。

【追記】
 ミステリとしてではないが、第一部で気になった箇所。実戦のための戦力として徴用され、使い捨てられる百姓兵が、終戦後は大した待遇も受けられず、一方で自分たちが苦労して築き上げた組織のトップに旧幕臣の中堅が中央からやってくるというのは、現代の非正規雇用者の不遇ぶりと、天下り官僚問題、その双方の暗喩であり、そしてそれらへの揶揄であろう。そういう意味では、非常に21世紀らしい作品でもある。

No.1576 6点 マンハッタン・ブルース- ピート・ハミル 2022/08/21 07:02
(ネタバレなし)
 1973年冬のニューヨーク。「私」こと38歳の元新聞記者兼コラムニストで、今はフリーのジャーナリストとして活動するサム・ブリスコーは、以前の恋人アン・フレッチャーから突然、電話で呼び出される。だが6年ぶりの再会の場で待つサムが知ったのは、アンが待ち合わせの場所に来る前に死亡したという事実だった。サムはアンの周囲に、以前の恋人だったメキシコの資産家「ペペ」こと銀行頭取ホセ・ルイス・フェンデスが復縁を願って出没していたことも知る。だがそのペペもまたつい先日、飛行機事故で死亡していた!? 関係者から得た情報から勘を働かせたサムは、フェンデス家の拠点であるメキシコへ向かうが。

 1978年のアメリカ作品。小説家、コラムニスト、ジャーナリストとして活躍し、そしてたぶん日本では、あの高倉健主演の映画『幸福の黄色いハンカチ』の原作となったコラム記事の作者として最も知られている文筆家ピート・ハミルの、初めての本格的なミステリ長編。
 
 創元文庫の翻訳者・高見浩のあとがきによると、50年代末から著述業を開始した作者はもともと本格的なハードボイルドミステリを書くことに憧憬があったそうで、1968年に別ジャンルでの小説家としてデビューしたのち、ようやくさらにそれから10年目に思いは叶った訳である。
 
 主人公サム・ブリスコーの文芸設定はあくまで専業ジャーナリストだが、これは彼が作者ハミルの分身的なキャラクターを投影されたから。作中での実働は、ものの見事に正統派から通俗系までのスタイルを盛り込んだハードボイルド私立探偵という感じで暴れまわる(原書で本作に接したR・B・パーカーは、チャンドラー、スピレーン、双方の作風との接点を、大意として指摘しているが、正にそんな感じ。)

 後半、メキシコに舞台が移ってから判明する事件の真相は、1935年生まれで第二次大戦以降の激動の時代のアメリカに生きた世代人の思いが、ジャーナリストとしての観測、そして現実とフィクションの境界的な構想を呼び寄せた、という感じのもの。ネタバレになるのでここであまり詳しくは語れないが、作者ハミルの実体験や調査にもとづく、現代の裏面史という内容のものであった。
 その秘められた真実を語るクライマックスの叙述は、かなりパッショネートなものながら、同時にかなり切なくもある。そういう意味では、作者はいろんな意味で、とにかくやりたいことをやり、書きたいことを書き連ねた感じ。
 
 なお読み応えから言えば十分に7~8点やってもいいが、気に障ったのは作者の性癖か何か知らないが、とにかくほうぼうの箇所で動物虐待のシーンが登場したこと。この作家、猫には優しいが、一方であちこちの場面で犬がひどい目にあう。特に主人公のサムがだいぶ昔に、以前の彼女との交際を相手の親に禁じられた際、その意趣返しで先方の家の犬を毒殺したと語るくだりには本気で腹が立った。評者はどちらかといえばイヌ派ではなくネコ派だが、それでもかなり不愉快である。これで1~2点減点。
 
 翻訳は名人・高見浩なのでこの上なく読みやすいが、メインキャラの兄弟関係が、本文の中で弟のはずなのに年齢的な描写に不順があるとか(人物一覧にも齟齬がある)、主人公の名前の呼びかたでつじつまのあわないところがあるとか、ところどころヘン。評者が読んだのは重版の4刷目だが、当時の創元社はあまりいい仕事をしていなかったようだ。

 なおこの主人公サム・ブリスコーものは、この翻訳が出る時点ですでに原書で続編が刊行されてシリーズ化もされていたが、日本への紹介はこの第一作目だけで終わった。それなり以上に重版もしているのに?
 きっと『幸福の黄色いハンカチ』のヒットを知った向こうの版元か、翻訳版権管理の会社が版権料を高くしたんだろうネ? 
(いや、現状ではまったく無根拠の憶測ですので、聞き流してください~汗・笑~。)

【2024年7月4日追記】
 本日気がついたが、ブリスコーシリーズはその後2冊、創元から邦訳がちゃんと出ていたらしい(恥・大汗)。お詫びして訂正いたします。
 いつか……読むかなあ……。動物虐待する主人公探偵は、どーも好きになれないので。

No.1575 6点 べっぴんの町- 軒上泊 2022/08/20 07:49
(ネタバレなし)
 1980年代半ばの神戸。かつて少年院の教官だった35歳の「私」は、故あって二年前に退職。今は、非行少年や不良少女を抱える親たちの相談に乗りながら、時にきわどい生き方で、日々を送っていた。そんな私のところに、親しいが恋人とまではいえない女性で、ナイトクラブに勤める美女・亜紀子から相談事がある。それはクラブの客、中島達夫の娘で高校一年生の町子が行方をくらましたので、その捜索を願いたいというものだった。

 ブックオフでたまたま、元版の集英社文庫を見かけて購入。
 本書の著者で、70年代末から旧世紀の終盤まで活躍した作家(21世紀の活動実績についてはまったく知らない)・軒上泊。その名前は、評者なんかも当時の世代人なので、一部で話題の青春映画『サード』などの原作者として一応は聞き及んでいた。

 とはいえ自分がこの作者の小説の実作を読むのはこれが初めてで(映画『サード』も観てない)。
 今回はブックオフの100円棚で、懐かしい名前を見たという思いでなんとなく手にとり、文庫裏の私立探偵もののミステリっぽいあらすじと「ハードボイルド風青春小説!」というキャッチに気を惹かれて買い求め、そのまま一週間もしないうちに読んだ。
 
 主人公「私」は最後まで本名が未詳なまま、一人称でストーリーを叙述。レトリックを凝りまくる文体は、いかにもブンガク派国産ハードボイルドで、当初は少しうざったいが、ペースに乗るとなかなかクセになってくる。いかにも昭和末期のオサレ感、という印象もあるが、こういうのもしばらく読んでなかった(だよな?)なので、結構心地よい。

 主人公「私」がかつて少年院の教官だったという文芸設定は、実のところ作者のキャリアそのものの投影だそうで、なるほどその辺のリアリティは抜群。主人公なりのモラルの枠組みの中での、不良少年に対する時にダーティというかトリッキィな接し方など、その筋の現場のなかで実際に生きてきた者ならではといった迫真性がある。
 
 前述のとおり文庫の裏表紙には「ハードボイルド風青春小説」と謳われているが、実際の中身は国産正統派ハードボイルドミステリそのもので、途中では、かなり事件性の強い展開なども発生する。
 それゆえフツーに、謎解きミステリの要素もあり、最後には秘められていた作中の犯人も露見し、同時に意外なサプライズも味わえる組み立てだ。
 ただし純然たるミステリとして21世紀の目で読むと、いささか(中略)的に、たぶんそうはならないよなあ……的なところも認められ、また作劇の方もあれこれ難しさを感じないでもない(この辺も詳しく言えないが)。
 そういう意味ではやはり、昭和末期の時代の中での国産ハードボイルドとしての文体やある種の観念性を楽しむべき作品ではあろう。

 上で書いたあれこれ気になるところはあるが、途中まで読んでいるときには8点でもいいかな、と思ったりもした。その位には印象は良い。最終的にはこの評点だが、7点にしようかと迷ってもいる。いつかなんかの弾みで評点をつけ直すかもしれない。

 ちなみに本作は、柴田恭平の主役で映画化もされているらしい。機会があったらちょっと観てみたい気もする。

No.1574 6点 メダリオン作戦- リチャード・テルフェア 2022/08/19 18:11
(ネタバレなし)
 全世界にスパイ網を張り巡らす秘密諜報組織「DCI(対敵諜報部)」。「私」こと30歳代初めのモンティ(モンゴメリー)・ナッシュは、今は同組織のロンドン本部に在籍する辣腕の実働工作員だ。そんなナッシュのもとに、無二の同僚である工作員ポール・オースチンが死亡し、しかも彼に裏切者の嫌疑がかかっていると情報が入る。そしてナッシュ自身も何者かによってDCI内の身辺調査書を偽造され、ポールの共犯の疑惑を掛けられた。ナッシュはDCIを脱走し、ポールが接触していた人妻でアマチュアスパイだったヘルガ・ド・ルーンに接触を図る。そんなナッシュの向かう先には、ポールが内偵を進めていたらしい秘密組織「メダル結社」の影があった。

 1959年のアメリカ作品。20代半ばまで新鋭弁護士だったが、何らかの事情からスパイ稼業に鞍替えした青年工作員モンティ・ナッシュを主人公とするシリーズ、その原書での第一作目。
 なおAmazonデータは不順だが、ポケミスは1966年2月に刊行。

 日本では後年にリチャード・ジェサップ(『摩天楼の身代金』『シンシナティ・キッド』など)の筆名で改めて意識される作者が50年代の末に、007などのヒット(フレミングの本家は、この時点で6~7作刊行されていた)を背景に出版した、エスピオナージ活劇シリーズ。
 ドナルド・ハミルトンのマット・ヘルムものが「~部隊」シリーズの邦訳タイトルで刊行されたように、こちらは5冊ほどだっけ? が「~作戦」の邦題シリーズでポケミスから発売されている。
 ちなみに作者テルフェアは、あの『プリズナー№6』の前日譚と一部世代人からウワサされる(ホントかね?)連続ドラマ『秘密情報員ジョン・ドレイク』の小説版も60年代に手掛けている(ポケミスから邦訳あり)。
 
 で、評者の場合は少し前に久々に、寝床で就眠前に石川喬司の「極楽の鬼」(早川版/講談社版)を読んでいたら、そーいや、マット・ヘルムものは最近になってちょびちょび読み出したが、こっちはいまだ手付かずだなあ、と再認識。くだんの「極楽の鬼」のレビューで、本シリーズの別作品について語った気になるポイントも目につき、気が向いてネットで格安のポケミス古書を入手して読み始めてみる。
(それにしても、ネットでの感想を漁っても、21世紀には本当に誰も読んでないシリーズだね。)

 それでシリーズ第一弾の本書の印象だが、主人公ナッシュがいきなり裏切者の嫌疑をかけられ、本来の所属組織から追われながら本当の敵らしい? 組織に接近するという大技(まあ、当時のシリーズものの一冊めとしては)から開幕。基本的にプロスパイの世界では孤立無援になったナッシュが続々とピンチに遭遇。または謎の組織の計画に協力の態を装いながら、諜報員としての経歴のなかで知り合ったアマチュアの友人知人に協力を求め、少しずつ反撃の手段を固めていく流れはそれなりに面白い。

 小説面の文芸味(ある種のハードボイルドティスト)としては、ハミルトンなどの方が上だが、これはこれで読ませる。中盤、メインヒロインとなる「メダル結社」の年若い美女マリアが活躍するが、その愛犬で、よく訓練された犬を頼りにしながらナッシュが己の作戦を遂行するくだりなども結構、読ませる。
(一方でナッシュが注意して、外部に警戒した言動をとっていたつもりながら、ついありがちな人間らしい失敗をしてしまうあたりも、一人称での内省の叙述が効果を上げている。)

 終盤の二転三転のどんでん返しについてはありがちなものながら、うまくサプライズの演出を考えてまとめてあるとも思うし、当時のB級(というか一流半か)スパイ活劇としては、思っていた以上に楽しめた。

 ただし一方でこの時代~60年代の後半には、本家007やら前述のマット・ヘルムやらナポソロやらマルコ・リンゲやらボイジー・オークスやら、さらには上位クラスのクィーラーやら名無しの諜報員やらのスーパースターエージェントが群雄割拠。21世紀の今じゃ、忘れられているのも仕方がない、とも思う。
(あ、そういえば評者はまだ、スピレーンのタイガー・マン、一冊も読んでないな。)

 まあいずれにしろ、本シリーズも読めばそれなりに楽しめるということは確認。先に書いた通り、このシリーズの後々の巻でちょっと気になるっぽい作品があるので、少しずつ読んでいこう。
 評点は6点だけど、悪い評価では決してない。

No.1573 6点 祖父の祈り- マイクル・Z・リューイン 2022/08/18 05:20
(ネタバレなし)
 繰り返し出現する新型ウィルスのパンデミックによって、地上の文明社会が荒廃した時代。アメリカなどでは貧富の格差が拡大し、中流~下層階級ではIDカードを持つ人々のみが「フード・バンク」から食物を供給されていた。ある町に暮らす「老人」は「妻」をウィルスで失い、今は未亡人の「娘」とその息子(老人の孫)の「少年」とともに、時には犯罪(略奪)なども辞さぬまま毎日を生き抜いていた。そして、そんなある日……。

 現在は英国に移住した米国作家リューインの、2021年の新作。80年代にはネオハードボイルド世代の若き旗手のひとりだった作者もすでに今年80歳だが、まだ健筆をふるっている。
 今回の内容は、ポスト・アポカリプス(大戦や災禍で文明が衰退した未来世界)もののSFで、相次ぐ新型ウィルスが蔓延する災厄の結果、従来のモラルが失われ、新たな生存のルールが築かれつつあるアメリカの一角での、とある家族の物語が語られる。
 ちなみに主要登場人物は、ほとんどが最後まで固有名詞が未詳で(メインキャラで例外はひとりいるが)、その辺りも本作の観念性を際立たせているようにも思える。

 実際、全人類の文明が未知の病魔に屈し、弱者を思いやる善性も憐れみの念も薄れた世界のキツさは、相応のもの(直接的なバイオレンス描写は少ないが、登場人物の大半が生きるために必死な世界の閉塞感は、実に良く感じられる)。
 しかしそんな逆境の中でも、時には弱音を吐きながらも、底流には生きる前向きさを、家族を守ろうという互いの思いを忘れない、主人公一家の姿には、ほのかな明るさ(そして時には切ないペーソスとユーモラスさ)がある。
 ポケミス一段組(久しぶりだな~)で200ページちょっと、これで税抜き2000円の定価は高いんじゃないの? とも思うが、紙幅の割に内容は読み手に何かを感じさせる読み応え。
 現実の世界でコロナ災禍が蔓延する辛い困った時代に、老境のリューイン、思うままに「家族」の物語を紡いだという感じで、これはこれで意味のある一冊ではあるだろう。
 内容や設定からして「リアル」であると同時に、いきおい寓話性の高い物語だが、いわゆる「意識が高い系」(悪い意味での)などとは無縁の、きわめて自然体の作品でもある。佳作。

 でまあ、こーゆーことを言うのはナンだけど、21世紀のコロナ禍の中でのズバリ、アルバート・サムスンの探偵稼業の新作長編なんかも読んでみたいねえ。作者にはもうそういうものを書く気はないのだろうか?
(もうじきポケミスでまた、サムスンやパウダーもののシリーズものを集めた連作短編集が出るみたいなので、それはそれで楽しみではあるが。)

No.1572 6点 テキサスのふたり- ジム・トンプスン 2022/08/17 16:52
(ネタバレなし)
 テキサス州のダラスやヒューストンを渡り歩く35歳のプロのギャンブラー、ミッチ・コーリー。その腕前はそれなりだが、賭博で金を稼ぐ仕事は水商売で、彼は20代半ばの恋人かつギャンブル上の作戦の相棒である赤毛の美女「レッド」ことハリエットに、実際の金額以上の資産があると見栄を張っていた。だが一方で愛する息子サミュエルの養育費や、離婚が不順な妻テディへの毎月の支払いで金策が必要なミッチは、次第に緊張感を抱くようになる。

 1965年のアメリカ作品。すでにペイパーバックライターとしていくつもの名作を著した時期の作者が上梓した、広義のノワールものといえるギャンブル小説。
 巻末の解説によると他のいくつかの諸作と同様、複数の職業を体験した作者の自伝的な要素も見受けられるフィクションだそうだが、評者などはそこまで体系的にトンプスン(トンプソン)作品を読み込んでいる訳ではないので、特にそういった感慨は得られなかった。

 堅気の人間の尺度とは異なる目線でのいい暮らしをしようと願う主人公ミッチが、互いに愛情を感じはするものの一方でカネで縛り付けておきたい恋人レッドとの関係の継続を願い、さらにいくつものトラブルに対面してゆくのがストーリーの軸の部分。
 これまで評者が読んだダーティでワイルドなトンプスン作品とは違い、全編を妙なテンションとユーモアが入り混じった空気感が支配する印象もある(とはいえ、主人公ミッチの視界の向こうでは、かなり苛烈かつバイオレンスな描写も登場。人間のダークサイドも適度? に描かれる)。

 翻訳がすごく読みやすいと思ったら、訳者は、ポケミスでクリスティー作品なんかも担当している田村義進。実際のところはわからないが、評者は久々にこの人の翻訳に出会った印象がある。

 他の作家、たとえば日本にほとんど紹介されたことのないマイナーな作者だったら、もう1点あげてもいいかとも思うけれど、トンプスンならこの評点でいいであろう。もちろんつまらない作品では決してない。

No.1571 4点 プレイボーイスパイ城京助の華麗なる大冒険- 津山紘一 2022/08/15 03:59
(ネタバレなし)
 秘密組織「JAX」の秘密諜報員・城京助はコードネーム「K7」と殺人許可証を持つ凄腕の非合法工作員。上司の矢沢局長の命を受け、技術開発部のスタッフE5号の支援のもと、世界各地のあらゆる任務に飛び回るが、彼の行く先々では予想もしない事態が巻き起こる。

 Amazonの書誌データ表示が不順だが、初版(元版)は1979年12月に集英社からハードカバー(定価780円)で刊行。「週刊プレイボーイ」の1978~79年に掲載された3本の中編に、単行本書き下ろしのラスト中編エピソードを加えた全4編の連作で構成されるスパイ活劇ナンセンスコメディ。

 第一話では主人公・城の行動が「私」当人の一人称で叙述され、これは欧州での出張任務を語る比較的マトモ? なエスピオナージギャグコメディだったが、読者や編集部の反応がよくなかったのか? 第二部から路線を少し変更(なけなしのハードボイルド風の雰囲気も放棄し、叙述もあちこちに視点がとぶ三人称に変更)。
 その第二話などはジェームズ・ボンドやらエルキュール・ポアロやらおなじみのキャラクターたちを登場させた(ただしあくまでギャグキャラとして)パロディ色に加えて、以降の話も全体的にナンセンスムードが強くなり、正直、アア、ムカシハコウイウノガヨクアッタネ……程度の中身になっていく。
 
 正直、著者の作家性の探求でもしなきゃならない事情でもないかぎり(そもそもそんな必要生じる事由もないが)、21世紀にあえて読まないでもいいんじゃないの、という一冊であった。
 たまたまモンキー・パンチのイラスト(たぶん「プレイボーイ」誌面から転載? 最後の分だけ書き落ろし?)が目について、たまにはこんなのも面白そうかも……と思って手を出したこっちがアレである。
 おかげで初めて手に取ってから、読了までに半年ほどかかった。
(それでも連作シリーズものの流れとしては、最終編が城の数十年後の未来編に至るのは、ちょっとだけ面白かったかも。)

 70年代末という時節、どういう作品が「スパイもののパロディギャグコメディ」として書かれていたのか(たぶん若者向けに)、ひとつのケーススタディ程度にはなるとは思う。

No.1570 7点 ウィンストン・フラッグの幽霊- アメリア・レイノルズ・ロング 2022/08/12 05:23
(ネタバレなし)
「わたし」こと女流ミステリ作家のキャサリン・パイパー(愛称「ピーター」)は、文筆家&読書家仲間の集団「羽根ペン倶楽部」の仲間とともに、やはり同サークルのメンバーであるブレーク夫妻が住む屋敷に向かう。そこは近所に墓地があり、いわくつきの「幽霊の館」と呼ばれていた。そこに着いたピーターは、先だってそこで起きたという殺人事件の情報を聞かされた。そして屋敷の周囲には幽霊の姿が、そしてまた新たな死体が!?

 1941年のアメリカ作品。
 トリローニー&ピーターシリーズの第二弾。一流半の軽パズラーとしては非常に楽しめる出来で、かつての館の持ち主だった富豪ウィンストン・フラッグの遺言、さらにはその周辺の人間関係はちょっとだけややこしいが、人名メモなどを作りながら読めばそれほどタイヘンではない。
 中盤、結構ギョッとするサプライズがあり、そこから波状攻撃風に驚きの展開が続いていく。
 衆人が集う場での不可能殺人はかなり遅めだし、そんなにうまくいくのかなとも思うが、その辺のB級感も楽しいと言えば楽しい。
 
 巻末の解説によるとまだまだこういった雰囲気のB級、または一流半パズラー路線の未訳作品がこの作者には山ほどあるみたいなので、どんどん出してほしい。ピーター単独のシリーズのみならず、トリローニー単独の路線なんかもあるんだね?
 いい意味で、読み物パズラーらしいいかがわしさは満載で、とてもゆかしい作品であった。

No.1569 7点 朽ちゆく庭- 伊岡瞬 2022/08/11 07:05
(ネタバレなし)
 バブル期にセレブタウンとして新設されながら、今は不動産価値も下落した住宅地。そこに大手ゼネコン「樫岡建設」の現場管理職・山岸陽一が妻の裕実子と中学生の息子・陽一とともに越してきた。裕実子は「佐藤税理士事務所」のパートタイマーとして働き、一方で陽一はさる事情から不登校児としての日々を送るようになる。そんなある日、陽一は近所の少女・坂井あかりと親しくなるが。

 息子の不登校という問題を抱えながらも、表向きはそれほど極端な大事の見えない山岸家。その一家三人の家族をメインキャラクターにした、ドメスティックサスペンスミステリ。物語の前半から少しずつ緊張の糸が張り詰めていき、中盤でのある出来事を機に一気にドラマは劇的な流れに向かっていく。

 ちなみに作者の伊岡センセイ自らが、Twitterでわざわざ表を作って紹介しちゃっているので(笑)、ここでも書いていいと思うが、伊岡ワールドのレギュラーキャラクターである白石女性弁護士と、警視庁の真壁刑事が後半で登場。ともに事件に関わる広義の探偵役として、物語の一角を担う。
 
 作者も2005年にデビューしてからもう十分に中堅~ベテランの域。小説の組み立てぶりにも最早、練達のほどが感じられる印象で最初から最後までいっきに読ませる。
 一部、かの西村寿行作品的な種類の、あの手の訴求力もあるが、この小説の場合はそういった要素が十分に生きている感じ。
 後半~終盤にかけてもつれた人間関係が織りなす糸が、実は(中略)な事態を築いていたのだという(中略)な説得力もある。
 評点は8点はあげられないが、とにかく時に破綻も目につく伊岡作品の中ではさほど大きな傷もなく(?)、まとまりのいい仕上がり。余韻のあるクロージングも印象に残る。

No.1568 6点 ケンカ鶏の秘密- フランク・グルーバー 2022/08/10 06:32
(ネタバレなし)
 またもほとんど文無しになったジョニーとサム。そんなとき、ジョニーは湖で自殺しかけているかに見えた娘を止めた。人助けの半面、あわよくば彼女の実家なりなんなりから何かお礼でもと期待したジョニーだが、相手の娘ロイス・タングレッドは特にジョニーに感謝するわけでもなく、むしろ失敬な態度をとる。ジョニーはロイスが放置した高級車の車内から、何かいわくありげな鳥の羽根を見つけるが、これがやがて思わぬ事態に繋がっていく?

 1948年のアメリカ作品。
 本文200ページちょっととジョニー&サムものの中でもかなり薄めの方ですぐに読めるが、ハイテンポで語られるストーリーはそれなりの見せ場を用意。サクサク頁をめくれる反面、まあまあの満腹感がある。
 ただし終盤の謎解きは意外な真相の一方、これまでのストーリの中で評者のような読者が疑問に思ったいくつかの箇所をすっとばしてそのまま終わらせている感じで、決して出来のいい作りではない。
 ただそれでもトータルとしてはそこそこ楽しませてもらったので、評点としては少しオマケしてこのくらいで。

 しかしこの頃は、この程度の(中略)でも(中略)のネタになったんだね。純朴な時代だ。

No.1567 7点 黒き荒野の果て- S・A・コスビー 2022/08/04 16:34
(ネタバレなし)
 2012年。アメリカ南部の町。30歳代の黒人青年で自動車修理工場を営む、「バグ」ことボーンガード(ボー)・モンタージュは、近所に新たに出来た同業者に客を奪われて経営危機に瀕していた。そんな彼の元に、性格の悪いかつての「仲間」ロニー・セッションズが、新たな「仕事」のため、練達のカードライバーとしてのボーンガードの腕を借りたいと誘いにきた。家庭と会社を守るため、やむなくこの話に応じるボーンガードだが。

 2020年のアメリカ作品。
 本当に(フィクションとしての枠の中で)やむをえない事情を含めて、何回か犯罪に手を染めたものの、今は堅気の生活を送っていた主人公が再び裏の世界の仕事に手を染める、そんな王道の設定。

 だがあまりにもありふれた文芸のクライムストーリーながら、当人なりのモラルと良識を最後まで手放さず、そのぎりぎりまでのボーダーラインを現実の塵芥にまみれた「仕事」とどう折り合わせるか、綿密に書き込まれた主人公ボーンガード。そして彼を取り巻く、あるいはその視界の向こうで蠢く登場人物たちの叙述が、実にあざやか。
(ボーンガードの精神的な支柱として、やはりおそらくはやむない事情から悪の道に踏み込み、そのまま今も消息不明となった父親の記憶があり、この文芸設定が本作の大きなテーマのひとつになっている。)

 文庫本で400ページ強の小説は決して短くも薄くもないが、緻密に描写を連ねながらハイテンポで展開するストーリーの求心力は非常に高い。二日かかるかな? とも思ったが、結局はひと晩で一気に読了してしまった。
 
 先述のように本当にギチギチの観点から言えば、ふたたび悪の道に踏み込んだケイパー・ドライバーの物語だが、ボーンガードの言動ひとつひとつには、それぞれ常に読者の共感を得るであろう普遍的な行動原理が語られているので、ある意味では苦境に翻弄され、やむなき行動に身を転じる善人のドラマでもある。それゆえに読者の関心を最後まで引き寄せることに見事に成功している。
(ただし後半、個人的にはひとつだけ、主人公のこのジャッジでいいのか? と思ったものもあったが。う~ん……まあ、ギリギリかなあ……できれば先方へのアフターフォローとかしてくれれば、もっと良かったけれど。)
 
 webでの感想を探るとあちこちでも評判がいいようだが、確かに今年の海外ミステリの収穫のひとつであろう。秀作~優秀作。

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人並由真さん
ひとこと
以前は別のミステリ書評サイト「ミステリタウン」さんに参加させていただいておりました。(旧ペンネームは古畑弘三です。)改めまして本サイトでは、どうぞよろしくお願いいたします。基本的にはリアルタイムで読んだ...
好きな作家
新旧いっぱいいます
採点傾向
平均点: 6.33点   採点数: 2106件
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笹沢左保(28)
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