皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
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ボンボンさん |
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平均点: 6.51点 | 書評数: 185件 |
No.85 | 8点 | 暗い宿- 有栖川有栖 | 2016/06/08 11:00 |
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なかなか刺激的な変化球を堪能した。どれも思わせぶりな雰囲気たっぷりでいて、最後には敢えて外して落としたり、結局ミステリにしなかったりで、面白かった。
宿には、「怖い」や「恐い」が付き物。廃線跡やつぶれた旅館、イーグルスのホテル・カルフォルニア、霊が視える話などの舞台装置が、ほどよくゾッとさせてくれる。でもその陰では、やっぱり愚かな人間の行いが悲劇を招いていて、火村にビシッと糾弾されるのだ。 「異形の客」は、ミステリとしてはストレートで本書のメイン処なのだが、あともう少し整理整頓したら読みやすくなるのに、と少し勿体なく思った。冷徹で厳しいラストは、緊張感があってギュッと引き締まる。 「201号室の災厄」は、とても珍しい火村目線のコミカルなアクションもので、ワクワクする。実に火村らしい窮地からの脱出劇が秀逸。 |
No.84 | 7点 | 乱鴉の島- 有栖川有栖 | 2016/06/06 18:47 |
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前半の謎の世界への引き込み方は圧巻。絶品。そのまま最後まで爆走してくれればいいものを、後半は、驚くほど大人しくなってしまう。当然、構成も論理もしっかりしているのだけれども、期待が膨らみ過ぎてちょっと損をしているのかも。
また、強烈に印象深い人たちがいる一方で、重要な役回りの人物の輪郭が最後までイマイチはっきりしなかったり、背後にある目的はともかくとして、現時点で大の大人が孤島に集まってやろうとしていることが薄ぼんやりと甘っちょろいものだったりするところも気になった。 全体に、高尚なものと卑俗なもの、古典と最新の科学や経済をバリバリとミックスして投げつけてくるような書きぶりは良かったと思う。でも、その高尚なところを担っているはずの知の巨匠が浅はかな感じの人になっているのはどうか。こんな事態にならないと分からないのか、命の意味が。卑俗部門の人たちのほうが、悪いながらも力強い筋が通っているのが皮肉だ。 アリスの気遣いの素晴らしさ、細やかな感性は健在。勉強になります。かくありたいものだ。崖のやばい急勾配を下りるとき先頭に志願する場面が好き。 |
No.83 | 7点 | マレー鉄道の謎- 有栖川有栖 | 2016/05/29 16:00 |
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マレーシアを旅行中の火村とアリス。二人の掛け合いはいつにも増して軽妙だし、アリスの頭の中(地の文)も相当愉快なので、笑って読める。
しかし、全編通して薄暗い心を持った人たちがぞろぞろ出てくるので爽快感はない。 悪とは何か。それが生き残るための手段であっても、例え法に触れないとしても、人としてやってはいけないこと、赦されないことというのは厳然としてある。ということかな。 密室、連続殺人、ダイイングメッセージ等々、豪華に各種取り揃えながら、火村の「蓋然性の検討」をもって謎を突破する。時間軸も人間関係も人々の心情も、すべてが見事に連鎖していて、最後には、あんな冗談みたいな「目張り」まで含め、細部に亘って「初めから当然これしかなかった」と納得させるのだから、実に有栖川有栖らしい技だ。(ただし、「目張り」の種明かしは、珍しく文章で分かりにくかった。) そのほか、旅の高揚感や自然描写の美しさ、さらには、普段見えにくい火村の人間味が漏れ出たり、アリスのアクションシーンもあったりで、お楽しみ満載。 |
No.82 | 7点 | モロッコ水晶の謎- 有栖川有栖 | 2016/05/18 15:12 |
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人間の手前勝手な内面世界を暴き、厳しく鞭打つ中編3つ+α。 どれも捻りが効いていて良い。作者のネタ一発勝負の短編は、自分にはあまり合わないので、これくらい書き込まれているとだいぶ楽しめる。
表題作の実に繊細で微妙な結末は、「これぞ有栖川有栖」と言っていいと思う。さすがだ。この真相のアイディアは、文章が上手じゃないと、なかなか怖くて手を出せないのではないか。 3作とも、平均以上にアリスが積極的に推理して一生懸命言葉を発しているタイプのものなので、軽快で愉快な読み心地。 そして、そして、何と言っても3作の間に挟まったおまけ漫画のような「推理合戦」が可愛らしい。こういうのが短編集とかに毎回入っていればいいな。 |
No.81 | 7点 | ダリの繭- 有栖川有栖 | 2016/05/14 17:07 |
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確かにミステリとしてずば抜けたものがある訳ではない。一つ一つ可能性を潰していく地道で丁寧な真相究明の作業。そして答えも極々当たり前の風景の中から拾われてくる。それでも、作品トータルとしては全然悪くない。いや、とても良かった、と思うけど。(ずいぶん評価低いですね・・・。)
際立つのは、ダリひげ社長の徹底的な憐れさだ。めちゃくちゃな巻き込まれ方をする吉住の一連のドタバタ劇も面白かった。被害者学(被害者の有責性の検証)も興味深い。 それにしても、ダリとガラの物語、そして人それぞれの「繭」をテーマに持ってくるところがすごいと思う。「人間とは」という意味でも深いけれど、このシリーズ的には、「火村英夫とは」というところにもつながっていくんだろう。 ほかにも、他者に対してたとえ共感はできなくとも理解は可能でありたいという姿勢とか、「みじめな想い出」という抽斗に分類されて眠る記憶を引っ張り出して悲鳴をあげるとか、ドラマの途中で差し挟まれるアリスの思索が心に刻まれる。 |
No.80 | 6点 | 白い兎が逃げる- 有栖川有栖 | 2016/05/08 20:27 |
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表題作よりも、他の3作の方が納得できたし、好きだ。
どれも使い古されたネタと状況の中で、スレスレの間隙をぬって鋭く突いてくるオチが見事。特に「比類のない神々しいような瞬間」の落とし方は素敵だった。 表題作の「白い兎が逃げる」は兎関連の話題をこれでもかと詰め込んでくるところが、もはやダジャレ風味。どうしても「なんで、人を殺した?」というところが、弱くて残念。 |
No.79 | 8点 | スイス時計の謎- 有栖川有栖 | 2016/04/27 23:17 |
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表題作「スイス時計の謎」には感服した。火村の無駄のないたたみ掛けに、土下座する勢いで感服した。そんなに本格ファンでもない自分が、こんなにロジックそのものにブンブン頭を縦に振ったのは初めてじゃないか?
アリスの「閉塞した現在と不安な未来」についての心の動きも物語の裏支えになっている。他の3作も含め、もがきながらも人生に向き合っている人たちの日々が切ない。 それでもやっぱり、表題作以外の3作の物足りなさは残念かな。「あるYの悲劇」はまだいいが、他の2作のような短編は、面白く読むことはできても、火村とアリスである意味が薄いし、トリックの無理っぽさが悪目立ちしてしまう。 |
No.78 | 8点 | 絶叫城殺人事件- 有栖川有栖 | 2016/04/23 22:22 |
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どういう加減なのかすっかり嵌ってしまった。一篇一篇が沁み入るように心に残る短編集。どれもサクッとしたトリックのアイディア一つを、しっかりと読みごたえのある物語で丁寧に包み込む、さすがの仕事ぶりだ。
全体に苦しくなるほどの精神的な歪みや悲嘆を夜の情景の中に描くという統一感があり、大変よくまとまっていると思う。 一つ挙げると、「壺中庵」は、(特別好きだとか、良い作品だと言うわけではないのだが)、事件の見た目の間抜けな滑稽さを「人間の尊厳をはく奪する愚劣」と糾弾する火村の台詞につなげるところなど、繊細で微妙な感覚を言葉で説明できる作者の力量がモノを言っていると感じた。 また、アリスの優しさ全開エピソードが満載で、暗澹たる話の中で救いとなる。月光に照らされる「月宮殿」に見惚れたり、子どもと真剣に遊んだり、ベタな恋愛映画に涙するアリスの感性にほっこり。 |
No.77 | 5点 | ロシア紅茶の謎- 有栖川有栖 | 2016/04/16 13:27 |
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6つの短編。どれもトリックがイマイチだったり、しょぼかったりだが、楽しく読めたからいいかな、ということにする。6篇とも、話としてはなかなか面白い。
火村シリーズの長編はすごくきれいで好きなのだが、この短編集は、何かもう、長編世界のおまけとして、火村とアリスの日常の小噺を楽しむという感じか。 そんな中でも、火村の台詞がキュッと話を締めるうまい終わり方のものがいくつかあって、印象に残った。 |
No.76 | 5点 | 朱色の研究- 有栖川有栖 | 2016/04/04 14:43 |
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かなり複雑な諸々について、綺麗にまとまられているとは思うが、肝心要の動機の部分でスコーンと納得することができなかった。心情が分からないでもないし、そんなこともあるかもしれないとは思うものの、人殺しまでしてしまうかどうかとなると、残念ながら今回は有栖川有栖のやさしさにうまく丸め込まれてしまうことができなかった。
しかし、怖いような凄みのある日没に地獄やら救済やら様々な色を見ながらの展開は美しい。そして、アリスの心折れている人への共鳴っぷりは見事だ。泣ける。 |
No.75 | 6点 | 46番目の密室- 有栖川有栖 | 2016/03/28 14:26 |
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この頃、有栖川先生もまだまだ若かったんだなあ、という印象。推理小説に対する情熱というか、崇高な想いというか、視線も高くキラキラしたものに心打たれたので、その分プラス1点。
トリックや謎解きの流れは結構普通なので、多少めんどくさく感じてしまったが、文章が巧いので、物語には引き込まれた。基本的には、品の良さや思いやりの深さが根底にあるので安心して読める。 しかし、あんな人間関係なのに、みんな「まあいいか」的にわざわざクリスマスパーティに参加するんだ。自分だったら絶対行きたくない。 |
No.74 | 7点 | スウェーデン館の謎- 有栖川有栖 | 2016/03/21 18:47 |
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しんみりと哀しい気分で読み終わる。
事件が始まる前に、後々のため、いろいろ言い訳めいた説明(というか、いまいちスマートじゃない伏線?)があったのが少し気になった。しかし、全体的には流れるように美しくまとまっており、きちんと状況や心情が語り尽くされているので、普通じゃないトリックが際立つような展開をあまり好まない私でも、違和感なく納得できた。登場人物もみんな無駄なく活躍し、いろいろな詰め込まれた要素も一つ一つ十分に楽しめた。 本筋に関係ないが、火村先生が語った即興の童話(?)がすごく良かった。 |
No.73 | 5点 | 菩提樹荘の殺人- 有栖川有栖 | 2016/03/15 20:40 |
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著者の作品を初めて読んだ。考えていたよりキャラクター色が薄く、著者の物事に対する考え方、批評などが多めに語られていたりするのが意外だった。
4篇とも事件の真相は、シンプルでおとなしい。何でそんなことをしてしまったのかという部分で、人の心情の説明が随分素っ気ないんじゃないかと思うものもあったが、その中でも表題作は、ワクワクと前のめりで楽しめた。 全体に優しげな雰囲気が漂い、やっぱり関西弁はいいなあ、というじんわりした読後感。 |
No.72 | 6点 | 時のかたち- 服部まゆみ | 2016/02/22 23:20 |
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4作の短編。どれも上流階級又は芸術家の方々のドロドロが舞台。しかし、意外にせつなくもいじらしい人間の心の機微が話の本筋になっていて、読後感は悪くない。
トリックは、具体的に一つ一つ取り出してみれば、多少稚拙な感じはするのだが、それがドラマの中に上手に埋もれているので、それほど気にならない。 ミステリ的には、「怪奇クラブの殺人」が痛快で一番良かった。これには、作者の長編「罪深き緑の夏」の登場人物の一人がそのままの設定で出演していて、いい味を出している。 |
No.71 | 7点 | 罪深き緑の夏- 服部まゆみ | 2016/02/01 00:01 |
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ドロドロの愛憎劇になる素材なのに、視点の置き場の妙で、清廉な読み心地になっている。圧倒的な物語世界。空回りの悲劇。題名が、本当によくこの小説の芯を表している。
ただ、登場人物が多く、人間関係もかなり複雑なので、それぞれの心情があまり語り尽くされていないような気もする。よーく考えればもの凄く可哀想な人や、清濁併せ持つ人や、驚きの裏表を見せる人もいるのだが、やはりもう少しページ数がないと判りにくいかもしれない。 主人公がフレスコ画の制作に没頭していくシーンは、すごくワクワクした。この作者の作品には、芸術の制作に携わる人たちの情熱や高揚感について描かれることが多く、そういうシーンには心動かされる。作者自身の投影なのだろう。 |
No.70 | 6点 | 時のアラベスク- 服部まゆみ | 2016/01/14 17:35 |
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著者のデビュー作。ロンドン、ブリュージュ、パリなどを舞台に、美術や文学が背景を彩る独特の雰囲気で美しく書き上げられているが、今となってはちょっと恥ずかしい80年代っぽさや少女漫画っぽさがチラついて、多少むずがゆい部分も。この著者の力量からしたら、完成度としてあともう一歩のところで、すごく惜しい感じ。
それでも、次から次と続発する事件について解き明かされた真実は、なかなか良かった。動機や手口の一つ一つはあまり珍しいものではないが、途中いろいろな見方ができ、どの筋の話かと思っていると、まさに一連の「アラベスク」が完全にバラッバラにほぐされる結末で、お見事だった。 しかし、随分たくさんの人が死んでしまう。推理小説としての人死になのに、なんだか悲しくなるところが、この著者の人間味か。 |
No.69 | 5点 | 緋色の研究- アーサー・コナン・ドイル | 2016/01/12 19:24 |
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「不朽の名作」の採点は難しい!
歴史的価値を無視して、単純な感覚だけで言えば、事件の状況や推理などでかなり穴が目立つことに驚いた。また、第1部と第2部の雰囲気がかけ離れたものになっていて、どちらもそれぞれ良いのだが、よくもまあこれをつなげたなという感じ。 こういったことは、世界中のシャーロキアンによって研究され尽くしているので、何も言いようがないが。 ホームズは、これまで子供向けの「まだらの紐」しか読んだことがなく、テレビや映画、他の読み物での引用などからどんどんで入ってくる、人が再構築したホームズ像しか知らなかったので、今回ちゃんと自分で本物を体感できたのは、とてもよかった。 しかし、どうしても耐えられないのは、あの挿絵。あれ自体が大変価値あるものだということは承知しているのだが、ホームズもワトスンもルーシーもホープも、みんな活き活きとした若者のはずなのに、「ドリトル先生」の挿絵並みに怖い・・。 ※河出文庫「緋色の習作」を読んだ。 |
No.68 | 9点 | ハムレット狂詩曲- 服部まゆみ | 2016/01/06 18:35 |
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(ネタバレ注意)
どんな悲劇かと思って読み始めたが、終盤に近づくにつれクスクス笑いっぱなしだった。 一つの演劇の舞台、「ハムレット」の制作過程で起こった出来事が、鬱々とした2人のハムレット的人物の視点から語られる。この「ハムレット」の筋になぞらえた陰惨な気分の独白と、繰り広げられる状況のミスマッチ、その違和感がやがて可笑しみになり、最後は気分爽快で読了。 あー、結構たくさん騙されたなあ、と労働の後の心地よい疲労のように満足した。 著者の服部まゆみさんが、寡作のまま若くして亡くなってしまったのが本当に惜しまれる。もっともっと大きく評価されてよい作家だと思う。 |
No.67 | 8点 | この闇と光- 服部まゆみ | 2015/12/28 23:08 |
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本当に何を書いてもネタバレになるので困る・・・。
謎解き前の「謎」部分の運びが実に面白い。徐々に違和感を示し、順々に気付きの幅を広げてくれる。話が進むにつれ、あそこにもここにも、答えを想像させるものが埋め込まれているのが発見できるので、たっぷり楽しませてもらった。 これは超豪華で壮大な「思春期」だ。と考えると、読後すぐは、終わり方について、「大人」への発展が中途半端で少し物足りなく感じたが、じっくり反芻してみると、あくまでも「この闇と光」の世界で終結するためには、これでいいのだと思えるようになった。 |
No.66 | 8点 | リペア RE*PAIR- 吉永南央 | 2015/12/23 22:56 |
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革製品を修理(リペア)する職人の女性が、ある事件によって壊されてしまった人生を自分の力でリペアしていく物語。
とにかく渋い。大人。主人公である透子が凄まじくストイックでカッコいい。 たくさんの登場人物それぞれの職業への強い想い、恋愛、友情、家族の問題など、様々な要素があり、その中に事件の真相がこまごまと散りばめられている。事件の解決に向けてというよりも、事件に関わった人々がどんな想いでいたかを知るという形で真相の解明が進むのだが、そのひたひたとしたサスペンス感が巧い。 ここまで酷い泥沼人生を若い女性が決然と腹に収めるという骨太の物語は、なかなかお目にかかれない。良作である。 |