皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
していません。ご注意を!
HORNETさん |
|
---|---|
平均点: 6.32点 | 書評数: 1121件 |
No.441 | 7点 | 朽ちないサクラ- 柚月裕子 | 2017/07/24 21:05 |
---|---|---|---|
米崎県警広報部に勤めて4年の森口泉。県警は今、世の批判にさらされていた。生安課に再三ストーカー被害を訴えてきていた女性の被害届を受理せず、先延ばしにしていたところ、その女性がストーカーに殺害される事件が起きたのだ。さらには、その時期に生安課担当を含めた県警の面々が、慰安旅行に行っていたことが新聞にすっぱ抜かれ、世間の反応は炎上した。
県警では、事件の衝撃はもとより、それ以上に「慰安旅行の件を誰が新聞社にリークしたのか」が最大の関心事となった。森口泉はその雰囲気に背筋が凍る。実は親友の新聞記者・千佳についうっかり、慰安旅行が分かるような言葉を漏らしてしまっていたのだ。 「絶対秘密にしてね—」そうお願いし、千佳は固く約束してくれたはずなのに…。それを千佳に問いただすと、千佳は「私じゃない。信じて」という。それでも疑いの晴れない顔の泉に、千佳は「信頼を取り戻してみせる」といい、その場を離れた。その数日後、千佳は死体となって発見される― 県警の不祥事と新聞社へのリーク。裏切り者は誰なのか、探る中で起こる殺人と、関連する人間の連続する不審死。マスコミを舞台に挙げ、警察と絡ませる部隊の設定がなかなか面白く、読み応えがあった。 ただ事件の黒幕については、警察小説をいくらか読んできた人には概ね予想がつく範疇でもあると思う。 |
No.440 | 6点 | マインド- 今野敏 | 2017/07/24 20:20 |
---|---|---|---|
「真の黒幕は誰なのか?」を探ることがメイン。しかもそれも、ミステリ慣れしてる読者なら早い段階でだいたいわかる(私もそうだったし)。
ページを繰らせるリーダビリティは相変わらず高いが、こういう心理学的なネタは好みが分かれるかも。面白いは面白いが、「そんなに思うように人を操れたら、マジで世の中犯罪だらけ、怖っっ!!」と思うのが正直なところ。 |
No.439 | 6点 | 継続捜査ゼミ- 今野敏 | 2017/07/24 20:08 |
---|---|---|---|
警察学校長で退職した元刑事が、女子大の教授として赴任し、ゼミのケーススタディとして提供した未解決事件を5人の女子学生と共に解決に導くという話。
過去の捜査情報と関係者への聞き込みを頼りに机上で推理合戦(?)を繰り広げるという体は、時代や場面設定は違えどこれまでも多くあったので特に新鮮味はない。強いて言えば、元警察官の大学教授とゼミ生という設定ぐらいか。 ミステリ本筋にはあまり関係ない、主人公を頼りにしてくる文学研究の大学教授とのやりとりが個人的には面白かった。 |
No.438 | 6点 | 任侠書房- 今野敏 | 2017/07/24 19:58 |
---|---|---|---|
任侠シリーズの第一弾。
まぁ完全にエンタメ小説です。ミステリ書評サイトなので採点は控えめにしておきました。だから言い方を変えると、とっても面白いってこと。 今時珍しい、任侠や地元住民とのつながりを大事にする阿岐本組。その組長が、ひょんなことから倒産寸前の出版社経営を引き受けることになった。 「なんとかなるだろ」ぐらいの楽観的組長にいらだちと呆れを覚えながら、梅之木書房に出向く代貸しの日村。曲者ぞろいの編集者たちを相手に、次々に起こるトラブルに向かうことになった日村だが― きっと現実にこんなヤクザはいないんだろうけど、そうであってくれると嬉しいかも…と思いながら一気読み。面白いよ。 |
No.437 | 4点 | 放課後に死者は戻る- 秋吉理香子 | 2017/06/24 23:07 |
---|---|---|---|
高校生活やそこでの人間関係の描写はリアルで、そういう部分は楽しめたのだが、いかんせんミステリとしてチープ。なんというか、畳みかけ方が大味だし、最後の仕掛けに対するそれまでの準備(描写や叙述の気配り)が足りない。
<ネタバレ> 「こいつさ、死んじゃったんだよな」という同級生のセリフのからくりは一応納得できるけど、だとしたら丸山が文化祭の準備の場面で城崎を手伝おうとしたのは辻褄が合わないんじゃないか。 あと、あれだけいろんなクラスメイトと話したり、いっしょに時間を過ごしたりしているのに行方不明の同級生がいることが一切話題に挙がらないなんてありえないし、小山のことを話題にしたときの田中吉雄の反応も不自然。 上手に辻褄が合うような会話にしているけど、そもそも普通だったら直接言葉にするからすぐにばれるはず。 仕掛けありきで、無理のある展開になっているという印象が強かった。 |
No.436 | 8点 | ハーメルンの誘拐魔- 中山七里 | 2017/06/24 22:51 |
---|---|---|---|
子宮頚がんワクチンの副反応により障害を負った15歳の少女が誘拐された。現場には「ハーメルンの笛吹き男」が描かれた絵ハガキが。障害を負った年端もゆかない少女を攫うという卑劣な犯行に憤る警察。ところが、次に誘拐されたのは子宮頚がんワクチンの接種を推進している団体の長の娘。これが偶然とは思えない犬養は、そのつながりに着目して捜査を進める—
どんでん返しが有名な著者だが、本作品のそれはいつもにもして痛快だった。身代金受渡しの警察の不備は、「今の時代そのぐらい構えるんじゃないの」と思いつつ、意外に本当に盲点になりそうな感じもして、興味深かった。 今回の話はあまり血なまぐさくなく、読後感もよかった。あまりに言葉が洗練され過ぎている感がある登場人物の会話は相変わらずだが、だからこそ力のある作品になっていることは間違いなく、著者作品の魅力である。 |
No.435 | 8点 | 孤島の鬼- 江戸川乱歩 | 2017/06/24 22:32 |
---|---|---|---|
乱歩作品にそれほど精通しているわけではないが・・・「That's 乱歩」という感じがする作品だった。いわゆる「変格」とはこういうもの?
現在なら出版自体が危うい差別用語の連発。先天的な障害、同性愛などエグい要素が盛りだくさんで・・・やっぱり「That's 乱歩」。洞窟を彷徨うくだりなどは、これにインスパイアされた後発も多かったのではと思ったのだが、なにせミステリ史に浅学なので違っていたらご容赦を。 古き良き時代の、よい意味で現実離れしたミステリ。三津田信三にこの継承を期待したいところだ。 |
No.434 | 6点 | 任侠学園- 今野敏 | 2017/06/24 21:58 |
---|---|---|---|
正直、ミステリの範疇には入らない。極道が学校の再建に乗り出すという極道エンタメ。シリーズの他作品を登録したので勢い登録してしまった。
でもまあ面白い。特に、対モンスターペアレントのくだりや、ヤクザの娘というだけで幅を利かせている鼻持ちならない女子高生の鼻を明かすときは痛快だった。 文庫版で、一日で読める。 その割に楽しめて、十分お得だと思う。 |
No.433 | 7点 | 逆風の街- 今野敏 | 2017/06/24 21:30 |
---|---|---|---|
「ハマの用心棒」こと、神奈川県警みなとみらい署・暴力犯係係長の諸橋と、相棒城島による「横浜みなとみらい署暴対班」シリーズ。
悪徳金融業者の苛烈な取立てに心身ともに摩耗した被害者の救済、取立て業者の糾弾に乗り出した諸橋&城島コンビ。だが、捜査が真に迫るにつれ、警察内部からそれを止めるようなブレーキを感じる。その背景が分かってくるにつけ、悪辣な取立てに憤慨していた諸橋も、さまざまな思いに揺れるようになる。 「社会の害悪、暴力団の排除」。その信念にブレはない諸橋だが、それはただたんに頑固一徹ということではなく、何が正しく、何が間違っているのか、不完全な人間らしい迷いや煩悶に悩まされることがある。そんな時に活路を開くのが相棒・城島の一言。そんな二人の関係が痛快で、このシリーズには惹かれてしまう。 警察エンタメ的な要素が色濃い著者の作品だが、必ずミステリ(つまり謎の解明)の要素はあり、しかもそれが警察内部の機構を踏まえたうえでの独特な色で面白い。私は「隠蔽捜査」シリーズが大好物だが、それが好きな人はきっとこのシリーズも好きになるだろう。 |
No.432 | 6点 | セイレーンの懺悔- 中山七里 | 2017/06/11 20:22 |
---|---|---|---|
今回の題材は、「マスコミの矜持」といったところか。
主人公の朝倉多香美は、帝都テレビの看板番組「アフタヌーンJAPAN」の制作に携わるジャーナリスト。朝倉には、実の妹が学校でのイジメを苦に自殺したという過去があり、世の真実を暴きたいという使命感をもってジャーナリストになった。 ある日葛飾区で発生した女子高生誘拐事件。被害者・東良綾香は、暴行を受けたうえで顔を焼かれるといいう、無残な状態で死体となって発見された。義憤に駆られ、鼻息荒く取材に向かう朝倉の前に立ちはだかったのは、警察の宮藤刑事だった。「不幸を娯楽にし、拡大再生産するのがマスコミ」とマスコミを侮蔑する宮藤刑事。強い反発を感じながらも、思い当たる節がある朝倉は何も言い返すことができず、自身の仕事の意味、存在意義を自問自答し煩悶する。 迷いや悩みを抱えながらも、先輩ジャーナリスト・里谷の教えを頼りに取材に邁進する朝倉。そんな中で、他社が嗅ぎつけていない人物たちにたどり着き、その密会の場をとらえることに成功する。特大スクープに小躍りし、事件の真相に迫ったという満足感に浸る朝倉だったが― 多くの読者が同じ感想を持つかもしれないが、青臭い主人公以上に、清濁併せ飲みながら、それでも揺るがない信念をもって職をまっとうする先輩、里谷に一番惹かれる。「スクープをものにしたい」という、ある意味下世話ともいえるジャーナリストの本能を認め、とはいえそれが世間にどう映るのか、被害者たちにはどう思われるのか、開き直りではなく真摯に受け止め、そのうえで前を向いて邁進する姿にカッコよさを感じる。 特ダネの誤報という形で真相が二転三転し、ミステリとしてもきちんと仕掛けが施されているが、それ以上にここまで述べたような社会的問題提起のほうに興味が惹かれるのは、評価の分かれるところかもしれない。 |
No.431 | 5点 | マル暴甘糟- 今野敏 | 2017/06/11 17:38 |
---|---|---|---|
甘糟達夫は、北綾瀬署刑事組織犯罪対策課に所属しているマル暴刑事。ヤクザと見分けがつかない強面ぞろいと相場が決まっているマル暴刑事の中で、真逆の弱弱しい風貌の甘糟は「何で自分が…」と疑問と不満を抱きながら職務にあたっているが、ヤクザ以上に恐ろしい先輩刑事・郡原の前ではそれも言えない。
ある日多嘉原連合の構成員、東山源一が撲殺される事件が発生。手口や、防犯カメラに映っていた不審な車の様子からは、明らかにヤクザではない「半グレ」の仕業のように見える。弟分を殺された多嘉原連合のアキラはいきり立つが、単純な半グレの犯行という見方に違和感を覚える郡原、甘糟は、アキラをいさめながら、ある意味協力的に真犯人を探っていく・・・ 現場主義の所轄である主人公たちに、エリート然とした捜査一課が加わることになり、始めは反目し合うような雰囲気だが次第に通じ合い・・・という、著者の作品にはよくあるパターンが本作品でも踏襲されている。それでも、その描き方が作品個々で味があり、ワンパターンとは感じさせず、いつも気持ちがよい。 肝心のミステリの方でも、マルBならではの仕来たりや組織構造が関わってくる仕掛けなので、一般のロジックとは違うが、だからこそ味があってよい。 常に時代劇のような「勧善懲悪」感がある著者の作品だが、その爽快感が人気の秘密なのではないかと思う。 |
No.430 | 6点 | 臨床真理- 柚月裕子 | 2017/06/11 17:13 |
---|---|---|---|
題材とストーリー、筆致は非常に面白く、本作品を皮切りに活躍するであろう作家としての力量は十分に窺がえる。そういう意味では賞の獲得も自分としてはうなずける。
ただ、デビュー作なのでまぁ致し方ないとは思うが、真犯人を推理させるうえでのミスリードの仕組み方が非常にベタで、それで逆に早々に見当がついてしまうところは確かにあった。その仕掛けのせいで、登場人物の人格が後半に反転するのだが、あまりにも極端に対極に振れるのにはやや苦笑した。 ただまぁそんなところをつつくのも厭らしい感じがするので、素直に「楽しめた」にしておきたい。 |
No.429 | 5点 | 任侠病院- 今野敏 | 2017/06/01 23:23 |
---|---|---|---|
所帯は小さいが、地元との関係を大切にし、それなりに地域住民からも愛されてきた阿岐本組。これまでも、経営難に陥る出版社、学校の再建に手を出してきた組長・阿岐本が次に持ち込んできた話は「病院の再建」。「自分たちのような人間が、人道を重んじる病院に関わるなんてとんでもない」―代貸の日村誠司はなんとかなきものにしようとするが、そんな思惑とは無関係に話は進んでいく。しかし、乗り気でない中病院に関わっていく中で、そこで働く「医療のプロ」たちの矜持にいつしか惚れ込み、肩入れしていってしまう—
絵に描いたような勧善懲悪(ヤクザである以上どちらも悪?)の展開は単純明快だが、むしろだからこそ気持ちいい。ミステリというよりエンタメ小説だと思うが、とはいえ再建する病院に入っている業者の黒幕や、住民の暴力団追放運動の裏側など、一応隠された真相を暴いていく体にはなっている。 といってもそれは描かれているとおりであり、趣向を凝らした仕掛けがあるわけでもない。とにかくエンタメ小説と割り切って読めば、ひと時の娯楽になることは間違いない。 |
No.428 | 7点 | 検事の死命- 柚月裕子 | 2017/06/01 22:42 |
---|---|---|---|
短編「心を掬う」「業をおろす」2編と、表題作である中編「検事の死命」の3本立て。平均的にクオリティが高い。ただ、「業をおろす」は前作にあたる「検事の本懐」を読んでからの方がよいと思う。
表題作「検事の死命」は、電車内の痴漢容疑をめぐる法廷ものだが、万引き・恐喝で逮捕歴のある、痴漢をされた側の女子高生・玲奈と、社会的名声や立場がある容疑側・武本とが、人物的にはどちらも怪しく感じられるところに著者の設定の妙を感じる。佐方が女子高生側に立つ役割である以上、ある程度の結末は見えるのだが、その過程を十分に楽しめる。 しかしながら、ある人物とある人物の接点についてあまりに軽い追及で進んでいってしまったのは、それによってほぼ最後の突破口が分かってしまった(笑) |
No.427 | 7点 | 最後の証人- 柚月裕子 | 2017/06/01 21:41 |
---|---|---|---|
7点をつけておきながらなんだが、ミステリとしての仕掛けは本サイト利用者なら十分に予想の範疇。もちろん私も、被告が誰かがわかる前から、そもそもそれが仕掛けだと何となく予想はついた。
しかしながらこの点数なのは、本作品が(というより柚月作品が)、魅力の幹となる部分は仕掛け以上に「法と正義を問う」部分と、「弁護士・佐方の哲学」にあるからだ。概ね行き着く先は予想できていながら、その過程に興味が魅かれ読み進めてしまう。そして、行き着いた先はまず読者の思いを満たしてくれる。 <以下ネタバレ注意> フィクションとはいえ、息子を失い、そのうえでこの結末を選んだ夫・高瀬光治の胸中はいかばかりか。その悲壮な決意と、そこへ向かう過程で際立つ夫婦(両親)の絆にやるせなさと切なさ、同時にある意味美しさを感じる。 その決意と覚悟を無にするのが佐方なのだが、佐方は佐方の哲学をもって(おそらく)断腸の思いでその哲学を全うする。 ストーリーがもつ「力」を感じる作品。 |
No.426 | 7点 | 衣更月家の一族- 深木章子 | 2017/05/21 19:17 |
---|---|---|---|
まぁよくこんな仕組みを考えたものだと感心する。著者の作品にはもともと最近ハマっていて、このサイトの書評を見て本作品を読んだので、バラバラに見える3つの事件がラストにつながることは知っていた。知らない方がよかったかな。
一つ目の「廣田家の殺人」などは、単体で短編小説であっても十分に通用するクオリティ。それが最後にはさらにひっくり返されるのだから、二重、三重に仕組まれた物語構造、作者の手腕に脱帽する。 宝くじ当選が発端となった「楠原家の殺人」などは、ああいう当選の仕方って現実に起こり得ることじゃないかな…なんて思ったりして、その話の組み立て方に作者の技量を感じる。 ちょっと凝り過ぎて、最後はややこしい感じは否めなかったが、それ以上によく練られた構想にただただ感心する思いだった。 「福山ばらのまち…」に応募したことがこの人の最大の上手さだった気がする。いかにも島田荘司好みの仕掛け方なので。 |
No.425 | 6点 | ビブリア古書堂の事件手帖7- 三上延 | 2017/05/21 18:50 |
---|---|---|---|
シリーズが始まった当初は、次々に刊行されて結構次を楽しみにしていたのだが、間が空いているうちにだんだんとその熱は冷め・・・正直「読んできたから読んどかないとな」というのが本当のところだった。
最後らしくガッツリ一冊一話の長編で、これまたオーラスらしく題材はこれまでで最高価値の稀覯本「シェイクスピアの未公表ファーストフォリオ」。とはいえ当然その辺の知識は全くないので、薀蓄を楽しみながらもあまりピンと来ずに読み進めていた。 <ややネタバレ> 栞子と五浦、そして肝心の栞子と母・智恵子、それぞれの結末は・・・まぁとりあえずよい終わり方(五浦との関係は当たり前だけど予想通り)でホッとした。あれだけ忌み嫌っていた(はず)の母・智恵子との確執はいったい何だったのかというような自然解決(?)だったが、悪い読後感ではないのでとりあえずOK。 物語の胆であるファースト・フォリオの真贋に関するトリックは、陳腐ではあったが、吉原の鼻を明かしたくだりは小気味よかった。 ひとつ言うなら、最後だけに、これまでの登場人物をもう少し出してほしかったな。 |
No.424 | 5点 | ゼロの迎撃- 安生正 | 2017/05/09 22:15 |
---|---|---|---|
史上まれにみる荒天に乗じて、免疫のない日本国にテロ部隊が襲い掛かる。現実の戦争に突如向き合うことになった日本のブレーンたちはその対処に慌てふためき、猶予を許さず極限の決断の迫られる中、情報部隊の真下三佐が決死の覚悟をもって事に当たる。息もつかせぬ怒涛の展開と疾走感、魂をぶつけあうような国防に命を懸けた男たちのやりとり…読みごたえは十分にあったし、楽しめた。
しかし、あまりにも簡単に多くの命が散り、けれども主人公とその近親の者だけは幾度も危機を迎えながら生き残るという設定、政府高官や軍人たちの極限状態でのやりとりがあまりにも仰々しいこと(そんなにすらすらと決め台詞のような言葉が出るか?)、結局主人公の真下三佐一人がずば抜けた崇高な頭脳で、他はそれに追随するような扱いであることなど、少し前までよくあった「主人公一人勝ち」のハリウッドSF映画を観ているような感覚になり、何となく白けた気分にもなった。 (国防の世界だからかもしれないが)上司を信頼するということはイコール「ためらわず命を懸ける」ということなのだろうか。真下は否定していたが、結局、寺沢陸曹長も高城三曹も迷わず散っていく姿が美として描かれている。最初の岐部三尉の態度が最も人間的で自然な反応だと感じるのだが、こちらも最後には覚悟を決めた姿が美化され、「良」として描かれると、どうしても反動で最初の姿は好ましくないものと位置付けられてしまい、なんだか釈然としない。 |
No.423 | 8点 | オーブランの少女- 深緑野分 | 2017/05/09 21:23 |
---|---|---|---|
直前の、虫暮部さんの「この作者にとって、ミステリは目的ではなく手段」という書評がまさに言い得て妙、的を射てらっしゃると思った。
古今東西様々な舞台設定で物語を編み上げる作者の筆力と見識は見事。無駄なく構成された展開も見事で、一冊で幅広く楽しめると感じる。そうした物語全体としての仕組みや構成が作品の味であり、ミステリはその骨組みの一部という感じが強い。 私も「片思い」がイチ押し。ほろ甘い独特の乙女心が描かれていて、読み物として非常に面白かった。 |
No.422 | 6点 | プロフェッション- 今野敏 | 2017/05/09 20:59 |
---|---|---|---|
4年の時を経て久々に出た「ST科学特捜班」シリーズの長編。
今回の主役は主に文書鑑定・プロファイリング担当の青山と、法医学担当の赤城。ある大学研究室の准教授や学生が誘拐されるという事件が3件立て続けに起こった。ただ、誘拐と言っても皆翌日に解放されている、奇妙な誘拐事件。しかし被害者たちは一様に、誘拐・監禁された間に「呪いをかけられ、変なものを飲み込まされた」と言い、実際に皆が体調を悪くして入院する。非科学的な「呪い」は存在するのか。そして犯人は誰で、その目的は—… 個性的で我が強いSTメンバーを、人の良いリーダー・百合根がなだめすかしながら、結果的にまとめ役を果たしながら捜査を進めていくというおなじみの体。犯人像や犯行手段について青山と赤城の意見が対立する場面などもありながら、お互いの役割の中でなすべきことをなす形で捜査は収斂されていく。 もともとロジカルな謎解きに主眼を置いている作者ではないので、それよりもキャラの立ったメンバーたちの組織的な捜査過程を楽しむもの。犯行動機・犯人の真相は、これまた一風変わったネタものだが、青山のプロファイリングを生かした仕掛けということなのだろう。 そう思うと、この特殊能力をもった5人のメンバーというSTの設定は、うまいこと考えられているなぁと思う。 |