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kanamoriさん
平均点: 5.89点 書評数: 2426件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.1586 6点 狩場の悲劇- アントン・チェーホフ 2011/09/12 18:05
チェーホフが初期に書き上げた唯一の長編ミステリ。ちくま文庫版”チェーホフ全集2”で読みました。
村の名士である伯爵の広大な領地を舞台に、複雑な恋愛模様の末の殺人事件の顛末が、事件に関わった元予審判事の持ち込み原稿という作中作の形式で語られます。

19世紀も末のロシア貴族の享楽的生活や、ある女性を巡る前時代的な人間模様など、主人公の予審判事の内面描写を交えた前半部は「さすが、ロシアの文豪」と思わせるのですが、殺人事件発生後(つまり本格的に探偵小説になったとたん)”ある事情”により急に文芸的にレベルダウンしてしまってますね(笑)。本書に仕掛けられた先駆的アイデアについては事前に知っていましたが、知らずに読んでもこれは分かってしまうでしょう。

なお、この作品は東都書房の世界推理小説体系5にも収録されているのですが、併録作品が「スミルノ博士の日記」というのが何ともシュールです。

No.1585 6点 鍵のかかった部屋- 貴志祐介 2011/09/07 22:46
「硝子のハンマー」の防犯探偵&天然女性弁護士コンビ・シリーズの第3弾。例によって密室トリックのハウにのみ拘った4編が収録されています。
真正面から密室トリックに挑んだ前半2作では、多重トリックで複雑強固な密室を構築した表題作がなかなかの力作。犯人像はどこか”ハスミン”を思わせる。
後半2作は、ともにおバカなトリック。「歪んだ箱」は”巨人の星”のあの名シーンがトリック発想のヒントなんだろうか。なお、最後の「密室劇場」は自分のなかでは読まなかったものとしたい(笑)。

No.1584 7点 一日の悪- トマス・スターリング 2011/09/05 22:20
ヴェニスにある古い屋敷を舞台にした遺産相続を巡るミステリ。

これはかなり面白い。よく出来た騙し絵ミステリですが、内容を詳しく書こうとするとどうしても事実と異なるアンフェアな表現になってしまう困った作品。
途中までは心理サスペンス風でちょっと読みずらいところもありますが、終盤の構図の反転度合いがすごいです。遺産相続ものの登場人物達それぞれの役割・立ち位置をここまで逆転させた手際はお見事というしかありません。

No.1583 6点 変調二人羽織- 連城三紀彦 2011/09/04 17:47
探偵小説専門誌「幻影城」でのデビュー作である表題作や、新人としては異例の「幻影城」に一挙掲載された3作品など、最初期の作品5作収録(講談社文庫版)。
デビュー同時代に読んでいた者としては思い入れ度が高いのだけど、今回再読してみて、叙情的な物語とトリッキィな仕掛けが融合した後の作品と比べると、トリック先行で強引なところが目につき、さすがに完成度では「戻り川心中」などには及ばないなという感想。
そのなかでは、明治時代と現代の相似形のような二つの話を交互に描き終幕で結合させた「六花の印」が花葬シリーズに通じる趣きがあった。

No.1582 7点 暁の死線- ウィリアム・アイリッシュ 2011/09/03 20:00
大都会の夜の寂寥感、男女の運命的出会いとロマンチシズム、タイムリミット・サスペンスと、これぞアイリッシュという持ち味が全て織り込まれた名作でしょう。
プロットが都合よすぎて予定調和なところも正にアイリッシュ(笑)。
作者の描く女性はどの作品も魅力的ですが、本作のヒロインのけなげで可愛らしさは、個人的に「黒い天使」のアルバータと並び印象に残ります。

No.1581 4点 殺人回路- 桜田忍 2011/09/02 18:14
アリバイ崩しをメインにした昭和のB級本格ミステリ。
前半は、70年安保闘争や内ゲバなど背景になる社会情勢の記述に力点が置かれていて、ミステリとしてはバランスが悪いのだけど、事件の構図が分かり大阪と東京の捜査陣の視点になってからは楽しめた。
二段構えの電話のアリバイ・トリックについては、当時としては珍しい仕掛けだったと思うけれど、山村美紗か何かで読んだことがあるような気がする。

No.1580 6点 第四の扉- ポール・アルテ 2011/09/01 20:09
比較的短めの分量の中に作者の企てが多数入っていて、デビュー長編らしい意欲的な作品だと思います。
怪奇趣向は”あっさり風のディクソン・カー”というか、本家ほどの濃密さは感じられず、密室トリックもオリジナリティの点でイマイチでしたが、作品全体に仕掛けられた趣向は面白いと思いました。
もう少し登場人物を整理してプロットをシンプルなものにすれば、最後の一撃のインパクトが増していたのではと思います。

No.1579 6点 悪霊島- 横溝正史 2011/08/29 21:53
正史最晩年(亡くなる前年)に書き上げた金田一耕助が登場する最後の長編。
さすがに、最盛期のようなミステリ趣向のキレはなく、特に上巻は冗長な感じを受けますが、岡山県沖の離島、「鵺」のダイイングメッセージ、隠された血縁の秘密、笠と蓑の謎の人物、地下洞窟での対決など、最後の最後まで”横溝ワールド”の探偵小説にこだわった創作姿勢には脱帽するしかありません。磯川警部の過去を密接に事件に絡ませた点もよかった。
重要人物である神主の妻・巴御寮人については、やや書き込み不足なのが惜しい気がする。

No.1578 6点 ティモシー・トラントの殺人捜査- パトリック・クェンティン 2011/08/28 15:37
ニューヨーク警察殺人課のトラント警部補を探偵役に据えたパズラー短編集。'50年代にEQMMに断続的に掲載されたものを「翻訳道楽」の宮澤氏が編集したものです。

「わが子は殺人者」や「女郎ぐも」などの巻き込まれ型サスペンスでは脇役だった、トラント警部の若かりしころの事件が10編収録されていて、いかにもF・ダネイ好みの非常にオーソドックスな犯人当て連作ミステリでした。殺人動機の隠蔽テクニックが光る「氷の女」など、ていねいな伏線と気付きの面白さで好印象を受けました。
ただ、枚数の関係で物語にふくらみがないので、推理クイズ並みの味気なさがあるのが残念です。

No.1577 6点 てとろどときしん- 黒川博行 2011/08/27 17:45
初期短編集。サブ・タイトルは”大阪府警・捜査一課事件報告書”。
お馴染みのクロマメ・コンビが登場する3編のなかでは、過去のフグ中毒死事件を発端に意外な展開をみせる表題作「てとろどときしん」が面白かった。犯人側のアクシデントによって事件の真相が錯綜していくというのが一種パターンとなっている。クロマメ・コンビの大阪弁の漫才風やり取りも健在。
他の3編には、容疑者(犯人)側視点によるクライム小説ぽいものが含まれていて、この頃から必ずしも謎解きミステリに拘っていないように思われる。

No.1576 6点 ジーヴズの事件簿 才気縦横の巻- P・G・ウッドハウス 2011/08/25 18:20
ちょっとオツムのゆるい御主人が持ち込む厄介事を、機智に富む策略でそつなく解決していく嫌味なほど優秀な執事ジーヴズ。

ミステリの範疇には入らないユーモア連作短編集ですが、各編の絶妙な伏線とどんでん返しはミステリに通じるものがあります。
叔母のアガサや友人のビンゴなど、脇役陣も個性豊かで面白く、古典とは思えないユーモア・センスがある。
最後に収録された「バーティ君の変心」のみジーヴズの一人称で語られており、手の内を垣間見れる異色作。

No.1575 4点 シンフォニック・ロスト- 千澤のり子 2011/08/23 17:43
中学校の吹奏楽部内の”連続殺人”を扱った青春恋愛ミステリ。
第1章、第2章と読み進めていくうちに、何か違和感のようなものがあるので、そっち系のミステリということは気付いたが、仕掛けの全容は最後まで読んでも分からず(笑)、ネタバレ書評を見てやっと理解できました。
2種類のアレを組み合わせたところにユニークさがあるのかもしれませんが、ネタ的に二番煎じ感は否めず、再読して作者の技巧を確認する気にはなりませんでした。

No.1574 6点 夜明けのパトロール- ドン・ウィンズロウ 2011/08/20 23:11
私立探偵ブーンと5人のサーファー仲間”ドーン・パトロール”シリーズの第1作。
舞台であるカリフォルニア最南端の街サンディエゴの情景描写とサーファー仲間のプロフィール紹介を織り交ぜながら、いつもながらの軽妙でテンポのいい語り口で途中までは楽しめたのですが、中盤以降のストーリーが重苦しい内容になって戸惑ってしまった。かってに「ボビーZ」風のポップなものを想定していたせいかもしれませんが。
まあ、”ドーン・パトロール”はいずれも個性豊かな面々がそろっているので、群像劇としても次作以降期待できそうかな。

No.1573 8点 ジェノサイド- 高野和明 2011/08/17 13:42
地球規模で展開される骨太の冒険サスペンス。
アフリカの密林での戦闘アクション、創薬化学とタイムリミット・サスペンス、ホワイトハウスが関わる陰謀もの、”無限に発達した道徳意識を持つ”未知の生物など、詰め込み過ぎとも思える様々な要素が徐々に収斂していく構成力が秀でていて、評判どおりの圧倒的な面白さで堪能しました。
織り込まれているメッセージはやや陳腐かもしれないが、学生時代に嵌った「神狩り」シリーズや小松左京「復活の日」などの初期作に通じる懐かしさも感じさせてくれた。

No.1572 6点 不肖の息子- ロバート・バーナード 2011/08/13 18:10
作家の死を契機にして、残された家族・関係者の人間心理の綾をシニカルに描きだす作品をいくつか書いているバーナード。
本書も、ベストセラー推理作家の毒殺死による残された三人の子供たちの葛藤を描き、なぜ嫌っていた放蕩息子の長男にだけ遺産の大半を譲る遺言状を残したのかという謎から、オリヴァー卿の本当の人となりが浮き彫りになってくるところが面白い。
個性的な事件関係者とは対照的に、探偵役のメレディス警部があまり目立たないので全体的に地味な印象ですが、オーソドックスな現代本格派ミステリとして水準はクリアしているのでは。

No.1571 5点 翼のある依頼人- 柄刀一 2011/08/11 18:01
シャーロッキアン(ホームズ愛好家)仲間の集団探偵もの、「マスグレイヴ館の島」に続くシリーズ第2弾。
あとがきによると”ティータイム・ミステリ”を目指したとのことですが、文章が硬質なうえにユーモア感覚に欠けるので、作者の狙いは成功しているとは言い難い。各編に破天荒な不可能トリックを入れているのも(作者の真骨頂とはいえ)このタイプの雰囲気に合わない気がする。
表題作「翼のある依頼人」が唯一不可能トリックではなく、人真似をするインコの言葉から隠れた犯罪を暴いていくという「九マイルは遠すぎる」を思わせる構成でまあ楽しめた。

No.1570 6点 すべては死にゆく- ローレンス・ブロック 2011/08/10 18:10
もとアル中の私立探偵、マット・スカダーシリーズの16作目。
”もとアル中探偵”という呼称の「もと」はアル中に係るのだけれど、スカダーとエレインの穏やかな会話と醸し出す雰囲気は隠居した私立探偵を思わせる。
本書のメインプロットは、前作「死への祈り」の続編で、殺人鬼がスカダーに復讐を企てる物語。しかし、これまでのシリーズで重要な役割を果たした懐かしい人物たちへの言及が何度も挿入されている構成のほうが気になった。今年になって次作の出版が予定されていると知って安心したが、これは最終作ともとれる内容だった。
30年近く読み継いできた思い入れのあるシリーズなので、出来るだけ長く続けてもらいたいものだ。

No.1569 5点 謀殺のチェス・ゲーム- 山田正紀 2011/08/09 11:45
初期の冒険アクション小説。自衛隊の新型対潜哨戒機の強奪計画を巡って、北海道・奥尻島から最後は沖縄・宮古群島に至るまでの日本列島を縦断しながらの頭脳戦、肉弾戦、銃撃戦が楽しめる。
ただ、新戦略専門家というわりに両陣営の指令役が口ほどのものでなく、結局は偶然を多用したご都合主義的な展開になってしまいしらけるところがあった。

No.1568 6点 夜の熱気の中で- チェスター・ハイムズ 2011/08/07 12:38
ハーレムの黒人刑事コンビ、棺桶エド&墓掘りジョーンズ・シリーズの第7弾。
今回も、あるブツを巡って個性的で怪しげな人物たちが争奪戦を繰り広げるというパターン化したプロットながら、騒動で続出する死者が総勢12名というのはシリーズ一番の過激さです。
”墓掘り死す”のラジオのニュースを聴いてからの棺桶の暴走ぶりも迫力満点でしょう。ツッコミどころも多々ありますが、最後は珍しくミステリ的な仕掛けもあり楽しめました。

No.1567 7点 生霊の如き重るもの- 三津田信三 2011/08/04 18:57
刀城言耶シリーズ、大学生時代の事件簿を収めた中短編集。作中に”「新青年」で連載が始まった「八つ墓村」”という記載があるので、時代設定は昭和24年前後と思われます。

表題作「生霊の如き~」は、生霊=ドッペルゲンガー・ネタで、ヘレン・マクロイの作品にも言及しているが、本物の後継ぎはどっちかというプロットや人物配置など、モロに「犬神家の一族」へのオマージュ作。恒例の一人多重解決がよく練られている。
その他の作品もどれも面白かった。足跡のない殺人、密室状況からの人間消失などの謎解き部分と、最後に立ち現われるホラー部分が絶妙の融合を見せており、総体的に第1短編集より出来がいい様に思う。

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