皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
していません。ご注意を!
メルカトルさん |
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平均点: 6.04点 | 書評数: 1901件 |
No.921 | 7点 | お前の彼女は二階で茹で死に- 白井智之 | 2019/01/16 22:20 |
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高級住宅地ミズミズ台で発生した乳児殺害事件。被害者の赤ん坊は自宅の巨大水槽内で全身を肉食性のミズミミズに食い荒らされていた。真相を追う警察は、身体がミミズそっくりになる遺伝子疾患を持つ青年・ノエルにたどりつく。この男がかつて起こした連続婦女暴行事件を手がかりに、突き止められた驚くべき「犯人」とは…!?鬼才が放つ怒涛の多重解決×本格ミステリ!
『BOOK』データベースより。 前にも書きましたが、白井智之の新作と聞いて黙っていられない私は、今回も早速購入し、諸事情によりようやく読み終えました。はっすーさんに後れを取ってしまいましたが。 内容はとても充実しており、二冊分読んだような気分です。それにしても、本作はいろんな意味で凄いですね。相変わらずの特異設定を伏線に利用し回収、見事に解決に結びつけ本格ミステリへと昇華しているのが凄い。命に対する尊厳の欠片もなく、人を人とも思わない無機質なもののように扱うところが凄い。ある人物の鬼畜の如き所業の数々が凄い。人名や地名のネーミングセンスが凄い。といった具合です。 個人的には前作のほうが好みでしたが、これはこれで素晴らしいと思います。グロさはやや控えめだというものの、そちらに耐性がない方には決してお勧めできない代物です。しかし、どういう頭の構造をしていればこんな複雑で捻じくれた小説を書けるのか、作者に対する畏敬の念を禁じえません。粗削りな面は否めませんし、表紙のセンスの悪さは何とかならんものかと思いますが、今年の年間ベスト10が今から楽しみです。今これだけ直截的な表現ができる作家は、彼をおいて他にいないのではないでしょうか。 |
No.920 | 6点 | トリプルプレイ助悪郎- 西尾維新 | 2019/01/12 21:54 |
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岐阜県の山奥―裏腹亭。偉大な作家・髑髏畑百足が生活していた建物に、その娘であり小説家である髑髏畑一葉はやってきた。三重殺の案山子―刑部山茶花―が送りつけた予告状から事件は始まる―。気鋭・西尾維新が御大・清涼院流水の生み出したJDCワールドに挑む!維新×流水=無限大。
『BOOK』データベースより。 前作『ダブルダウン勘繰郎』に比べて格段に本格度が増しています。しかも、今回はJDCの探偵が二人(正確には三人)も出てきてサービス精神も大いに感じます。だからと言ってJDCらしさが出ているかとなるとそうでもない気がします。まあ、作者が違うのだから仕方ないでしょうが、その代わり西尾維新の本領を発揮していると思います。 メインは密室ですが、トリックが意表を突くものでさすがにこれは見抜けないですね。さすが西尾、こうした本格ものを書かせても凡人の発想にはない才能を感じさせます。ただ、やや無理があると言えなくもありません。ご都合主義とまではいかなくても、んん?って感じの不自然さが気になります。 トリビュートもいいですが、九十九十九や龍宮城之介辺りを主人公にしたパスティッシュも読んでみたいですね。 |
No.919 | 6点 | ダブルダウン勘繰郎- 西尾維新 | 2019/01/10 22:07 |
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京都―河原町御池交差点。蘿蔔むつみはそびえ立つJDC(日本探偵倶楽部)ビルディングを双眼鏡で一心不乱にみつめる奇妙な探偵志望者・虚野勘繰郎とめぐりあう。―それが過去に66人の名探偵の命を奪った『連続名探偵殺戮事件』の再起動と同調する瞬間だとは思いもよらずに…!?新鋭・西尾維新が御大・清涼院流水の生み出したJDCワールドに挑む。
『BOOK』データベースより。 推理小説というより探偵小説でしょうね。短いのと主要登場人物が4人と少ないこともあって、ストーリー性にはあまり期待できません。しかし、その中にも仕掛けとトリックを盛り込んで、上手く纏め上げている感じです。物語の抑揚はしっかりしていて、ちゃんと見せ場はあります。スマートさと破天荒さが上手くミックスされているように思います。 JDCに欠かせないスケールの大きさはありません。それよりもキャラクターに特化しており、それぞれの個性やスタンス、物事のとらえ方、考え方等を大切にしているのだと思います。それは各自の台詞によく表れており、探偵というなんだかよく分からない職業に対する作者なりの解答なのかもしれせん。 トリビュートとは言っても、JDCの名だたる名探偵は出てこないため往年のファンにとっては寂しいかもしれませんね。まあ一人だけ人気の黒衣の名探偵が友情出演してますけど。勿論名前は明かされませんよ。それが西尾流ってことなのだと思います。 |
No.918 | 7点 | 頭蓋骨の中の楽園- 浦賀和宏 | 2019/01/07 22:16 |
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首なし死体として発見された美人女子大生、菅野香織。彼女の死と殺害方法は、ミステリ小説の中で何故か予告されていた。首は見つからぬまま、再び発見される首なし死体。異常な連続殺人の背後には、密室の中で自ら首を切断して自殺した作家の存在があるという。被害者の同級生、安藤直樹が事件の真相を追う。『記憶の果て』『時の鳥篭』に続く安藤シリーズ第3弾。
『BOOK』データベースより。 後編途中まではユーモアを適度に含んだ青春ミステリの様相を呈しています。凄惨な事件が起こる割には文体は意外にも軽く、大変読みやすかったのですが。180ページに及ぶ解決編からガラリと雰囲気が変わります。果たしてここまで大風呂敷を広げて大丈夫なのか、と心配になったりもしましたが、一つ一つの事件が繋がりを持ち、複雑に絡み合って収束します。しかし、私は苦しみました。それなりに集中していたはずなのですが、面白かっただけにその分苦痛も感じました。それはAmazonでの下巻のレビューにネタバレに近いものを発見してしまったからです。肝心の首を切断した理由・・・これに関わる部分を。それにより、読後しばらくすっきりしない気分を味わわされました。やはり断りのないネタバレはいけませんね。読むと決めた作品のレビューをわざわざ見た私にも罪はありますが、それにしても。 しかしまあ、冷静になって考えてみれば安藤直樹という男がどんな人物なのかが知りえたことは大きいですし、『萩原重化学工業連続殺人事件』との関連もある程度掴めたので、そこは納得できて良かったのではないかと考えています。 最初は8点つけようかと思っていましたが、それでは『萩原・・・』を超えてしまうので、やはり同等にすべきと考え、7点です。 |
No.917 | 7点 | 家守- 歌野晶午 | 2019/01/03 22:35 |
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これはかなりの高水準の短編集だと思います。全て家に纏わる物語に体裁としてはなっていますが、それぞれ違ったタイプの作品です。例えば表題作。本格物で、現実的かどうかは別にして、相当奇妙奇天烈な密室トリックを用いていますが、その発想力は見事としか言いようがありません。しかもその裏に隠された真実は、驚嘆に値します。一見何でもないような出来事が伏線となって読者を翻弄します。
『人形師の家』は明らかに島田荘司の影響を受けていると思われる作風ですね。冒頭のピグマリオンの神話からラストに至るまで、巧妙に話を繋げる高等テクニックには脱帽するしかありません。 『転居先不明』は異色な作中作の変形であり、そのプロットは思わず上手いと拍手を送りたくなります。 ほかの作品にも言えることですが、全体を通して構成の妙は歌野作品の中でもトップクラスなのではないでしょうか。この作者は短編のイメージがあまりないと思いますが、逆に大胆な着想が余計な夾雑物を排しており、トリックやプロットが際立っているように感じました。適度に捻りも効いていて、抑揚に富んだ書きっぷりは他に類を見ないものとなっていると思います。 いずれ劣らぬ佳作揃いの5篇。光文社文庫刊を新たに角川文庫から再刊行されて、入手しやすくなっていますので、是非読んでいただきたいものです。 |
No.916 | 6点 | 掏摸[スリ]- 中村文則 | 2018/12/30 22:43 |
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東京を仕事場にする天才スリ師。ある日、彼は「最悪」の男と再会する。男の名は木崎―かつて仕事をともにした闇社会に生きる男。木崎は彼に、こう囁いた。「これから三つの仕事をこなせ。失敗すれば、お前を殺す。逃げれば、あの女と子供を殺す」運命とはなにか、他人の人生を支配するとはどういうことなのか。そして、社会から外れた人々の切なる祈りとは…。大江健三郎賞を受賞し、各国で翻訳されたベストセラーが文庫化。
『BOOK』データベースより。 短いですが、中身がぎっしり詰まったアングラ小説です。裏の社会を描いた本作は、我々が体験できない非日常に満ちており、特に掏摸に関する実態やその手口などは、とてもよく研究されていて真に迫るものがあると思います。 非常に陰鬱な世界観と、狂気を超える愉悦とが縄のように交錯しながら物語は進行し、迫真のサスペンスを産んでいます。特に支配される立場にある主人公の一挙手一投足には目が離せません。 登場人物は子供に至るまで世間から弾き飛ばされた破滅型の人間ばかりで、作者らしくその内面を言動で鋭く抉っています。それは台詞による心理描写に、より優れており、木崎の長広舌などはその最たるものです。しかもこの木崎という男、本物の恐ろしさを湛えた超極悪人そのものですね。 作中に塔が何度も出てきますが、作者自身の解説によれば幼き日の原風景の一つだとのこと。これもなんだか納得できる気がします。誰もが持つ忘れがたい想い出のひとかけら、本人にとっては死ぬまで去らない何気ない一瞬。それがこの物語の原点のようです。 尚、主人公のその後は語られず終いですが、続編で明らかにされている模様。なのでやはり『王国』を読まずにはいられない私がそこにはいます。 |
No.915 | 5点 | ふたりの果て ハーフウェイ・ハウスの殺人- 浦賀和宏 | 2018/12/28 22:05 |
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引き裂かれたふたりの世界。転落事故に遭い姿を消した妹を探す健一。隔離された学園に囲われる少女、アヤコ。選ばれし、美しき子供が暮らす洋館での殺人事件。この結末は、予測不能―!!著者渾身の「実験的」長編ミステリー誕生。
『BOOK』データベースより。 良くも悪くもらしいと言えばらしいですが、一般読者にとっては意味が分からないとか、これじゃあ何でもアリじゃんという感想になってしまうと思います。しかし、それが浦賀ワールドなので仕方ありませんね。 タイトル通り、「ふたりの果て」パートと「ハーフウェイ・ハウス」パートが並行して進み、中盤まで何も起こる気配がなく、やっと丁度折り返し地点で殺人が起こります。しかし、それも謎めいたものではなく、ここまでは正直タルいと感じました。 謎と言えば、アヤコと綾子は同一人物なのか、同時に現れる二人の健一はどうなのかというもので、興味はもっぱらその辺りに偏ってしまいます。あれこれ考えを巡らしても到底真相は掴めません。そこここに伏線は張り巡らされていますが、そりゃ解らんはずだわ。 結局最後は浦賀らしく、死んでいるのに死んでいない的な有耶無耶感満載で、それにプラスして悪く言えばメタに逃げたと罵られても仕方ない状況に。実験的なのかもしれませんが、それはこの人にとっては当たり前のことなので、今更堂々と帯に謳うほどのこともなかったのではないでしょうかね。有体に言えば、単行本で刊行するような大した作品ではないと思いました。いきなり文庫でよかった気がしますが。 |
No.914 | 7点 | 人魚の眠る家- 東野圭吾 | 2018/12/23 22:24 |
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「娘の小学校受験が終わったら離婚する」。そう約束していた播磨和昌と薫子に突然の悲報が届く。娘がプールで溺れた―。病院で彼等を待っていたのは、“おそらく脳死”という残酷な現実。一旦は受け入れた二人だったが、娘との別れの直前に翻意。医師も驚く方法で娘との生活を続けることを決意する。狂気とも言える薫子の愛に周囲は翻弄されていく。
『BOOK』データベースより。 生きているのか、死んでいるのか。 これは脳死と臓器移植という大変重いテーマに、真っ向から挑んだ問題作です。しかし読者に色々考えさせながらも、決して暗くなり過ぎずエンターテインメントとしても機能している、稀有な作品と言えると思います。得てして難解になりがちな内容を明確に作者の意図を提示しながらも、植物状態として生かすのか、脳死判定をおこない臓器提供をするのかとの命題を、読者に投げかけています。 6歳の少女がプールでの事故で脳死状態だと判断された時、また両親が脳死判定を拒否し延命措置をし続けていることに対し、家族や親族がそれぞれの立場から様々な心情を抱え、苦悩する姿は読み応え十分です。 そんな中一人狂気に走る母親の薫子には、極端ではありますが、子供に対する愛情が見て取れます。しかし、やはり彼女に対しての違和感は拭いきれません。ですから、そこまでするのかという恐ろしさをどうしても禁じ得ませんね。決して他人事ではないのでしょうが、読んでいて若干の息苦しさを覚えずにはいられません。 第四章での募金活動には大いに疑問を感じる部分があったりもしましたが、エピローグは気の効いたエンディングで、後味の良い締め方だったと思います。この辺り如何にも東野らしい味が出ていて好感が持てますね。 |
No.913 | 8点 | 鬼の跫音- 道尾秀介 | 2018/12/19 22:55 |
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ホラーでこれだけ楽しめる作品集はあまり見かけません。一概にホラーと言っても、『ケモノ』や『瓶詰の文字』のようにミステリ要素の強いものもあったり、非常にバラエティに富んでいて一つひとつ味わいが違います。しかも短編なのに、二転三転する作品が多く、凄くエッジが効いており、完成度としては初期の短編集なのを考慮すれば非常に高いものと言わざるを得ません。しかも、どれもこれも読後気分的に引き摺られるものばかりで、佳作秀作揃いだと私は思います。
それぞれが独立した短編なのに、Sと言う人物が重要な存在であったり、鴉や昆虫などが小道具として使われていたりする共通点があり、特に動物の扱いがぞんざいだったりします。そこには情の欠片もなく、命というものに対する尊厳など一切存在しません。それは人間に対しても情無用である点で相通じるものがあります。そこに私は道尾秀介の作家としての覚悟が見られる気がします。 取り敢えず、ホラー作品はワンパターンになりがちなところがあると思いますが、これだけ種類の違った短編を並べられる作者には敬意を表したいですね。個人的に滅多に付けない8点を献上するのに躊躇いはありませんでした。素晴らしい作品集だと思います。 |
No.912 | 7点 | 女王暗殺- 浦賀和宏 | 2018/12/17 22:07 |
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美しい母と二人、何不自由なく暮らしていた武田。その母が殺害された。謎の数字と、自らが本当の親ではないことを言い遺して―。自分が見てきた世界は何だったのか?自分は何者なのか?記憶喪失の女、自分を付け狙う怪しい影、実の母を殺した友人…無関係に見えた複数の謎の向こうに、武田はついに巨大な陰謀があることを知る!
『BOOK』データベースより。 本作は『安藤直樹シリーズ』のシーズン2の第二作にして、『萩原重化学工業シリーズ』の第二弾だそうです。とは言え、私自身『安藤シリーズ』を全く読んでいないわけで、そこに関しては何も語ることができません。ただ、安藤直樹なる人物は本シリーズには登場しないことだけは確かです。つまり、作者本人がそう銘打っているだけで深い意味はないのだと思います。 上に紹介した概略だけ読んでも、多くの人が何が何だかわからないでしょう。要するにそういう事ですよ。簡潔にストーリーなりあらすじを纏められるような代物ではないんです。 ですから感想だけ述べると『萩原重化学工業連続殺人事件』に比較して、幾分毒気が抜けている感じはしますが、相変わらず捻くれた物語を紡いでいるなと思います。恋愛小説的な要素も含んでいますが、最後には木っ端微塵に砕かれます。SF、サスペンスなども引っくるめて本格ミステリの形はかろうじて維持していると思います。おまけの密室なんかもサービスで無理矢理入れ込んでいたりしますし。 やや心残りなのは、最後真相が明らかになる過程が足早過ぎて頭の中に浸透するのに時間が掛かる点、前作も感じましたが肝心の萩原重化学工業が背景にあるはずなのに、ほとんど触れられていない点、でしょうかね。ですが、好きですよ私は、こういう訳の分からない世界観というのか、おそらく浦賀にしか書けない独特の作風が。 最後に、本作を読まれる方は(おそらく誰もいないでしょうが)、前作から読んだ方が理解しやすいと思います、余計なお節介ですが。 |
No.911 | 7点 | ふたえ- 白河三兎 | 2018/12/13 22:19 |
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超問題児の転校生・手代木麗華がぼくらの世界を変えてしまった。ドン臭い「ノロ子」、とにかく地味な「ジミー」、将棋命の「劣化版」、影の薄い「美白」、不気味な「タロットオタク」―友達のいない五人と麗華で結成された『ぼっち班』の修学旅行は一生忘れられない出来事の連続で…。物語が生まれ変わる驚きの結末!二度読み必至、どんでん返し青春ミステリーの傑作誕生。
『BOOK』データベースより。 月曜日に書店に行きました。なぜか火曜日出版のはずの『このミス』が並んでいましたので早速手に取ってまずは第一義の高山一実のインタビューから。ざっと目を通し、いよいよ国内外のベスト20を確認、残念ながらあまり興味が湧かず、そっと戻して少しだけ後ろ髪を引かれる想いで書店を後にしました。 どうでもいい話をしてしまいました。 さて『ふたえ』ですが、一章ごとに語り手である主人公が入れ替わる、修学旅行中のちょっとした冒険譚です。それぞれがぼっちであり、男女とも過度に美化されることもなく、等身大の高校生を描いている時点で既に心惹かれるものがありました。 読み心地は最高です。ですがミステリの要素はごく薄く、確かに日常の謎的な案件を含んだ物語もありますが、それよりも恋愛小説の色のほうがより濃く描かれており、どちらかと言うとミステリと言うよりも青春小説なのかなと・・・ と思っていましたが、最終章で見事にやられました。これは完全なミステリです。ええ、ええ、そりゃもう何度も前に戻って読み返しましたよ。その度に実によく考えられているし、上手く読者に隠蔽された事実を悟らせないように尽力されているなと思いました。私が読んだ作者の小説の中では断トツの出来ですね。 各章ごとに読みどころがあり、特に第一章では笑いのツボが至る所に地雷のように埋め込まれていますし、全体として悲しくも爽やかな逸品となっています。 |
No.910 | 7点 | あなたが消えた夜に- 中村文則 | 2018/12/09 22:06 |
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ある町で突如発生した連続通り魔殺人事件。所轄の刑事・中島と捜査一課の女刑事・小橋は“コートの男”を追う。しかし事件は、さらなる悲劇の序章に過ぎなかった。“コートの男”とは何者か。誰が、何のために人を殺すのか。翻弄される男女の運命。神にも愛にも見捨てられた人間を、人は救うことができるのか。人間存在を揺るがす驚愕のミステリー!
『BOOK』データベースより。 第一部は奇妙な点はありますが、通り魔事件を扱った普通の警察小説です。第二部では事件が複雑化し混迷を極めます。誰も彼もが一癖ある人物ばかりで、語り手である主人公の中島さえ心に傷を持っています。そんな中、唯一女刑事の小橋が魅力的でとても好感が持てます。人物造形が最も優れており、性格の良さがこの暗い物語を中和する役割を担っています。 第三部で様相が一変します。手記を中心に据え、ある人物の心の闇が浮かび上がります。それだけではなく、警察関係者以外の登場人物のほとんどが破滅型の人間ばかりで、読者は一体何を信じればいいのか判断がつかず、足元が崩れ落ちるような感覚にさえ陥ります。 この作者は、人間の業やさがを描くことがまるでライフワークのようになっているのかもしれません。人はそれを圧倒的人間ドラマと呼ぶのでしょうが、非人間的な残酷性、自己崩壊、歪んだ信仰心、欺瞞、洗脳などのカオスを果たして単なるドラマと片付けてよいものか評者は迷うばかりです。 人間の心の持つ奥深さ、脳から伝達される揺らぎを描かせたらこの人の右に出る者はいない気がしますね。 |
No.909 | 7点 | 何もかも憂鬱な夜に- 中村文則 | 2018/12/05 22:42 |
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施設で育った刑務官の「僕」は、夫婦を刺殺した二十歳の未決囚・山井を担当している。一週間後に迫る控訴期限が切れれば死刑が確定するが、山井はまだ語らない何かを隠している―。どこか自分に似た山井と接する中で、「僕」が抱える、自殺した友人の記憶、大切な恩師とのやりとり、自分の中の混沌が描き出される。芥川賞作家が重大犯罪と死刑制度、生と死、そして希望と真摯に向き合った長編小説。
『BOOK』データベースより。 これは純文学ですね。短いですがサラッと読み飛ばせるような代物ではありません。中身は限りなく重く、まさに気分を憂鬱にさせてくれます。 命とは何か、罪とは何か、人間とは何かなどを読者に問い掛けるばかりでなく、自ら断じている部分もあります。文庫本の解説で又吉直樹氏も取り上げていますが、作中の台詞に「これは凄まじい奇跡だ。アメーバとお前を繋ぐ何億年の線、その間には、無数の生き物と人間がいる。どこかでその線が途切れていたら、何かでその連続が切れていたら、今のお前はいない。いいか、よく聞け」「現在というのは、どんな過去にも勝る。そのアメーバとお前を繋ぐ無数の生き物の連続は、その何億年の線という、途方もない奇跡の連続は、いいか?全て今のお前のためだけにあった、と考えていい」というものがあります。まさにこの言葉は普通に生きられない人間、つまり私のような者には、心の奥底にまで突き刺さりました。他にも多くの真理を突いた言葉の数々が横溢しており、ひどく考えさせられると同時に首肯させられます。 何が普通かはさておき、犯罪者と同類と揶揄される主人公の懊悩が読んでいて痛いほど伝わってきます。それは誰もが持ち得るものなのかも知れません。私にもあなたにも。異常で卑屈な何かが。 本書は面白いとか楽しいとかの次元を超えた、超エンターテインメント小説だと思います。おそらく一般受けはしないでしょうが、世の中にはこんな小説もあるのだということを多くの読者に知って欲しいです。 |
No.908 | 5点 | 丹夫人の化粧台- 横溝正史 | 2018/12/03 21:56 |
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美貌の丹夫人を巡り決闘した初山と高見。敗れた初山は「丹夫人の化粧台に気をつけろ」という言葉を残してこと切れる。勝者の高見は、丹夫人の化粧台の秘密を探り、恐るべき真相に辿り着き…(「丹夫人の化粧台」)。画家はポケットの中に奇妙な紙切れを見付けた。日比谷公園で、青い外套を着た女に会えと書いてある。その通りにしたところ、とんでもない事件に巻き込まれ…(「青い外套を着た女」)。初期作品14篇を所収。
『BOOK』データベースより。 正直期待外れでした。探偵小説というよりも怪奇色が濃い短編集でしょう。だからと言って横溝らしさが出ているかとなると、疑問です。一応オチもありますし、推理小説の要素もありますが、捻りが効いているようには思えません。 まあ、戦前の時代にまさかのあのトリックの原型が仕掛けられていたり、双生児絡みが二作品あったり、一人二役、二人一役などのちの横溝が好んだ題材が使用されていたりと、その意味ではなるほどと思います。 あまりお薦めは出来ませんが、横溝ファンにとっては嬉しい作品集かも知れません。しかし、ほぼ過去の角川文庫から拾い集めたものですので、収録作品を確認の上購読される必要はあります。 |
No.907 | 6点 | 私情対談- 藤崎翔 | 2018/11/30 22:06 |
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雑誌の対談と対談者の心の声や回想で全篇が占められる、連作短編方式のイヤミス系かと思いながら読んでいましたが、違いました。第一章では、リアリティの欠片もない程偶然が重なってはいるものの、意外なくらい本格ミステリの様相を呈しているので、期待はいやが上にも高まりましたが、第二章でイヤミス全開な感じになり、第三章ではまた毛色の違う感動的とすら言える物語となり、この先どんな展開が待っているのか全く想像がつきません。
しかし、本筋はここからでいよいよ本格的なメインテーマへとなだれ込んでいきます。他の章、特に第一章が絡んできて加速するのは良いですが、最後はぐだぐだになった感があるので、個人的にはあまりスッキリしませんでした。 作者独自のスタイルを確立するのは良いですが、せっかくの面白さが倒叙の形を取ったため半減してしまっている気がしてなりません。普通に本格ミステリとしてしっかりとした構成で作り上げれば、更なる傑作に仕上がったのではないかと思います。それこそどんでん返しの連続、サプライズ感満載のミステリファン必読の書に大化けした可能性も否定できませんね。 評者はメインストーリーは勿論いいですが、第三章が暗号を含めて気に入っています。そんな馬鹿なとは思いますが、まあ小説ですから。良いんじゃないでしょうか。ただ一般受けするかとなると疑問ですよね。 |
No.906 | 7点 | A- 中村文則 | 2018/11/25 22:05 |
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「一度の過ちもせずに、君は人生を終えられると思う?」女の後をつける男、罪の快楽、苦しみを交換する人々、妖怪の村に迷い込んだ男、首つりロープのたれる部屋で飛び跳ねる三つのボール、無情な決断を迫られる軍人、小説のために、身近な女性の死を完全に忘れ原稿を書き上げてしまった作家―。いま世界中で翻訳される作家の、多彩な魅力が溢れ出す13の「生」の物語。
『BOOK』データベースより。 何だこれは。ミステリではない、幻想小説、寓意小説、官能小説、不条理小説などなどの塊だ。これらの作品は私の脳内に得体の知れない何かを侵蝕させる。それは恐怖、畏怖、畏敬、尊敬、軽蔑といった様々な感情かも知れない。中には全く無意味な小説すら混じっている。無意味さの中に意味を見出そうとするのは難しい。頭が痛い。しかし作者はそれを強要するのが私には腹立たしい。いや、そうではない。私自身が意味不明だと決めつけているだけで、多くの読者はその真意を既に掴んでいるのだろう。私には解らない。とにかく多くの作品が壊れているか、壊れかけている。しかし、どこか欠落している方が美しいと思うのは偏見だろうか。一つ一つの短編の中には確かだが未完成な小宇宙が存在している。その広大で歪な世界は我々を異郷へと誘うであろう。これはそうした・・・ そうした、一篇を読み終えるごとにため息を吐きながらインターバルを取ることしか許されない作品集なのです。 |
No.905 | 6点 | 真犯人- 翔田寛 | 2018/11/24 22:08 |
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平成二十七年八月、東名高速道路の裾野バス停付近で、男性の他殺死体が発見された。裾野警察署の日下悟警部補は、被害者・須藤勲の長男・尾畑守が昭和四十九年に誘拐されていたことを知る。犯人は身代金受け渡し現場に現れず、守は遺体となり東京都大田区の多摩川で発見された。未解決となったこの事件については、時効直前の昭和六十三年に再捜査が行われていた。日下は、再捜査の陣頭指揮を執った重藤成一郎元警視に協力を願い出る。四十一年の時を超え、静岡県警の矜持を賭けた三度目の誘拐捜査が始まった。誘拐小説の新たな金字塔、連続ドラマ化と共に文庫化!
『BOOK』データベースより。 大変生真面目に書かれた本格警察小説ですね。しかし、それが仇になって面白味という点では物足りなさを感じました。もう少し外連味や遊び心があるともっと素晴らしいミステリになったと思います。 現在進行形の殺人事件よりも、41年前の誘拐事件がメインとなっており、実に緻密で地道な捜査の様子が具に描かれていますが、誘拐物にありがちなサスペンス性は感じられません。事件の実況よりも、時効一年前にたった六人で編成された特別捜査班の活躍にページを割かれて、刑事一人ひとりの想いや僅かな齟齬をも見逃さない観察眼に焦点が当てられています。 ただ、真相がそれに見合ったものとなっておらず、個人的には残念に思います。それと、せっかく特捜班をクローズアップしているのに、辰川以外個性が乏しいのもやや寂しいですね。 終盤ストーリーが加速し一気に真相に向かう辺りはなかなかの描写力だと思います、そこを加点しての6点です。 |
No.904 | 6点 | 絶望ノート- 歌野晶午 | 2018/11/20 22:05 |
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帯に「※注意 騙されるのが嫌いな人は読まないでください」とありますが、確かにその通り。むしろ騙されたい人でも読後スッキリはしないと思います。それどころか、不快な気分になる可能性が高い気がします。私自身もそうでした。登場人物は誰も彼も一癖ありそうなのばかりだし、感情移入できる余地はありません。
また作品の性質上、ショーンの書く「絶望ノート」が主軸となることもあり、トーンが非常に暗いです。だからと言って面白くないわけではなく、地味な感じでありながら、構成的にはとてもよく練られていると思います。 【ネタバレ】 絶望ノート(日記)がどうも他人事のように感じられ、主人公が結構ないじめに遭っているにも拘らず悲壮感が漂っていないところが嘘くさく、作者が下手なのか?と思ってしまいましたが、実はこれが巧妙な仕掛けだったと知るのはラストに差し掛かってからのことです。 しかし、いくらなんでも日記で親を誘導しクラスメイトを懲らしめるとは、それこそ陰湿なやり方で、とても共感できません。自分以外の気に入らない人間は死んでしまえとばかりの、歪んだ思考の持ち主が他ならぬショーン自身だったのが、読後感をモヤモヤしたものにしています。こうした後味の悪さが評価を下げる一因になっているのは間違いないと思いますが、ある意味力作なのではないかという気がしないでもありません。 |
No.903 | 6点 | スナーク狩り- 宮部みゆき | 2018/11/15 22:19 |
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『カッパノベルス ハード』レーベル初刊本らしいです。実は私今日までカッパノベルスではなくカッパノベルズだと思っていました。いやーお恥ずかしい。それはともかく、どういう訳か知りませんが新書サイズなのにハードカバーという、今では考えられないような装丁です。
久しぶりに読みました。刊行されたのが26年前、まだ携帯もほとんど普及されていない、もちろんカーナビもなかった時代のお話しで、逆に新鮮でした。271ページには放送禁止用語(所謂不適切な表現)が見られたりもします。若かったーあの頃♪懐かしいです。でも内容は全く覚えていませんでしたね。だからたまには再読も良いものだと実感します。 さて肝心の本作、なかなかの疾走感を伴っての先を読ませない見事な書きっぷりには感心させられます。いきなりクライマックスのような展開には驚かされますが、これがのちの単なる布石だとは誰も思わないでしょう。しかし、そういった一つ一つのサイドストーリーにも十分配慮して、丁寧な描写がなされており、宮部みゆきさすがだなと思いました。 それほど深く掘り下げられているわけではありませんが、殺人事件の被害者側と加害者の罪と罰、司法の在り様、因果応報、不条理などがテーマなのでしょうね。それらを内包しながらサスペンスという名のエンターテインメントへ昇華していく技巧は評価されるべきだと思います。 |
No.902 | 6点 | 六人の赤ずきんは今夜食べられる- 氷桃甘雪 | 2018/11/12 22:07 |
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面白かったですよ、えぇ、えぇ。ブラックメルヘン的なファンタジーとして、ですけどね。もう一捻り欲しかったなと思うのは、一ミステリファンとしての無い物ねだりに過ぎないのは分かっているんですよ。主人公がある疑問を持ってからの推理はまあ普通になるほどと思いますが、結局最後は偶然に頼っているのがどうもねえ。
ストーリーは猟師の主人公が六人の赤ずきんを、巨大な狼から守るというシンプルなものでありながら、それぞれの赤ずきんの特性を生かした攻防や、そう来るかと思わず唸らされる最終局面など、さまざまな工夫が凝らされて最後まで飽きずに読めます。またサスペンス性に優れており、途中でダレることもありません。 ただ、人並さんが触れられているように、もう少し赤ずきんの書き分けというか、個性がきちんと立っていればもっと読者の琴線に触れるような物語に仕上げられたのではないかと思います。チューリップずきんやツバキずきんが目立ちすぎ。他はあまり印象に残らないといった感じで。 でも全体的には好感は持てました。ラノベだから差別するわけではありませんが、なかなかどうして文章もしっかりしているし、今後に期待できるんじゃないでしょうか。 |