皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
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空さん |
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平均点: 6.12点 | 書評数: 1505件 |
No.12 | 7点 | 二重葉脈- 松本清張 | 2009/11/29 16:21 |
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確か高校の頃、清張作品の中でも特に気に入って2回読んだことがあります。今回読み直してみて、犯人が誰かとかもほとんど覚えていなかったのですが、やはり巧みな構成で感心させられました。
倒産した企業の金を横領したとの疑念がある元社長が失踪、さらに横領加担を疑われる専務と経理担当常務も同時期にどこかへ旅行に出てしまいます。その後行方がわからなかった三人のうち二人は何事もなかったかのように帰って来て、と怪しげではあるものの犯罪が起こったかどうかも不明なまま出来事をつないで、興味を持続させる作者の腕はさすがです。 殺人が起こるのは(目次からもわかりますが)半分を過ぎてからで、その後はもう一気に連続殺人になだれ込みます。岡山県北部や大阪周辺等の旅情描写も控えめで、これぞまさに社会派ミステリと思える展開です。 ただ、真相を示す最終の手がかりが、あまりに偶然すぎるというところは不満でしたが。 |
No.11 | 6点 | 黒い樹海- 松本清張 | 2009/10/30 21:12 |
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最初に起こる事件は明らかに運の悪い交通事故以外のなにものでもないのですが、それにしても不審なところがある。この小さな謎で読者を惹きつけておいて、関係ありそうな人物を紹介していき、しばらくしてから殺人事件に発展させる作者の小説運びはさすがです。
さらに殺人は連続して起こり、ヒロイン自身の身辺にも危険な影が忍び寄ってきます。展開は決して派手なわけではありませんが、静かなサスペンスが感じられます。 松本清張作品の中では、何度もテレビドラマ化されているわりに小説自体はあまり知られていないようですが、最終的な着地もなかなかきれいにまとまった佳作だと思います。 |
No.10 | 4点 | 喪失の儀礼- 松本清張 | 2009/09/24 21:32 |
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最初から最後まで、警察の地道な捜査を描いた作品。清張の場合、このタイプは社会性より謎解き中心のものが多いように思われます。本作でも病院と製薬会社の問題を多少取り上げたりはしていますが、むしろ犯人の意外性などに比重がかかっています。本作で使われている意外性は書き方ひとつで相当に驚き度が変わってくるものですが、さすが巨匠の文章はうまいものです。現代俳句を取り入れているのも、並の作家にはまねのできない技でしょう。
ただし、謎解き中心にしては説明不足、論理的欠陥がかなりあります。特に犯人の二つの動機について、殺されるべき人間の特定が犯人にどうしてできたのか、全く説明されていないのは問題でしょう。 最終章での推理は憶測の域を出ず、その後の犯人のとる行動も半ページぐらいで説明されるだけで、どうにもすっきりできない幕切れでした。解決部分だけで評価がかなり下がってしまった作品です。 |
No.9 | 8点 | 眼の壁- 松本清張 | 2009/08/09 10:38 |
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手形詐欺事件から始まり、突発的殺人、誘拐へと次々発展していく展開がテンポよく、おもしろく読ませてくれます。
犯人が右翼のボスを中心とした組織であることは、すでに序盤で推測されます。しかしはっきりしたことがわからないまま、事件は積み重なっていきます。愛知県、長野県を中心舞台にして、探偵役の設定も含め、非常にリアリティーを感じさせるプロットです。最大のトリックが死体処理の方法であるというのも、凝った偽アリバイ等より自然な感じがします。ラストは書き方によっては江戸川乱歩風にもなりそうな残酷さですが。 書かれた当時のミステリ界の状況では、このような話の進め方は、並行して連載されていた『点と線』より画期的な作品だったのではないかと思えます。 |
No.8 | 8点 | 球形の荒野- 松本清張 | 2009/07/13 20:53 |
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奈良の古寺めぐりでの疑念から始まり、第二次大戦中の策謀と現在(昭和36年)の事件をからめて、さまざまな登場人物の視点を渡り歩くようにして描かれていく作品です。社会性と叙情性、謎解きの興味が融合した松本清張らしさのよく出た傑作です。ちょっと感傷的すぎるようにも思えますが、海辺の断崖でのラスト・シーン、特に最後の1文に込められたニュアンスは感動的です。
ただ再読してみて1点、画家の死については殺人とするには、動機、実現性、殺人方法選択の必要性すべての面からして無理があります。作中では結論をあいまいにしていますが、本当にあり得ないような事故死としか考えられないということになるのです。しかし、それがその後の京都での事件にもつながってくるだけに、このあまりの偶然は納得できません。 |
No.7 | 4点 | 死の発送- 松本清張 | 2009/06/13 11:20 |
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刑期を終えて出所した官吏が横領した公金のうちの一部はどこかに隠したままではないか。その金に目をつけた新聞社の編集長が行方不明になるあたりまで、松本清張の中でも軽めの展開ですが、それなりに読ませてくれます。
さて、その編集長が中盤で殺されてからは、時刻表等を利用したトリックの解明が中心になります。しかし、トリックそのものは悪くないのですが、どうにも必然性が弱いのが難点です。手間のかかるトリックを使っているのに、犯人にアリバイが成立するとか動機を隠匿できるとかいうメリットがないのです。 ただ偶然駅の荷物受付係が依頼者の顔を覚えていたため、結果的には死体詰めトランクを被害者自身が発送したという不可解な状況が起こってしまったわけで、その効果を犯人が望んでいたはずはありません。これでは、作者のご都合主義と言わざるを得ないでしょう。 |
No.6 | 4点 | 不安な演奏- 松本清張 | 2009/05/24 14:37 |
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隠し録りしたテープに録音されていた殺人計画の相談から新潟県での溺死体発見、それが大規模な選挙違反事件にからんでくるあたり、松本清張らしい旅情も盛り込んで引き込まれる展開ですが、後半から解決に向けてが、どうにもすっきりしなくなります。
死体発送の理由があいまいなままだったり、溺死者の出身地設定があまりにご都合主義だったりという論理的な不満も含め、犯人・被害者の側から見た全体の筋道がごちゃごちゃしていて明確でないのです。 事件を追う雑誌編集者に協力する巨匠映画監督から途中でバトン・タッチした男の行動もただ不快なだけで、結局その交代のため最後が駆け足になってしまっただけに終わっていると思います。 |
No.5 | 6点 | 歪んだ複写- 松本清張 | 2009/05/10 09:14 |
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死体発見の後、最初に描かれる警察の捜査部分ではA刑事、B刑事などと書かれていて、警察官が主役の作品ではないことは明らかですが、そこまでそっけなくしなくても、と思ってしまいました。
内容的には税務署の汚職問題を正面から追及して他の要素を排した、正にがちがちの社会派と言える作品です。ただ、あまりにも真っ正直にそれだけ描きすぎていて、松本清張にしては『ゼロの焦点』や『砂の器』等有名作に見られるような叙情性が感じられないのが少々不満ではあります。 それでも、次々に殺人が起こっていく事件の展開と、その全体のつながりに対するまとめ方は、さすがに飽きさせません。 |
No.4 | 5点 | 砂の器- 松本清張 | 2009/04/04 11:59 |
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実は第2の殺人に使われたようなタイプのトリックが、目新しいものをあまりにも直接的に使っていて好きになれない上、重厚なテーマとの相性がよくないように感じました。そのため、後半は無理やり引き伸ばしたような印象を受けます。その後で映画を見た時にはうまくアレンジしたなと感心するとともに、まさに映画ならではの音楽(「宿命」)の扱いに感動しました。ちなみに小説と映画とでは、音楽の種類が違います。
前半は小説もおもしろいですし、方言の考察など小説だからこその謎解きの緻密さもあるのですが、個人的にはやはり長すぎると思います。 |
No.3 | 6点 | Dの複合- 松本清張 | 2009/03/25 23:35 |
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最初のうちは紀行文取材旅の途中、死体が埋められているという匿名の投書による捜索の場面に出会うというだけの、ありふれた話なのですが、さすがはトラベル・ミステリーの元祖でもある芥川賞受賞作家、文章の運びがうまく、それなりに読ませてくれます。
その後浮上してくる数字の謎。このミッシング・リンク・テーマは40年代末から50年代頃のクイーンをも思わせますが、そこに浦島・羽衣伝説をからませたところが、古代史等にも造詣が深い作者ならではです。ただクイーンにも多少言えることですが、さらに伝説による暗喩まで加えると、やはりかなり不自然になってしまいます。人物関係も複雑にしすぎたきらいがあり、最後の謎解きがどうもすっきりしませんでした。 途中で説明される言葉遊びと比喩を基にしたタイトルも、ちょっとくるしいですね。 |
No.2 | 7点 | 点と線- 松本清張 | 2009/01/31 19:29 |
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松本清張のというだけでなく社会派ミステリの記念すべき長編第1作ということで、歴史的評価の高い作品です。確かに短くきっちりとまとまった秀作だとは思いますが、動機に社会的な背景を持たせたとは言え、ストーリーはクロフツ以来の警察官による普通のアリバイ崩しであり、作者の持ち味が十分発揮された最高傑作の一つとまでは言えないのではないでしょうか。
社会的な背景があればこそ可能な偽アリバイの駄目押しがありますが、利用者が当時とは比較にならないほど多くなった現在では、完全チェックが無理だという意味で考えられない方法でしょう。 |
No.1 | 7点 | 時間の習俗- 松本清張 | 2008/12/09 21:41 |
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いつもは動機の社会的背景を重視する作者ですが、これだけ練り込まれたトリックを思いつけば、かえって社会性は邪魔になると判断したのではないでしょうか。シリーズ探偵を使わない著者が『点と線』と同じ2人の刑事を4年ぶりに起用して、アリバイ崩しに徹してくれます。
写真を使ったアリバイは共犯者がいれば簡単に実現できますが、それを単独犯でいかにして行うかが眼目です。逆に社会派的動機であれば、共犯者がいてもおかしくないわけで、そのあたりが松本清張のバランス感覚でしょう。 ただ、『点と線』に比べて、このアリバイのある人物が真犯人だと目星をつける根拠が弱い点は、気になりました。 |