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[ サスペンス ]
月あかりの殺人者
フランシス・ディドロ 出版月: 1961年01月 平均: 5.00点 書評数: 1件

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早川書房
1961年01月

No.1 5点 人並由真 2018/06/04 12:04
(ネタバレなし)
 その年の3月。パリでは「月のあかりで、ピエロさん~」という流行歌を口ずさみながら、乞食、そして資産家の老婦人といった無関係に思える被害者たちを次々と殺める謎の殺人鬼「月あかりの殺人者」の凶行が、市民をおびやかしていた。そんななか、老富豪マテオ・シェルメスが「月あかりの殺人者」の犯行と思われる状況で殺されるが、逮捕されたのはシェルメスの甥の青年マルタン・オノレ・ドランゲルだった。彼こそ「月あかりの殺人者」か? と取り調べが進むなか、マルタンの婚約者である美人の令嬢マリー・ダニエル・パルマレーヌは、躍進中の若手弁護士に恋人への助力を求めて依頼に赴く。だがマリーの勘違いから、依頼は同じ建物のなかにある暇な諸般代行人(よろずトラブル請負人)の青年「ドゥーブルブラン」ことゼローム・ブランのもとに持ち込まれた。これは仕事になるとしてこの件に食いついたドゥーブルブランは、錯覚に気づいたマリーを言葉巧みに説得し、美人の秘書ナターシャ(ナット)とともに事件の調査に乗り出すが……。

 1949年に原書が刊行された、フーダニットの興味も強いフランスミステリ。作者ディドロは数年前に論創で発掘紹介(もちろん初訳)された『七人目の陪審員』 がかなり面白かったので、この作品も期待しながら古書でポケミスを購入した。
 しかし、うーん……気の利いたユーモラスな導入部や、キャラの立った一部の劇中人物たちをはじめとして面白い感触のところはいくつもあるんだけど、全体としてはどうもイマイチ。200ページといかにもフランスミステリ風の短めの紙幅のなかに登場人物の頭数が多すぎ、作劇の流れ&ミステリの結構として一応の納得はするものの、総体的に人間関係がややこしい。

 あと翻訳者が井上勇。いうまでもなく翻訳ミステリファンには創元のヴァン・ダインやルブラン、クロフツやクイーンやマッギヴァーンなど多数の訳書で著名な人物だが、ポケミスでの仕事はたぶんこれが唯一のハズ(一応、Amazonの名前検索で確認はした)。このスタッフィングにもちょっと驚いて、話のネタ的に貴重なものを読んだ気にもなった。しかし本書は肝心のその翻訳が、ところどころ微妙に読みにくい。特に会話や地の文にまじる「≪≫」の使い方など一種の演出効果なんだろうけれど、イライラさせられた。
 それで物語そのものでは、真犯人の隠し方、そこに至る経緯などはやや強引だが、うんまあ、しゃれっ気を優先する(刊行当時の)現代フランスミステリなら、こういう感じかなという印象。その辺は嫌いではない。
 ちなみにドゥーブルブランとナターシャの主人公コンビ。彼らは、ドゥーブルブランの実質的な従僕であるもう一人の秘書の前科者オスカール・ナタリーとともに事件を追うが、行動派の秘書であちこちを飛び回るナターシャのキャラクターは、マイク・ハマーにとってのヴェルマみたいでなかなかステキ。
 なおドゥーブルブランとは恋人関係というわけではないけれど、彼の方はナターシャの女性的魅力をちゃんと分かっている。ドゥーブルブランがナタリーを郵便局に使いに行かせて事務所に二人きりになったタイミングで、彼がナターシャにセクハラを仕掛け(衣服のジッパーを下ろす)、ナターシャが「いつものように嫌がりながらも黙って耐える」などという描写など、ああイヤらしい&しかしながら実に萌える(爆!)。結局シリーズキャラクターにはならなかったみたいなのが、とても残念である。


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フランシス・ディドロ
2015年02月
七人目の陪審員
平均:7.00 / 書評数:1
1961年01月
月あかりの殺人者
平均:5.00 / 書評数:1