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[ その他 ] 大下宇陀児探偵小説選Ⅱ |
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大下宇陀児 | 出版月: 2012年07月 | 平均: 9.00点 | 書評数: 1件 |
論創社 2012年07月 |
No.1 | 9点 | おっさん | 2012/10/27 13:37 |
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横井司氏の編集・解題になる選集の二巻目です。
●創作篇 ①金口の巻煙草(大14、新青年)②三時間の悪魔(昭9、改造)③嘘つきアパート(昭11、改造)④鉄の舌(昭12、新青年)⑤悪女(昭12、サンデー毎日)⑥親友(昭13、週刊朝日)⑦欠伸する悪魔(昭14、新青年)⑧祖母(昭14、サンデー毎日)⑨宇宙線の情熱(昭15、オール読物) ●評論・随筆篇 ①処女作の思出②探偵読本(巻一 第二課)③<「魔人」論争>(一方の当事者である、甲賀三郎の文章も収録)④ジャガ芋の弁⑤<馬の角論争>(甲賀三郎の文章を併録)⑥探偵小説不自然論⑦ルパンと探偵小説的よさ⑧鉄骨のはなし⑨処女作の思ひ出⑩作中人物⑪後記(『推理小説叢書2/鉄の舌』)⑫探偵小説の目やす⑬個性と探偵小説⑭自分を追想する―馬の角の回想⑮論なき理論 前巻が、『蛭川博士』を中心に、戦前の宇陀児が既成の探偵小説/スリラーの文法にのっとって書きあげた作品のセレクトだったのに対し、こちらは同時期の宇陀児が、枠組に飽き足らずさまざまな試みを模索したなかでの成果から、「プロットと語り口(ナラティブ)の魅力」(横井司)に着目したセレクションになっています。 くわえて本書の後半には、甲賀三郎や木々高太郎ほど自論を執拗に展開しなかった宇陀児の、しかし真摯で革新的な探偵小説観(「古い形式を破り、何かの新機軸を出そうと努力するところに、進歩が約束される」評論・随筆篇③)を伝える多彩な文章もまとめられており、まさにイタセリツクセリ。 目玉となる長編の④は、大学時代、古本屋で貸本あがりの汚いテクストを入手、惹きこまれるように一読して以来の、大下宇陀児のマイ・フェイヴァリット。こんなお話です。 もと代議士の父をもつ下斗米悌一は、マジメだけが取柄の浪人生。想いを寄せる喫茶店のマドンナにも、気持を打ち明けられないでいる。 受験四回目にして、ようやく弟(こちらは成績優秀)と同時に一高に合格するが、父の破産で自分は進学をあきらめ、家計を助けるため広告会社に就職する。 社長の信頼を得て頭角を現す悌一だったが・・・不運なめぐり合わせから、殺人容疑者として逮捕される羽目に。繰り返される執拗な尋問。しかし彼には、絶対に口をつぐんでいなければならない秘密があったのだ。 そんな悌一の無実を信じて、探偵役として乗り出したのは意外にも・・・ この『鉄の舌』、マイ・フェイヴァリットと書きましたが、じつは長いこと大変な誤解をしていたことに、今回、気づかされました。ずっと、こんなふうに思ってたんですね。 犯人は愚かだし、解決も安直、探偵小説としては弱すぎるけど、人物描写がうまく読み物として忘れ難い・・・ いや~、浅墓でした。 作中の殺人は、しっかりした論理に裏づけられた計画犯罪ではありません。探偵役もまた、やむにやまれず志願した一般人で、特段の推理属性は付与されていません。平凡人と平凡人のお話です。 にもかかわらず、その「解決」が収束感をあたえ、ストーリーが落ち着くところに落ち着いた(当初、作者が続編を意図していたゆえの、ラストの“引き”をのぞけば)という印象をあたえるのは、小説全体の辻褄がぴったり合うよう、キチンとはじめから計算されているからなんです。 事件発生までにじっくり描かれる、悌一の周囲のさまざまなエピソードにすべて意味があったわけで、それはつまり、構成力の勝利。でありながら、人物や文章のうまさが、その緊密な人工性を、一見、そうとは思わせない。その意味では、コリンズの『月長石』などに通じるうまさといっていいでしょう。 大下作品のプロットに注目すべしという、横井氏の指摘はもっともで、⑤のような、他でも読める(創元推理文庫『日本探偵小説全集3』収録)代表短編をわざわざ再録したのも、本書では、心理描写の奥にある、宇陀児の探偵小説作法を浮きぼりにする効果があり、大正解だと思います。 初読の作品では、⑥のラストのセリフに泣かされましたし(これも、そのセリフから逆算してストーリーを組み立てているうまさが光ります)、“日常の謎”をあつかった⑧には、北村薫の遥かな先蹤を感じ、その先見性に感服しました。 戦後の宇陀児の仕事は、それはそれで立派なものですが、宇陀児を宇陀児たらしめている清新な魅力とエンターテイナーぶりが際立つ、これら戦前期の精華を、筆者はこよなく愛すものです。 収録作品トータルの出来に、編集の妙、解説の出来を加えれば、この採点もけっして過褒ではありません。 (付記)長編『鉄の舌』があるため、「短編集(分類不能)」とするわけにはいきませんでしたw (2012・11・13) |