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[ 本格/新本格 ]
飼育人間
大下宇陀児 出版月: 1959年01月 平均: 7.00点 書評数: 1件

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光風社
1959年01月

No.1 7点 おっさん 2025/05/26 10:53
♪♪飼育人間 あらわる あらわる~
ゴホン。今回ご紹介するのは、江戸川乱歩、甲賀三郎と並ぶ戦前派の巨匠・大下宇陀児の、マイナーなタイトルながら、一部の本格ミステリ・ファンのあいだで語り継がれてきた、晩年の、最後の打ち上げ花火といっていい作品です。

東京都民を震え上がらせる、年齢不問の連続婦女暴行殺人事件! いずれも犠牲者の肉体には、強い力で押された奇妙な三つの痕が残っており、後頭部に致命傷を受けたあと、凌辱されていました。東洋新報社の記者、マイペース型の主人公・野々宮大一郎は、女子大生の妹・有子が聞き込んだ、事件の目撃者の不良少年と会い、その証言から犯人像を推理しますが、凶行は止まりません。十四回目の事件で、はじめて男性の被害者が出ました。そして、その、殺された犯罪心理学者の邸宅の地下室で、野々宮兄妹は「飼育人間の部屋」という木札を発見します。禁断の実験が生み出した怪人・飼育人間とは……?

これはなかなか。
陰惨な事件と軽妙な語り口(当時の ”新人” 仁木悦子を意識したような兄妹コンビのキャラ造形や良し)、変格テイストと本格テイストの不思議なカクテルです。
双葉社の『傑作倶楽部』昭和34(1959)年5月号~12月号に連載された作品ですが、” 長編” というには、じつは、ちと短い。原稿枚数250枚程度で、江戸川乱歩と比較するなら、「陰獣」よりは長いけど『パノラマ島奇談』ほどの分量はない――そんな感じの ” 中編” です(単行本『飼育人間』(1959 光風社)は他に短編3作を併録)。
貸本小説っぽい、タイトルのゲテモノ臭(前年の1958年には、栗田信の怪作『醗酵人間』」も世に送り出されてます)もあって、かねてから気になっていた作品を、頼れる友人からコピーの提供を受け、一読することが出来ました。
いやー、さる5月5日に投稿された、人並由真さんによる『虚像』(1956)の魅力的なレビューを読んだら、自分もなんだか無性に、宇陀児を取り上げたくなってきてしまって。持つべきものは "ミステリの友" ですね。
かの『虚像』は、戦前の名作中篇「凧」(1936)に連なるラインの、いわば宇陀児ワールドの ”表通り” における、堂々たる戦後代表作といっていい。
ですが、いっぽうで、広大な宇陀児ワールドには、いまはすっかり寂れた“裏通り”となり、顧みられることもまれになったとはいえ、かつて広範な読者を獲得し作者を人気作家に押し上げた、トリッキーなスリラー『蛭川博士』(1930)に連なるラインもあり、そちら方面での戦後代表作、というか、最終到達点が、この「飼育人間」ではないかと思います。
年譜を見たら、御年六十三歳の作ですよ。凄い。枯れてない。娯楽のための、こういう ”作り物” を紡げる才能を、作者はもっと誇ってよかったのにねえ。
なんとなく、アンチ本格めいた言説から宇陀児を敬遠しているようなミステリ・ファンにこそ、読んで欲しい作品です。
分量的に、これ単体での復刊が難しければ、戦前の連続(吸血)殺人もの『恐怖の歯型』(1931)あたりと合わせて、裏宇陀児傑作選にしてしまえばいい。春陽文庫あたりでは――駄目ですかね?


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