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[ ハードボイルド ] 地獄の椅子 ピート・チェンバース |
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| ヘンリイ・ケイン | 出版月: 不明 | 平均: 6.00点 | 書評数: 1件 |
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| No.1 | 6点 | 人並由真 | 2026/05/20 09:51 |
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| (ネタバレなし)
その年の10月のその夜。「私」こと36歳の私立探偵で、元敏腕刑事のフィリップ・スコフォールとの共同経営でNYに事務所を構えるピート・チェンバースは、顔なじみの賭博業界の大物ヴィッギィ・オシエア(ジョン・J・オシェア)に呼び出された。チェンバースが赴くとそこには男性2人、女性一人の死体があり、オシェアは無実を主張。彼はチェンバースに、今回の件の発端となった、ナチスの秘密財産だった、そして欧州を介してNYに搬入されたさる高価な壁掛けの話題を切り出した。 1948年のアメリカ作品。『マーティニと殺人を(ドライ・ジンと殺人を)』に続くチェンバースものの長編第二弾。日本ではこちらの方が先に翻訳された(ポケミスの初版は昭和30年12月)。 少年時代に古書で購入して何十年も眠らせておいた一冊だが、気が向いて引っ張り出して読む(あーあ、裏表紙が取れてしまった……涙)。 大都会を舞台にした宝探しテーマの私立探偵小説ということで、当然『マルタの鷹』やらジョン・エヴァンズの『悪魔の栄光』あたりが連想されるが、たぶんその辺りとはちょっと~相応に毛色が違うだろう(なんで無責任な言い方をするかというと、後者はやはり少年時代から思い入れのある一作ながら、いまだにまともに読んでないから・汗……ただし大筋は、小鷹信光のあまりにあまりに詳細なダイジェスト紹介&評論で知ってはいる)。 だいたいマクガフィンの壁掛けの扱いからしてちょっと変化球で、この辺は一応黙っておくが、話の焦点はむしろお宝の搬入にからんだ暗黒街の顔役やその周辺の面々とチェンバースの丁々発止のやりとりの方にあり、一方でさらに事件が拡大。終盤は序盤から持ち越された殺人事件のフーダニット的な解決がヤマ場(のひとつ)となる。 中田耕治の訳は『マーティニ』とは別の意味で読みにくく(まあ70年前の翻訳だからね)、話を追うのに難儀するが、中盤でチェンバースが危機にあってから以降はなかなか面白い。 で、そのチェンバースが、顔役の用心棒に反撃する際の内面での物言い 「私立探偵は、まず、二倍のお返しができない限り殴ったりしてはいけないのだ。これがわれわれの無惨なゲームの規則になっている。もし、そうでないと、商売があがったりになる。咽喉をやられて血を出すようなことは沽券にかかわることだし、一旦評判がガタ落ちになるともう恢復できないのだ。男はそういうことを言い触らすのだ。女どもが井戸端会議でゴシップを言い触らすように。こうなったらおしまいだ。」 ……いや、まんまサム・スペードの行動原理だね。ちょっとグッとくる。 (日本の渡世人やらヤクザに通じるものだろうが。) しかしNYの当時の風俗商売(バーやナイトクラブほか)や裏社会の叙述が実に潤沢で、それだけで全体の紙幅の数割を使ってるんじゃないか、と思うほど。小説のなかのそういう方面で、異国の臨場感を探りたいような向きには、かなり興味深い作家で作風だろう。 とはいえチェンバースものの翻訳が二冊で止まっちゃったのも、ちょっとわからないでもない。なにしろ、この辺のロケーション描写、日本人読者には(私も含めて)敷居が高い面もあるだろうしなあ。反面、そこが海外ミステリ、翻訳小説としての妙味のひとつ、というのもまた正論なんだけれど。 で、ラストのフーダニットに繋がるホワイダニットは、ちょっと屈折した文芸味……みたいなものが用意されており、その辺にある種の作品の格調の高さを見やらないでもない。その辺りで評価を稼いだんだろうな、ということも、まあ分る。佳作以上~秀作未満、かな(古くなった翻訳で減点してしまうが)。 ちなみにタイトルの意味はよくわからない。 普通に考えれば殺人犯を処刑する電気椅子の意なんだろうけれど、特に劇中に登場しないし、読み落としているんでなければ暗喩、でも出てこなかった。読む前はライスの『幸運な死体』みたいな設定か、あるいはそれを思わせる展開が途中か終盤にでもあるのかな、とか考えていたのだけれど。 |
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