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[ ハードボイルド ] マーティニと殺人と ピート・チェンバース |
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ヘンリイ・ケイン | 出版月: 1962年06月 | 平均: 5.00点 | 書評数: 1件 |
早川書房 1962年06月 |
早川書房 1980年12月 |
No.1 | 5点 | 人並由真 | 2017/03/29 19:49 |
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(ネタバレなし)
「俺」ことピート・チェンバースは、元刑事である年長の共同経営者フィリップ・スコーフォールとともに、NYに事務所を構える私立探偵。複数の嘱託探偵を抱えて手広く仕事をしている。ある日、チェンバースは宝石流通界の大物ブレア・カーティスに相談を請われて彼の住居に向かうが、そこで遭遇したのはカーティスの妻ロシェル・ブラット・カーティスが路上で射殺される現場だった。現場から逃走したタクシーはやがて別の場所で発見されるが、その中からは別の2人の死体が見つかり、一方はチェンバースの知己である実業家マッティ・パイナップルの弟ジョオのものだった。カーティスとマッティの双方から依頼を受けたチェンバースは調査を開始。カーティス夫妻の周辺の上流階級の連中に対面するが。 1947年のアメリカ作品。いわゆる50年代周辺の軽ハードボイルド私立探偵小説の一冊で、30冊前後の著作でチェンバースを活躍させた当時の人気作家ケインの初の長編にあたる。 私的にケイン作品は大昔に日本版「マンハント」のバックナンバーを集めて中短編を楽しんでいた記憶があり、久々にこういうものも面白いかなと読んでみた。 しかし改めて今回「うわあ…」となったのが、中田耕治の翻訳。つまり当時はイキ(なつもり)だったのであろう、過度のカタカナまじりの訳文。これがものの見事に現代とズレており、そんなに長くもなく本来はテンポの良い感触の一冊を読むのにえらくエネルギーを消費した。 ちょっと例を挙げると 「まさか車のうしろをブチぬくかどうかわからない弾丸で、二人も死んじまつたチュウンじゃないダロ?」 (18ページ:たぶん「まさか車のうしろを貫通するかどうかわからない弾丸で、二人も死んじまったって言うんじゃないだろう?」) 「そいつはイイな」俺は優しくいつた。「イイじゃんか」(39ページ) 「すつかりゲッソリしちまつたミスター・ゴーリンに、サイナラをいつて、せいぜい長生きしてくださいと挨拶してから、とつととここから逃げ出した。」(100ページ) ……まあ、マトモなところは普通の日本語なのだから、これは悪い意味での演出の過剰さが時代を超えられなかったというところだろう。同じ訳者による第二長編『地獄の椅子』も買ってあるけど、そっちはどうなんだろうなあ。 実は本書は日本語版「マンハント」に『ドライ・ジンと殺人と』の邦題で先に一挙掲載された長編を書籍化した(たぶん改稿を加えて)一冊だから、あえて和製「マンハント」調の威勢の良い日本語になってる可能性はあるけれど(そのへんは当時の日本語版「マンハント」の翻訳作品全般の雰囲気を察してください)。 ちなみに本作の原題は“Martinis and Murder”で「M」の頭韻を踏んでいた。それゆえ「マンハント」掲載時は原題を意識して「じん」の脚韻を踏まえた邦題だったが、ポケミス収録時により直訳に近いものになり、日本語タイトリングのお遊びはそこで消滅したという経緯がある。 とまれ本作の肝心のミステリ部&ストーリーの内容としては、錯綜した人間関係に斬り込んでいくチェンバースの行動と推理が明快。しかも彼自身が手掛かりを掴むたびにこまめに動き回る一方、指揮下の探偵チームも自在に活躍し、お話としては結構よくできてる。このキツい訳文ながらなんとか2日で読了できたのはそのおかげだ(ただし劇中人物の総数はおそろしく多く、200ページちょっとのポケミスの中に約50名もの名前ありキャラクターが登場。巻頭の一覧表の中にも、この人物は入れておいた方がいいのでは? というのまで存在する)。 あと、最後まで秘書を置かなかったマーロウやアーチャー、秘書がいてもヴェルダやフィリス、ルーシイなどの秘書ヒロインたちと精神的な蜜月関係にあったマイク・ハマーやマイケル・シェーンと違い(フィリスとシェーンは実際に婚姻までしている)、本作内の主人公の職場まわりは<中堅企業の実業家として麾下の民間探偵に采配を下すビジネスマン的な私立探偵ヒーロー>といった妙味も獲得。その辺はネロ・ウルフものやエリンの『第八の地獄』に通じる味わいもあり、そんな意味でのお仕事小説的な魅力も伝わってきた。 はたして本書の評点は、翻訳で評価が下がってこの点数。 んー、21世紀の新刊・新訳で、本シリーズの中の面白そうな未訳編とか出ないかな。何故かただひとり昨今も恵まれているシェル・スコットみたいに、こっちもワンチャンスくらいあげてほしい。 |