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[ 本格 ]
閉ざされぬ墓場
犯罪研究学者サイラス・ハッチ
フレデリック・デーヴィス 出版月: 不明 平均: 7.00点 書評数: 2件

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No.2 6点 nukkam 2022/06/24 00:24
(ネタバレなしです) 人並由真さんのご講評を読んで自分も読んでみたくなった米国のフレデリック・デーヴィス(Frederick C. Davis)(1902-1977)(英国にFrederick H. Davies(1916-1990)という作家もいるらしく紛らわしい)。ネットで調べると複数のペンネームで40作以上の作品を書いています。1920年代からパルプ作家として雑誌に投稿していたようですが、1938年に発表した大学教授(助教授?)で犯罪学の専門家のサイラス・ハッチシリーズ第1作が出世作です。本書は1940年発表のハッチシリーズ第4作で、亡くなった伯父が社主だった新聞社の新たな社主となるべくハッチが田舎町ペンズウイックを訪れます。町の有力者一族から新聞社が名誉棄損で訴えられる事件にハッチが代表として巻き込まれる前半はミステリーらしくありませんがハッチが第三者的立場でないことが丁寧に説明されており、殺人事件が起きてからも犯人探しよりは親しい関係者を窮地から救うことを優先させている個性的な本格派推理小説です。そこが回りくどいと思う読者もいるでしょうが、終盤は畳みかけるような展開で謎解きのスリルをたっぷり味わうことができます。

No.1 8点 人並由真 2022/06/09 07:56
(ネタバレなし)
 ニッカー・ポッカ―大学で犯罪学の講師を務める青年サイラス(サイ)・ハッチは、東ペンシルヴァニアのベンズウィックの町を訪れる。そこではハッチの伯父シートン・タルボットが地元紙「センチネル」を発行していたが、その伯父の死去によって、新聞社の運営は甥であるハッチに託されるかもしれなかったからだ。だがベンズウィックの町は、表向きは慈善家の富豪ルーカス・クロフトと、その娘ジョイスの婿である若き銀行頭取ビンセント(ビンス)・ブリテンという二人の顔役に支配されていた。そんな町では少し前に、そのブリテンが地元の16歳の少年ローイ・グリグスを轢き逃げした疑いが生じていたが、一応のアリバイが証明されてブリテンは逮捕を逃れていた。ここで反骨の「センチネル」は、ブリテン自身そして義理の父クロフトが裏工作をしている証拠を掴もうと躍起になるが、やがて思わぬ殺人事件が発生する。

 1940年のアメリカ作品。
 ネットで英語情報を調べて、犯罪学者の青年サイラス・ハッチを主人公にしたミステリシリーズの一冊ということはわかったが、第何作目かなどは未詳。

 なおハッチの父マーク・ハッチはNY警察局の局長で、さらにハッチがNYの大学に勤務中に雇っていて田舎町までハッチを追っかけてくる秘書というか助手が、ハッチとガールフレンド以上? 恋人未満のじゃじゃ馬娘ジェーン・ポーター。さらにハッチには元ボクサーのダニー・デニガンというボディガードまでいて、作中で笑いを取りながら大活躍。これはどうも、EQ周辺の人物配置(つまりリチャード警視、ニッキー・ポッター、トマス・ヴェリーなど)のイタダキ? のような気配がある。

 創元の「世界推理小説全集」に入ったものの、のちの創元文庫に収録されていない有数の作品のひとつ(この作者の長編の翻訳はこの一冊しかない)だが、ネット上でもほとんどレビューも紹介もないので、一体どんなかな? と思って読んでみたが、いやこれが予想以上に面白かった。
(またAmazonデータが不順だが、本書は昭和32年12月25日に初版刊行。)

 地方の町を舞台に、いわゆる「スモールタウンもの」的な悪徳と腐敗の気配が漂うなか、ややこしめな登場人物の関係性の中で殺人事件が発生。しかしそれぞれのキャラクター個々の役割はかなり明確で、ハイテンポに心地よくストーリーが進んでいく感触は……ずばり中期クイーンのB級作品といった趣。
 まあさすがにそちら(EQ)ほどのロジックや手掛かり、消去法推理などへの執着はないが、お話のテンションだけ見たら、なかなか良い感じで、おかげでほぼ一息に読んでしまった(あまり大騒ぎするようなものではないが、トリックも複数、用意されてはいる)。

 ただし登場人物は前述のように多い。解説で中島河太郎は「この作品は登場人物が三十人に近い」なんて書いているが、ウソウソ。自分でメモを作ったら、ネームドキャラだけでのべ数64人になった。
 これは本作の趣向で、舞台となる町ベンズウィックにアマチュアの「犯罪研究所」があり、そこに普段は金物屋とか理髪師とか営んでいるものを含めて、十人以上の犯罪研究マニアがひしめているから(それゆえにNYの犯罪研究家として、また未訳のこれまでのシリーズの中で名探偵としての実績があるハッチは大歓迎される)。
 この犯罪研究所という文芸設定の分だけ、お話が面白くなったか、ミステリとして充実したかというと微妙だけど、作品の印象を際立てる上では、確かに機能はしてるとはいえる。

 で、終盤の解決はやや強引な感はあるものの、一方でいかにも黄金時代から新時代のパズラーへと至る過渡期のような決着で結構楽しい。
 先述のようにもうちょっと練ればさらに完成度は増した感もあるが、期待しないで(というか、どういう傾向の作品かまったくわからないまま)読んだので、ストーリーテリングとキャラクター配置が予想以上に良く出来た<一流半のフーダニットパズラー>という感じでとても良かった。

 ハッチ本人は表向き敬遠してるものの、傍から見るとお似合いなジェーンとの関係(ハッチの伯母で未亡人のベルに、恋人にしか見えない、と言われる)もこの手の作品のお約束的に好ましい。
 シリーズの未訳のもののなかで面白そうなものがまだあったら、是非とも翻訳してくれんかな、という思いである。その辺は、同じく「世界推理小説全集」のみに収録で文庫化されていない、アン・オースチンの『おうむの復讐』と一緒。まあ21世紀のいま、この辺のマイナーパズラーの発掘新訳は難しいだろうけどね。

 最後に、中島河太郎の解説を読んで、本作の著者デーヴィスが、その河太郎の「推理小説の読み方」の指紋トリックの項目で紹介されていた印象的な作品『妖魔の指紋』の作者だと改めて意識した。
 河太郎が「読み方」の中でトリックも犯人もバラしちゃった同作はかなりスゴイことをしていたけれど、本作『閉ざされぬ墓場』でも、まったく別の方向ながら、指紋へのこだわり度はかなり高い。要はこの作者は、そういう方向に重きを置いたミステリ作家だったのであろう。
(あーもうちょっと、日本語で作品を読んでみたい。) 

 評点は0.5点ほどオマケ。
 これから読む気のある奇特な人は、ホドホドに期待して手に取ってください(笑)。


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不明
閉ざされぬ墓場
平均:7.00 / 書評数:2