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[ 冒険/スリラー/スパイ小説 ]
鎧なき騎士
ジェームズ・ヒルトン 出版月: 1949年01月 平均: 3.00点 書評数: 1件

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1978年03月

No.1 3点 Tetchy 2021/12/03 23:36
牧師の息子として生まれたエインズリー・ジャーグウィン・フォザギル、通称“A・J・”という男の数奇な運命を通じて日露戦争からロシア革命の頃のロシア情勢を語った作品だ。

このフォザギルという男。特段何か特技や特徴があるわけでもない、ごくごく平凡な男である。しかしなぜか彼の周りには人が集まり、そしてそのたびに彼は名を変え、身分を変え、そして国籍さえも変えて窮地を脱するのだ。

ところで人はいつ自分の使命を知るのだろう?いや自分の生きる使命を知る人間がどれだけいるのだろう?
自分がここに生きる意味、誰かのために生きている、もしくは生かされていると悟る人はそれほどいるとは思えない。
このエインズリー・ジャーグウィン・フォザギルという男は最初は我々のようなごく普通の人物に過ぎなかった。
これが次第に人間味を帯びてくる。彼がそれまでただ成り行きに身を任せ、どうしてか判らないがとんとん拍子に物事がうまく運ぶ、流されキャラだったのがアドラクシン伯爵夫人との邂逅で変わっていく。
最初彼は彼女を赤軍に引き渡すために彼女の旅程の助けをしているだけだったが、次第に彼女の魅力にほだされ、そして彼女と共に生き延びたいとまで思うようになる。そこから彼は主体性を以て動き出す。彼の生きざまにアドラクシン伯爵夫人と云う軸ができるのだ。

奥ゆかしくも運命に流されながら、時に抗い、生きてきたエインズリー・ジャーグウィン・フォザギルという男の波乱万丈の人生物語だ。
彼はジャーナリストとして夢を抱いてロシアに飛ぶが、求められた記事を書かなかったことで帰国を命じられる。その後はただ出遭う人の申し出に乗って色んな職に就き、また時には周囲の勘違いから政府の役人になったという偶然の連続で生き延びた男だった。そう、彼は自ら選んだ道では上手く行かず、周囲の要請や提案に従ったことが彼を生かした。

何とも奇妙な男である。当時のロシア革命真っただ中の、赤軍と白軍、つまり社会主義派と反革命派がそれぞれの街で拮抗する特異な情勢の中でその場その場を潜り抜けるには流れに身を任せるのが唯一の生存手段だったのかもしれない。

自分の意志を貫こうとすれば叶わず、周囲に流されることで自分が生かされた男フォザギル。巨万の富を得ても結局彼には愛すべき者は得られなかった。なんと虚しい男であることか。
題名の鎧なき騎士とは彼のことを指すのだろうが、個人的にはいささかピンと来ない。

確かに彼は無防備に戦い、守るべき者を守っていったが、最後はいずれも叶わなかったではないか。寧ろ彼は自分の意志を鎧で隠した男であった。彼が鎧を脱いだ時、すなわち彼の本心が出た時こそ彼の望みが潰えた時であったのだ。
彼は妻を娶らずに死んだ。それこそは騎士の生き様であろう。虚しき騎士の物語、それがこの物語に相応しいと思うがどうだろうか。


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