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[ サスペンス ] 流砂 |
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ビクトリア・ホルト | 出版月: 不明 | 平均: 9.00点 | 書評数: 1件 |
No.1 | 9点 | 人並由真 | 2021/03/10 14:59 |
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(ネタバレなし)
「私」ことキャロライン・バーレインは、心から愛し合い、そして自分の分までピアニストとしての夢と栄光を託した夫ピエトロを急病で失った。28歳の未亡人になったキャロラインの肉親は、強い絆で結ばれる2つ年上の独身の姉ローマのみ。キャロラインが音楽の道を進む一方、死別した両親と同じ考古学者となったローマ。だが彼女は、イングランドのケント州の広大な砂州「ラバット・ミル」、その周辺の古代遺跡を調査中に、ある日突然、行方不明となった。ラバット・ミルには偏屈な老大富豪ウィリアム・ステイシー卿を家長とする屋敷「ラバット・ステイシー」があり、ステイシー卿はローマ失踪事件で周囲が騒がれるのを歓迎しない。キャロラインは、自分がローマの実妹という事実は隠し、あくまで有名な音楽家バーレインの未亡人でほぼ同等の技量をもつピアニストとして、ラバット・ステイシーの娘たちのピアノ教師の職務を獲得。ひそかに姉の行方を探ろうと、広大なラバット・ミルの周辺に乗り込むが。 巻頭の版権クレジットによると、1970年の英国作品。 訳者・小尾芙佐(おび ふさ)のあとがきによると1969年に書かれた、とあるが……そっちは雑誌連載か何かの初出データか? ちなみにWikipediaでは1969年の作品と現時点で記述。 20世紀後半のゴシック・ロマンの巨匠で、1970年代から21世紀にかけて本邦でもファンの少なくないビクトリア(ヴィクトリア)・ホルト。別名義ジーン・プレイディーでの著作もあるが、ホルト名義ではこれが8番目の長編でそして日本での初紹介長編。 現状でAmazonにデータ登録がないが、角川文庫から昭和46年9月10日初版刊行。定価は320円。そして本文はおよそ560ページほどの堂々たる大長編。 たしか記憶に間違いがなければ、刊行年度のミステリサークル「SRの会」の年間ベスト投票でかなり高位だったはず(1位だったかも?)で、古書価格も高い時では8000円になるプレミア本。評者は大昔の少年時代にどっかの古本屋で150円で入手して、何十年も積読であったが(汗)。 それで思い立ってついに今回手に取ったが、いや、さすがに面白い! さすがに一日で読了は仕事などの関係もあってムリだったが、それでも睡眠時間を削って二日間でほぼイッキ読みしてしまった。 物語の主舞台となる大邸宅ラバット・ステイシーに『ジェーン・エア』(註1)を思わせる立場で乗り込んでいくキャロラインだが、そこではウィリアム卿の次男の青年ナピア(30歳)と、ウィリアム卿が後見する17歳の娘で父親から多大な遺産を受け継いだエディスとの婚姻が行われたばかり。キャロラインはそのエディスを含む邸宅周辺の4人の10代の女性たちのピアノ教師になるが、実はこの屋敷はナピアの実兄で、彼が13年前に事故で死なせてしまった美青年ボーモントのカリスマ性に今も強く支配されていることがわかってくる。うーん『レベッカ』だ(註2)。 素性を隠しながら姉ローマ失踪の手掛かりを探るキャロラインの前に、入れ替わり立ち替わり、屋敷周辺の人物がそれぞれの歩幅で接近。やがて近所にはボーモントの幽霊? と思える気配が出没し、そしてさらに第二の失踪? 事件が……。 訳者・小尾芙佐はホルト作品の登場人物を「類型的ながら魅力的」と記述。早くも邦訳一冊目でこの作家の本質をズバリ簡潔に言い表しているのは、さすが名訳者。いや、類型的なのは悪いことばかりではなく、フォーミュラ・タイプのキャラクターシフトで読み手に安心感を与えながら、その上で芳醇な物語性でさらにストーリーの奥の方の興味へ読者を引きずり込んでいく筆力の強靭さが、ホルト作品にはある(評者はまだ3冊目だが)。日本に支持者も多いわけだね。 主人公キャロラインの人物造形からして正に求心力絶大なキャラクターで、ほかの家族3人とは違った道を歩み、そこでひとかどの成果を上げたものの(フランシスの『度胸』か)、あと一歩のところでホンモノになりきれず、もともとは異性の同格のライバルだった若者と結ばれ、時にぶつかり合いながらも、今後の人生は彼を支えようとしっかり決意したら、その直後に愛しい夫を失ってしまった……もうこれだけで掴みは十分だ! 職人作家の秀逸な手際がいきなり炸裂している。 とにかくぐいぐい読ませるストーリーテリングで、作風はもちろん必ずしも同じではないが、その勢いはキングやクーンツ、シェルドンらの一線作品にもまったく引けを取らない。ラストの黒幕や伏線は一部先読みできるところもあるが、それでもクライマックスは予期した以上に(中略)。最後は啞然、呆然としながら山場からクロージングにかけての流れを読み終えた。 (しかしこのクライマックス、長年の間にはもうちょっと「スゴイ!」とか「(中略)!」とかの感慨だけでも聞こえてきても良さそうなのに、ほとんどWeb上や印刷媒体などで噂になってない。やっぱそれだけレア本だからなんだろうな。) なお物語のメインステージとなる砂州=ラバット・ミルだが、海岸に面したとにかく広くて深い砂浜。わかりやすく言えば、鳥取砂丘とかがほぼ全域、地層数十メートルの砂の底なし沼のようなイメージであろう。随所に安定した足場もあるが、うっかりすると自重で深淵な地中に永遠に沈んでしまう危険地帯である。 潮の満ち干の影響で座標した船舶なんかも脱出は困難で、うかうかすると乗員も船体もろとも砂に飲まれる。 場所はアフリカだが、ジェンキンズの『砂の渦』など同様の砂州が主舞台で、ガーヴの『遠い砂』にも類似のロケーションが出てきたようなそうでなかったような。 なにはともあれ、本作は優秀作~傑作。 註1……すみません。まだ未読です(汗)。 註2……こちらも未読。映画は観ているが。 |