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[ 冒険/スリラー/スパイ小説 ] 沼の王の娘 |
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カレン・ディオンヌ | 出版月: 2019年02月 | 平均: 5.50点 | 書評数: 2件 |
ハーパーコリンズ・ ジャパン 2019年02月 |
No.2 | 5点 | 雪 | 2020/03/06 02:20 |
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アメリカ北部、ミシガン州アッパー半島。スペリオル湖岸の観光地でガマの穂入りのジャムを販売して暮らす二十七歳の女性ヘレナは、写真家の夫スティーヴン・ベルティエと二人の娘に恵まれ、過酷な環境の中でも幸せな日々を送っていた。
だが娘たちを連れた配達の途中、ラジオからニュース速報が耳に飛び込んでくる。マーケットにある最重要警備の刑務支所から、終身刑を科せられた受刑者が移送中、看守ふたりを殺害して脱獄したのだ。誘拐した少女を十四年間にわたって沼地の荒れたファームハウスに監禁し子供を生ませ、"沼の王"と呼ばれた凶悪犯、ジェイコブ・ホルブルック。彼はヘレナの実の父親だった。オジブワ族の血を引くジェイコブから原野で生き抜く術を叩き込まれた彼女は、過去を捨て名字を変え、入念に第二の人生を積み上げて生きてきたのだった。 ラジオの情報では、警察は完全に父の術中に陥っている。国境地帯の原野を移動することにかけては、ジェイコブの右に出る者はいない。父を捕まえて刑務所に戻せる人間がいるとしたら、このわたしだ。いままですべてを隠して生きてきた。離れてゆく夫と家族を繋ぎ止めたければ、わたしの手で彼を捕まえるしかない。 父と娘の緊迫の心理戦。アメリカ五大湖沿岸を舞台に、いま究極のサバイバルゲームが始まる。 2017年に発表され、翌年バリー賞長編賞を受賞したカレン・ディオンヌの第四長編。過去の受賞作はレジナルド・ヒル『ベウラの頂』、トマス・クック『緋色の迷宮』、アーナルデュル・インドリダソン"The Draining Lake"など。 作者には自然環境をテーマにしたスリラーなどすでに三冊の著作がありますが、それもそのはず。ベトナム戦争後の"自然に還れ"ムーブメントにのり、実際に本書の舞台となった地で三年間、生まれて一年に満たない長女をつれたテント暮らしの実体験者。本書の中でも書影のガマの穂に象徴されるサバイバルの知恵が、随所にちりばめられています。 アンデルセン童話『沼の王の娘』をモチーフに、電気も水道もない小屋での親子三人の異様な生活と、それから約三十年後の父娘の追跡劇を交互に描く構成。ただし彼らの間には性的虐待などはなく、抑圧されてはいるものの娘ヘレナも父ジェイコブに尊敬と絶ちがたい愛情を抱き、自然に囲まれた沼地での過去にもある種の郷愁を持っています。ただしそれもジェイコブのコントロールを受けた上での事なのですが。 そんな彼女も父との対決の中で、彼の救い難いエゴイズムを悟ることに。主人公が父親に決別し、自分自身の物語を選び取る過程がこの作品のミソ。作中には「ナルシストが幸福でいられるのは、世界が自分の思いどおりにまわっているときだけだ」というキツい一文もあります。 オジブワ族はアメリカ及びカナダのインディアンで、トニイ・ヒラーマンの作品に登場するナヴァホ族とは別の北部の先住民。あっちはメキシコ国境付近ですね。有名なスー族とも交戦したことがあるそうです。 彼らの知識を娘に教え込むジェイコブは一見魅力的に見えますが、反面娘にためらいなく弾を撃ち込む残虐さと、死んだと思えばあっさり見捨てて見向きもしない酷薄さを併せ持つ人物。ヘレナも「サイコパス」と断定しています。まあ問題なのは彼の人格面で、技術ではないのでね。その辺を混同してはいけません。 女性作家の手になる女性主人公のマンハントものだけあって、弱点もあれば甘い部分もあります。技術面で上を行かれ、最後には主人公の愛情を平然と利用しようとするジェイコブ。犯罪者"沼の王"の凄みがイマイチ伝わらなかったのが、残念といえば残念。 |
No.1 | 6点 | 猫サーカス | 2019/06/17 19:43 |
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主要な登場人物はわずか2人。追う者と追われる者。誘拐や殺人などの罪で終身刑に服していた男が脱走したというニュースが、ヘレナの平穏な日常を変えてしまう。脱走した男は彼女の父で、彼が誘拐した女性との間に生まれた娘がヘレナだった。原野の暮らしに通じた父を捕まえられるのは、父から狩猟を学んだヘレナだけ。彼女と父との心理戦が始まる・・・。追う者と追われる者との死闘を描きつつ、合間にヘレナの回想が語られる。異様ではあるが、懐かしさとともに語られる、父との過ごした日々。愛と憎しみの入り交じったヘレナの複雑な思いと、大自然の中でのシンプルな追跡劇の組み合わせが心に残る。 |