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[ 本格 ]
三つの栓
マイルズ・ブリードン/別邦題『密室の百万長者』
ロナルド・A・ノックス 出版月: 2017年11月 平均: 6.00点 書評数: 2件

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論創社
2017年11月

No.2 7点 弾十六 2020/02/08 10:33
1927年出版。ブリードン第1作。読みやすい翻訳。解説は真田啓介さんの力作。
冒頭近くにブリードンと妻との馴れ初めが書かれています。戦争中につかまったのね。謎は小粒ですがなかなか考えられており、出てくる登場人物の会話が良い。夫婦の茶々も微笑ましい。起伏ある展開で、程よいスリルもあり、解決も納得です。(三つの栓の図は第25章じゃなくて第4章で示すべきだと思います)
グロい要素は全く無く、穏やか過ぎて、全カトリック推奨図書みたいなのが欠点? お子様にも安心して読ませられますね!(でも子供にはこの面白さはわからないだろうなあ。某社ジュニア・ミステリってなんか方向性が違う… ハック・フィンがトム・ソーヤより受けなかった故事を思い返して欲しい)
以下トリビア。
作中時間は、p34で六月十三日がブリードン夫妻の到着の2日前と記載され、1日前が火曜日(p35)で事件発生日だという。日付と曜日から1927年6月14日火曜日が該当。(1921年も候補だが、ちょっと遠い気がする。)
現在価値は英国消費者物価指数基準1927/2020で63.24倍、1ポンド=8916円で換算。
副題がA detective story without a moral(教訓なしの探偵小説)となっています。なぜわざわざmoralに言及してるんでしょう?
献辞はDEDICATED TO Susan and Francis Baker / ONLY HE MUSTN'T SIT UP TOO LATE OVER IT(でも彼はこの本で夜更かししちゃ絶対駄目) Francisだけに対する注意って、夫の方が重度のミステリ・ファンなのか。それとも子供なのか。
p9 安楽死保険(Euthanasia policy):「安楽死保険」は商品としてありえないネーミングだし、意味がずれて違和感あり。ギリシャ語εὐθανασία(eu+thanatos)の英語直訳はwell or good death。いつ死んでもいいように準備しておく保険なので「平穏長眠保険」、「安心往生保険」あたりでどう?(と思ったら「あとがき」p253、p275でも違和感が表明されてます。普通、そう思うよね。)
p10 答えは明らかに否である(Apparently not): apparent(明白、明瞭)を副詞形にして文頭に使うとニュアンスが変わって「一見、そー見える(けど違う)」の意味になる。前文を受けApparently he does not feel thatで試訳「外見上はそんな風でもないが、実際にはそう感じているはずだ。」(2020-2-8修正及び以下追記) “Apparently not” means that you originally thought something was right but it’s actually wrong. Web上でネイティブがこう記しているのを考慮すると、前文を受けるのではなく、Apparently notを成句と解釈して「そうも考えられるが、実際には違うだろう。」という意味が適切か。
p19 三十そこそこ(still in the early thirties): かろうじて三十前半、というニュアンスではないか。
p20 戦争: 1914年に22歳くらいか。(大学卒業ごろに戦争が勃発し、進路に悩む必要がなくなった、という風にも読めるので) とすると1927年には34〜35歳、p19の英語表現に合う。(事件発生1921年説は28〜29歳なので合わず)
p25 災厄の積み荷(Load of Mischief): あとがきp275に解説あり。understateを通り越した自虐は英国趣味のような気がする。
p26 ロールス(Rolls): ロールス・ロイス。ブリードン夫妻は結構良い暮らしをしているようだ。
p26 小麦で育てるものだから、手に負えなくなってきている(You've been feeding him corn, and he is becoming obstreperous): コーン・フレークなんか食べさせるから我儘になってるんじゃないか、という意味か? 英国にKelloggのCorn Flakesが上陸したのは1920年代だという。
p32 古風な感想帳(old-fashioned visitors' book): 客が感想を書き会う日誌。発祥はいつ頃からか。
p38 電灯が引かれていなかった… アセチレンガスを供給する装置… ランプをともす…(no electric light… was lighted by acetylene gas from a plant): 全英を網羅する高圧電力網(National Grid)が完成したのは1933年。アセチレンは人体に無害なので死ぬとしたら酸素不足による窒息死ですね。(2020-2-8訂正)
p44 五ポンド賭ける(having a fiver on it): 44578円。なんでも賭けちゃう英国人。あとがきp275にも解説あり(日本円への換算は無し)。
p47 土地から名前をつける習慣は妙に英国的(this habit of naming the man from the place is curiously English): 多くの民族(ウェールズ人やロシア人など)は祖先の苗字を名乗り続けるがイングランド人は移住すると土地の名を苗字とする、という。調べていません。
p48 ある物語で、年中、友人に池を浚いに来てくれと頼む人物が(who was the character in Happy Thoughts who was always asking his friend to come down and drag the pond): Happy Thoughtsは原文イタリック。調べつかず。
p58 タモシャンタン帽(tam-o'-shanter):「タモシャンター帽」の誤植か。スコットランドの民族帽(tammie)。19世紀にRobert Burnsが流行してから、その詩Tam o' Shanter(1790)にちなんで言われるようになった。
p59 几帳面な人間なら八日巻き時計は日曜に巻くものだ(A methodical person winds up his eight-day watch on Sunday): 1900年代初頭のスイスで発明。週に一度巻けば良い、ということで、1931年のロレックス自動巻きが現れるまで流行。フロントダイアルにfly wheelが見えているデザインが多いらしい。
p60 安物の大きな聖書… 配布する団体… 各部屋に一冊ずつ(a large, cheap Bible… a Society which provides those… one for each room): ホテルの各部屋用に聖書を無料配布したのは米国のGideon Societyが最初(1899)らしい。
p73 電報: 急ぎの用事は電話ではなく電報の時代。
p85 司祭は教区から教区へ転々としない(our priests don't swap about from one diocese to another): カトリックではそうだ、と登場人物(カトリック司教の秘書)がいう。だがブラウン神父も、そのモデルとなったJohn O'Connor神父も結構教区を変わってるようだが… ノックスが間違えるとは思えないのでdioceseの解釈が違うのか。詳しく調べていません。
p92 五十万ポンド: 44億円。莫大な遺産。
p105 カリポリ(Callipoli): この煙草ブランド名は架空と思われる。
p107 ディナー用のドレス(dress for dinner): イブニングドレスよりも肌を出す部分が少なく、丈も極端に長くなくスカートもさほど大げさではない。全体的にくつろいだ感じのものが多く見られる。(ファッション用語は全然わからないのでfashionseni.blog.ss-blog.jp/2013-03-25から引用) なるほどね。
p108 ピュージ(Pusey): 訳注 1800-1882 英国の神学者、宗教改革指導者。Edward Bouverie Puseyのことらしい。「最後の審判の日を絶景と呼んだ(calling the Day of Judgement a fine sight)」のかな? 調べつかず。
p110 探偵の口は堅いというのは、小説家の作り事(The strong silence of the detective… is a novelist's fiction): 探偵小説への言及。黄金時代の特徴。
p113 本物の銀にはライオンが刻印されている(every genuine piece of silver had a lion stamped on it): アンジェラが子供の頃に教わったトリビア。純銀を示すHallmarkのthe lion passantには17世紀からの伝統があるらしい。
p121 宿の女中(barmaid): ここでは宿のメイドを指す語として使っている。バーがある場合に使う語のように思われるが… (この宿にはバーがある感じではない)
p121『喜んで』(Raight-ho): right-ho, rightoの訛りか。英国のinformal(くだけた)用法でan expression of agreement or compliance、yes, certainlyの意味。
p159 いつも[カードを]二組持ち歩いています(I always travel with two [pack]): 2組のカードを使うソリティア(Spiderなど)があるから?
p180 千ポンド… すべてイングランド銀行の紙幣(a thousand pounds..., all in Bank of England notes): 892万円。当時(1925-1929)のBank of England noteは5, 10, 20, 50, 100, 200, 500, 1000ポンド札の8種類。デザインはいずれも白地に文字だけ、裏は無地の札(White Note)、サイズは5ポンド紙幣が195x120mm、10ポンド以上は同じ寸法で211x133mmとかなり大型。(1945年4月までWhite Noteの体系は変わらず、古い英国映画などに出てきます。) わざわざ「イングランド銀行の」と言ってるのは、当時(1914-1928)は1ポンド札以下の小額紙幣を財務省(Treasury)が発行しており、あったのは全て高額紙幣だよ、という意味か。
p186 映画: 牧師館の裏納屋で開かれる、この村の金曜夜のお楽しみ。牧師館にも電気は来てない設定なので映写時の電気をどうやって確保したのか。自動車のバッテリー?映写機って結構パワーを必要とするように思うのだが。
p195 車椅子(invalid's chair): Web検索するとwheel chairとは違うタイプがある。どうやって動かすのだろう?後ろから押す専用か?
p196 玉転がしのゲームが終わるまで戦は待てと命じたドレイク(Drake insisting on finishing his game of bowls): Sir Francis Drake(1543頃-1596)は1588年無敵艦隊との戦いで、開戦前にPlymouth Hoeでlawn bowlsを楽しんでいたところにスペイン艦隊接近の報せが届いたが、ゲームをすませて奴らをやっつけるのに充分な時間があるから、このゲームが終わるまで待てと言った、という伝説(目撃証言なし) 。(wiki)
p197 中国語のタイプライター(Chinese typewriter): 1917年に上海のHou-Kun Chow(周厚坤)が最初に発明。4000文字用だったという。(wiki)
p199 時代遅れのミュージカルの一節(an out-of-date musical repertoire)… 娘たちはみな泣き出した…(All the girls began to cry, Hi, hi, hi, Mister Mackay, Take us with you when you fly back to the Isle of Skye): 調べつかず。明らかにスコットランドねた、Harry Lauderあたりか。
p205 火が地に向かって走った(the fire ran along the ground): Exodus 9:23 (KJV) “And Moses stretched forth his rod toward heaven: and the LORD sent thunder and hail, and the fire ran along upon the ground; and the LORD rained hail upon the land of Egypt.” (文語訳: モーセ天にむかひて杖を舒たればヱホバ雷と雹を遣りたまふ又火いでて地に馳すヱホバ雹をエジプトの地に降せたまふ)
p210 八マイル[少々]を十二分で: 平均時速97キロ。
p211 そこがむかつく点なのさ—失礼、奥さん(That's the devilish part of it—I'm sorry, Mrs Bredon): 罵り語を使ったら、その場にいる女性に詫びるのがエチケット。
p212 郵便列車(mail train): 最優先というルールなのでしょう。
p212 女中に渡すチップの二シリング(a tip of two shillings for the barmaid): 891円。
p236 反転する立方体の錯覚(the optical illusion of the tumbling cubes): Rhombille tiling(Tumbling Blocks)は寄木細工模様として古代ギリシャのデロスや11世紀のイタリアの床タイルに見られる連続模様。私はこの部分を読んでて単独の線画立方体Necker cube(1832)の方を連想してました。

No.1 5点 nukkam 2018/01/06 22:15
(ネタバレなしです) 本格派推理小説でありながら当時としてはかなり規格外的な異色作の「陸橋殺人事件」(1925年)でデビューしたノックス、その後は保険会社の調査員(本書の論創社版では探偵と表記)であるマイルズ・ブリードンのシリーズを5長編発表します。その第1作が1927年出版の本書ですが何とも風変わりな本格派推理小説です。医者から残された寿命は2年と宣言されたと資産家のモットラムが保険会社に契約の見直しを要求します。保険会社はその要求を拒否しますが今度はモットラムが密室状態の部屋でガス中毒死します。ここまではまあ普通の展開ですが、ブリードンが(保険会社の立場として)自殺ではないかと調査するのが異色です。普通のミステリーは殺人を前提として話が進みますから。リーランド刑事は殺人を疑いますが誰が犯人かを絞り込んでおらず何とも緩い筋運びです。怪しい行動をとる事件関係者がいてようやく進展しますけど。結末は図解入りで説明されるのですがわかりにくく(論創社版の巻末解説の補足説明は助かります)、しかも偶然性の強い真相であったことに不満を覚える読者もいるかもしれません。真相がどうかというよりもどのように決着させるかについては結構配慮されていますが。


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