皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
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[ 冒険/スリラー/スパイ小説 ] ゼンダ城の虜 |
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アンソニー・ホープ | 出版月: 1925年01月 | 平均: 8.50点 | 書評数: 2件 |
健文社 1925年01月 |
日本出版協同 1953年01月 |
東京創元社 1958年01月 |
東京創元社 1970年02月 |
東京創元社 1970年02月 |
2017年06月 |
2024年01月 |
No.2 | 8点 | 斎藤警部 | 2020/05/28 11:50 |
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幼少の頃ジュヴナイル翻訳で拾い読みして数十年ぶりです。 当時、おそらく父が子供のころ買い与えられた既に”黒い本”を譲り受けたもので、「あゝ無情」なんかと一緒に本棚に並んでいたものでした。「とりこ」という不思議な言葉に出遭ったのはこの背表紙だったと思います。あらためて通読してみると、こんなにもカラフルでポジティヴな力に溢れた明るい冒険物語だったのか、と感動。 ストーリーの力点が明瞭に絞り込まれている事もあってか、恋愛や友情、忠義にかかわる直接心理描写がこんなにも濃厚(!)でありながら、展開も文章も実によく締まっており、むしろ’もう少し一服しながらでもいいんだよ~’などと、あまりに早く過ぎ去ってしまう物語の俊足振りを恨みに思うほどです。それだけに終結に押し寄せる、惜しまれる気持ちもひとしおでした。 こんだけやっといて、主人公が実は生来の怠け者(?)って設定も面白い。準主、姫、悪役、脇役、みんな造形が迫る魅力のラインナップ。 クリスティ再読さんおっしゃる様に、ミステリ読者の視界からも漏れて欲しくない、素晴らしく楽しい必読書ですね。 続篇のタイトルロールが本篇のあの名悪役!というのも想像を掻き立ててたまりません。でも律儀に四年後まで待とうかなw 9点に大きく迫る8点です。 |
No.1 | 9点 | クリスティ再読 | 2017/11/02 00:03 |
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ホームズの長編で分かるように、19世紀末の時点ではミステリと冒険の境というものはいまだ曖昧だった。ホームズを読んで育った世代、クリスティやカーの世代では、本作を読んているのははジョーシキで「こういう面白い小説を書きたい」と作家生活の初めに感じていたといっても過言ではない。クリスティなら「チムニーズ館」にも本作の余韻のようなものが強く漂っているし、カーも特に晩年の歴史冒険小説に本作が与えた影響は大きなものがある。どうやらアンブラーの処女作「暗い国境」でさえ本作のモチーフが強い影響を与えているだけでなく、日本では山手樹一郎が本作を翻案して「桃太郎侍」を書いたのは有名な話であり、どうやら隆慶でさえ「影武者徳川家康」に本作の木霊を聞くのも不可能ではないだろう。というくらいに本作の影響は実作レベルでは絶大なのだが、ミステリのジャンルが確立すると、そこからはズレている本作は言及さえれることが少なくなってきてしまった...
と本作の意義をまとめればこういうことになるが、御託なんでどうでもいいくらいに本作は面白い。本作の面白さは「王将が飛車」なことにある。イギリスの有閑青年ルドルフは、秘密の血縁関係にあるヨーロッパの小国ルリタニアの同名の王ルドルフ五世の戴冠式見物を目的にルリタニアを訪問した。偶然王と出会い、その容姿の類似に驚きあうが、戴冠式を控えた王は、王弟のたくらみによって毒酒を盛られて人事不省に陥ってしまった。ルドルフは王の側近たちによって、王の身代わりに戴冠式に臨むが、それは王弟との熾烈な暗闘の幕開きに過ぎなかった... という話で、ポイントは単なる身代わり話ではなくて、ルドルフは王の救出のため身を張って王弟一派と戦闘し、王が幽閉されているゼンダ城に忍び込んで王を救出するなど、アクションもこなす立役者であることだ。同時に王の婚約者となっている(があまり好かれていない)従妹の女王と、自身の魅力によって相思相愛の、ただし王に対しては申し訳のない仲になる矛盾にさいなまれる。このような活躍と恋を通じて、次第に周囲の人々も「王以上に王者らしい」という評価を勝ち得て...と成功すればするほど、ルドルフの良心は痛む、というジレンマに追い込まれていくさまが、本作の一番の読みどころである。 また、ルドルフの宿敵となるヘンツォ伯爵ルパートの造形がいい。 向こう見ずで、抜け目がなく、優雅で、作法を守らず、好男子で、上品で、悪党で、人に負けない男だった と黒馬のヒーローの資格充分の悪党である。昭和初期の丹下左膳を筆頭とするニヒルな怪剣士の原型でもあるな。老練な策士サプト大佐、ルドルフを助ける篤実なフリッツ、ヒロインのフラビア女王のロマンチックな恋愛の魅力など、それぞれキャラが立っている上に、創元文庫版だと正編に続いて、数年後を舞台として恋も王位もルパートも決着がちゃんと着く続編「ヘンツォ伯爵」(出来は少しだけ落ちるが)があって、大河ドラマ的な楽しみ方もできる用意周到さである。まあこりゃ、リアルタイムの読者が「こういう小説書きたいな」と思わせる要素がぎっしり詰まっているような作品だったろう... 本作は惜しくもミステリ史から漏れてしまった作品なのだけど、本作を読まないとミステリ黄金期作家論の上で「わからない」ことが結構出てしまうと感じている。そういう意味でも「必読」だが、これは「楽しい義務」の部類だ。ぜひ読まれるとよろしかろう。おすすめ。 |