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[ 冒険/スリラー/スパイ小説 ]
緑のダイヤ
リチャード・デーヴィス「霧の夜」、マルセル・ベルジェ「ある殺人者の日記」を併録
アーサー・モリスン 出版月: 1956年01月 平均: 5.50点 書評数: 2件

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東京創元社
1956年01月

No.2 6点 クリスティ再読 2022/04/29 09:05
「スパイ入門」で出くわしたリチャード・ハーディング・デイヴィスにがぜん興味が湧いて調べたら、この世界大ロマン全集の巻に「霧の夜」が収録されていたんだ。昔読んだ....改めて読み直して、内容を何となく憶えている。う~ん、こんな再会もあるもんなんだね。

もう少し説明すると、R.H.ディヴィスはドイルやモリスンと同世代のアメリカのジャーナリスト。戦争特派員として世界の戦場を股にかけたという猛者なんだが、少し小説も書いていて「ダブル・スパイ」(1911)という短編が、グリーン編の「スパイ入門」に収録されていて、読んだら評者ビックリ級の名作。それに違わず、ミステリマガジンの第601号(要するに50周年記念号)でジャンル別オールタイムベスト短編を選んで新訳している中に、「スパイ」のタイトルで採用されている。まあ、スパイ小説の短編、というのは数が少ないのもあるけども、堂々のオールタイムベストである。1911年作品だから、第一次大戦前の「クローク&ダガー」時代の作品でも、テイストはモダンなスパイ小説を先取り。「アシェンデン」より17年も早いし、短編小説的充実感も負けてない。「スパイ小説のオーパーツ」と呼びたい。
この「スパイ」の他には、「フランスのどこかで」という作品が丸谷才一編の「世界スパイ小説傑作選1」に、そして「霧の夜」がアーサー・モリスンの「緑のダイヤ」を表題作にしたこの本に収録されていた。

で「霧の夜」。三部構成でいわゆるイギリスの「クラブ」に集まる紳士の座談と悪戯、そしてその座談の中で3人の紳士が語る、霧の夜に出くわした二重殺人と、勅使帯行官の密命と女スパイの攻防、意外な殺人犯人の指摘...と中編規模ながら凝った構成で、霧の夜に彷徨うような着地点がなかなか見えてこない不思議テイストがある。著者がアメリカ人、というのが信じられないほどにイギリス風味のよく効いた佳作。ジャンルからは完璧にハミだしている。

「霧の夜」は「短編ミステリの二百年」にも収録されているようだ。年月に埋もれないデイヴィスの実力に感服。こうなったらぜひ「フランスのどこかで」も読んでみたい。

すまぬモリスンの「緑のダイヤ」は駆け足。そういえば乱歩の「海外クラシック・ベストテン」に本作入ってたから、戦前には名作評価があった作品。時代がかっているけども、のんびり読めるし、一儲けを企んで介入するボーイ長やら俗物たちの右往左往も妙に面白いところもある。一ダースの古いワインの瓶のどれかに希少なダイヤが隠された、ということから争奪戦が始まるのだが、便乗組はあたかも仕手戦の提灯連中みたいなもので、仕手は売り逃げ・提灯は大損、というそのままの構図。
でもアメリカの石油成金の言葉遣いをヘンテコな関西弁?で訳しているのが何か気持ち悪い...訳者の延原謙の経歴だと関西プロパーな出身でもないみたい。

まあ要するに、この世界大ロマン全集のこの巻は、延原謙の裁量で編んだ巻、ということなのだろう。あとがきでも「新青年の専属翻訳家だった」ということを書いていて、「新青年」という雑誌自体が、若い翻訳家たちの積極的な作品発掘の情熱に支えられて、賑わっていたのが窺われる。「緑のダイヤ」は森下雨村の依頼だったそうだが、本書にもう一品収録の「ある殺人者の日記」は、延原が海外注文した雑誌で見つけた作品から。だから著者のマルセル・ベルジェは完全に正体不明。でもそこそこ面白い。

No.1 5点 人並由真 2017/03/27 18:09
(ネタバレなし)
 1902年のインドのデリー。当時のインドが英国領になって初めてのインド皇帝の即位式が開催され、各地の王族がそれぞれ貴重な装飾品を携えて参列した。だがその式典の最中に、グーナ族の誇る長さ1インチ以上の緑色ダイヤ「グーナの眼」が模造品にすり替わっていたことが判明する。一方、冒険家兼ブローカーの青年ハーヴィ・クルック(35歳)は、知人の商人フランク・ハーンの依頼を受け、1ダースの珍しめの葡萄酒の瓶をインドから英国に輸送する。しかし英国に向かう洋上で米国の富豪ライアン・W・メリックと知り合ったクルックは、自分の判断でその葡萄酒のセットを丸ごとメリックに譲渡した。英国でハーンと再会したクルックは、先に聞いていた葡萄酒の価値よりもずっと高値になったとその売り上げを相手に渡す。しかしハーンは慌てて、各地に分散して売却された葡萄酒の行方を追いはじめる。クルックは、先日盗難にあったグーナの眼がその1ダースの瓶のどれかの中に隠されていたのだと察した。

 マーチン・ヒューイットもので有名なモリスンが1904年に刊行したノン・シリーズ作品。
 ちなみにミステリ資料サイトのAga-Search(いつも活用させて頂いている。しかし最近、情報の更新をしてくれないね…)では、短編集のカテゴリーに分類されているが、実際にはれっきとした長編。
(まあこういう内容だから、分散した葡萄酒の瓶の行方を追っていくつかのエピソードを串ダンゴ風に繋げる部分もあるのだが。)

 今回は、以前に購入してあった、旧・東京創元社の世界大ロマン全集で読了。同叢書の化粧箱の裏には「古典推理小説ベストテンの名作」と書いてあるが、もちろんこれはまったくの誇大文句(笑)。
 実際の中身は、ミステリ的には他愛無い、刊行当時のリアルなおとぎ話みたいな感触の作品。とはいえ中盤の瓶を追うくだりは構成上ファールに終わるのが見え見えながら、その上で該当部にはちょっとだけトリッキィな趣向も用意。そんな意味ではそこそこ楽しめる。
 クルックはハーンの計画を知って先回りし、ダイヤを見つけてインドの王族に返そうとする(ついでにあわよくばお礼も貰おうとする)が、ここで事情を知った初老の富豪メリックが積極的に追っかけの仲間入りを願うドタバタぶりもちょっと愉快。
 ただまあモリスン、時たまちょっとだけ輝きを見せながらも、やはり同時代のドイルやチェスタートンはもちろん、フリーマンにもフットレルにも及びもつかなかった作家だよね、というのも正直なところだった。評点は、この長編だけなら4点にかなり近い5点。

 なお本作は短めの長編(新書版変形の二段組みで、約180ページ弱)なので、世界大ロマン全集のほかの長めの作品に比してボリューム不足だと思ったのか、訳者の延原謙がセレクトしたらしい中編『霧の夜』(リチャード・ハーディング・デーヴィス作)と、短編『ある殺人者の日記』(マルセル・ベルジュ作)を併録してある(後者は化粧箱では「殺人者の日記」と中途半端な題名で表記)。
『霧の夜』は「千夜一夜物語」か、カーの『めくら頭巾』などを思わせる、語り部による奇譚風の作品。三部作構成の事件譚で、最後に意外などんでん返しもあり、正直ミステリとしては『緑のダイヤ』よりもはるかに面白い。『ある殺人者の日記』は殺人者らしき人物の手記形式で綴られる、クライムストーリー調のサスペンス編。小味な作品だか、これはこれで悪くなかった。
 ただなんでこの3作を組み合わせたかのイクスキューズは特になく、その辺は単に紙幅的な事情でもいいから、延原の一応の説明を聞きたかったところ。『霧の夜』にはキーアイテムとして高価な首飾りが登場するから、これは宝石つながりの三本セレクトかな、と途中で思ったけど『ある殺人者の日記』は、まったく関係なかったし。


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