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[ 冒険/スリラー/スパイ小説 ]
吸血鬼
H・H・エーヴェルス 出版月: 1957年01月 平均: 10.00点 書評数: 1件

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東京創元社
1957年01月
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創土社
1976年01月

No.1 10点 クリスティ再読 2015/12/02 00:00
いわゆる三大奇書とタメを張れる海外作品って...と考えてみたとき、うん、本作なんていいと思うんだ。
まあ本作「吸血鬼」なんてタイトルだが、血まみれにはなるが一切超常現象は起きずあまり怖くないからホラー小説とは言えないし、幻想小説かというとあまりに明晰で偏執的にリアルだからサドがそうでないように幻想ではないし...で主人公は第一次大戦中(アメリカ未参戦)の状態でアメリカに渡って、エージェントみたいな立場で親ドイツ世論を喚起する講演でアメリカを回るドイツ人で、アメリカが参戦するとスパイとして逮捕されて監獄収容所行きになる。また軍馬への意図的な伝染病散布とも関わりがあって、しかもアメリカを背後から突くためにメキシコの軍閥?山賊?革命家なパンチョ・ヴィラに会いに行って工作するなんてエピソードもあるから、一応スパイ小説でいいと思うんだ。まあジャンルが何でもおよそ収まりが悪い作品で始末に負えない。
で特に力を入れて紹介したい点、というのがいくつかあって、一つは本作の結末が、「虚無への供物」の「読者=犯人」の先取りかもしれない...という点である(戦前に新青年で紹介されているようだ)。本作で主人公の周囲で吸血事件が起きる。実は主人公が夢遊病の中で起こしていた事件なんだが、ヒロイン以外の被害者の女性たちは主人公を吸血鬼みたいに捉えて爪弾きすることになるけども、ヒロインだけはそういう主人公を理解し、守り続ける...なぜかといえば、主人公は血によって生きる吸血鬼かもしれないが、この戦乱の時代の中で、あらゆる人間がすでに「血への渇き」によってどこかしら吸血鬼めいたものに変貌しつつあるのであって、主人公はその先駆けにすぎないんだ、と考えるからなんだ。「今日は火曜日よね...この火曜日をわたしはどんなに楽しみにしていたでしょう!しかしいいこと?これからは、どんな日もみな火曜日なのよ!」火曜日=マルスの、剣の日で戦いの日で血の日がいつまでもいつまでも続く、不吉な予言で本作は終わるが、この作者エーヴェルスは本作のあとナチに転んでいるから、これはホントウの予言である。
本作は文章が実にいい。「それからしんとなった。寒気がして、歯ががちがち鳴った。食いしばろうとしたが、駄目だった。震えにリズムを聞きとろうとした、が、リズムなんかなかった。」...これ、見事なハードボイルド文なんだよね。ヘミングウェイ(内容的に「日はまた昇る」と共通点が多い..)とかハメットとかを思わせるクールさに加え「全世界が発狂したあの年に、彼は、これが二度目と称して、出発したのだった」冒頭)と書く逸脱的で不吉な荒々しさ...これらが幻想的なのではなくて究極にリアルだ、というあたりが本作の禍々しさの徴である。
完訳の創土社版(前川道介訳)は暗黒文学での有名な入手困難本だけど、大きい図書館とかあるかもしれない。抄訳で少しづつ表現を短縮して訳した感じの世界大ロマン全集(東京創元社)版は古本で手に入りやすい。評者は中学生の頃本作の禍々しい毒に中ってずっと気になっていた...ごめんね、本作はどうしても紹介したかったんだ。


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H・H・エーヴェルス
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