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人質の朗読会
小川洋子 出版月: 2011年02月 平均: 6.50点 書評数: 2件

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中央公論新社
2011年02月

中央公論新社
2014年02月

No.2 6点 猫サーカス 2021/07/05 19:11
9話からなる物語はそれぞれ語り手が違う。地球の裏側で反政府ゲリラの人質となった彼らが毎夜、粗末な廃屋で自らの過去について語る。それが録音され「人質の朗読会」と題されたラジオ番組になるという形式の物語。冒頭で人質たちは犯人の仕掛けた爆弾で死亡したことが書かれる。物語は死者の声として進む。もう生きていないはずの彼らは、自分の人生で起きたある出来事を生き生きと語る。英字ビスケットで綴られた単語、背負った老人の重み、隣人と作った黄金色のコンソメスープ、緑の小川のようなハキリアリの行進。ささやかだが、決して損なわれることのない、鮮やかな記憶だ。誰しも語るべき物語を持っているのだと思わせられる。けれど、それはもう声だけで、彼らはいない。物語のはずなのに喪失感が迫ってくる。いったいこの世ではどれだけの声が消されていっているのだろうと胸が苦しくなり、物語の強さに驚く。耳を澄ませて、会ったことのない誰かの小さな日常を、声を、消えていく記憶を、特別ではない人生の欠片を拾い集めて、一字一字記している。

No.1 7点 斎藤警部 2015/11/30 13:06
思わず’日常のxx’とミステリめいた呼び名を付けたくなる雰囲気でいっぱい、だけどやっぱりそんな名付けはどこか無理があると感じさせてしまう。。 本作はミステリーと謳われておりませんし、実際ミステリーではありませんし、しかれども題名に含まれる「人質」なる語句に不穏な事件性を感じ、一種の犯罪小説として(本当は犯罪小説ですらありません、犯罪は発生しますが)何らかのミステリー要素をうっすら期待しながら(同時にやっぱりミステリーじゃなかったと軽く失望しながら)読むのがより趣き深いと思われる、読者によってじゅうぶん涙を誘うであろう絶妙にデリケートな文芸小説です。

南米某所で日本人観光客七名とツアーコンダクタ一名、計八名の乗ったバスが現地反政府ゲリラの人質に取られます(現地人の運転手は当局連絡のため解放)。八人みな見知らぬどうし。ツアコンを含む日本人八名で”未来がどうあろうと変わらない過去を確認し、今を生きるため”各々の半生に起きた忘れ得ぬ物語を文章に書き起こし、朗読し合うという企画が持ち上がります。この設定だけで泣く人はもう泣くでしょう。
【ここよりネタバレとします】
各人の物語が語られ、合間にゲリラ側や政府軍、日本政府の様子(時折ゲリラ達と心の交流も)が挟まれながら結末への緊張は静かに高まり。。。という構成かと思いきや! 八人は政府軍踏み込み時にゲリラの仕掛けていた爆弾で全員即死との顛末が物語冒頭でいきなり明かされます。 残酷な前提の上で始まる、それぞれの静かな物語の朗読。。

さて物語を朗読するのは八名のはずですが、目次を見ると何故か物語は九つあります。一つ多い物語の書き手、読み手はいったい誰か。。それは決して大それたどんでん返しでも意外な結末でもなく、物語の冒頭部に普通に登場する、九人目として容易に想像のつく人物に過ぎませんが、その人物の物語の存在が小説全体に深み、というより、もう一歩踏み込んだ彩りと救いを与えています。また、その人物の存在と行為こそがこの小説の設定の大前提のひとつである「或る事」をも可能としています。

こうして見ると、随分とまた、ミステリ小説として(又より派手に感動させるエンタメ作品として)成立させ得るチャンスを惜しげもなく逃し尽くしたものだなと感動すらおぼえます。それは小川さんがミステリ作家ではないから出来なかったのではなく、本作を淡い感動、あくまで前向きな感慨で包み込むため(或いは別の理由で)敢えてしなかったのでしょう。そんな心理の痕跡がいくつか見え隠れ。まあ清張さんの様に何を書いてもサスペンス、ミステリの影に覆われてしまう純文学作家、というタイプではないようですし。


【ネタバレはここまでとしましょう】
折角ですから細かなミステリ興味の要素をあげつらうと、それぞれの語り手の年齢や素性が、物語の終わる瞬間に明かされるという構成は結構なスリルと同時にしみじみとした哀感をも孕んでいます。ああ、こんな経験を持つ女性は今(思ったより年配の)こんな年齢で、こんな用件で南米の地に渡る事情があったんだ(そういえば文中に伏線があったなぁ)。。の様な。
それとやはり(上記ネタバレ部分でも触れましたが)朗読者は八人のはずなのに、目次には何故か九つの朗読が並んでいる、という不思議の点ですかね。(気付かない人もいるかも知れませんが)
そしてやはり、どの朗読物語にも何らかの死の匂いが漂っている事もミステリとの親和性という意味で見逃せません。
最後に余計な事を言いますが「B談話室」での催し物がいちいちタモリ倶楽部っぽくて笑えます(そのうち空耳アワーが出て来やせんかと心配になった)。本朗読だけはちょっとピュア・ファンタジィ(作り話)っぽいな。。

いや、やはり最後の最後は「各朗読」で心に残ったものを。
「やまびこビスケット」の、うらわびしさと仄明るい心の交流。「コンソメスープ名人」の、原初ミステリを彷彿とさせる”日常のサプライズ・エンディング”。「槍投げの青年」の、心の中の不思議な開放感。そしてとある作品で描かれる草の根國際交流の温かさ。いや、どれも良いストーリーばかりです。とても’素人が非常時に書いた文章’に見えないのが難点っちゃ玉に瑕ですが。。いや、これはやはり例のダイイング・メッセージ理論と同じく、特別な神々しい時間に書かれた文章だから、というわけでしょうか。


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小川洋子
2011年02月
人質の朗読会
平均:6.50 / 書評数:2
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