背徳のメス |
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作家 | 黒岩重吾 |
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出版日 | 1960年01月 |
平均点 | 7.00点 |
書評数 | 4人 |
No.4 | 7点 | いいちこ | |
(2024/01/26 12:59登録) ミステリとしては、いかにも小品であるが、サスペンス?ハードボイルド?としてとにかく読ませる。 昭和30年代の時代背景・風俗に加え、そこに暮らす人々の息遣いさえも伝える、生活感にあふれた描写と、乾いた筆致が実に見事。 本サイトの趣旨に照らし、これ以上の評価は難しいが、直木賞受賞作という宣伝文句に恥じない佳作 |
No.3 | 7点 | クリスティ再読 | |
(2016/09/05 20:57登録) ミステリ史的に言えば本作とかいわゆる「社会派」の確立期の名作ということになるんだけど、本作については別に「ハードボイルド」という言い方もされるあたりが面白いな。社会派もハードボイルドも、ミステリの枠に文学性とリアリズムを持ち込んだ、という点で軌を一にするわけで、日本でハードボイルドがさほど流行らない理由は何か、といえばそれは当然「松本清張がいたから」という当たり前な理由になるんだが... じゃあ何で松本清張は「社会派」であって「ハードボイルドでないの?」か、何で本作が「ハードボイルドな印象があるの?」というとこれは難しい問題になると思う。結構評者それが引っ掛かっていたんだが、今回読み直してその理由が何となくわかってきた。本作は「主人公のエゴイズムを軸に話が動いている」という点が「ハードボイルド」な印象を生んでいると思うんだ(これは同じ作者の前作「休日の断崖」と比較するといい)。 まあ植って男、本当にワルい奴で、「自分の正義」以外では絶対に動かないエゴイスト。そこが何かいい。魅力的に書けるあたりさすがの筆力。文章はいわゆる「ハードボイルド体」には遠いし、少々若さが目立つ青臭さもあるけど、独特のねちっこさがあっていいな。 これはホント個人的な感想になるんだが、評者現在大阪ミナミに住んでいる。黒岩重吾って大阪の図書館だと「郷土作家」のカテに入れられる人でね...本作とかでも全部リアルな地名で通してあるので、評者の生活圏での事件ということになって、時代を越えても地誌的なリアリティを強く感じていた。ちなみに頻繁に出る「ユニバース」ってダンスホールは現在大箱のイベント会場になっていて、行けばかつての栄華の名残を堪能できるよ。 まあそういう意味でも「リアリティのあるミステリ」を作り出した画期的な作品の一つであるし、また本作の上で社会派とハードボイルドがたまたま交錯する瞬間のようなものを感じるのもまた一興。 |
No.2 | 7点 | 斎藤警部 | |
(2015/08/20 11:09登録) 事故に見せかけて「俺」をガス中毒死させようとした奴は誰だ。。 被害者イコール探偵、そしてガスという構図は一歩間違えたらツソデレラの罠を思わせなくもないですが。。 小説の興味はそこだけでもないんだな、これが。 あべのハルカスのあの字も無い、遥か昔の昭和のど真ん中、大阪は”あいりん地区”こと釜ヶ崎にて吹き溜りの医療を施すキリスト教系の古い病院。 宿と食事が目当ての入院患者で溢れ、爛れた陰部の売春婦、喧嘩で刺されたチンピラが出入りする陰鬱で慌しい環境。ある日、経緯あって大病院から流れて来た傲岸な医科長が、若い売春婦の堕胎にしくじり死なせてしまい、その情夫(ヒモ)であるやくざ者から脅しを受け始める。 手術の助手を務めたノンキャリア医師、陰性な女たらしの「俺」の証言によっては、社会的生命も揺れ動く立場となった医科長だが。。 「俺」と関係のある看護婦、あった看護婦、ありようの無い看護婦、不能の夫を抱える魅力的な薬剤師、未来があったり無かったりの医師達、温厚でいかにもキリスト教徒らしく慈悲深げな院長。。 社会派ミステリになりそうなポテンシャルを覗かせつつ、敢えて踏みとどまったようなサスペンス風本格推理、そんな作品でしょうか。 怪しい人物は何人も出て来るし、本格ミステリ的に”光る”ポイントもいくつか読者の眼前に投げ出され、犯人当て、真相当ての興味が充満しています。 惜しむらくは、せっかく読者に晒して見せた「俺」の過去をもっと掘り下げても良かったのに。。と思えるのと、それから「スボン」の手掛かりがちょっとね。。犯人がそれについて言及するくだりでは若干”カックン”となりましたかしら。 当時の風俗ネタで見ると、昭和30年代の不良達が”三十代の大人には理解出来ない”ファンキー・ジャズで踊り狂う、ってのが最高にシビれたね。 EDMでもアシッド・ジャズでもジュリアナテクノでもニュージャックスウィングでもテケテケサーフィンでもない、ファンキー・ジャズでっせ、旦那! |
No.1 | 7点 | 臣 | |
(2010/09/07 10:48登録) 昭和35年の直木賞受賞作品。 昭和30年代前半の大阪・阿倍野の貧民地区にある病院を舞台にした虚無、退廃的な人間ドラマが描かれている。「白い巨塔」が病院の表がわの医師たちを描いているなら、本書は病院の薄汚れた裏がわの世界を描いている。 主人公の植秀人は、病院内のほとんどの看護婦と関係を持つ、女たらしでワルでニヒルな産婦人科医師だが、仕事にだけはわずかながらの正義感をもって臨んでいる。他の登場人物があまりにも癖のある人物ばかりなので、そんな主人公にも徐々に感情移入してゆける。著者の人物設定の上手さによるものだろう。 提起される謎は殺人未遂事件で、それを探るのが狙われた植本人だから、ミステリとしてはかなり地味な印象を受ける。著者は、推理的手法を駆使して人間の葛藤を描いてはいるが推理小説ではないことを解説で述べているぐらいだ。でも、小粒ながらも人間関係を頭に描き推理しながらの読書は、謎解き読書としても十分に楽しめた。ただ、たしかに本書は、異様な雰囲気と人物の描写を楽しむために重点が置かれているような気がする。 観ていないが映画化もされている。地味ながらも当時としては豪華なキャスティングである。 |