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ミステリの祭典

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女刑事の死

作家 ロス・トーマス
出版日1986年08月
平均点6.40点
書評数5人

No.5 7点 ◇・・
(2022/07/26 17:11登録)
玄人好みとか職人芸、作家が敬愛する作家などと言われた、逆に言えば一般受けのしなかった作者。
妹の死の謎という題材ながら決して感傷に溺れない文章、複雑なストーリー、リアルで個性的な登場人物の描写と、彼らの冴えた会話、深い余韻。

No.4 7点 人並由真
(2020/06/23 05:00登録)
(ネタバレなし)
 モンタナやダコタから熱風が吹き付ける北アメリカのとある町。地元の殺人課二級刑事で28歳の女性フェリシティ・ディルが、愛車に仕掛けられた爆弾で殺される。その兄でワシントンの上院直下の査察組織「調査監視分科委員会」に所属する38歳のベンジャミン(ベン)・ディルは、早速、自分の故郷でもある現地に向かう。ここでディルの上司ジョセフ・ラミレスは便宜を図り、ディルの遠出を公用の形にした。故郷でディルは妹殺害事件の真相を探りながら、一方で命じられた職務として土地の同世代の青年ジェイク・スパイヴィに接触。実はスパイヴィはディルの竹馬の友だったが、かつてベトナムに武器を調達したCIA局員でもあり、しかも終戦後に余剰武器を各国に横流しした疑惑を持たれていた。二つの案件でことを進めるディルだが、そんな彼の周辺にさらにもうひとり、ベトナム疑獄事件の重要人物が出現。それは当時のスパイヴィの上官クライド・トマリン・ブラトルで、武器の横流しの共犯だった彼は主犯格のスパイヴィの情報を提供することと引き換えに、自分の罪科を軽減するよう願い出てきた。

 1984年のアメリカ作品。
 個人的にここのところ、翻訳作品は50~60年代作品ばかり、ほぼ続けて読んでたので、もうちょっと後の時代のものも……と、コレを蔵書の中から引っ張り出してくる。といってもこれも30年以上前の旧作だけどね(笑)。なお今回読んだ訳書は、最初のハードカバー(ハヤカワ・ノヴェルズ)版。大昔にどっかの古書店で200円で購入したヤツだ(笑)。

 本作はMWA賞の本賞といえる長編賞を受賞、さらにスティーヴン・キングとJ・D・マクドナルドがホメているということもあって期待したが、そういった展望を裏切らない秀作であった。
 主人公ディルが個人的に追う妹の死に至るまでの事情、そしてディルの幼なじみスパイヴィにからんだ疑獄事件の対応という公務、この双方がいずれ何らかの形で繋がるのか、あるいはその裏をかいて……というのは、当然、読む側の注目ポイント。もちろんその辺の詳細はここでは書かないが、物語上でのバランス感と関係性の双方で、非常にこなれた流れになっていくことだけは言ってもいいだろう。
 
 全体のストーリーの組み立て、登場人物の描き分け、場面場面の叙述、それぞれの側面がどれも結晶度が高く、言いかえるなら軽妙手前のハイテンポで物語が進む一方、随所のシーンにいくらでも小説的なうまみを感じるというか。
(たとえばディルが情報を求めて向かった現地の記者クラブ、そこで再会するクラブのオーナーや従業員たち、そして旧知の老記者の描写とか。)

 さらにミステリとしては終盤の矢継ぎ早の意外性や二転三転の展開などそれぞれ実に鮮烈で、一方で、ハードボイルドミステリとしてのメンタル的にもなかなかサビの効いたシーンが用意されているのもよろしい。
(この辺ももちろん詳しくは言わない。ただし<こういう場面>に触れてロス・トーマス作品をもっと読み込んでいる人は「待ってました!」と喝采を送るのか、それとも「またか……」と苦笑するのか、ちょっと気になるところだが。ちなみに個人的には(中略)。)

 でもって、ラストの幕引きも予期した以上に剛球でキメたな! という感触。評者がもっと素朴に純情にミステリ小説を読みふけっていたハイティーンの頃にはじめてこの場面に触れていたなら、かなり心に響いていたかもしれない。いや、オッサンになった今読んでも、けっしてキライじゃないけれどね、こーゆーの。それでもたぶん若い読み手の方が、何かを感じる小説のまとめ方だとは思う。

 全体的に破綻が少なく、まとまりのよい、得点も多い作品。MWA賞受賞は納得で、これまでに読んだトーマス作品3冊のなかでは最も完成度の高い秀作という感じ。フツーならそういう褒め方をすると、どっかで優等生的な作品にありがちなある種の物足りなさを感じたりするんだけれど、今回はそういう不満の念があんまり生じないのだから、やっぱりこれは素直にいい作品なのであろう。前の『冷戦交換ゲーム』のレビューで書いた「ロス・トーマスってどっか生島治郎っぽい」という想いは、さらにもう一段、強まった手応えもある。

 最後に、この話の舞台となる町や市単位の直接の地名は、劇中に登場しない(通りとか区画とかの名称はいくらでも出てくるけれど)。ただしモンタナやダコタから熱風が吹き付ける故郷の町、という主旨の記述があるので、その条件に合う場を地図で参照するとワイオミング州のどっかあたりということになる。なんらかの考えがあって作者は特に架空の地名を設定したりもせず、そんな書き方をしたみたいだけれど、これがちょっとだけ気になった。

No.3 4点 あびびび
(2011/09/12 16:59登録)
たったひとりの肉親である妹(女刑事)を車に仕掛けられた爆弾で殺された。諜報機関の仕事をしている兄が急遽ふるさとに帰り、昔馴染みらの情報を元に調査するが…。

その背後に大物武器商人らが絡んで事件は膨らんで行くが、本格ミステリが好きなファンは物足らないかも知れない。

No.2 7点 mini
(2011/05/20 09:37登録)
陰謀諜報小説と、ハードボイルド私立探偵小説と、犯罪小説とを巧みにブレンドしたような感じ
基本的には諜報小説が似合う文体だ
ちょっと癖の強い作風だが、それがまた癖になりそうなホヤとか苦味の利いた山菜のような味わい
解説で”ポーカーフェイス”という語句が有るのは言い得てる
今回クレイグ・トーマスと未読だった作家を続けて読んだのだが、同じトーマスでも単に英米だけでなく全く違う
クレイグ・トーマス「ファイアフォックス」は作品自体は悪くないんだが、他の作品も読んでみたいとまでは思わなかった
しかしロス・トーマスはこの「女刑事の死」という作品そのものの魅力と言うより、ロス・トーマスという作家に惚れこむ感じで、他の作も読んでみたいという気を起こさせる作家である
多分、ハマる読者はとことんハマるタイプの作家で、個々の作品がと言うより作家人気で読まれる作家なんだろう

No.1 7点 kanamori
(2010/10/21 18:16登録)
車に仕掛けられた爆弾による女刑事の死という幕開けこそ派手ですが、妹の死の謎を突きとめるため故郷へ帰った兄ベンジャミンの調査が語られる序盤の展開は地味です。途中からもう一つの帰郷目的である政府関係の仕事に物語の重心が移り、関係者の連続殺人が起こるあたりからスリリングな展開となりますが、結末は、これまでのB級感のあるクライム小説とはちょっと違う大人のハードボイルドという感じでした。
物静かで妹の死に対しても感情を表わさない主人公というのも作者の作品では珍しいですが、それを最後のページで一気に表現させた手際には唸るしかありません。泣けます。

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