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ミステリの祭典

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事件屋稼業
創元版チャンドラー短編全集2/旧書名『チャンドラー傑作集2』

作家 レイモンド・チャンドラー
出版日1965年01月
平均点8.25点
書評数4人

No.4 8点 斎藤警部
(2022/02/18 14:32登録)
“彼のような男が大勢いれば、この世はきわめて安全で、しかも生き甲斐がなくなるほど退屈でもないといった、そんな世界になることであろう。”

表題作”TROUBLE IS MY BUSINESS”(邦題名訳!)、雰囲気勝負で快走の末、意外な犯人の花束を渡された。カラフルな絵が浮かぶ物語。いい女よりいい酒が残る話。仄かなセルフパロディ?もあった気がした.. がたぶん気のせい。 他篇に個別コメントするまでも無く、とにかく全体的に良い。 矜持は失わんが気ぃ失い過ぎのマーロウ、及びちょっと似てるが違った個性の仲間二人が、慎み深く主役を張る四つの中篇。 敵を騙すにはまず読者から。こんだけ魅力ある文章世界の中に、不安な謎がしのびこみ、連続殺人やら汚い騙し合いやら心理トリックやら充満しているんだもの、そりゃあたまらんのですよ。ラストセンテンスの響き渡る深さはチャンドラーの美点を象徴していますが、そこに至るまでの中身こそ更に深く響き渡っている。 風景描写も心地良し、刺身のツマさえじっくり味わった。 時に苦笑せんでもない毎度のパターンにさえ、それぞれの味がある(でもドタマは大切にして、探偵さん!)。 最後のエッセイ、言わんでエエ事まで言ってる気もするが、内容より先に、またしてもその文章の熱さに魅了されてしまうのは仕方が無い。

事件屋稼業/ネヴァダ・ガス/指さす男/黄色いキング/簡単な殺人法  (創元推理文庫)

我が偏愛のレッドハウス(ジミヘンのよりこっちが好き)を細部に渡りよくも鬼ディスってくれたな、憶えておけよ(笑)。 てか古典有名作のネタバレ総決算ジャンボリーやってる部分がありますんで、そのへん把握する前に「簡単な殺人法」お読みになる方は要注意です!
「訳者あとがき」と、その中で披露されるチャンドラーが或る人物に宛てた特殊な手紙、どちらも素晴らしい! というか、「あとがき」全体の半分を優に超える作者本人の強力な手紙に圧殺されず堂々と回転椅子に座り微笑する訳者の筆力には打たれる。

No.3 8点 クリスティ再読
(2019/05/17 23:10登録)
ハードボイルドは一人称か三人称か?となると、チャンドラーは一人称のイメージが強いわけだけども、三人称ハードボイルドだってイケるじゃないの?となるのが、本書収録の「ネヴァダ・ガス」である。カメラアイに徹した描写が続き、実に乾ききっている。素晴らしい。主人公デルーズの心理にさえ一切踏み込まず外面描写に徹しており、きわめて研ぎ澄まされた美さえ感じるよ...いいな。「待っている」に似ているが、短い「待っている」がホテルという場所でのスケッチみたいなものなのに対し、こっちは動き回ってネヴァダ・ガス(青酸ガス)を仕掛けた車にまつわる事件を解決している。「待っている」の浪花節もなくて、マーロウが甘ったるく感じるくらいのハードな主人公である。今まで読んだチャンドラー短編のベスト。
「事件屋稼業」「指さす男」の2作はマーロウ登場。「事件屋稼業(trouble is my business)」は昔「怯じけついてちゃ商売にならない 」ってアジのある訳題があったな。「指さす男」はマーロウが知り合いのギャンブラーの儲け仕事を手伝って、罠に掛かりそうになる話。マーロウ主人公だと、状況を相対化するような警句も出るために、軽妙になる印象がある。チャンドラー的にも動かしやすいんだろう。賭場の経営者キャナレスがなかなかナイスなキャラである。
で「黄色いキング」はやはり三人称でホテル探偵が、ご乱行のミュージシャンにからんだ事件に介入する話。本作は結構意外な方向に話が転がっていくが、張り詰め具合は「ネヴァダ・ガス」ほどではない。4中編すべて文庫100ページほどだが、一つ一つを大事にして、それぞれを一気に・一息で読みたいな。ハードボイルドの浪花節に、評者は関心が薄いせいか、三人称ハードボイルドを、それ自体で一つのジャンルだと捉えるのはどうだろう?なんて思うんだよ。

そして創元では本書に「簡単な殺人法」が収録。ハヤカワ版「むだのない殺しの美学」を推挽される向きがあるようだけど、Art(芸術=技法)であって、Aesthetics (美学)じゃないからね。また Simple というのは、人を殺す連中は妙に殺人手段に凝ったりしない、ということだから、「むだを省く」だと向いてる方向が違うのでは.....チャンドラーの訳題については、新しいからいい、というわけじゃないと思っているよ。

ハメットは最初から、人生に対して鋭い積極的な態度をとった人たちのために書いた。そうした人たちは物事の暗黒面を恐れることなく、そこで生活した。

この超有名エッセイでは、ある意味チャンドラーがモンテーニュばりのモラリストとして殺人小説に向かい合っている、というのが見て取れる。今ドキのニッポンの読者だと、ハードボイルドの拳銃沙汰を様式美みたいに感じかねないのだが、戦前のアメリカではこの拳銃沙汰が、「美学」でも「美意識」でもなくて、ほかならぬ「リアル」だったことを銘記しておかないとね。だからこのチャンドラーのスタンスを「美学」と捉えるのは二重に不当なことのようにも思う。

No.2 8点
(2013/10/16 22:12登録)
チャンドラーの短編集で最初に買ったのが本書なのですが、その理由はやはり最後に収められたエッセイ『簡単な殺人法』です。「小説はどんな形のものにせよ、つねにリアリスティックであることをめざしてきた」という冒頭の断定(偏見)から導き出される評論ですから、ミルンの『赤い館の秘密』のトリックを、警察が見破れないわけがないといった点から批判していて、再読してみるとこのあたりは特に楽しめました。またハメット礼賛に続く最後の探偵について論じた部分は、ハメットよりチャンドラー自身にあてはまるような気がしました。
中編4編のうち、『事件屋稼業』と『指さす男』(原題は”Finger Man”で、finger は俗語の密告の意味ではないでしょうか)はマーロウもの。『ネヴァダ・ガス』とは青酸ガスのことで、なかなか派手な展開の作品。『黄色いキング』はハードボイルドな展開の最後をかなり意外な論理でまとめていました。

No.1 9点 Tetchy
(2010/03/21 23:12登録)
収録作は「事件屋稼業」、「ネヴァダ・ガス」、「指さす男」、「黄色いキング」の短編4編にエッセイ「簡単な殺人法」。ベストは「ネヴァダ・ガス」、「簡単な殺人法」。

「ネヴァダ・ガス」は他の短編に比べ、いきなり毒ガス車で人が処刑されるシーンという読者を惹きつける場面から幕が開けるのがまず印象深い。この導入部はハリウッド・ムービーを想起させる。この時既にチャンドラーはハリウッドの脚本家として働いていたのだろう。

歴史に残る名エッセイは何かと問われれば私はこの「簡単な殺人法」を挙げる。これはチャンドラーが探偵小説に関する自らの考察を述べた一種の評論。論中で古典的名作を評されているA・A・ミルンの『赤い館の秘密』、ベントリーの『トレント最後の事件』、その他作家名のみ挙げた諸作についてリアリティに欠けるという痛烈な批判をかましている。
その前段に書かれている「厳しい言葉をならべるが、ぎくりとしないでほしい。たかが言葉なのだから。」という一文はあまりにも有名。
本論では探偵(推理)小説とよく比較される純文学・普通小説を本格小説と表現している。そしてこの時代においては探偵小説は出版社としてはあまり売れない商品だと述べられており、ミステリの諸作がベストセラーランキングに上がる昨今の状況を鑑みると隔世の感がある。

本書はこの「簡単な殺人法」を読むだけでも一読の価値がある。世のハードボイルド作家はこのエッセイを読み、気持ちを奮い立たせたに違いない。卑しい街を行く騎士など男の女々しいロマンシズムが生んだ虚像だと云い捨てる作家もいるが、こんな現代だからこそ、こういう男が必要なのだ。LAに失望し、LAに希望を見出そうとした作家チャンドラーの慟哭と断固たる決意をこのエッセイと収録作を読んで感じて欲しい。

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