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ミステリの祭典

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オランダの犯罪
メグレ警視

作家 ジョルジュ・シムノン
出版日1960年09月
平均点6.50点
書評数4人

No.4 6点 tider-tiger
(2023/06/22 12:04登録)
~フランス人教授が講演のため訪れていたオランダ北部の町で殺人事件が発生した。教授は被疑者としてオランダに留め置かれることとなり、メグレ警視が彼の地へと派遣されることになった。

1931年フランス。メグレシリーズ初期作品。『メグレと深夜の十字路』の次に発表された。ミステリ色が強いというか、きちんとミステリの手法を取り入れて書かれている。最初に容疑者候補がずらずらと紹介され、最後にみんなが集まって解決に至る。

メグレの捜査は事件関係者宅での牛の出産の手伝いからはじまる。
「こんな職業におつきになったのは初めてでしょ?」
事件関係者18歳のベーチェがからかうように訊いてくる。
「最初ですよ」と、メグレは答える。
※これは初めてやったの意ではなく、「子供時代の最初の仕事は牛の世話でした」すなわち子供時代のサン・フィアクル村での経験を話したのだろうか。
メグレはベーチェの部屋に通される。
「ねえ、パリにいるみたいでしょう?」と、ベーチェ。
うーん。『シムノンは行き当たりばったりに書いていた』という説が疑わしくなってくる。少なくともベーチェの人物像はこの時点で完璧に固まっている。プロットも固めていたのではないだろうか。
本作はかなり計算されて書かれているように思える。作りがきっちりとしていて、メグレ物にありがちな茫洋としたところがあまりない。本格ミステリとして充分に愉しめる。
山のない国が舞台であるという先入観のせいかもしれないが、景色が妙に開けて感じる。メグレ物には珍しい感覚がある。ヨハネス・フェルメールの『デルフト眺望』が思い浮かぶ。

エピローグとなっているノートの章で、怖ろしいというか、すごく痛そうな事実が明らかになる。その事実をサラリとメグレに告げた人物を怖ろしく感じた。そして、ラストの一文が素晴らしい。この一文で千代の富士のお尻のように作品がグッと引き締まった。

メグレ警視シリーズの中には古書価が高騰している作品がいくつかある。『死んだギャレ氏』クリスティ再読さんも触れていらした『メグレ警部と国境の町(未読)』そして、本作もそうした一冊。

瀬名さんが『シムノンを読む』でかなり高評価されている作品だが、自分はそこまでの思い入れはない。ただ、完成度が高い作品だとは思う。シムノンについて瀬名さんの仰ることには大部分賛同できるのだが、実作の評価となるとけっこう違っていたりもする。面白いものだ。
『霧の港のメグレ』についても瀬名さんの評価は高かったが、自分はクリスティ再読さんの評価に近い。
『オランダの犯罪』に対する評価はメグレ物を順番に読み進めている瀬名さんと、中期後期ばかりを最初に読み漁っていた自分の違いもあるような気がしている。
瀬名さんは『メグレと若い女の死』をかなり評価されているが、そこは自分もまったく同じ。
ちなみに映画版はぜんぜん『メグレと若い女の死』ではなかった。まったく別の話といってもいいくらいだ。映画の原題は『Maigret』そう。シムノンが正面から書こうとはしなかったメグレ警視の姿が描かれていた。ちょっと泣きそうになった。

No.3 8点
(2018/11/25 13:57登録)
 ある五月の午後、メグレ警部はオランダの港町デエルフジルを訪れていた。ナンシー大学の教授であるフランス人犯罪学者ジュクロが、殺人事件の容疑者として禁足されていたのだ。被害者は地元にある海軍兵学校教授コンラッド・ポピンガ。彼は庭の倉庫に自転車を入れようとする途中、自宅から拳銃で撃たれていた。ポピンガ家に滞在していたジュクロは銃声を聞き、凶器の銃を握って駆け付けたのだった。
 風呂場で発見した銃をうっかり握ったままにしてしまった、と主張するジュクロ。メグレは事件を読み解くため、まず被害者を誘惑していた乳牛輸出業者の娘、ヴィトージュ・リイワンスに接触するが・・・。
 メグレ警視シリーズ第8作。「メグレと深夜の十字路」の次作にあたる、ごく初期の作品。創元推理文庫版は手が出ないので、雑誌「宝石」の松村喜雄・都筑道夫コンビによる初訳版でなんとかかんとか読みました。"デエルフジル""リイワンス"とか固有名詞が変なのはそのせいです。横溝正史の「悪魔が来りて笛を吹く」の連載最終回が併載されてたりして、ちょっと戦後初期の空気を感じる頃の初訳300枚一挙掲載。挿絵は松野一夫画伯。
 デエルフジルの街並みは小綺麗な赤煉瓦造りで、港を船が行き来し、絵葉書のよう。住民たちは健康的な市民階級ばかりで、悪い評判が広まるのを警戒しています。
 地元オランダ警察のピペカン刑事は「外部の人間の仕業」と片付けてメグレを丸め込もうとしますが、そんな手に乗るメグレではありません。彼は地元の意向などいっこう頓着せず捜査を進め、最後に容疑者全員を集めて事件の再演を行います。このときメグレと連れ立って夜道をそぞろ歩き、ポピンガ家に向かう事件関係者たちの姿が強く印象に残ります。
 犯人解明は消去法によるものですが、それよりも人間関係のもつれから生じた物理的盲点を、巧みに利用した犯行計画がなかなか。それらが渾然となって一枚の絵ともいうべき鮮やかな映像を描き出すところが、いかにも初期のシムノンです。
 読者の心に残る人物像には欠けますが雰囲気もよく、それらを考え合わせるとギリギリ8点といった所でしょうか。メグレ物ベスト10に入るかどうかの微妙なライン。シリーズ初期の佳作です。

No.2 6点 クリスティ再読
(2017/04/02 21:37登録)
初期のメグレ物。今回のメグレはタイトル通りオランダの田舎町デルフゼイルに出張でアウェイの事件。メグレに港町は似合うなぁ。シムノンが船の中で執筆してた頃だし、Wikipedia によると、最初のメグレ物の「怪盗レトン」はデルフゼイルの沖合で書かれたらしく、町には現在メグレの銅像があるそうだ...デルフゼイルはメグレの街、だね。
まあだけど、シムノンがオランダ、という舞台に何を求めたか?というと、ピューリタン的で小市民的道徳性と、不道徳をも辞さない野性の対立みたいなものだろう。外部の船乗りを犯人にして収めようとする地元刑事とのさや当ても少しある。シムノンって作家はミステリライターでは珍しく、遊民的なインテリが嫌いで武骨な職業人に好意的な描写が多いのが目立つ(アマチュアリズム好きのイギリス人とはバックグラウンドが違い過ぎるからね)。
本作犯行再現をしたりとか、消去法で推理したりとか、妙にパズラー風味。けど犯行再現の様子を「この場の様子には魅力も偉大さもなかった。哀れでおかしいものがあった」とするのが、シムノンらしいし、灯台の光に照らされる恋人たちを凝視するある人物とか、それでもイメージはいつものシムノン。後日譚でのメグレのアタりっぷりが結構ニヤリとさせる。

No.1 6点
(2010/03/04 20:51登録)
今回の舞台であるオランダの東北部海沿いの町デルフザイルは、シムノンがヨーロッパを周遊していた船上で最初のメグレものを書き始めた場所でもあります。オランダらしく運河が町中を流れ、船乗りたちがたむろする、初期メグレものらしい土地です。ただし季節は5月で穏やかな陽気なので、これもおなじみの霧雨や吹雪はありません。メグレを通して語られる町の第一印象は静けさです。
異国でフランス人の犯罪学者が殺人事件の容疑者になってしまい、司法警察に誰かの派遣が要請され、メグレが出かけていくことになるのです。
メグレが心理的なことではなく具体的な証拠によって捜査を進めるべきだと語るところがあるのですが、皮肉まじりではあるにせよ、メグレがこんなことを言うなんて珍しいことです。珍しいと言えば、最後に彼が関係者たちの前でクイーンみたいに厳密ではないにしても消去法推理を披露するのもそうですね。

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