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ミステリの祭典

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白妖鬼
神津恭介シリーズ

作家 高木彬光
出版日1955年01月
平均点4.50点
書評数4人

No.4 5点
(2021/07/18 17:10登録)
 大都会の谷間ともいうべきこの小路、東京の銀座裏、金正ビルの横から大新聞社の隣りに抜ける奇妙な酒場に集まった酔客たち。やとわれマダムのロハ夫人こと只野春江、新進気鋭の映画監督・城崎晴夫、かれに出演の誘いを受けた新風劇団の、香取三雄と鹿島管子、東洋新聞の土屋社会部長と遊軍記者の真鍋雄吉、そして我らが松下研三と、劇作家の村田宮子。
 そこに黒いソフトを眼深にかぶり、大きな帽子の箱と赤皮のトランクをかかえた男が訪れ、客の一人である弁護士・三浦勝造にトランプで不吉な予言をする。これから十日以内に奇怪な殺人事件が起こり、その犠牲者はあなたかも知れないと――
 弁護士は一笑に付すが、数日後彼は自宅で舌を切断された毒殺死体となって発見される。そして占いの予告通りに現れた黒い毛皮をまとった裸女は、三浦邸からかき消すようにいなくなっていた。更に殺害された三浦の元には「白妖鬼」と名乗る人物からの怪しい脅迫状が・・・・・・
 地下に潜った共産主義者たちの影が見え隠れする連続殺人。研三と別ルートで事件を追う土屋部長は、遂にあの神津恭介に出馬を仰ぐ。稀代の名探偵が神出鬼没の殺人鬼の恐るべき企みに挑む、本格ミステリー長篇。
 共栄社発行の雑誌「探偵クラブ(探偵倶楽部)」に昭和27(1952)年4月号~昭和27(1952)年11月号まで、断続的に掲載された神津シリーズ第4作。「講談倶楽部」連載の山田風太郎との合作長篇「悪霊の群」の連載が昭和26(1951)年10月~昭和27(1952)年9月までと時期的に被るので、一連の研三と宮子の会話など、茨木歓喜に影響されてやや躁病の気味もある。正に〈なんじゃこりゃ〉な高木らしからぬ描写だが、この凸凹コンビにはチャーミングさも出ており、これはこれで読める。
 だがストーリーは通俗スリラーとパズラーのゴッタ煮。筋立ての骨子は結構本格的なのだが、肝心の白妖鬼がやる必要もない挑発を次々と繰り返すため、読者に真面目に受け取ってはもらえず(最後に〈犯人の潜在的な破滅願望〉という事で、一応の辻褄は合わせてあるが)、加えて犯行時の無理筋もアリアリ。第二の殺人以後ロハ夫人=水野春江が実家の子爵家に戻り、オープンな事件から一気にクローズドサークルに入る展開も木に竹を継いだようで、せっかくの狙いが透けて見えてしまう。
 総合的にはジョン・ディクスン・カー『疑惑の影』のような、素材は悪くないのに処理の不味さが目立つ失敗作。名作『人形はなぜ殺される』の原型ともいうべき内容にもかかわらず、作品としては遠く及ばない。それでも人物造形などシリーズ次作『悪魔の嘲笑』よりは読み所も多いので、採点はかなり甘くして5.5点。

No.3 4点 人並由真
(2020/05/23 17:35登録)
(ネタバレなし)
 nukkamさんのレビューを拝見して「神津恭介シリーズ第4作」の長編だと改めて意識した。じゃあ『刺青』『呪縛』の流れを受けた初期作品できっと骨っぽくて読み応えあるだろうと期待してAmazonで古書(桃源社の新書・1977年の新装版)を注文したが……なんじゃこりゃ。

 文中の記述によると、神津の事件簿としてはこの直前に荊木歓喜との共演編『悪霊の群』(評者は大昔に稀覯本だった古書を購入したが、例によっていまだ積ん読……)が入るらしいが、そっちからの影響があるのかどうか、やたら無意味なスリラー臭が強く、しかも導入されたセンセーショナリズムの大半は、犯人の立場からしてもかえって無駄に事件をややこしくしてないか? といいたくなるものばかり。
 一応はフーダニットパズラーの枠内に収めようとした作者の矜持は認めるものの、それだからといって出来たものは面白くないし。

 とはいえ箇条書き風に記せばそれなりにネタの多い作品であり

・徳田球一の逃亡中の時期、半ばテロリスト予備軍のように一部の市民から扱われる日本共産党(神津の視線は冷静だが)。当時の世相がよくわかる。しかしこれだけ共産党がメインファクターになった作品ってほかにないね?
・松下研三とオールドミス劇作家の、友達以上恋人未満的なラブコメ模様が印象的
・前述の『悪霊の群』にからんでか、地の文で山田風太郎を「突発性痴呆症」と揶揄する記述あり
・しれっと作中に登場して、殺人鬼「白妖鬼」事件にコメントする作者・高木彬光
・神津恭介は31歳の現在まで童貞? まあこれは松下研三たちがそう言っているだけだが、シリーズの流れを鑑みるにさもありなん?

 昭和っぽい雰囲気は悪くないんだけどな。改めて全編を俯瞰すると褒めるところもほとんどない。という訳で、評価はこんなとこで。

No.2 5点 nukkam
(2016/12/23 06:22登録)
(ネタバレなしです) 1952年発表の神津恭介シリーズ第4作の本格派推理小説です。神出鬼没の毛皮の女とか行方知れずの共産主義者とか元子爵の一族とか怪しげな人物を数多く登場させていますが被害者も含めて互いの関係が曖昧な状態が続きます。謎を深めるために意図的に曖昧にしているのでしょうけど、どこか散漫なプロットになってしまったような印象を受けました。タイトルに使われている白妖鬼の存在感も埋もれ気味です(殺人予告をしたり神津恭介を挑発したりと実は結構アピールしているのですけど)。後年の名作「人形はなぜ殺される」(1955年)を連想させるところがありますがプロットの整理と謎解きの切れ味で劣るのが惜しまれます。

No.1 4点
(2015/04/03 23:11登録)
酒場での一幕の後、弁護士が、記憶喪失だと言う女を家に連れて帰ったところ、妙な暗号電報を受け取るところから事件は本格的に始まります。ごく簡単な暗号で、解いてみると「白妖鬼」(当時の電報なのでカタカナですが)なる人物からのものだと判明して、というわけで、なぜ暗号にする必要があったのか、「テヲヒケ」とは何からなのか、といった点に疑問を感じながら、なんだか乱歩の通俗作品っぽいなあとも思っていたのですが。
結局、そのあたりの論理的整合性がとれていない作品でした。最大のポイントは第2の殺人でしょうが、これも基本的な発想はなかなかおもしろいのですが、そうする必然性が弱いと言わざるを得ません。また、犯人のキャラクターがあまり印象に残らないのも、不満なところです。第2の殺人の方法に明確な理由を与えられないのならば、むしろに八方破れな通俗作品にしてしまった方がよかったかもしれません。

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