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ミステリの祭典

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薔薇荘にて
アノー

作家 A・E・W・メイスン
出版日1995年05月
平均点6.25点
書評数4人

No.4 7点 弾十六
(2021/09/04 19:08登録)
1910年出版。連載ストランド誌1909-12〜1910-8、挿絵W.H. Margetson、連載タイトルThe Murder at the Villa Rose。単行本で読了。
読んでて、アガサさんのごく初期のポアロもの『★★(一応伏せ字。それほどネタバレではないが)』と似ている、と思った(単なる偶然だと思うが、その作品の第三章のサブタイトルはAt the Villa ◎◎)。ポアロの造形にアノーの影響を感じる(ココアとか、尊大で滑稽な見得とか)。リカードが時々見せるツッコミもヘイスティングズっぽい。きっとアガサさんは『スタイルズ荘』を書く前にこの作品を読んでいたに違いない。
人物造形が、普通小説のようにしっかりしてるのが良い。というか、小説、と銘打つならこのくらいの水準が当然だ、というのが当時の常識だろう。トリックを生かすだけに生まれた段ボールの書き割り人形が許されるのはゲームやクイズと化した「探偵小説」というジャンルが確立してからだ。
全体の構成もなかなか凝った感じ。まーひねくれた今の読者にはあまり受けないレベルと思うが、私にはこのくらいで十分だ。
当時、流行だった◆◆(一応伏せ字)の知識がちょっとあると、なお楽しめると思う。(p34の描写でピンとくる人なら大丈夫だろう。)
続く『矢の家』も楽しみだ。
以下トリビア。
p9 八月の第二週にはいつもサヴォア県の温泉保養地エクス・レ・バンへ旅行し(the second week of August came round to travel to Aix-les-Bains, in Savoy)♠️物語の始まりは、続く記述から八月第二週目の月曜日。
p9 バカラルーム(the baccarat-rooms)♠️当時流行の賭博。ラッフルズにも出ていた。
p10 ルイ紙幣♠️ここの原文に「紙幣」は無い。この後に「五ルイ紙幣(five-louis note)」が出てくるが、ルイ(louis)は20フラン金貨の意味で、この単位の紙幣は存在しないはず。この小説で「ルイ」が出てくるのは賭け事のシーンだけなので、カジノの遊戯用として専用の「ルイ紙幣」が発行されていたのか?仏国消費者物価指数基準1909/2021(2665.73倍)で1フラン=4.06€=530円。
p15 スワニエ(soignee)♠️フランス語soignée「身だしなみのよい;手入れの行き届いた,きれいな」
p20 同行♠️コンパニオン(her companion)
p24 ココアを味わう(enjoying his morning chocolate)♠️フランス人は飲むチョコレートが好きなのか。
p24 成功した喜劇役者といった趣(looked like a prosperous comedian)♠️具体的な実在人物イメージあり?
p24 ああ、友よ(Ah, my good friend)♠️ポアロならモナミ!というところ。
p25 フランスの探偵… 我々は下僕にすぎません… 予審判事(in France a detective…. We are only servants…. the Juge d'lnstruction of Aix)♠️「探偵」というより公的警察の「刑事」が相応しい感じ。当時のフランス警察制度はよく知らないのだが。
p28 日雇掃除婦… 毎朝7時にきて、夕方の7時か8時に帰る(there was a charwoman…. came each morning at seven and left in the evening at seven or eight)
p39 電話♠️既に普及している。英国は結構普及が遅かった。
p42 僕はユダヤ人を軽蔑してはおりません(I do not speak in disparagement of that race)♠️ここでドレフュス事件(1906年7月無罪判決)への言及あり。とすると本作の作中年月はそれ以降、ということか。
p44 エクスを一時五十二分に出る汽車に乗れば、二時九分にはシャンベリに着ける(by the train which leaves Aix at 1.52 and arrives at Chambery at nine minutes after two)♠️こういう細かい時刻を言うのだから、当時の鉄道は時間に正確だったのだ、と思う。
p47 六十馬力(Sixty horse-power)♠️当時の車だと最新式のBenz 35/60 hp (1909)あたりか。とすると1909年が作中年かも。
p71 カロリーヌ・レブーの一万二千フランもする帽子(have lace petticoats and the softest linen, long white gloves, and pretty ribbons for her hair, and hats from Caroline Reboux at twelve hundred francs)♠️正しくは1200フラン(=64万円)、帽子は複数、金額から考えると、前段のペチコート、肌着、手袋、リボン、帽子の総額だろう。Caroline Reboux(1837–1927)はパリの帽子屋、デザイナー。
p144 五フラン(a five-franc piece)♠️辻馬車の運賃
p175 大きなニューファウンドランド犬(a big Newfoundland dog)♠️水難救助犬、人命救助犬として優れている。
p188 お国で起こった歴史的犯罪(There's an historic crime in your own country)♠️英国の実在事件と思われるが、見当つかず。
p196 五フラン硬貨(the five-franc piece)♠️当時のは1871-1878鋳造の銀貨(純度0.90)、重さ25g、直径37mm。
p206 従僕(valet)♠️確かに!
p223 ダヴェンポート兄弟(Davenport brothers)♠️ブラウン神父のとある作品(1912)でも言及されてる有名人。19世紀後半に活躍。

No.3 6点 蟷螂の斧
(2018/05/31 14:50登録)
黄金時代以前の作品(1910年)です。物語の構成などは今の時代からすれば異例かもしれません。通常であればダレてしまうような構成ですが、臨場感があり最後まで楽しむことが出来ました。殺害された富裕な老婦人の同居人の娘(ヒロイン)が行方不明となりますが、その生死に係る理由など、うまく考えられていると思います。

No.2 6点 人並由真
(2018/04/22 01:35登録)
(ネタバレなし)
 例によって、ようやく読んだというか、こんなもの実はまだ読んでませんでした、シリーズの一冊。

 国書刊行会のクラシックミステリ発掘叢書「世界探偵小説全集」がスタートした当時、その第1巻に本作(の初の完訳)が割り当てられたときには、自分をふくめた全国の多くのミステリファンが大いに沸いたと記憶している。しかし時の流れは早いもので、それからさらに二十余年の月日が経ってしまった。

 さらに振り返れば、この『薔薇荘にて』完訳版の刊行まで、本邦で人口に膾炙していたメイスンのアノーものといえば、言うまでも無くあの『矢の家』一作のみであった(『オパールの囚人』などの抄訳はあるが)。
 そして自分の場合ならミステリファンに成り立ての頃、同作の創元文庫版の中島河太郎の解説を読んで<アノーにはリカルドというワトスン役がいるが、この『矢の家』にだけは(奇しくも)出ていないのである>とかなんとか説明されても、当然ながら、な~んの感慨も湧かなかった。この件に関しては、ほかの大半の読者も同じような思いだったのではないか。
 しかしソコはミステリマニアの性。そういわれるとくだんのリカルドのキャラが実際にはどんなのか、そして当のリカルドの初登場作品で、さらにはカーなどが『矢の家』とほぼ同格に評価しているこの『薔薇荘にて』とはどんな内容なのかが、その後もずっと心の隅に引っかかっていたものだった。
(・・・とかなんとか言いながら、現実には本書の完訳が発売されて長い時を経た今になって、ようやっと(また)一念発起して未読のままだった本作を手に取った訳だが(笑)。)
 ちなみにこの完訳『薔薇荘にて』ではリカルドではなく「リカード」表記である。

 冒頭いきなり、とある邸宅(薔薇荘)で富豪の夫人が殺される。その夫人から実の娘のように後見を受けていた若い美人が現場から姿を消し、彼女の恋人が力を貸して欲しいと、面識のある実業家リカードそしてアノーに事件の調査を願い出る・・・というのが物語の発端。
 警察と適度な連携をとりながら現場を調べ、関係者の証言を集める名探偵アノーの動向は、枯れた小枝をポキポキ折るように小気味よく進み、会話など決して多くはない文体ながら、実に好テンポで物語は流れる。
 さらに中盤で、あるサプライズが生じ、以降はかなり起伏に富んだ展開となる。
 やがて明らかになる物語の構造はなかなか独特なものだが、ソレをここで語るとネタバレになるので詳述はしない。が、途中で本作の原書の刊行が前世紀初め=1910年と再確認して、ああ、いかにもその時代のミステリらしいなと、得心する感はあった。さらに本作は、かの「ストランドマガジン」に連載したのち書籍化されたとも解説で教えられて、その事実もいろいろと腑に落ちてくるものだった。
 フーダニットのパズラーとしての興味は決しておざなりではない内容だが(実際、アノーが犯人の名を上げた時にはちょっと驚愕した)、同時に本書は瀬戸川猛資が「夜明けの睡魔」のなかで語った英国ミステリの<あの系譜>の作品ともいえるようだ。
 ちなみにお目当てのひとつであったリカードのキャラクターそのものは、名探偵を立てるバイプレイヤーキャラとして普通に心地よい造形である。

 結局、作品の内容については、どうしてもぼやかした言い方は避けられないが、ある部分では黄金時代のパズラーの先駆的な一面があり、またある意味では19世紀のガチなクラシック路線を継承する一編である。その双方の持ち味を味わうことこそ、21世紀に本書を読んで楽しむ意味であろう。

No.1 6点
(2012/07/07 12:10登録)
1910年発表作なので、複雑な謎解きは期待していなかったのですが、全体的にはかなり楽しめました。
アノーがその人物を怪しむきっかけになったある証言は、最後になって実は、と明かされるだけです。まあその証言はあまりに直接的なので、読者に早い段階で知らせるわけにもいかなかったでしょうが。
また論理性の面で、甘いところがあります。犯人の一人は被害者に招待されるのですから、薔薇荘に手引者が住んでいる必要はありませんし、玄関ではなく窓から出たことについては疑問視されてしかるべきです(理由は最後に示されますが)。
しかし犯罪計画の全体的な構成、苦境に陥った犯人の機転など、なかなかよくできています。事件解決後に、当夜の出来事を関係者の視点からかなりのページを費やして描いているのも、悪くないと思いました。
しかしアノーはパリ警視庁の探偵というだけで、地位もファースト・ネームも明かされないというのは…

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