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ミステリの祭典

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フィルムノワール/黒色影片
二村永爾

作家 矢作俊彦
出版日2014年11月
平均点7.00点
書評数4人

No.4 7点 猫サーカス
(2023/04/10 18:30登録)
凝りに凝った描写、気取り倒した文体と作者の拘りが張り詰めている。その拘りの中核部分をなすのは映画への愛情であり、古今東西のおびただしいフィルムへの言及が、はちきれんばかりに詰め込まれている。主人公の元刑事・二村は、スクリーンの幻想をそのまま現実として生きる男なのだ。だから口を開けば、大向こうを唸らせる名台詞のような言葉ばかり飛び出す。そんな二村が、ある女優の頼みで失踪した若い男優を追って旅立つ。向かう先は映画の都・香港。女優の父が亡くなる前に撮った幻のフィルムを巡る謎が絡んでくる。さらには、香港ノワールに影響を及ぼした六十年代日活映画の輝ける星、「エースのジョー」こと宍戸錠本人まで登場する。ただ、映画が輝いていた時代へのオマージュなどというのんびりしたものでは毛頭ない。徹頭徹尾、自らの愛してやまないものだけど、どこにもない世界を建立してしまおうとする作者の執念の産物であり、全体が他に類のないような言語実験ともいえる。

No.3 7点 zuso
(2021/01/15 19:50登録)
全編に映画の台詞や先行作への言及が散りばめられたスタイリッシュで遊び心に満ちたハードボイルド。宍戸錠も本人役で登場している。

No.2 7点
(2019/10/12 04:08登録)
 神奈川県警警務部嘱託(本人曰くパートタイムの警察職員)の二村永爾は、以前の上司である小峰捜査一課長に頼まれ、映画女優・桐郷映子とホテルで落ち合った。戦前からの映画監督である父・寅人の最後のフィルムを落札するため、香港に飛んだまま行方を絶った俳優を探してくれとの依頼を断る二村だったが、まもなくそれに付随した事件が起きる。
 横浜のケヤキ坂団地で香港から流れてきた中国人・楊三元が、白昼銃撃されたのだ。現場に居合わせた二村はアクシデントの末おかっぱ頭の犯人を取り逃がしてしまうが、そこで奇妙な行動を見せた中国残留孤児の老婦人・珠田真理亜こそ失踪した俳優・伊藤竜也の実の母親だった。さらに射殺された楊とそれに先立つ町田駅での銃撃事件の被害者・榎木圭介の両者にも、竜也との繋りが浮かぶ。榎木は竜也と同部屋の俳優だったのだ。連続殺人はチャイニーズマフィアの犯行と推定された。
 事件を解決するため改めて映子の依頼を受け、一路香港へ飛ぶ二村。だが彼を待ち受けていたのは、案内役の香港人・麥條ことスキップに始まる射殺死体の数々だった・・・
 雑誌「新潮」二〇一〇年一月号~二〇一二年九月号までの連載に大幅加筆改稿したのち二〇一四年刊行された、二村永爾シリーズ第5作。前作「THE WRONG GOODBYE ロング・グッドバイ」からさらに十年後の発表。これだけ遅々とした歩みを続けるシリーズも他にないでしょう。今回のコンセプトは「日活アクション映画の世界に二村永爾を放り込む」こと。甘粕正彦や共産党工作員・ゲリラや草創期の映画人たちが蠢く旧満鉄映画からの因縁を軸に、洋の東西を問わぬ銀幕薀蓄てんこ盛り。日活100周年記念作品ということで、エースのジョーこと宍戸錠も特別出演。
 悪名高い九龍城を横に潰したようなウサン臭い事この上ない建造物・阿城大廈のモヤシ栽培プールに浮かぶ死体を皮切りに、景気良く転がるオロクの数々。何故かアフリカの呪術師に雇われてクリケットやったり、売り出し中の映画女優アリアーヌ・ヤウと恋愛もどきをしたり、前作ロング・グッドバイの黄昏れ様は何だったんだってくらい好き勝手してます。二村に散々振り回される小峰課長と、香港警務処本部のフリスク・ロー刑事は本当に気の毒。
 ワイズラックの冴えは今までで一番。これほど生きの良い会話がまだ書けるのは素直に凄い。前回同様過去と現在の事件が絡む構成ですが、今回は過去の方が大きい。基本フィルムの奪い合いですが、趣向はそれほど凝っていません。続けての千枚超の割には前作ほど複雑な筋立てではなく、比較すると若干物足らなくもあります。双方を足してプラスマイナス7点。ロング・グッドバイの方は7.5点でも良かったかもしれません。

No.1 7点 小原庄助
(2017/10/30 19:01登録)
神奈川県警の主人公が、往年の美人女優から幻のフィルムと若者の行方を捜してくれないかと頼まれて、香港に飛んで調査する物語。
相変わらず生きのいい軽口、シニカルな観察、華麗な修辞と、”日本のチャンドラー”の真骨頂を見せているのだが、驚くのは次々と映画の引用と蘊蓄が繰り出されること。
映画オタク向けのレベルなので映画の知識がないと堪能しきれない面はあるが、失踪人捜しというハードボイルドの王道の設定をかりながら、ハリウッドや日活&東映映画、香港映画まで縦横に論じて、文化と精神風土をつまびらかにしていく才能は稀有である。

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