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ミステリの祭典

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炎の終り
私立探偵・真木

作家 結城昌治
出版日1980年07月
平均点6.00点
書評数4人

No.4 7点 tider-tiger
(2023/08/25 00:04登録)
『風が吹いて、電線を鳴らした。風の声は、れい子の声に似ているようだった』本文より

~真木はホテルのバーで印象的な女に出会った。ほんの一言二言を交わしたに過ぎなかったが、後日、女は真木に電話をかけてよこして、真木は会う約束をした。
『暗い落日』『公園には誰もいない』二作続けて若い女が失踪しているので、さすがに今度は違うネタで来るだろうと真木は考えていたのだが……

私立探偵真木三部作の最終作。最終作らしさはないが、瑕疵が少なくよくまとまっており、ミステリとしても読みごたえある。こてこてハードボイルドと見せかけてミステリのエッセンスをさりげなく振りかけてある良作。

真木三部作は『少女失踪シリーズ』とでも呼びたくなるくらいどれもこれも若い女が失踪する。さまざまな形の幸せがあるように、失踪にもさまざまな形があるようだ。ミステリ成分の含ませ方にはけっこう違いがあるように感じる。
ミステリとしては真木シリーズ二作目『公園には誰もいない』(これはこれで好きな作品だが)のような変なこね方はしていない。『暗い落日』ほどのインパクトはないが、完成度は同じくらいに高い。
ミステリとして優れた部分をあまり強調せずに淡々と書かれていることは美点でもあり、欠点でもあるかもしれない。インパクトには欠けているが、無駄なく隙なく繊細に仕掛けが施されている。真木三部作の中でもっとも丁寧に読むべき作品はこれかもしれない。無駄だと思っていたいくつかのパーツについて「ああ、そういうことだったのか」と思い至り、最後にタイトルの意味に気づく。

真木三部作の中では他の二作よりほんの少し文章の質が落ちている(ような気がする)。都合の良すぎるキャラの存在。終盤に説明的に過ぎる部分があってすっきりとまとめきれていないことなどが気になる。
それから、ゴリラのような憎たらしい刑事による礼儀を欠いた尋問シーンが出てくるが、これはチャンドラー『長いお別れ』からのいただきだろう。真木はこのシーンでマーロウとほぼ同じセリフを吐く。これはちょっと評価できない芸のないパクリ。
ついでにもう一つ。
このシーンで、ゴリラ刑事が机を叩いた時に一輪挿が床に落ちて割れてしまう。
以下引用
~叩いた拍子に、何も挿さっていない一輪挿が倒れ、床に落ちて真っ二つに割れた。赤いガラス製の、愛らしい一輪挿だった。~
→『何も挿さっていない赤いガラス製の愛らしい一輪挿が倒れ、』として一文にまとめてしまわなかったのはなぜ? 形容語をつないで頭でっかちになるのがイヤだった? 文章のリズム? 二文に分けてゴリラ刑事が壊してしまったものを強調したかった? 赤い一輪挿はなにかの暗喩で、それが壊れてしまったことを暗示していた? これといって深い意味はない?
こういうどうでもいいことを考えるのが面白い。

真木三部作はあまり優劣を付けたくないので全部7点でいいや。

No.3 7点 クリスティ再読
(2020/05/08 23:22登録)
皆さん点がカラいなあ。評者本作なかなかイイと思うんだ。「暗い落日」にはもちろん及ばないが、「公園には誰もいない」よりずっと、いい。そう思うのは評者が年を喰ったからなのかもしれないんだけどね。まあこのシリーズ雰囲気が暗いのは共通項だけど...

やがて音楽が流れた。甘くて憂鬱なブルースだった。わたしは彼女の誘いに応じた。
こんな悲しい女を抱いたことがない。こんな寂しい女を抱いて踊ったことはない。
「どうなさったの」
「帰ります」

ヒロインの元女優青柳峰子の絶望っぷりが、依頼者のクセに真木にロクな手がかりを与えなかったりする(苦笑)。だから真木も今回ボランティアみたいな仕事だ。真木も実のところ、峰子に恋している部分があるしね。とはいえ峰子は女優を辞めて淪落して、その裏事情を話してくれる女優仲間のれい子とか、ピラニア軍団っぽい大部屋俳優の牛山とか、華やかりし時期があっただけにその後ロクでもない人生を送ることになった人々の肖像が、何か心に痛い。家出娘とか、まあどうでもいい。若いんだもん。
で、ミステリとしては、実は本作なかなかイイ仕掛けをしていると思うんだ。「知らないことは書けない」をハードボイルド一人称の「利点」として捉える、というのがロスマクのメリットだ、とこの真木シリーズは捉えているわけだけど、これをちょっとヒネると、「どうみても真木が誤解するのが自然ならば、地の文の叙述も真木の誤解をそのまま客観叙述みたいに書いてしまってもいい」ということになる。本作、これをうまく使った叙述トリックみたいな部分がある。本サイトだったら、こういうあたりをうまく評価していきたいと思うんだけどねえ。
パズラーじゃないんで何だけど、真相は変形の二重底だし、本作結構凝った作品だと思うんだけどね....

No.2 5点
(2019/02/02 11:45登録)
 馴染みのバーでどことなく荒んだ感じのする女と席を共にした私立探偵・真木。バーテンから彼の職業を知った彼女は翌日電話を掛け、失踪した娘・由利の捜索を依頼する。女の名は青柳峰子。二十年前に売り出しかけて、すぐに消えてしまった女優だった。
 真木はほどなく由利を見つけるが、彼女は家には帰らないという。すっきりしない思いを抱える彼のもとに、再び峰子からの伝言が伝えられる。自宅ではなく、霜川という男のマンションへの呼び出しだった。
 報告かたがた渋谷へ向かう真木だったが、峰子は酔い潰れており、由利の行方にもさしたる関心を示さなかった。霜川とも別れ、釈然としない気持ちでウィスキーを呷る真木。翌日の夕方、彼は霜川の死を知る。空地に置き捨てられてあった大型冷蔵庫から死体が発見されたのだった・・・。
 私立探偵・真木シリーズ最終作。「週刊文春」昭和43年12月9日~昭和44年5月5日掲載。結城作品は「ゴメスの名はゴメス」を昔読んだきり。これしか手近なツテで読めなかったのでしょうことなしに読了しましたが、あまり良い入り方ではなかったなと若干反省中。
 このシリーズは日本ハードボイルドの里程標的傑作との定評がありますが、全体ならともかくこれ単品ではそれほどでもないなと。乾いた文体で淡々と失った恋を抱える女性の悲劇が描写されますが、ほとんど伝聞で現在の彼女は半分アル中の投げっぱな生き方。内心はほとんど吐露せず、荒廃した姿から心情を推し量るしかありません。真相が判明して初めて、その理由が分かるのですが。
 その真相もこれほぼ予測不可能ですね。一応手掛かりはあるっちゃあるんですが。前二作は暗澹としたストーリーみたいなので、暗闇の彼方に希望を透かし見るようなラストシーンが評価されてるんでしょうか。正直佳作までにも行かないような気がするなあ。残りを読んでから改めて判断します。

No.1 5点
(2016/09/30 22:46登録)
私立探偵真木シリーズの長編第3作です。この探偵役の名前からして、ロス・「マク」が元になっているのではとも思われます。またただ姓だけしか明かされないのもトマス・B・デューイの探偵マックと似た感覚で、もちろん遡ればハメットを想起させます。
今回の真木はずいぶん酒(主にウィスキー)を飲んでいますが、これは依頼人の影響でしょうか。その依頼人である元女優は、立派な(?)アル中です。彼女がアルコールに溺れるようになった理由が本作のテーマとなるのですが、結末のつけ方がシリーズの前2作に比べると安易な感じがしますし、少々説明的になってしまっているようにも思えます。ラスト・シーンの雰囲気はなかなかいいですけど。
また、彼の警察組織に対する反感がかなり露骨に表現されている作品でもあり、黒島部長刑事が「警察という権力組織が別の人間に変える」ことになった人物の典型例として描かれています。

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