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びーじぇーさん
平均点: 6.23点 書評数: 86件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.26 7点 角の生えた帽子- 宇佐美まこと 2020/04/08 21:08
一読してノスタルジアをおぼえる作品が多いことに気付く。日常の断片を切り取った内容よりも、過去から現在へ連綿と続く時間の中で、得体の知れない闇が醸成され、「今」の肩を叩くような作品が多いからだろう。
いわゆるショッカー型のホラーとは異なり、読み手は自分を取り巻く世界が次第に妖しく変容していく気分に陥るはずだ。闇を覗き込む恐ろしくも甘美な体験がそこに生まれる。
筆力と幻視の力の双方が高いレベルで融合した、国産怪談/ホラー短篇集の一大収穫に違いない。

No.25 6点 生か、死か- マイケル・ロボサム 2020/03/21 13:44
物語の中心はオーディ、モス、デジレーの三人。主にこの三者の視点から語られる。特にオーディのパートは味わい深い。追跡から逃れながらも、ある目的のために静かに突き進んでいく姿を描く現在。そして、家族との、恋人との思い出が語られる回想シーン。現在は冷徹に、過去は温かく、両者の対比が印象に残る。
彼の目的がどこにあるのかは、物語の結末近くまで明かされることはない。だが、その行動と回想から、茫洋としていた人物像がやがてはっきりと見えてくる。十年の歳月にも、獄中の苦境に屈することなく、自らの信念を貫く人物として。過去のさまざまな出会いと別れから、多くを学んだ人物として。
モスとデジレーの二人がそれぞれにオーディを追う過程で、意外な真相が徐々に浮上する。ストーリーの根幹にあるのは、あくまでも脱獄したオーディの行動と回想だ。しかし、脇を固める二人の追跡と真相解明もまた、物語に厚みをもたらしている。二人以外の脇役もまた、それぞれに印象深い。
巧みな視点の切り替えで、精緻なストーリーをスピーディに読ませる。土台を支えるのは確かな人物描写。重厚な物語で読者を打ちのめし、そして緩やかに結末へと着地する。手堅く組み立てられた、骨太の小説だ。

No.24 7点 傷だらけのカミーユ- ピエール・ルメートル 2020/03/06 20:19
章の頭に時刻を掲げ、強盗、逃走、仲間割れという犯人たちと、監視カメラの再生、情報の収集、一斉捜査という捜査人の動きが交互に描かれ、事態の推移を克明にしていく。
物語を牽引するのは、強力なホワイ。なぜ犯人は目撃者を執拗に痛めつけ、危険をおかして搬送先の病院まで追ってきたのか?一方で、自分に好意的な親友のジャンや部下のルイも欺き、独断専行の捜査を進めるカミーユへのプレッシャーは、上司ミシャールとの摩擦でマックスに達する。事件の謎と主人公の内面の双方から、物語の緊張感は増していく。
現代という時代を映す鏡の役割を果たしている暴力描写は、先の二作にくらべ、その過激さがやや薄まった印象がある。しかし、本作が三部作の締めくくりであることを思い起こさせる怒涛の展開が待ち受ける。
本作では、過去の登場人物たちが、思いもかけなかった形で帰ってくる。読者の意表をつくどころではない大胆不敵なケレン味は、先の二作に決して見劣りしない。

No.23 7点 放たれた虎- ミック・ヘロン 2020/02/19 20:08
<泥沼の家>の一員、キャサリンが何者かに誘拐された。同僚のリヴァーは、犯人からの連絡を受ける。彼女の身の安全と引き換えに、保安局の本部に保管されている極秘ファイルを盗み出せ。それが犯人の要求だった。
物語の全貌がなかなか見えないまま進む五里霧中の展開は、第一作、第二作と同じ。主人公たちの属する<泥沼の家>を脅かす誘拐犯たちは必ずしも一枚岩ではない。また、保安局の内部で繰り広げられる密やかな権力抗争のせいで、<泥沼の家>から見れば保安局本部もある種の「敵」。やがて事態の構図が明らかになっても、先の見えない展開は続く。また、一癖も二癖もある登場人物もこの翻弄する物語を支えている。
読み終えてから振り返ってみると、極めて緻密に構築された物語であることが分かる。何の関係もなさそうなエピソードが、忘れたころになって大きな意味を持つ。仕掛けられたいくつもの伏線が、次から次へと鮮やかに回収される。
ぜひ過去の二作と合わせて、本書を楽しんでいただきたい。作者に手玉に取られる快楽を、堪能できるはず。

No.22 7点 熊と踊れ- アンデシュ・ルースルンド&ステファン・トゥンベリ 2020/02/01 09:24
暴力に対する憎しみ。暴力に絡めとられた生き方しかできない悲しみ。その交点を描き、興奮必至の力強いエンターテイメントとして結実させた小説。
武器庫襲撃から始まる兄弟たちの襲撃シーンは、躍動的なアクションと、小道具一つ一つの細部までこだわり抜いた描写のアンサンブルによって、リアリティと昂揚感に溢れた名場面となった。これに彼ら兄弟を執念で追い詰めようとする刑事ブロンクスのドラマも加わり、襲撃小説として申し分ない熱量を持った小説に仕上がっている。
だがこの小説の魅力はそれだけではない。物語にはレオ達兄弟の幼い日々のエピソードが挿入される。そこではなぜ彼らが大胆かつ暴力的な犯罪を起こすようになったのか、その起源を紐解くかのように家族の姿が映し出されていく。暴力は忌むべき存在である。だが一方で、暴力によってしか生を歩むことが出来なくなってしまった人間もいる。作者はそうした悲しい現実を克明に、そして真摯に捉えようとするのだ。
本作は1990年代にスウェーデンで起こった実際の事件をモデルにしている。作者の一人、ステファン・トゥンベリは犯人たちの実の兄弟であり、社会性と娯楽性に富んだ(エーヴェルト・グレーンス警部)シリーズの作者コンビの片割れであるアンデシュ・ルースルンドと、事件に近しい人物であるトゥンベリがコンビを組むことによって本作は迫真の犯罪小説として完成した。トリッキーな趣向で読ませる(グレーンス警部)シリーズとはまた違う、リアルな魅力を放つミステリを生み出す作家コンビの誕生だ。

No.21 7点 数字を一つ思い浮かべろ- ジョン・ヴァードン 2020/01/25 11:28
相手が思い浮かべた数字を、当ててみせる手品。子供でもできる簡単なものから、本格的なものまで、そのトリックは様々なようだが、この作品の犯人が被害者を眩惑する手口も、それらを応用したものといっていいだろう。
思い浮かべた数字を的中させるだけでなく、犯人の足跡が雪中で途絶える殺人現場など、本作の謎の数々は古典ミステリの不可能犯罪ものを思わせる。一見、黄金時代への回帰を思わせるが、これらの謎は解き明かされていく過程で、鮮やかに二十一世紀の今と同期していく。本作の真価は、安易な先祖返りではなく、古き良き探偵小説の魅力を、現代にアップデートしてみせたところにあると言えるだろう。

No.20 5点 ノース・ガンソン・ストリートの虐殺- S・クレイグ・ザラー 2020/01/11 11:33
メイン・ストーリーは警官に対する連続殺人だ。それは単独犯によるものではなく、ページの早めの段階で、警察に強い憎しみを持つ、ある犯罪者が首謀者ではないかと見当がついてくる。
刑事ベティンガーは確かに主役なのだけれど、殺されていく者のキャラクター、日々の生活も丁寧に描かれる。どうしてこんな魅力ある警官たちが次々と殺されていくのか、と怒りが湧いてくる。しかも非情で無残、猟奇的要素もある殺人シーンだ。
暴力を描く際、終盤のクライマックス・シーンで一気に爆発する、というパターンを選ぶ作家は多い。しかし本書は違う。一つ一つの殺人が詳細に描かれ、じわじわと確実にクライマックスへ向かうのだ。
本作の警官たちは品など保つ気持ちはさらさらなく、自ら犯罪者のような行動に出ることも辞さない。仲間を殺した首謀者たちに復讐心を抱き、全面戦争へ向かっていく。愛する者が殺されても、暴力で復讐するのは愚かである、と耐えるのが私たちの現実とするならば、本作はその悲しみをダイレクトに代弁、解放してくれている小説と言えよう。

No.19 5点 灯台- P・D・ジェイムズ 2019/12/20 20:53
孤島での殺人という、いかにも謎解きミステリらしいシチュエーションの物語である。とはいえ、作者が力を注いでいるのは論理的なパズルの解決部分ではない。緻密な人物描写を通じて、二重にも三重にも入り組んだ密度の高い物語を組み立てる。その構築物の精緻さこそ堪能すべき作品だろう。作者の至芸はプロローグからすでに始まっている。ダルグリッシュと二人の部下がカム島に向かう前の日常風景を切り取って、それぞれの人物像を鮮やかに提示してみせる。本編篇に入れば、島の滞在客やスタッフの一人一人についても、同じように密度の高い描写が用意されている。荘重さととっつきやすさとのバランスを備えた小説である。そして何より、ジェイムズならではの冷徹な視点が生み出す、心地よい重さを満喫できる小説である。

No.18 5点 相棒- 五十嵐貴久 2019/12/12 20:30
ウォルター・ヒル監督の名作「48時間」にインスパイアされた側面を持つ作品。
刑事と囚人のコンビが脱獄犯を追う二日間を描いた映画であり、本書のタイムリミットはそこから来ている。コンビの立場の違いも映画になぞらえたもので、龍馬が浅黒い肌の男、土方が色白として対比されているのも、黒人の囚人(エディ・マーフィ)と白人刑事(ニック・ノルティ)を暗示させるためだ。
バディ(相棒)映画の代表作の設定を拝借しながら、江戸時代末期を舞台にしているところが本書の最大のオリジナリティである。当時、大政奉還という幕府にとっての安全策をとらせることを嫌う人間は、薩長同盟はもとより、幕府方にも少なからずいた。要は、大政奉還の是非については敵味方の境さえ曖昧であり、誰が事件を引き起こしたとしても不思議ではなかったということ。そのような状況で、佐幕派に知られた土方と勤皇側に顔のきく龍馬という二名を探偵役にすることは、あらゆる容疑者との対面を可能にする。それにより本書は、西郷隆盛から岩倉具視まで、幕末オールスターキャストが容疑者という豪華な犯人捜しが楽しめる贅沢なミステリとなっているのである。実在する事件と真相を絡めた点は、歴史ミステリとして大いに評価できるところだろう。同時に対立する二人がやがてお互いを認め合う凸凹コンビもののお約束の展開もきっちりと描かれているエンターテインメント小説。

No.17 7点 死者は語らずとも- フィリップ・カー 2019/12/06 20:12
ナチス政権下のドイツを舞台のメインに、元警察官のベルンハルト・グンターを主人公にしたシリーズの第六作。
本書は二部構成になっており、第一部は一九三四年のベルリンが舞台。警察を辞めてホテルの警備員となったグンターが、水死体で発見されたユダヤ人がボクサーに関する調査をはじめ様々な厄介事に関わっていく。第一作「偽りの街」の前日譚であり、正統的な私立探偵小説として第一部は楽しめる。
しかし、この小説の真価は第二部にある。なんと舞台は一九五四年のキューバへと飛び、それまでのプライベートアイ小説の雰囲気を打ち砕くような展開が待っているのだ。ジャンルの定型よりも、歴史に翻弄される人間を壮大に描くことを第一義とする著者だからこそできる技、と言おうか。CWAヒストリカル・ダガー賞を受賞したのも納得の出来栄え。

No.16 8点 チャイルド44- トム・ロブ・スミス 2019/11/30 20:02
ナチス・ドイツや共産主義国家のような特異な社会体制での犯罪捜査を描いた、「ゴーリキー・パーク」などの系譜に連なる作品。
体制に忠実だった主人公が地位を失って、どん底から現実を見据えて再起を目指す。それはレオ個人の再生であると同時に、レオの家族の再生でもある。また、三〇年代の飢餓の様子を描いたプロローグと連続殺人の犯人像との呼応をはじめ、プロットの組み立ても巧妙。ミステリとしての驚きを十分に味わえる物語である。
そして何より、単なる捜査小説に終わることなく、不条理な全体主義社会でのサバイバルを描いた冒険小説としてもスリリングな作品である。特に終盤、夫婦そろって生命の危機に遭遇しながらも犯人に迫る過程は、舞台の寒さとは正反対の熱気に満ちている。
本書に描かれる連続殺人は、五十二人を殺害したアンドレイ・チカチーロの事件をモデルにしている。チカチーロの逮捕が遅れた理由のひとつに「ソ連に連続殺人は存在しない」という建前の存在があり、これが本書の執筆の原動力になったと作者は語っている。
デビュー作とは思えない水準の高さ、またロシア政府からは発禁という形でお墨付きをもらっている

No.15 5点 タンゴステップ- ヘニング・マンケル 2019/11/19 17:15
田舎町で起きた事件の背後に、海外にまで及ぶ広がりをもつ真相が潜んでいた・・・というのはヴァランダー警部シリーズではおなじみの展開。本書でも同じ趣向を堪能できる。地理的な広がりに加えて、歴史的な広がりも加わるのが本書の特色。
リンドマンの捜査がたどり着くのは、一九三〇年代に端を発する一連の出来事。彼は、第二次大戦下で中立を守り抜いたスウェーデンの意外な史実に向かい合うことになる。作者は単に知られざる歴史を発掘するだけでなく、それを現代にも通じる普遍的なテーマにしてみせる。中盤以降、関係者が次々と「信仰告白」を始める奇怪きわまりない展開は、本書のテーマを直接表すものとして鮮烈な印象を残す。
とはいえ、深刻なテーマを深刻に語るような面倒くささとは無縁。ところどころに殺人犯の視点による叙述が挿入されるストーリーテリングは、作者が手札を一枚見せるたびに、一段ずつ謎が深まり、最後まで緊張が途切れることはない。

No.14 6点 運命の日- デニス・ルヘイン 2019/10/12 20:58
物語は、本書で狂言まわしをするベーブ・ルースが、オクラホマで黒人たちと野球に興じる場面からはじまる。そこでベーブは腕のいい投手ルーサーと出会うのだが、ルーサーは黒人であり、多少心を痛めても、判定を有利に進めて勝利をつかむ。
そんな挿話のあと、第一次世界大戦後のボストンを舞台にうつし、警官たちのストライキに焦点があわさる。戦争後の財政の悪化から低賃金を強いられ、さらに低保証のために警官たちの我慢も限界に達していた。
ボストン市警の巡査ダニーは、警部である父トマスの命令で、そんなストライキを計画する急進派のグループに潜り込む。しかしダニーはやがて待遇改善を呼びかける警官たちの先頭に立ち、父親と対立を深めていく。
一方ルーサーは、ギャングとトラブルををおこし、オクラホマを追われてボストンにやってきて、トマスとダニーのコグリン家で働くことになる。こうしたダニーとルーサー、そしてダニーが密かに思いを寄せる使用人のノラの三人が心を通わせるようになるが、騒然とした時代の中で、三人はさまざまな苦悩に直面する。
当時の史実を折り込んだ歴史小説であり、親子の確執を捉えた警察小説でもある。また、愛と家族と許しを巡る物語が深く豊かに織り上げられて圧倒的。ルヘイン作品の特徴でもある、やるせない哀しみとそこはかとない孤独感がここにもあり、それが逆に不安と絶望を生きる現代人の心を慰撫する。

No.13 4点 再起- ディック・フランシス 2019/10/03 18:58
二〇〇〇年、執筆の良きパートナーであった愛妻の死で、筆を折ることを決意したという作者の再起を願ったファンは多かった。しかし、作者は一九二〇年のお生まれ。年齢的にみても、新作はないよなあと、六年の沈黙の間にあきらめの境地に達したファンも多かったに違いない。それが、まさかの再起。その喜びを語る人に出会うたび、御大が日本の読者にいかに愛されているかが伝わって、稀有な作家であることを再認識させられた。
しかも本書の主人公は、あのシッド・ハレーである。ハレーは、「大穴」「利腕」「敵手」に続く、四度目の起用となり競馬シリーズの中では別格の扱い。いや、作者が復活を遂げるには、不屈の男シッドでなければならなかったし、編集者が選ぶタイトルは「再起」でなければならなかった。
内容?そんなものは二の次だ・・・。と言いたいところだけれど。
悪役の影は薄いし、事件の底は浅いし、なんといっても解決方法がフランシスらしくない。

No.12 9点 カササギ殺人事件- アンソニー・ホロヴィッツ 2019/09/26 15:01
物語は編集者らしき女性が、人気作家アラン・コンウェイの新作原稿を読み始める場面で幕を開ける。世界各国で愛される名探偵アティカス・ピュントのシリーズ九作目「カササギ殺人事件」。
つまり本書は入れ子構造のミステリになっているのだが、まず作中作の「カササギ殺人事件」が凝っている。ちゃんと扉があり作者紹介があり登場人物紹介があり、各メディアの推薦文までついている。作中作というより独立した作品がそこから始まるという体裁に、実にワクワクさせられる。
作中作と重々承知していても、いつしかこの牧歌的で古典的なイギリス本格ミステリの世界にどっぷりと浸かってしまう。まるでクリスティーの世界のようで、クリスティーのファンならニヤニヤできる描写が随所にある。
そして物語は下巻で予想もしない方向に、大きく動き出す。上巻は古典的本格ミステリ、下巻はその解説にしてサスペンスフルな事件。こういう入れ子構造の小説は決して珍しくないが、本書には二つのフーダニットがあり、そのどちらにも複層的な手掛かりと鮮やかな目くらましがあり、さらにそれらが絶妙に絡み合ってくるというのが読みどころ。細部に至るまで実にテクニカル。
物語の底に潜む意外な苦さ。コンウェイとホロヴィッツ、二人の作者がほくそ笑みながら仕掛けたであろう遊び心に満ちた、ともすればふざけているようにすら見える挑戦の数々。
推理の材料となるエピソードが上巻では伝統にのっとった古典的本格ミステリの中で、下巻は目まぐるしく状況の変わるサスペンスの中で、これでもかと言わんばかりに続々と繰り出される。そして、そのたびに翻弄される。とにもかくにも贅沢な多重構造の本格ミステリといえる。

No.11 7点 東の果て、夜へ- ビル・ビバリー 2019/09/19 18:35
詩的な邦題がつけられたこの作品の原題は、ただDodgersである。解説にもあるように切り抜けるという意味の動(=dodge)にも掛けられているようだが、ずばりメジャー・リーグのロサンジェルス・ドジャースを指している。
ドジャースといえば、数年前にデーブ・ロバーツが初の非白人監督に就任して騒がれたが、本作は主人公ら黒人の四人組が、組織から支給された白人主義を象徴するこの球団のキャップとシャツに、鼻を鳴らす場面がある。「裁判の証人を消せ」と命じられた三人の少年と二十歳の男は、このお揃いの姿で青いミニバンを走らせ、二千マイル彼方のウィスコンシンを目指して殺人の旅に出る。
主人公のイーストとマイケル、さらに主人公の腹違いの弟で殺し屋の異名をとるタイ、コンピュータに詳しいウォルターの四人は、自らの勇気を試すため死体捜しの旅に出るキングの「スタンド・バイ・ミー」の少年たちを連想させる。三部からなる本作の第二部「バン」では、若く未熟なアウトサイダーたちがたどる苦難の行程がじっくりと描かれていく。
小説全体の半分以上を費やすこのクライム・ロード・ノベルの部分で、イーストら一行が次々想定外の事態に見舞わられる展開は、犯罪小説の血と暴力よりも、主人公らの恐怖の匂いが濃厚に立ち上る。殺人という行為への怯えや仲間との噛み合わない関係への苛立ちなど、イーストの心中には複雑な葛藤が渦巻いていく。
そんな混沌の中で関心が向かうのは、自らの生きる道を必死に見出そうとする主人公の姿でしょう。足取りは重いが、ボスの命令という重圧感に押し潰されながらも、少年は前進をやめない。やがて思いがけない展開が第三部で待ち受けるが、キングの小説とはまたひと味違う成長の物語の余韻を残しつつ、物語の幕は降りる。
巻末には「Go East」と題した諏訪部浩一氏の解説が付されているが、死ぬという意味でも使われるgo westとも呼応する主人公の名前からは、作者の意図が感じ取れる。破滅と紙一重の窮地を潜った彼が到達する場所は、果たして楽園なのか。そんな興味で読むと、主人公は罪を負いエデンの園を追放されたカインの物語とも重なり合い、聖書やスタインベックとの関連も気になってくる。
作者は、CWAの長編賞と新人賞を同時に射止めた本作を、大学で文学の教鞭をを取りながら執筆したという。読み終えるや否や、この物語には続きがある筈との思いに駆られたが、果たして作者は本作の人物が再登場する新作に取り組んでいるようだ。エデンの東でイーストを待ち受けるその後の運命が、気がかりでしょうがない。

No.10 6点 ベルリンは晴れているか- 深緑野分 2019/09/09 18:07
アウグステとカフカのロードムービー的な冒険が描かれる現在パートと並行して進むのは、アウグステの生い立ちや、ドイツが破局へと突き進んでいく過程を描いた過去パート。著者の「戦場のコックたち」が直木賞候補となった際、選評では「なぜアメリカ軍の兵士の物語を書かなければならないのか」という点で評価が分かれたようだが、当時の日本にとって敵国であったアメリカの兵士を、読者の共感を呼ぶように描くことで、対立する側にもそれぞれの人生があり論理があることを浮かび上がらせるのが著者の手法。本書においても、ドイツの人々がナチスを支持し、ユダヤ人迫害を黙認する過程のリアルな描写が、当時の日本でも起きていたことを類推させ、ひいては現代日本の世相のきな臭さへの警鐘となっている。
「戦場のコックたち」への直木賞での選評ではミステリ的な弱さを指摘されたが、むしろ本書の方がその点は引っかかった。クリストフ毒死の真相が明かされてから再読すると、ある人物の心理描写が不自然に感じる。しかし、本書のミステリとしての読みどころはそこではなく、アウグステとカフカに託された任務に秘められた目論見、そして二人の思惑が明かされてゆく過程であると見るべきでしょう。
アウグステもカフカも、罪のない人間とは言い難い、それは戦争という極限状況に置かれた人間の大半が犯すかもしれない罪であり、やむを得ないという見方もあるでしょう。安易なハッピーエンドにはせず、それでいて救いを感じさせる結末は見事。

No.9 7点 13・67- 陳浩基 2019/08/26 17:23
物語の中心にいるのは、その卓越した推理力から「天眼」と呼ばれた香港警察の名刑事、クワン。本書は、彼が半世紀の間に関わった六つの事件を、現在(二〇一三年)から過去(一九六七年)に遡る形で綴った連作短編集。
まず驚くのは本格ミステリとしての仕掛けの巧さ。例えば現在を舞台にした第一話「黒と白のあいだの真実」では、名刑事クワンは死期の近い末期のがん患者として登場する。長年彼の薫陶を得たロー刑事が、すでに昏睡状態に陥っているクワンの病室に容疑者を集め、クワンの脳波に「イエス・ノー」を示させることで犯人を特定しようという、実にとんでもない設定の作品。だがこれが思わぬ結末へとつながる。
二〇〇三年が舞台の第二話「任侠のジレンマ」はアイドル歌手行方不明事件の裏を暴くマフィアもの。一九九七年の第三話「クワンのいちばん長い日」は、祖国返還も間近な香港で起きた囚人脱走事件。特にこの第三話で展開される大胆なトリックには唸らされた。一九八九年の第四話「テミスの天秤」は香港警察内部の対立を描く。さらに遡って一九七七年の第五話「借りた場所に」は、香港警察の汚職を摘発する廉政公署調査官の家で起きた誘拐事件。注目は奇妙な身代金受け渡しの方法。その意味するところがわかった瞬間の驚きたるや。
そして一九六七年を舞台にした最終話「借りた時間に」へと辿り着く。本篇はそれまでと少々変わった雰囲気で始まるが、読み終わった時に浮かび上がる構図は、本書がなぜ時を遡る逆年代記として描かれたのかを納得させられた。
だが本書の白眉はその先。通読することで、香港という複雑な歴史背景を持つ地域の警察のあり方が浮かび上がる。警察官は誰のために存在するのか。個々の物語に、その時代ごとの警察官のジレンマが見てとれる。これこそ著者が本書に込めた思いでしょう。
どの話も表層の事件とその裏に隠された真相の二段構えになっていることに気づく。それは二国の間で翻弄された香港そのもののメタファといえる。

No.8 6点 ラットマン- 道尾秀介 2019/08/06 22:07
高校の同級生たちが結成した十四年目のアマチュアバンドのギタリスト・姫川亮は、父と姉を失った幼少時の不穏な記憶に悩まされていた。バンドのドラマーが姫川の恋人・小野木ひかりからその妹・桂に代わり、姫川の心も桂へ移りつつあった。そんな矢先、練習用のスタジオでひかりの変死体が発見されるが、その奥には思いがけない真相が隠されていたのだった。
序盤では人間関係が活写され、中盤では倒叙ミステリが進行し、やがて真相が明かされてドラマは完結する。その全篇を貫いているのは多くの誤解。自己に対する誤解、他者に対する誤解などが錯綜することで、本作にはネガティブな心理劇が幾重にも編み込まれている。著者が販促用パンフレットに「登場する人々はみんな、心の中で見えないギターを搔き鳴らしている」と記したように、登場人物たちは悲しさと寂しさを叫び続け、真実を知ることで青春の終わりの解放感と痛みを味わうことになる。動物をモチーフにしたレトリック、議論による真相追求、読者に対する騙しなどの得意技を駆使しつつ、多段構造の謎解きをくみ上げたエモーショナルな青春ミステリに仕上がっている。

No.7 6点 もう誘拐なんてしない- 東川篤哉 2019/08/06 21:52
大学生の樽井翔太郎は、夏休みの間に日銭を稼ぐため、先輩からたこ焼きの屋台を借りてアルバイトを始める。ある日、門司港で営業していた翔太郎は、2人の男に追われている少女を助けるが、なんと彼女は花園組組長の娘・花園絵里香だった。絵里香には難病に苦しむ腹違いの妹がいた。その手術費用を手に入れるため、翔太郎と絵里香は狂言誘拐を企てるが・・・。
多分に戯画化された人物と誇張されたその行動が笑いを生む東川作品。今作では、そんな東川流のボーイ・ミーツ・ガールが楽しめる。翔太郎と絵里香が意気投合してからは、誘拐計画とその実行がテンポ良く展開していくわけだが、作者の物語に親しんだ読者が抱くに違いない、本格推理作家・東川篤哉の作品がこのままストレートな誘拐ものに終始するのか、という懐疑は正しい。肝心の身代金受け渡しが終わってから、事態は急展開する。とはいっても、誘拐のクライマックスにあたる身代金受け渡しの手口は小味がきいていて、これだけでも一本の誘拐ミステリが成立するでしょう。
フェイクに次ぐフェイク、誘拐という様式、脱力感たっぷりのギャグ、その他もろもろの要素が、ことごとく真相から遠ざける働きをしている。ユーモアに満ちた人物描写さえもまやかしにしてしまうのだから、油断ならない。

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