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びーじぇーさん
平均点: 6.26点 書評数: 73件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.13 4点 再起- ディック・フランシス 2019/10/03 18:58
二〇〇〇年、執筆の良きパートナーであった愛妻の死で、筆を折ることを決意したという作者の再起を願ったファンは多かった。しかし、作者は一九二〇年のお生まれ。年齢的にみても、新作はないよなあと、六年の沈黙の間にあきらめの境地に達したファンも多かったに違いない。それが、まさかの再起。その喜びを語る人に出会うたび、御大が日本の読者にいかに愛されているかが伝わって、稀有な作家であることを再認識させられた。
しかも本書の主人公は、あのシッド・ハレーである。ハレーは、「大穴」「利腕」「敵手」に続く、四度目の起用となり競馬シリーズの中では別格の扱い。いや、作者が復活を遂げるには、不屈の男シッドでなければならなかったし、編集者が選ぶタイトルは「再起」でなければならなかった。
内容?そんなものは二の次だ・・・。と言いたいところだけれど。
悪役の影は薄いし、事件の底は浅いし、なんといっても解決方法がフランシスらしくない。

No.12 9点 カササギ殺人事件- アンソニー・ホロヴィッツ 2019/09/26 15:01
物語は編集者らしき女性が、人気作家アラン・コンウェイの新作原稿を読み始める場面で幕を開ける。世界各国で愛される名探偵アティカス・ピュントのシリーズ九作目「カササギ殺人事件」。
つまり本書は入れ子構造のミステリになっているのだが、まず作中作の「カササギ殺人事件」が凝っている。ちゃんと扉があり作者紹介があり登場人物紹介があり、各メディアの推薦文までついている。作中作というより独立した作品がそこから始まるという体裁に、実にワクワクさせられる。
作中作と重々承知していても、いつしかこの牧歌的で古典的なイギリス本格ミステリの世界にどっぷりと浸かってしまう。まるでクリスティーの世界のようで、クリスティーのファンならニヤニヤできる描写が随所にある。
そして物語は下巻で予想もしない方向に、大きく動き出す。上巻は古典的本格ミステリ、下巻はその解説にしてサスペンスフルな事件。こういう入れ子構造の小説は決して珍しくないが、本書には二つのフーダニットがあり、そのどちらにも複層的な手掛かりと鮮やかな目くらましがあり、さらにそれらが絶妙に絡み合ってくるというのが読みどころ。細部に至るまで実にテクニカル。
物語の底に潜む意外な苦さ。コンウェイとホロヴィッツ、二人の作者がほくそ笑みながら仕掛けたであろう遊び心に満ちた、ともすればふざけているようにすら見える挑戦の数々。
推理の材料となるエピソードが上巻では伝統にのっとった古典的本格ミステリの中で、下巻は目まぐるしく状況の変わるサスペンスの中で、これでもかと言わんばかりに続々と繰り出される。そして、そのたびに翻弄される。とにもかくにも贅沢な多重構造の本格ミステリといえる。

No.11 7点 東の果て、夜へ- ビル・ビバリー 2019/09/19 18:35
詩的な邦題がつけられたこの作品の原題は、ただDodgersである。解説にもあるように切り抜けるという意味の動(=dodge)にも掛けられているようだが、ずばりメジャー・リーグのロサンジェルス・ドジャースを指している。
ドジャースといえば、数年前にデーブ・ロバーツが初の非白人監督に就任して騒がれたが、本作は主人公ら黒人の四人組が、組織から支給された白人主義を象徴するこの球団のキャップとシャツに、鼻を鳴らす場面がある。「裁判の証人を消せ」と命じられた三人の少年と二十歳の男は、このお揃いの姿で青いミニバンを走らせ、二千マイル彼方のウィスコンシンを目指して殺人の旅に出る。
主人公のイーストとマイケル、さらに主人公の腹違いの弟で殺し屋の異名をとるタイ、コンピュータに詳しいウォルターの四人は、自らの勇気を試すため死体捜しの旅に出るキングの「スタンド・バイ・ミー」の少年たちを連想させる。三部からなる本作の第二部「バン」では、若く未熟なアウトサイダーたちがたどる苦難の行程がじっくりと描かれていく。
小説全体の半分以上を費やすこのクライム・ロード・ノベルの部分で、イーストら一行が次々想定外の事態に見舞わられる展開は、犯罪小説の血と暴力よりも、主人公らの恐怖の匂いが濃厚に立ち上る。殺人という行為への怯えや仲間との噛み合わない関係への苛立ちなど、イーストの心中には複雑な葛藤が渦巻いていく。
そんな混沌の中で関心が向かうのは、自らの生きる道を必死に見出そうとする主人公の姿でしょう。足取りは重いが、ボスの命令という重圧感に押し潰されながらも、少年は前進をやめない。やがて思いがけない展開が第三部で待ち受けるが、キングの小説とはまたひと味違う成長の物語の余韻を残しつつ、物語の幕は降りる。
巻末には「Go East」と題した諏訪部浩一氏の解説が付されているが、死ぬという意味でも使われるgo westとも呼応する主人公の名前からは、作者の意図が感じ取れる。破滅と紙一重の窮地を潜った彼が到達する場所は、果たして楽園なのか。そんな興味で読むと、主人公は罪を負いエデンの園を追放されたカインの物語とも重なり合い、聖書やスタインベックとの関連も気になってくる。
作者は、CWAの長編賞と新人賞を同時に射止めた本作を、大学で文学の教鞭をを取りながら執筆したという。読み終えるや否や、この物語には続きがある筈との思いに駆られたが、果たして作者は本作の人物が再登場する新作に取り組んでいるようだ。エデンの東でイーストを待ち受けるその後の運命が、気がかりでしょうがない。

No.10 6点 ベルリンは晴れているか- 深緑野分 2019/09/09 18:07
アウグステとカフカのロードムービー的な冒険が描かれる現在パートと並行して進むのは、アウグステの生い立ちや、ドイツが破局へと突き進んでいく過程を描いた過去パート。著者の「戦場のコックたち」が直木賞候補となった際、選評では「なぜアメリカ軍の兵士の物語を書かなければならないのか」という点で評価が分かれたようだが、当時の日本にとって敵国であったアメリカの兵士を、読者の共感を呼ぶように描くことで、対立する側にもそれぞれの人生があり論理があることを浮かび上がらせるのが著者の手法。本書においても、ドイツの人々がナチスを支持し、ユダヤ人迫害を黙認する過程のリアルな描写が、当時の日本でも起きていたことを類推させ、ひいては現代日本の世相のきな臭さへの警鐘となっている。
「戦場のコックたち」への直木賞での選評ではミステリ的な弱さを指摘されたが、むしろ本書の方がその点は引っかかった。クリストフ毒死の真相が明かされてから再読すると、ある人物の心理描写が不自然に感じる。しかし、本書のミステリとしての読みどころはそこではなく、アウグステとカフカに託された任務に秘められた目論見、そして二人の思惑が明かされてゆく過程であると見るべきでしょう。
アウグステもカフカも、罪のない人間とは言い難い、それは戦争という極限状況に置かれた人間の大半が犯すかもしれない罪であり、やむを得ないという見方もあるでしょう。安易なハッピーエンドにはせず、それでいて救いを感じさせる結末は見事。

No.9 7点 13・67- 陳浩基 2019/08/26 17:23
物語の中心にいるのは、その卓越した推理力から「天眼」と呼ばれた香港警察の名刑事、クワン。本書は、彼が半世紀の間に関わった六つの事件を、現在(二〇一三年)から過去(一九六七年)に遡る形で綴った連作短編集。
まず驚くのは本格ミステリとしての仕掛けの巧さ。例えば現在を舞台にした第一話「黒と白のあいだの真実」では、名刑事クワンは死期の近い末期のがん患者として登場する。長年彼の薫陶を得たロー刑事が、すでに昏睡状態に陥っているクワンの病室に容疑者を集め、クワンの脳波に「イエス・ノー」を示させることで犯人を特定しようという、実にとんでもない設定の作品。だがこれが思わぬ結末へとつながる。
二〇〇三年が舞台の第二話「任侠のジレンマ」はアイドル歌手行方不明事件の裏を暴くマフィアもの。一九九七年の第三話「クワンのいちばん長い日」は、祖国返還も間近な香港で起きた囚人脱走事件。特にこの第三話で展開される大胆なトリックには唸らされた。一九八九年の第四話「テミスの天秤」は香港警察内部の対立を描く。さらに遡って一九七七年の第五話「借りた場所に」は、香港警察の汚職を摘発する廉政公署調査官の家で起きた誘拐事件。注目は奇妙な身代金受け渡しの方法。その意味するところがわかった瞬間の驚きたるや。
そして一九六七年を舞台にした最終話「借りた時間に」へと辿り着く。本篇はそれまでと少々変わった雰囲気で始まるが、読み終わった時に浮かび上がる構図は、本書がなぜ時を遡る逆年代記として描かれたのかを納得させられた。
だが本書の白眉はその先。通読することで、香港という複雑な歴史背景を持つ地域の警察のあり方が浮かび上がる。警察官は誰のために存在するのか。個々の物語に、その時代ごとの警察官のジレンマが見てとれる。これこそ著者が本書に込めた思いでしょう。
どの話も表層の事件とその裏に隠された真相の二段構えになっていることに気づく。それは二国の間で翻弄された香港そのもののメタファといえる。

No.8 6点 ラットマン- 道尾秀介 2019/08/06 22:07
高校の同級生たちが結成した十四年目のアマチュアバンドのギタリスト・姫川亮は、父と姉を失った幼少時の不穏な記憶に悩まされていた。バンドのドラマーが姫川の恋人・小野木ひかりからその妹・桂に代わり、姫川の心も桂へ移りつつあった。そんな矢先、練習用のスタジオでひかりの変死体が発見されるが、その奥には思いがけない真相が隠されていたのだった。
序盤では人間関係が活写され、中盤では倒叙ミステリが進行し、やがて真相が明かされてドラマは完結する。その全篇を貫いているのは多くの誤解。自己に対する誤解、他者に対する誤解などが錯綜することで、本作にはネガティブな心理劇が幾重にも編み込まれている。著者が販促用パンフレットに「登場する人々はみんな、心の中で見えないギターを搔き鳴らしている」と記したように、登場人物たちは悲しさと寂しさを叫び続け、真実を知ることで青春の終わりの解放感と痛みを味わうことになる。動物をモチーフにしたレトリック、議論による真相追求、読者に対する騙しなどの得意技を駆使しつつ、多段構造の謎解きをくみ上げたエモーショナルな青春ミステリに仕上がっている。

No.7 6点 もう誘拐なんてしない- 東川篤哉 2019/08/06 21:52
大学生の樽井翔太郎は、夏休みの間に日銭を稼ぐため、先輩からたこ焼きの屋台を借りてアルバイトを始める。ある日、門司港で営業していた翔太郎は、2人の男に追われている少女を助けるが、なんと彼女は花園組組長の娘・花園絵里香だった。絵里香には難病に苦しむ腹違いの妹がいた。その手術費用を手に入れるため、翔太郎と絵里香は狂言誘拐を企てるが・・・。
多分に戯画化された人物と誇張されたその行動が笑いを生む東川作品。今作では、そんな東川流のボーイ・ミーツ・ガールが楽しめる。翔太郎と絵里香が意気投合してからは、誘拐計画とその実行がテンポ良く展開していくわけだが、作者の物語に親しんだ読者が抱くに違いない、本格推理作家・東川篤哉の作品がこのままストレートな誘拐ものに終始するのか、という懐疑は正しい。肝心の身代金受け渡しが終わってから、事態は急展開する。とはいっても、誘拐のクライマックスにあたる身代金受け渡しの手口は小味がきいていて、これだけでも一本の誘拐ミステリが成立するでしょう。
フェイクに次ぐフェイク、誘拐という様式、脱力感たっぷりのギャグ、その他もろもろの要素が、ことごとく真相から遠ざける働きをしている。ユーモアに満ちた人物描写さえもまやかしにしてしまうのだから、油断ならない。

No.6 7点 ジョーカー・ゲーム- 柳広司 2019/08/06 21:36
D機関とは、昭和十二年、かつて優秀なスパイとして名を馳せた大日本帝国陸軍の上級将校・結城中佐の発案によって開設された、日本初のスパイ養成学校。この作品には、「魔王」とまで呼ばれた諜報の天才、結城中佐の育成するD機関の生徒たちが、東京、ロンドン、上海など各地で諜報戦を展開する五作の短編が収められている。
表題作「ジョーカー・ゲーム」では、機関の学生たちが天皇制の正統性と合法性の問題について意見を交わす場面があるが、これなどは実際に中野学校で見られた光景であるようだ。そういった実在のエピソードを盛り込みつつ、D機関の構成員たちは、思想統制が常態化していた時代の異物・・・「化け物」として造形されている。官僚組織としての軍隊との対比を強調したり、あらゆる言動や好意を時代の常識から逸脱させることで、存在そのものを特化している。
五つの物語には、それぞれ五人の異なるスパイが登場する。彼らの任務やおかれた状況はさまざまで、身分を偽り容疑者に接近するといったストレートな話から、囚われの身となった窮地からの脱出劇など、多角的にスパイの「日常」が活写される。とらわれない思考能力を唯一の武器に、彼らが事態と対峙するさまは、ちょっと尋常ではない緊張感を生み出している。これだけでも十分以上に鮮烈な読書体験となるわけだが、さらに作品全体に統一感を与え、ミステリとしての構造にも深く関わるのが「魔王」結城中佐。見えざるところから教え子たちを統制するその比類なき存在感は、やがて物語全体を包み込んでいく。

No.5 4点 綺想宮殺人事件- 芦辺拓 2019/08/06 17:33
森江春策はある探偵の代理として、琵琶湖畔に聳え立つ綺想宮を訪れる。広大な敷地には時代も様式もばらばらな怪建築が建ち並び、その内部には、人類が生み出したありとあらゆる異形の発明・奇書が詰め込まれている。そして、そこに集う人間たちもまた、奇矯な怪人揃いだった。彼らから、死せる大富豪が未完成の綺想宮に込めた遺志を解き明かすように依頼された森江だが、推理する間もなく、連続猟奇殺人劇の幕が切って落とされた。
「黒死館殺人事件」の再建に、きわめて今日的な意味を見出した本書では、全篇に溢れかえる奇怪なペダントリー、異説怪説の洪水はひとつとして単なる雰囲気作りのガジェットなどではなく、全てミステリ的な必然性を持っている。しかし、それらの伏線はかえってそれら自身を無化し、ついには推理や探偵、本格ミステリ自体をも、ここ何年も本格ミステリを揺るがしてきた問題に、著者ならではの解答を突き付けた、問題作のひとつといえるでしょう。

No.4 7点 シューマンの指- 奥泉光 2019/08/06 17:18
天才ピアニストの永嶺修人が、指を失って30年。私は修人の指が心霊手術で復活したとの噂を聞き、シューマンに魅せられた修人と過ごした高校時代の回想を始める。ピアノから遠ざかっていた修人が、奇跡のようなシューマンの「幻想曲」を演奏するのを聞いた日、私は、殺された女生徒がプールに投げ込まれるのを目撃する。
オカルトの秘術を使った指の再生、「幻想曲」が鳴り響く中で行われる殺人劇、悪魔と音楽をめぐる議論などの夢幻的な要素も濃厚だが、事件の謎はきっちりと論理的に解明されている。
殺人事件というよりも、シューマンの生涯や音楽論、私が天才の修人に抱く羨望と嫉妬が軸になっているので、芸術家小説、青春小説としても面白いが、謎解きの場面では、事件とは無関係に思えた記述が、実は重要な伏線になっていることが明かされるので、衝撃も大きい。緻密に構築された物語だけに、すぐに再読したくなる。

No.3 7点 叫びと祈り- 梓崎優 2019/08/06 16:52
本書は雑誌記者の斉木が世界の各国で遭遇した奇怪な事件の数々を描いた連作短編集。
塩を求めて旅するキャラバンに同行していた斉木。無事、塩を手に入れた一行だが、帰路でキャラバンの長が不慮の死を遂げてしまった。そしてその死がきっかけとなり、ひとり、またひとりと殺されていく。見渡す限り一面の砂漠の中での連続殺人に何の意味があるのか。その連続殺人の真相を鮮やかに描き、謎解きを物語として見事に昇華させた「砂漠を走る船の道」は、選考委員の絶賛を受け、第5回ミステリーズ!新人賞を受賞。本書はその短篇に劣らぬミステリとしての瑞々しい知性を溢れさせた数々の作品が収められている。「白い巨人」の推理合戦の妙と微笑ましい結末、「凍れるルーシー」の合理精神と幻想的な終幕、「叫び」での異文化から導かれた終末的世界観の論理。
短編ごとに語りや雰囲気を変え、二度三度と読者を翻弄するその構成力は驚嘆に値する。そして昇華された物語たちをひとつに繋ぐ「祈り」は、ミステリとしての物語が持つ豊饒さをあらためて読者に問うている。

No.2 8点 悪の教典- 貴志祐介 2019/08/06 16:32
教師となり高校で教鞭を執るサイコパスの日常を綴った小説。作者は、サイコパスが天才的な頭脳を持ち世渡り上手だったら現代社会においてどんな生活を送っているか。そして、その生活が破綻しそうになった時、周囲の人間相手にどんな行動に出るかという問いを設定し、徹底したシミュレートの末、なんともありえそうな物語を描きあげている。サイコパスを主人公にした小説は少なくないが、これほど奥行きを感じさせる作品はなかなかない。まさしく剛腕の産物。
上巻と下巻の強烈な転調も本書の大きな魅力。上巻の日常から一転、保身に走るサイコパスの行動がおぞましさに満ちた光景を生み出す。上下2巻のボリュームとそれに見合う熱量を備えた、国産ホラーの金字塔と呼ぶにふさわしい大作であり、先の展開の予想がことごとく覆されるサスペンスとしても一級品といえる。

No.1 8点 Another- 綾辻行人 2019/08/06 16:17
怪奇幻想味の強い本格ミステリや、ミステリ的趣向を盛り込んだホラー・ショッカーをものしてきた著者が3年がかり、1000枚を要して完成させた本書は、都市伝説を巡る正攻法の学園ホラーに、ミステリ的な仕掛けを幾重にも構造として取り込んだ力作となった。
「What?」「Why?」「How?」「Who?」という、一般的な本格ミステリの発展史とは逆順に配置された四部構成の謎。とりわけその後半は、物語が進むにつれて推理の条件を増やしつつも、しかし、その依って立つ基盤自体もまた曖昧で頼りないがゆえにかえって混迷を深め、推理という行為の恣意性を炙り出す。ホラーであればこその効用といえるだろう。
学校内でだけ密かに語り伝えられ、逃げ場も根本的な解決手段もないまま、経験則から導き出された効果も曖昧な対症療法を重ねるしかない恐怖。そこには、世界への漠然とした不安を抱く少年少女たちの自意識が凝集した、学校という閉塞的な空間の特殊性が浮き彫りになる。子供にとって、学校とは世界から疎外された一方で、世界からの危険に晒される恐怖に満ちたサバイバルの場。そこで人外として暮らす異形の心理を、ある種開放的なものとして描き出し得たのもまた、ホラーであるがゆえ。器と手法が幸福に合致した、著者らしさの横溢するジャンル作。

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