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糸色女少さん
平均点: 6.39点 書評数: 188件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.68 6点 さよなら、エンペラー- 暖あやこ 2020/11/25 19:38
人工知能によって首都直下型巨大地震が予知されたことで大混乱が生じ、政府は首都の関西移転を断行する。天皇も「混乱なく国民を避難させる唯一の方法だ」と内奏され京都に遷る。だが不安を抱きながらも東京にとどまる人々もいた。そこに「東京帝国皇帝」を称する男が現れ、残留民の支持を集める。
カラスに親しみ、ナポレオンを崇拝する「皇帝」に興味を抱き、彼の「付き人」となった青年は、実は特別な存在だった。常に「ふさわしい」言動を求められ、そうあろうと努めながら成長し、自分には個性がないと思っていた青年は、積極性のある弟に自分の立場を譲りたいとも願っていた。
地震は起きるのか、国民はどうなるのか、天皇のお考えは、「皇帝」の正体とは。現実の皇室をめぐる逸話や噂も取り入れたユーモラスで破天荒な物語は、次第に神話的象徴性を帯びていく。

No.67 5点 タイムラインの殺人者- アナリー・ニューイッツ 2020/11/18 21:11
この世には迷いや後悔が満ちている。「あの時、別の選択をしていたら」という願望は、誰にでもあるでしょう。この作品で作中人物たちが変えたいと願うのは、世界のあり方。物語は1992年のアメリカ西海岸からはじまるが、2022年や1893年を行き来する。父権主義がが強く、女性の権利は制限された社会。だがそんな社会に疑問を抱く女性や、男女の枠組みを窮屈に感じる人々もおり、ひそかに(ハリエットの娘たち)を組織して歴史を改変しようと活動していた。
本書の世界には数億年前から、時間旅行ができるマシンがあり、人類はその構造や原理を解明できないままに使ってきた。(ハリエットの娘たち)のメンバーは、時間旅行のたびに小さな変化を起こし、その積み重ねで社会を大きく変えようとする。だが思うようにことは運ばず、それどころか予想外の事件も。
それにしても「正しさ」は難しい。暴力的な父権主義結社は分かりやすい敵役だが、立ち向かう主人公が、正しいと信じた行動の結果に悩む場面がある。やり直せない一度だけの人生や世界が、愛おしくも感じられる。

No.66 5点 夢幻諸島から- クリストファー・プリースト 2020/11/01 21:02
ドリーム・アーキペラゴという架空の島々を照会する観光ガイドブックの体裁をとりながら、いきなりパントマイム芸人殺害容疑者の供述が混じり、二転三転するその真相をめぐって迷宮ミステリ感覚が高まってゆく。とはいえ、明快な解答はなく、パズルを組み立てる作業は読者に委ねられている。

No.65 7点 第五の季節- N・K・ジェミシン 2020/10/02 20:22
数百年周期でやってくる急激な地殻変動で世界滅亡の危機をはらんだ物語。世界全域に及ぶ天変地異とそれに続く環境激変により人類文明は崩壊し、災害以前の歴史は伝説や神話としてしか残されない。
中空を飛ぶ旧文明の遺物や「石喰い」と呼ばれる人類とは異なる種族など、奥深い謎に満ちた世界だが、物語の中心にいるのは、思念によって大地と結びつき、物理的な変化を起こす力を持つ超能力者の存在。彼らの力は両義的で、地殻変動を鎮めるのに役立つが、暴走すればかえって世界の破滅の引き金になりかねず、畏怖と差別の対象だ。
象徴に満ちた魅力的な物語は、私たちの社会にも存在する理不尽な支配構造や偏見や混迷を見据えている、

No.64 5点 時間封鎖- ロバート・チャールズ・ウィルスン 2020/09/03 20:10
21世紀のある夜、夜空からすべての星々と月が消える。昇ってきた太陽は、熱と光を供給するだけの偽物だった。どうやら地球は黒いシールドみたいなもので、すっぽり包まれているらしい。しかも時間の流れる速度は、外の宇宙の一億分の一にまで低下していた。
人類存続の道は、地球脱出しかない。移住先は火星。一億倍の時間差を利用して、壮大な環境改造計画をはじめる。設定だけだとガチガチのハードSFを想像しそうだが、語りは「ぼく」の一人称。幼なじみの女性との淡いロマンスも交え、意外なほど読みやすい。一部の謎は続巻に積み残されるため、ラストは不満が残る。

No.63 5点 ライト- M・ジョン・ハリスン 2020/08/10 19:01
物語は一九九九年のロンドンから開幕する現代編と、四百年後の宇宙空間を舞台にした未来編から成る。現代編の主役は、量子コンピュータを研究する理論物理学者だが、悪夢を逃れるために行きずりの女を殺し続ける連続殺人鬼でもある。
未来編は、異星船を操る女海賊が活躍する宇宙活劇と、落ちぶれた元パイロットのサバイバルを描くサイバーパンク風の暗黒街ものとに分かれ、この三つのプロットが相互作用しつつクライマックスへと向かう。練達の語り口を堪能できる。

No.62 6点 2010年代SF傑作選2- アンソロジー(国内編集者) 2020/07/06 12:17
正統派の小川哲「バック・イン・ザ・デイズ」、西島伝法「環刑錮」など幻想SFから、宇宙のどこでも相手が誰でも借金を取り立てる宇宙の金融屋を描いた宮内悠介「スペース金融道」や、チンギス・ハーンが高次元空間を疾走する野崎まど「第五の地平」、さらには生涯のほとんどをバーチャルリアリティーの中で過ごす少数民族についての柴田勝家「雲南省スー族におけるVR技術の使用例」など、手法もアイデアも多種多様。感動したり唸ったり笑ったりしながら、SFの懐の深さを堪能できる。

No.61 6点 2010年代SF傑作選1- アンソロジー(国内編集者) 2020/06/28 12:15
仁木稔「ミーチャ・ベリャーフの子狐たち」は、遺伝子操作で作られた人工生命体と人間の間の交配/奉仕関係、さらには虐待といった問題を、社会的価値観はどのように変容するのかという視点を交えて描く。神林長平「鮮やかな賭け」は民話風のはじまりが次第に壮大な宇宙SFへ、そしてより遠大な存在のあり方と自由意志の探求へと展開していく。かと思えば田中啓文「怪獣惑星キンゴジ」は怪獣ランドで発生した人気怪獣殺害事件をめぐる悪乗りミステリと、バラエティー豊か。

No.60 5点 Self-Reference ENGINE- 円城塔 2020/06/08 20:10
超高度なレベルに達した人工知性体が計算によって、てんでバラバラに過去を書き始めたデタラメな世界を背景に、十八の断章がゆるやかにつながる構成。高度に洗練された科学的、哲学的、文学的ジョーク集のような趣もあり「レムの論理とヴォネガットの筆致」といいう版元がつけたキャッチコピーは当たらずといえども遠からずか。

No.59 6点 ジャン=ジャックの自意識の場合- 樺山三英 2020/05/31 10:02
ルソーの魂に乗り移られた(と信じる)日本人医師が「エミール」の理想を実現すべく建設した孤児院が小説の背景となり、捨て子たちの異様な物語が暗いエネルギーに満ちた濃密な文体で語られてゆく。
エリクソンやミルハウザーにも通じるスリップストリーム系の意欲作。

No.58 5点 旅に出る時ほほえみを- ナターリア・ソコローワ 2020/05/20 20:01
1965年に発表されたソビエトSFだが、社会制度に抑圧される個人の悲哀をナイーブな筆致で描いている。著名な科学技術者である<人間>は、合金製の地底探査機械<怪獣>を造ると、自ら乗り込んで地底を自在に旅するようになる。
当初、<人間>の偉業はたたえられたが、独裁者が彼の行動を危険視したため、社会的に葬られてしまう。そんな<人間>に寄り添うように<怪獣>は、悲し気に歌う。
匿名の<人間>が独裁体制下の個我剥奪を象徴するとしたら、<怪獣>の歌声は沈黙を強いられた魂の旋律だろうか。
前者の世界はダイナミックでスピーディーで混沌としているが、後者は重苦しい停滞の中にある。そしてどちらも、自分らしさによって行き難い社会に挑む人間の気高さを描いている。

No.57 7点 荒潮- 陳楸帆 2020/05/10 16:06
舞台は、中国南東部のゴミ捨て場、通称「シリコン島」。土俗的な迷信や封建的因習が根深く残るこの地域には、世界中から産廃ゴミが寄せられ、グローバル資本主義の格差を象徴する場でもある。
主人公の米米は電子ゴミから資源を掘り出す最下層労働者だが、国際的大資本が登場したことですべてが変わり始める。彼女は環境整備に翻弄されながらも、新たな生き方を求めて跳躍し、自身の恋をも踏み越えて、自らモンスター化していく。しかも、この地域をめぐる再生計画や争奪戦には、世界のありようを変えてしまうような秘密の最先端技術も絡んでおり、リアルな細部の描写とパワフルな展開が圧巻。

No.56 7点 ハイペリオン- ダン・シモンズ 2020/04/28 19:48
登場人物のひとりが語る19世紀の詩人ジョン・キーツの叙情詩「ハイペリオン」がベースになった小説で、「カンタベリー物語」のように聖地に着くまでにそれぞれの巡礼者が参加の理由である秘密を語る。
個々の話は、ホラー、戦国記、ラブストーリー、ファンタジーと異なるジャンルだが、Time Tombsを守る不気味なShrikeが何らかの形で関わっている。謎を追う興奮もひときわだが、幾重にも積み重ねられた世界観に圧倒される壮大なSFである。

No.55 4点 魔女の目覚め- デボラ・ハークネス 2020/04/15 19:18
著者は魔法と科学を専門とする歴史学者だけあって、豊富な知識に基づいた物語の構成が面白く、魔法使いやバンパイアら超自然的な人類の「種の起源」と「進化論」というテーマも興味深い。ただロマンス小説でも正統派のファンタジーでもない中途半端なところがある。

No.54 7点 戦争獣戦争- 山田正紀 2020/03/25 21:28
圧倒的な迫力で書かれた本格長編SF。北朝鮮の使用済み核燃料を保管するプール中を泳ぐ不思議な動物が見つかる。生物が生存できないはずの空間で動いていたのは四次元生命体「戦争獣」だった。戦争獣は「生態系」と対をなす「死態系」に潜む「死命」の頂点に立つ存在だという。
高次元の原点に立つと、人類文明があまりに発達すぎるのは宇宙全体のためにならず、戦争はその過剰な蓄積を打ち砕き、バランスを回復するためのいわば清算システムなのだという。人類は、どうしても戦争をやめられないのだろうか。
物語は時空を超えて、人類のあらゆる文明と戦争の歴史を巻き込んだ壮大な規模で展開していく。その情報量の多さはすさまじい。哲学的な思考と手に汗握る冒険サスペンス要素がふんだんに盛り込まれた怒涛の力作である。

No.53 7点 神獣聖戦 Perfect Edition- 山田正紀 2020/02/09 11:11
背景は、航宙刺激ホルモン(FISH)を利用した非対称航行(アシメントリー・フライト)により、人類文明が光速の壁を突破した未来。恒星間宇宙へと羽ばたく人類から派生した二つの種、「鏡人=狂人(M・M)」と悪魔憑き(デモノマニア)との間で千年戦争が勃発。この壮大な戦いの結節点となる一人の男を軸に、さまざまな時間線のさまざまな物語が融合し交錯しつつ重なってゆく。
例えば、チェルノブイリ原発事故直後のある挿話では、天才物理学者の牧村が、ソビエト連邦崩壊を食い止めるような量子状態、「シュレーディンガーのソ連」の実現を求められる。
既発表の中編群もリミックスされることでその意味合いが変化し、めくるめくアイデアの奔流の中にのみ込まれる。小松左京「果てしなき流れの果てに」に正面から挑戦状を叩きつけている。

No.52 5点 ミカイールの階梯- 仁木稔 2020/01/26 09:05
現代文明崩壊後の未来史を語るシリーズの第3弾だが、話は独立しているので、いきなり本書から読んでも大丈夫。
27世紀の南米を描く「グアルディア」、23世紀の中米を描く「ラ・イストリア」に続き今回は、25世紀半ばの中央アジア(現代のウイグル自治区あたり)が舞台。
旧世界のテクノロジーを守るミカイリー一族をめぐる戦国絵巻に、骨肉相食む陰謀劇や、遺伝子改造によって誕生した戦闘美女同士の対決が絡む。異文化の混合から生じる野蛮な力に満ちたダイナミックな未来時代劇。

No.51 9点 虐殺器官- 伊藤計劃 2020/01/12 10:46
「9・11以後」に正面から挑む、恐ろしいほどアクチュアルな近未来SF活劇。
時は二十一世紀半ば。主役は、暗殺を専門とする米情報軍事特殊検索群i分遣隊のシュパード大尉。心理操作とハイテク装備によって優秀な殺戮機械となり、紛争地域へと潜入して任務を遂行する。やがて、各地で激増する民族虐殺を背後から操る米国人の存在が浮上。大尉はその創作と暗殺を命じられるが・・・。
押井守「機動警察パトレイバー2」の世界でコッポラの「地獄の黙示録」を再演したと言えば当たらずといえども遠からずか。作戦行動用に感情を鈍麻させた「ぼく」の一人称が、グローバリズムの波に洗われる戦場の残虐を淡々と語り、テロ、環境破壊、貧困など、現代社会の問題が恐ろしく冷徹に分析される。
プロットの核になるのはSF的なアイデアだが、むしろホワイダニットの意外性とそれを正面から引き受ける結末が重い衝撃を与える。現在進行形の新しいリアルを描く傑作だ。

No.50 4点 宇宙細胞- 黒葉雅人 2019/12/29 21:43
南極で発見された異様な単細胞生物「粘体」が砕氷艦の上で次々に人間を食らい、異様な姿に変形する。乗員のほとんどはその犠牲になるが、ヒロインはなぜか変形が左腕だけで止まり、からくも生き延びる。
映画「遊星からの物体X」風にはじまった物語は猛スピードで進み、あっという間に東京は壊滅。後半は地球さえ捨てて宇宙のかなたに飛翔する。
文章やストーリーテリングはとても褒められないが、投入される大量の奇天烈なアイデアは英国SFの奇才、バリントン・J・ベイリーを彷彿とさせる。いい意味でも悪い意味でもSFの馬鹿馬鹿しさを凝縮した一冊。

No.49 7点 先をゆくもの達- 神林長平 2019/12/08 10:14
「話せば分かる」は理想だが、それは本当に可能なのか。自分自身のことも完全には分からないのに、安易に「分かり合える」なんて不遜ではないか。この作品には、理解し合うのが困難な多様な「他者」たちが登場する。
作中の未来の地球は、温暖化による環境の激変で人口が激減したものの、AIのおかげで、人間たちは平穏に暮らしていた。だが、そんな生活に飽き足らない人々は火星で自分たちらしく生きることを目指す。3次までの火星移民が男たちの争いにより失敗したと考え、第4次入植団は女性だけで構成された。
そんな時ある原因で、火星は思わぬ大混乱に陥り、長らく人的交流が途絶えていた地球に救助を求める必要が生じた。こうして地球人と「火星人」、AIなど、いくつもの「相互理解困難な知性」がぶつかり合い、世界そのもののありようが変化し始める。
他者を受け入れることは難しい。「自分」そのものもまた、他者と関係し、融合することで変化する。そうした揺らぎを極限まで描く神林作品は、同時に共存の努力がもたらす大きな可能性と希望をも感じさせてくれる。

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